下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち

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著者 : 内田樹
  • 講談社 (2007年1月31日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062138277

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下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たちの感想・レビュー・書評

  • ↓のレビューを全面的に改稿して、ブログ記事にしました。 http://burogu-mircea-blog.blogspot.jp/2014/08/blog-post.html
    ________

    通俗的な功利主義的態度(消費者的主体像、心理的な契約・等価交換関係)が蔓延しているという現状認識のもと、処方箋として、リスクヘッジ的な態度を提案する。実際は『先生はえらい』的なアレも、そこに追加されるわけだけど。

    基本的には面白かった。ただ、教育の成果は数値化できない云々言ってるくせに、「学習時間」で子供の学力測ってるのにはたまげた。あほかと。
    ニートに関する認識もひどいもの。特に最近『無業社会』(西田亮介・工藤啓)でとりあげられるような若者も、成金のぐーたら息子も、構造的に生み出されるニート(階層的な問題のある)も、一緒くたにしている。要するに「根性なし」「考えが甘い」「師匠を持て」と連呼。これは処方箋でもなんでもない。
    加えて、ニートの数について触れた部分で、「統計は正確ではない」という内容のことを言っているが、統計についての無知を晒していて、それで『先生はえらい』ですかと思わざるを得ない。
    まぁ、最初の1,2章は面白く読めるのではないでしょうか。基本的に眉唾で読むべきです。

  • 2007年1月30日初版
    内田樹 著


    今を生きる子どもたちがなぜ、自ら学びや労働を放棄し逃走するのかを考察した一冊。

    毎度毎度、内田先生の言葉は分かりやすくて、
    逆に危険なくらい今回もいろんな腹落ちがありました。
    おそらく大事な視点は「本当にそうか?」と疑ってかかるくらいの視点。
    分かりやすいがゆえに鵜呑みの思考停止にならないようにと。

    子どもたちの等価交換志向とその背景にある「消費主体としての自我確立」。
    それに対しての教育と労働が、構造的に前提として帯びている「非同時性」。
    そこの矛盾から生まれる、権利の放棄。

    なんで上の世代の考えでは全く理解できない行動を、
    彼ら若者が、至極合理的かつ真顔でやれてしまっているか。
    そこに内在している両者の考え方のねじれが、解けるカタルシス。


    初版から5年経っているので変わっているところは変わっていると思うんだけど、それにしてもある大きなマインドの変化を捉えてセットしておく意味で、とても参考になった一冊でした。

  • 本の中には、同意しやすい記述もあれば、同意しにくい記述もあります。
    内田樹の本は、それらがうまく混ざっていて、しかも、同意しにくい内容であっても、「そういう考えもありかも」と思わせてくれるのがよいところだと思います。

    格差社会と言われてしばらく経ちますが、その原因を考える上で、参考になる本です。

  • これだこれだ
    私は学びを放棄してきたし
    現在働いてもいない

    帰属が怖いことは分かって貰えているだろうか

    このまま何も出来ずに死にたい

  • 今までの価値観を大きく変えてくれるような本に出会った瞬間は、なんとも言えない愉悦に浸れる。この本がそうだ。教育を消費者感覚で考えることは、教育の自殺行為である。そもそも教育が子どもの「何で勉強しなきゃいけないの?」という問いを想定していない、という導入から、この本ヤバイなって感じがビンビンした。教育内容の価値の無時間性、等価交換の不成立など、本当に面白い。この理論は、ぜひ自分のものにしたい。これほどまでに思考回路の吸収を貪欲に求めたことはなかった。きっと、二度三度読んで、はじめて馴染んでくるんだろうな。

  • 感想を書くのにかなりの間が空いてしまったのですが…
    これは過去の私の話。というか、今まさに変えようとしている私の像がここに全て表されている気がしました。さすがに授業態度を指摘されて怒るような子ではなかった(はずだ)けど、思い当たる事のありすぎる事例。たまに読み返して自分を戒めるのにいいかもしれません。

  • 意見としては面白いが、少しだけ考えた思いつきを本にしてみた感がすごい。(それが内田樹だけど)

  • 教育の等価交換。消費者としてのマインドを学校に持ち込む。苦役、我慢見合った価値があるのか。何の役に立つのかという質問。
    大学は学びと労働の喫水域。
    実学とは実際に役立つことを高校生でも知っている知識や技術。そうでない授業は選択されない。
    シラバスは大学と学生が取り交わす労働契約である。

  • 「何で勉強しないといけないの?」
    うーん確かにわたしも中学生のときに一度母に聞きました。
    いい大学に入って、いい仲間と出会って、いい職場で働くためよ、みたいなことを言われたと思います。その時はふうんと思ったので、勉強やめた!と放り出すことはしませんでした。が、この本を読んで、そんな理由納得できない!ともし当時思ってたら...と恐ろしくなった。

