アンダ-グラウンド

著者 :
  • 講談社
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感想 : 116
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  • Amazon.co.jp ・本 (728ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062085755

作品紹介・あらすじ

村上春樹が追う、地下鉄サリン事件。迫真のノンフィクション、書き下ろし。

感想・レビュー・書評

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  • 先日読んだばかりの地下鉄サリン事件 加害者側へのインタビュー集「約束された場所で(アンダーグラウンド2)」に遡る形で読んだ。被害者側62人へのインタビューで構成されている七百数十ページの大部な本だが、1995.3/20当日の被害者の実態が生々しく投げかけられてくる。村上春樹個人として 小説家村上春樹として 如何にこの事件に向き合うか?の答えが恣意を排した形のインタビュー集になったのでしょうか。読み手も集団の狂気(宗教やテロや戦争等)に流されない為に、自分の視座 視野 視点を保有することの重要性を改めて思わずに居られないと感じた。

  • 1997年3月20日 第一刷 再読
    地下鉄サリン事件被害者へのインタビューからのノンフィクション。
    被害者の生い立ち、日常という側面も含まれるインタビューは、文学作品としても読み応えが有る。ただ、ノンフィクション感は薄まる。

  • 地下鉄サリン事件の被害者の方々にに村上春樹がインタビューをして纏めた作品。この場で語りたい人、と公にせずに製作者側から細い糸を辿るようにして60名余の被害者の方々にお願いしたという部分がこの作品のカラーを大きく決定付けていると思う。

    私は事件当時小学五年生だったので正直あんまり記憶がないのだけど、(前後の都庁爆破事件、松本サリン事件、村井刺殺事件など関連の事件が多くて混濁しているのかもしれない)やはり3月が来るたびに思い出す事件ではある。

    テレビでは家族を失った人や重い障害が残ってしまった人の話をよく見るが、この作品は症状の軽い重いに関わらず、その時車内や駅で何が起きて何を感じたかということを語ってもらっている。

    私の単純なイメージでサリンの入った袋が傘で突かれたのをきっかけに爆発的なパニックになったのだろうと思っていたけれど、そうではなく、30分や1時間という長い時間をかけてどんどん混乱していく現場の生々しさの語りには鳥肌の立つものがある。

    テレビの報道で無臭だといっていたのでそう思っていたけれど、本書のインタビューに答えておられた方々の殆どは甘いにおい、動物の死体のようなにおい、シンナーのようなにおい……など表現はばらばらだけれどもなんらかの異常なにおいを感じ取っていたというのも意外な情報だった。(中には職業柄サリン製造に使われた成分のひとつを言い当てていた方もいた)2段組700ページ弱のこの本は、こういう細部の意外性に満ちている。

    大局的に捕らえることも大切だけど細部を受け継ぐのことも大切だと思う。細部を無視しては深く考えることなど出来ないのではないかといつも(私の)ショックの大きい事件が起きたときに思う。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      私が村上春樹を再読する気になった本。忘れられ見逃されているコトを文字にして残さなければ。と言う使命感を感じて読みました。
      「3月が来るたびに...
      私が村上春樹を再読する気になった本。忘れられ見逃されているコトを文字にして残さなければ。と言う使命感を感じて読みました。
      「3月が来るたびに思い出す事件ではある」
      忘れてはならない日の一つ。私は職場でTVを見ながら東京事務所の人間に何も無かったと知ってホっとしたのを思い出します。。。
      2012/08/09
    • 美希さん
      >nyancomaruさん☆

      村上春樹みたいな著名な作家がやることによって、他のオウム関連本と違っていつまでも残りますもんね。ものすご...
      >nyancomaruさん☆

      村上春樹みたいな著名な作家がやることによって、他のオウム関連本と違っていつまでも残りますもんね。ものすごく意義のある立派な仕事だと思いました。私は小学生で北海道に住んでいるので遠くの大きな出来事という位置づけだったのですが、中学校の授業で勉強してから興味を持つようになりました。
      2012/08/10
  • 1995年の地下鉄サリン事件における被害者へのインタビュールポ。読みやすくするため、またインタビュイーのプライバシー保護のため、手を加えたり削り落としたりした部分は多くあるそうだが、それでもテレビで見ていた映像から伝わるものとは全く異質の「一人一人の地下鉄サリン事件」が生々しく、そして克明に描かれていた。

