主語を抹殺した男/評伝三上章

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著者 : 金谷武洋
  • 講談社 (2006年12月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062137805

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主語を抹殺した男/評伝三上章の感想・レビュー・書評

  • 三上を世に広めた金谷氏の業績は大きい。三上は最後に正気を半ば失って病に倒れたとのこと、天才の宿痾なのか。惜しい。

  •  例として、オレの日記から一文だします。

    >今日は快晴、自転車日和。会社について、やれやれと顔の汗をぬぐった。台ふきだった……orz

     さて、この中で「主語」はどれだ? 最初の「今日は快晴」の「今日」は主語でいい? でもこの「は」は、「が」で代行できないぞ。次の文は?
    「が」も「は」もナイ……「私は」が省略されてるってことか。「台ふきだった」にいたっては、はたして「文」といっていいもんだろうか。

     よいのである。そもそも日本語において「主語」というものはないんである。ということを主張したのが、三上章。在野の研究家として画期的な仕事をしながら、学説としては無視に近い扱いを受け、死後に再評価されているというこの日本語文法研究家の伝記が、本書なのだ。
     興味深く読んだが……いちばんおもしろかったのは、「評伝」の部分ではなく、著者が体験を交えて三上文法を紹介する第1章。外国人に日本語を教える際、どうしても日本語の文法をうまく説明できなかった……そこで三上文法に出会い、疑問が雲散霧消したという。上の例で言えば、「今日」は主語ではなく、"主題"であって、「いいですか、これについて話しますよ」程度のものである。そして、「は」でしめされた主題は、文を越えていくのだと。
     つづく、外国人に「三上文法で日本語を教える」という一節は、日本人でありながら目から鱗がぼろぼろと落ちる。「日本語には動詞の活用(人称変化)がありません」「日本語には、名詞文(赤ちゃんだ)・動詞文(泣いている)・形容詞文(可愛い!)の3つしか構文がありません」「『は』は主題を示します、『が』は『に・で・と・を』とかといっしょです」「英仏語は『する言語』ですが、日本語は『ある言語』です」……いやまぁ、これだけ書いてもわかんない? でも、おもしろいんだよ。なるほどーって思うんだよ。

     日本語にはそもそも「主語」はなかった……ということは『近代日本語の思想―翻訳文体成立事情』(柳父章)を読んだときに知ったことではあった(「は」を「主語」として「。」で終わるというのは、翻訳日本語の影響なんである)。がしかし、この本を読むと、なかったはずの主語を「作り出した」というのは錯覚で、日本人はあいかわらず「主語なんてない世界」に住んでいるのだということになる。うはー。なんだか、自分の言葉遣いがいっぺんに「これでいーのか?」と怪しくなるような、不思議な感覚だよう。

     ……と、ここまで書いてきたけれど、『評伝』の部分にはぜーんぜん触れてないので、本のレビューとしては失格だなぁ。もちろん評伝部分もたぶんイケてるんだとおもうけど……あまりそこは自信なし。やはり「三上章」本人に興味がある人でないと、楽しめないだろうなーと。私にとっては、最初の60ページだけでも、たいそうおもしろかったです。

  • 残念ながら挫折。前半は、日本語の話と著者の思いで話が半々です。かなり大胆に断言するところがそこここにあります。
    読みやすくはあります。

  • 日本語の勉強に。

  • 三上章本人だけでなく日本語文法にも興味を持たせてくれた著作。

  • 日本語には主語が必要なのか?
    日本の文法はS+V+O と言った具合になっているのか?

    私たちは「国語」の文法を、
    英語の文法を習い始めた後に、英語の文法のように、習ってきた。
    そんな気がする。恐らく、そうなのだ。

    「主語を抹殺した男――評伝 三上章」(金谷武洋著、講談社)は
    そんな「国語」の文法を、日本語の文法として考えなおそう、と
    「土着主義」の「街の語学者」が闘い、倒れていった姿を追った評伝だ。
    < 筆者の金谷は、’51年に北海道に生まれ、函館ラサールから
    東大に進み、国際ロータリークラブ奨学生としてカナダに留学、
    そこでカナダで「日本語を教える」ことになる。
    そこで疑問にぶつかる。
    「ジュ・テーム」を日本語でいえば「私はあなたを愛しています」。
    だけど、本当に日本語で、そんなことを言うだろうか?
    「愛しています」ということはあっても、だ。
    文法的には合っていそうなのに、実生活では言わないに違いない。
    主語は省略されているのか?

    疑問の前に立ち止まっていた筆者に解決の糸口を与えたのが
    三上章の文法。「象は鼻が長い」という妙なタイトルの本と
    『現代語法序説』という文法の入門の本だった、という。

    日本語は、英語やフランス語の語法とは構造が異なる――という主張だ。
    英語やフランス語の動詞は、主語が決まらないと、決まらない。
    三人称・単数・現在形といった動詞の活用には、仮に省略されたり、
    隠されたとしても、主語の存在が不可欠だ。
    これに対して、日本語に、その必要があるのだろうか。
    「は」「が」という助詞が、「主語」につかなければならにのか?