    どうして勉強しないといけないの?なんの意味があるの?
    なんの疑問も持たず、多くの人がしてしまう質問だと思うのだけど、それの何が間違ってるのか、どこがおかしいのかを教えてくれる本。以前読んだ池上さんの「教養のススメ」と通じるところもある本だと思う。

  • 生まれてはじめての社会活動が労働ではなくて消費であった。
    消費主体からはじまった僕らの社会生活にとって、「学びは何の役に立つのか」という問いも理にかなっていたなんて、、、

    外界の変化に即応して自らを変えられる能力を学ぶ。その本質に市場経済や等価交換の原理を入れ込んでしまった。

    そして、学ぶ意味を知らず大人になってしまうから労働することにも意味を見出してしまう。

    自分もその当事者だと思うと、本当に耳が痛い。
    でもこの当事者意識は忘れずに上昇気流にのっていきたい。

  • 私が普段友人と話していて「意味あるの?」「じゃあやらなくていいや」と言われることへのもやもやが少し解けました。作者の意見を読んで,その視点から見るとそう考えることが出来るのか,と自分の中で反芻したり。

  • 大変論理的でその論旨も解りやすく展開され、かつ何故にこれまで世間の数多偉そうにのさばっている教育関係者がこのような考察に及ばなかったのかと感じるほど、いくつもの確実に正しかろう視点がある。一点だけ何故昨今の就学前の児童がすでに消費主体になってしまうのか、その原因の説明が薄い。じじばばからお年玉いっぱいもらっているからとかの説明では到底納得しかねるからね。そこが残念。

  • 様々な文献や教育界の方々の論文等を参考に、現在20〜30代となっている若者の志向変化をまとめた本。志向変化そのものはなるほどと思えるが、私はこの本だと若者に該当する世代のため、正直「旧世代の人が現場の若者のインサイトをとらえずに頭でっかちに出した考察」のように思えてしまった。
    例えば、「子供達は、なぜ勉強する必要があるの?」という問いを持つ。これは旧世代には無かった問いであるとのこと。これに対する弁論は、「そもそも教育とは、受けてから初めて価値が見出せるものであり、その問いをまともな教育者なら答えられるわけがない」といった内容だった。
    これは本当か?むしろ、自分が教えていることの価値を言語化できない教師とは、本当に教育者として良いと言えるのか?
    ひとつこの本の考察でなるほどと思ったのは、若者は労働より消費体験を先にしているので、投資対効果、つまり等価交換に対する感度が高くなっているという。だとしたら、得られる可能性を知りたいという知的欲求である。完璧に正しい答えを必要としているのではなく、あくまで体験談として何を得られるのか聞きたいだけなのではないだろうか。これがいわゆる世の中のレビューのようなものが流行る基盤のひとつだと思うし、そこには子供なりの「失敗しないためのリスクヘッジ」を求めているのだと思う。まだ教育を受けていない子供がそれを「不要だ」と感じるのだとしたら、それは逆に教育者が子供達の目線に立てていないという事実ではないか。
    一方、現実として過去より日本は豊かになり、さらにオンラインのみでつながりながら1人で過ごす時間が増えている。これにより起きるのは、想像力の欠如ではないだろうか。深いコミュニケーションや自分と異なる属性と触れることで知る価値観や世界を知らぬまま大人になる若者が増えているため、自分の今がいかに恵まれているかを捉えられない人も多い。「労働から消費の主体者になった」子供達の外部要因としてこのような環境変化も著しく影響しているように思う。
    この本は時代の変化をゆるく捉えながら、現状の教育をどう変えるべきかということを何も語っていないのは残念。
    唯一、非常に面白い傾向だとこの本から思えたのは「勉強をして未来に努力するより、今を楽しんでいる方が自己評価が高い」という子供達の価値観変化の兆しだ。私は沢山の若者と話す中で、特にフリーターなどのような層はまさに「今しか見ていない」パターンが多く、それは逆説的にこういった価値観から生まれているのか、と参考になった。
    未来ではなく今だけをみて嫌なことから逃げた結果、自ら社会的階層を下げていくという下流志向の要因となっている。これは本人や家族の自己マネジメント能力にも起因していると思われる。アメリカなどのレポートでは、低所得者層の子供ほどゲームなどで遊んでしまい、親がインターネットでの子供の遊びをマネジメントできないという調査結果も出ている。
    私が思うに、
    ・生活レベルが上がり、一定層以上は普通に学校へ行けるようになったため、そもそも教育を受けられるということそのものは差別化できる価値ではなくなった
    ・子供達が触れられる娯楽は増加し、労働する時間は減ったが、オンラインでの遊び、友達との密な連絡、習い事など、彼らを取り巻く他にやることは実は増加している
    ・時間が無くなった中で、何に自分の時間をあてがうかを選択するが、その選択肢は、実は本人や家族のとりまくマネジメント能力により、短期的に見るか長期的に見るかが異なる
    ・結果として、自らが望んで選択したタイムマネジメントが本人にとって最も自己満足度が高い状態になり、勉強しない層が増加
    ・やりたくないことをやらずに逃げて大人になることが出来た結果、労働市場に出ることを拒む層がニート化
    私自身はこの本でいうような、ニートは等価交換の考え方の極み、とい... 続きを読む