    早川紀代秀死刑囚の「私にとってオウムとはなんだったのか」、森達也の「A」そして村上春樹の「アンダーグラウンド」、すべてを読んで初めて少しだけあの事件、オウムという教団、麻原彰晃という人間について、が私の中でぼんやりとした輪郭を持った。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「すべてを読んで初めて」
      私は「アンダーグラウンド」しか読んでません。森達也は先に「オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ」を読むつも...
      「すべてを読んで初めて」
      私は「アンダーグラウンド」しか読んでません。森達也は先に「オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ」を読むつもり、、、オウムに魅入られてしまう人の気持ちは知るコトが出来そうな気はするのですが、オウムそのものや麻原彰晃については判りそうにないなぁ、、、
      2012/07/09
  • 村上春樹は言う。人は物語なくして生きていくことはできないと。
    『物語とはもちろん「お話」である。「お話」は論理でも倫理でも哲学でもない。それはあなたが見続ける夢である。あなたはあるいは気がついていないかもしれない。でもあなたは息をするのと同じように。間断なくその「お話」の夢を見ているのだ。』と。

    『物語』。たいへん興味深いキーワードだ。

    一見ふわふわとしたメルヘンチックな雰囲気であるが、その一方で、全てを飲み込むブラックホールのような一面も秘めている。

    村上春樹はこの本を執筆した頃から今に至るまで、自分の物語を放棄し他者の物語に頼り切ってしまうことに対して、常に警鐘を鳴らし続けている。

    物語を受け取る側の人々へのインタビューを積むことで、物語を提供する側としての責任を強く感じるようになったのだろう。

    もし今私が村上氏にインタビューされたらと考える。
    きっと、いかに自分の物語が筋が通っていないか思い知らされることだろう。

    私の物語、って改めて考えてみると、ほんと漠然としてる。
    借り物の言葉ばかりで、志や一貫性の感じられないつまらない物語にはしたくないと思う。
    誰かに預ければ簡単だし、よほど説得力のある、一見立派な物語を手にすることができるかもしれない。
    けれど私は私の物語と一生かけて向き合っていかなくてはいけない。
    たとえごちゃごちゃ絡まっていてほぐすのが至難の業でも、その作業だけは怠ってはいけない。
    テレビの情報に汚染される前に。自分が自分だと思えなくならぬように。
    そうしなければ誰かに物語を提供することなどできはしない。

  • ・…一般マスコミの文脈が、被害者たちを「傷つけられたイノセントな一般市民」というイメージできっちり固定してしまいたかったからだろう。被害者たちにリアルな顔がない方が、文脈の展開は楽になるわけだ。そして「( 顔のない)健全な市民」対「顔のある悪党たち」という古典的な対比によって、絵はずいぶん作りやすくなる。私はできることなら、その固定化された図式を外したいと思った。その朝、地下鉄に乗っていた一人ひとりの乗客にはちゃんと顔があり生活があり、人生があり、家族があり…それはつまりあなたであり、まて私でもあるのだから。

    ・「こちら側」=一般市民の論理システムと、「あちら側」=オウム真理教の論理システムとは、一種の合わせ鏡的な像を共有していたのではないかと。


    ・更に私が深く危機感を感じるのは、当日に発生した数多くの過失や原因や責任や、それに至った経緯やらそれらの過失によって引き起こされた結果の実態が、
    いまだに情報として一般に向けて充分に公開されていないという事実である。
    言い換えれば「過失を外に向かって明確にしたがらない」日本の組織の体質である。「身内の恥はさらさない」というわけだ。