    三上の文法を研究して、金谷は「日本語に主語はいらない」
    さらに「日本語文法の謎を解く」「英語にも主語はなかった」との
    成果を生み出していく。英語やフランス語にしても、
    現在は、必ず主語が必要だが、西欧古典語には主語がなかった、との
    知見に到達する。

    そこで、金谷は、三上の評伝を書くに至る。
    ’03年(明治33年)、広島県の甲立という田舎に生まれ、土地の素封家にして
    「天才」としての育ち方をしていく。大叔父の和算の研究家として知られ
    「文化史上より見たる日本の数学」で世界に和算を知らしめた
    三上義夫を持ち、自身も理数系へ進んでいく。
    山口高等学校に主席で入学するものの、数ヶ月で自主退学、京都の三高に進む。
    ここで後の京大山脈と称される、今西錦司、桑原武夫らと切磋琢磨の時代を送る。
    今西理論の源流にある「土着主義」は三上に啓発されるところが大きかった、という。
    大学は東京へ出て、工学部の建築学科を卒業、台湾総督府に就職する。
    が、これも辞して朝鮮、日本の旧制中学の数学教師を歴任する。

    この台湾時代に、三上は早川鮎之助の名前で処女論文「批評は何処へ行く?」を
    書き、これが雑誌「思想」に投稿し、入選した。
    この時期、三上にもう一つの出来事があった。
    ゴーゴリの『狂人日記』の英訳を読んでいて「私がその王様なのだ」と直訳できる
    ロシア語の文章が「I am that King!」と英訳されているの読んだときに
    心中にこう叫んだという。「この”私が”は主語ではない。補語だ!」と。

    三上の文法との出会いが、ここに始まったのだという。
    評伝は、三上の歩みに寄り添いながら、時に強引な我田引水を含みながらも
    その思い入れがよく伝わってくる。

    三上の新しい文法の提言は、歯牙にもかけられない。
    「学校文法」は、東大の橋本文法の流れが揺らがず、なお三上への反論すらない
    いわば黙殺だった。これが三上への、さらなる苦痛となっていく。
    一度目のスランプを救ったのは、金田一晴彦だったが、二度目には
    芥川... 続きを読む

  • 珍しく普通の読み物を読んでいます。いつも読んでいる類と比べると
    格段にスピードが出るようになったのは、ひとえに慣れですね。
    日本語の主語は要らないという理論を提出した三上さんの伝記です。
    一研究者の生涯としてとても興味深く読みました。

    外国の物が優れていると無批判に取り込んでいくことの危険さとか、
    良い意味での土着主義について学んだように思います。
    自分自身のことって自分では決して分からないところがあるけれど
    他人の言うことを全て信じる必要もないよなぁと。
    見つめるなら自分自身、ですね。

    にしても日本語の「虫の視点」に対して欧米語の「神の視点」が
    出てきたので、アフォーダンスと認知意味論を思い出しました。
    同じこと言ってる・・。認識と言語ってどうしても切り離せない様子。
    言語相対仮説を持ち出すつもりは全くありませんが。

    書いても書いても黙殺され続ける中期の辺りは本当に寂しいです。
    反論が何もないということは、それ以上成長しない、停滞してしまう
    ことなのですね・・他にもたくさん重い言葉を残されておられます。

    私も例え私が死んでも残るような理論を残せたらいいなぁ。

  • 文法って面白いものだったんですね。
    これは三上章の「象は鼻が長い」も読まなければ。

  • 朝日新聞07年1月21日書評欄
    「発表された当時は〜学界からほとんど無視され」
    「反骨精神の固まりであった三上は、虚栄を嫌い、学際的教養にあふれた一種の奇人」
    「でも晩年は、自説が孤立する無力感も手伝って〜〜」

  •  日本が生んだすぐれた文法学者三上章の評伝である。金谷氏はカナダの日本語のクラスにおいてぶつかった問題が三上文法によって氷解したことに感激し、三上を顕彰するために三冊の本を書き、そしてここに評伝を書きあげた。ここには三上に心酔し、三上の不遇に同情する気持ちが十分に表れてはいる。しかし、わたしには金谷氏の三上に対する思い入れがあまりに強すぎて、それが淡々とした記述を時にはばんでいるような気がする。かといって、ほかの誰かがこれだけの評伝が書けるかわからないが。たしかに三上は生前不遇であった。就職してうまくいっていた職場であったのを、義理で他に移ったばかりにうまくいかなくなったというケースは何度もある。最後に久野に呼ばれて赴いたハーバード大でも、必携の睡眠薬を忘れたり、また生活能力のないことを自覚していながら妹をつれていかなかったりと、ちぐはぐな人生がここでも露呈してしまっている。
     三上は確かに主語を否定しようとしたが、それは「が」が他の格と変わりがないと言いたかっただけで、晩年は主格の優位性も主張したのではなかったのか。そんなことはここでは触れられていない。

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主語を抹殺した男/評伝三上章の作品紹介

日本語は非論理的な言語ではない。文法が英語とは違うだけだ。日本語の文法構造を初めて合理的に解明した画期的三上文法。その先駆性ゆえに長らく不遇を託っていた「街の語学者」の生涯をカナダ在住の日本語学者が敬愛を込めて描く。

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