  • 時々じっくり確認したい一冊になりました。また読み返そうと思います。全く別物なのに、消費行動と同じにとらえている、という指摘にドキッとしました。

    だから、等価交換を求め、意味があるかどうか、役に立つかどうか、といった視点が生まれ、即効性を求めるのだと。わかりやすい先生が人気なのも、そこかも。

  • 視点が鋭いと言うか、当たり前だけど私では到底考えもつかないわけで、とにかく斬新。

    子供が学校で「不機嫌」や「不快」を、「必死に努力して」表現しているのは、それが子供が唯一持っている貨幣であり、教育は不快との「等価交換」だから。
    今の人間は「消費者マインド」。学校にしても、会社にしても、何にしてもすべての行動がまるでバザールで一円でも安く等価交換をしようとしている買い手の行動と同じ。
     ↓
    どこで覚えたのか?
    家庭内の「不快通貨」。家族内で必死に疲労感と不快感を競いあっているから。

    ーーーーーーーーー
    社会活動が高速化している。

    ビジネス=「無時間モデル」
    いかに時間を0にするか、が課題。
    都市化も同じ、無時間モデルの追求。

    従来の生活や活動は、「時間モデル」。
    無時間モデルは確かに気持ちがいいが、時間モデルの代表と言えるような第一次産業なんかはどんどん衰退しているし、国民をあげて時間モデル的なものを忘れようとしているかのよう。

    ーーーーーーー
    スター・ウォーズ = 師弟関係 がテーマ。
    師を持たないものは破れる。

    スター・ウォーズ舐めてました、、ごめんなさい(笑)
    この本を読んで、はじめてスターウォーズ見たいと思った。

    ーーーーーーー
    時間性の回復

    無時間モデル化した生活、感覚をどうやって回復するか?
    内田氏の一つの答えとしては、「ルーティン化」。日課を崩さないこと。
    そうすると生活がもっとゆったりとして平和になる。一日が長く感じる。微細な日々の変化によく気付けるようになる。

    この考え、ものすごく素敵!!

    身体の本もだしてらしたけど、そっちも読みたくなった。
    非常に刺激をもらった本だった。

  • 生まれながらの貧富の差で自己効力感が変わるのはわかる気もするが それって両親の教育に対する意識の高さ(両親の学歴)との相関なのでは

  • 毎回なるほどと思う内田さんの著書だけど、これはちょっと疑問が。
    子供達が勉強しなくなった事に関して、学問を経済活動ととらえてしまっているのが一因と推論されている。
    それも可能性がないとは言えないが、普通子供はそこまでいろいろ考えて行動しているわけではないと思う。
    昔と今の違いで一番大きいと思うのは、親や社会の圧力ではないだろうか。
    昔は子供が授業中にじっと座っているのは当たり前。
    もしウロウロしたりしてそのことが親の耳に入ったらタダでは済まされない怖さがあった。
    ニートもしかり。働きもせずにゴロゴロしてるなんて、世間でとうていまともな人間扱いされなかったろう。
    そうならないように皆気を付けていた。
    ついでに婚期に関しても、とても敏感だった。
    こういった圧力は問題はあるものの、子供の忍耐力を養い、若者を労働に向かわせ、適齢期に結婚をするオーソドックスな社会を形作る原動力にもなっていたと思う。
    ただ、はずれた場合なかなかつらいものがあるし、今さら元に戻すのは周りの社会状況すべてが変わってしまっているので難しいだろう。
    では、どうあればいいか、改めて考えるきっかけになった。

  • 自分にも当てはまる、気づかされる一冊

  • 論証を支えるデータや事例が少なく雑だとは思ったが、子供が労働主体としてではなく消費主体として振る舞うようになり、学校の学びでも教育を消費購入として捉えているという仮説はおもしろかった。
    リスク社会と叫ばれるけども、取り返しのつかない失敗もないが大儲けもないというようなリスクヘッジの取り方を教えていない。また、三方一両損のような思想は現代では忘れ去られているという指摘も面白かった。

  • もう7年も前の本とは思えない、子どもたちのリアルな社会を書いた本。

  • 非常に興味深い内容だった。市場原理によって評価されることができない学びの現場で等価交換原理を持ち出す子供達のために、システムとして教育が瓦解しているという理屈は腑に落ちた。

  • 意図せざる集団的怠業(学)状態に陥っていると警告を発している内容は頷けるものが多い。
    学力低下などは怠惰の結果ではなく努力の成果だと分析する内容は非常に興味深いものだった。
    ただひたすらに闇雲であろうが努力を礼賛してきた人にとっては受け入れがたい内容だろうが。

  • なんか納得する。

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下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たちの作品紹介

リスク社会に生み出される大量の弱者たち。"自分探し"の果てに。学力低下、ニート増加の深層。

下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たちはこんな本です

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