  •  村上春樹さんは少し年上ですがほぼ同年代で、社会人になりたてのころ「村上春樹?ああ、何冊か読んだよ。最近人気だよね。」となにげに女の子に言いたいがために読み始めたのがきっかけでした。結局その後40年以上、癖の強い村上ワールドからは抜けだすことはできずに、今も新刊が出るたびに読んでしまいます。とは言っても、村上さんの小説は話が長いので、最近は文庫本が発売されるまで待つことが多いですが・・・
     この本は、出てすぐに買った覚えがあるので、かれこれ四半世紀近くの前ということになるんですね。ブクログのレビューを拝見すると、その後、若い人たちも読んでくれていて、私が書いたわけではないですがうれしいです。
     それにしても、その後の作品を見ても村上さんもオウムから逃れられないですね。私としても、なぜそうなったのか、世間で優秀と判断されている若者たちが、そっちへいってしまったのか。こっちはこれでいいのか。学生が何かに反発していた時代を知っている年寄り世代だからなのか。自分としてはこっち側にいるつもりでも罪悪感を拭い去れない。

  • とにかく読むのに時間がかかったが素直に読んでよかったと思えた。

    僕はいま23歳である。
    地下鉄サリン事件の時にはまだ小学生になっていなくこのころの記憶はほとんどない。(阪神大震災もそれなりに揺れた地域に住んでいるがそれもあまり記憶がない。)

    昨年にオウムの二人が逮捕され、オウムとは何か、地下鉄サリンとはなにかというものが気になっていた。
    オウムがなにかというのは正直よくわからない。当時の熱狂(?)などは全然記憶がなくよくわからない。

    しかし、今回この本で地下鉄サリン事件というものはなにがあり、人々はなにをみてどう行動し何を感じ何を考えたのかは体験することができた。

    このような本がかけたのはやはり村上春樹でないとかけなかったであろう。名前が抜群に通る著名人だからこそこれが書けたのだろう。

    この仕事をしてくれた村上春樹氏を本当に尊敬する。

  •  村上春樹さんによる地下鉄サリン事件被害者(又はその家族)へのインタビュー集です。

     事件前後における一人一人の物語が、1冊の本になることで人によって事実や感じ方の記憶が同じ部分、異なる部分があることが分かったり、それがその人にとっての事実であるんだなと感じしました。

     あなたは誰か(何か)に対して自我の一定の部分を差し出し、その代価としての「物語」を受け取ってはいないだろうか?私たちは何らかの制度=システムに対して、人格の一部を預けてしまってはいないだろうか?もしそうだとしたら、その制度はいつかあなたに向かって何らかの「狂気」を要求しないだろうか?あなたの「自立的パワープロセス」は正しい内的合意点に達しているだろうか?あなたが今持っている物語は、本当にあなたの物語なのだろうか?あなたの見ている夢は本当にあなたの夢なのだろうか?それはいつかとんでもない悪夢に転換していくかもしれない誰か別の人間の夢ではないのか?(P705) 

    私は何故か知らないけど、インタビュー冒頭の生い立ち等が書かれている部分を読むのが好きでした。

     しかし「自分の置かれている立場は、好むと好まざるとにかかわらず、発生的にある種の傲慢さを含んでいるものなのだ」という基本認識をより明確に持つべきだったと、今では反省してる(P713)。

     

  • 2ヶ月かけて(年を越しました)大切に読んだ本。地下鉄サリン事件の被害者にインタビューした素材を「村上春樹」という媒体が記録したという言い方が著者の意にも沿っていると思います。
    事件が起きた3月20日は僕の6歳の誕生日でした。当時はテレビに釘付けだったのを覚えています。東京のど真ん中でなにがあったのか、本書に書かれた記憶は当時の誕生日を立体的に蘇らせてくれます。

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著者プロフィール

1949年京都府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。79年『風の歌を聴け』で「群像新人文学賞」を受賞し、デビュー。82年『羊をめぐる冒険』で、「野間文芸新人賞」受賞する。87年に刊行した『ノルウェイの森』が、累計1000万部超えのベストセラーとなる。海外でも高く評価され、06年「フランツ・カフカ賞」、09年「エルサレム賞」、11年「カタルーニャ国際賞」等を受賞する。その他長編作に、『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』『街とその不確かな壁』、短編小説集に、『神の子どもたちはみな踊る』『東京奇譚集』『一人称単数』、訳書に、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『フラニーとズーイ』『ティファニーで朝食を』『バット・ビューティフル』等がある。

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