神なるオオカミ・下

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著者 : 姜戎
制作 : 唐 亜明  関野 喜久子 
  • 講談社 (2007年11月29日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (526ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062138505

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神なるオオカミ・下の感想・レビュー・書評

  • 生命の真の意味は運動にあるのではなく、戦いにあるのではないか。哺乳類の生命の始まりに、億万個の精子が雌雄を決する精神をもって、一個の卵子をぐるりと取り囲んで攻める。前の者が倒れても後の者がつづき、子宮に精子の死体があふれるほど戦闘を激しく繰り広げる。動くが戦わない、又ぶらぶらして突撃しない精子たちはすべて無情に淘汰され、尿とともに体外に排泄される。もっとも頑強な戦闘力を持つ勇士、一個の精子だけが、億万個の同胞兄弟の死体を踏み、勇猛果敢に奮戦し、卵子に攻め込み、それと結合して、新しい人間の生命の胚胎になる。その間、卵子はたえず液体を分泌し、軟弱無力の精子をすべて殺す。
    生命は戦いによってえられるもので、戦闘は生命の本質である。いままで、世界で多くの農耕民族の偉大な文明が消滅したのは、農業が基本的には平和な労働だからである。
    しかし、狩り猟と遊牧業、そして航海業、商工業は過酷な猟戦、兵戦、海戦、商戦という競争と戦闘が伴う。今の世界では、先進国の民族はすべて遊牧、航海、商工業をおこなってきた民族の子孫である。二つの大国によって北アジアの寒くて貧しい内陸に封じ込められた、人口の少ないモンゴル民族は、依然として絶滅していない。歴史上の古代エジプト、古代バビロン、古代インドの農耕民族より、明らかに強い戦闘力と生命力をもっている。

    「士は殺すべし、侮辱するべからず」。殺すことも拝むこともできるが飼ってはいけない。と、この本は主張する。

    確かに一体性の無限と違い、この相対性の有限世界は相手の存在を知ることで自分を確認することができると言う、特殊な場所である。
    二つの存在が立ち向かうとき、居残りを掛けた殺し合いへとその摩擦を導くのか、個とその一体感を兼ね備えた切磋琢磨し会う共生社会とするかの、二つの体感があるのではないだろうか。
    まず生き物は対等な選択権の中で生存競争を体験し、その暴力から知力をへて物質への依存による数の暴力を開発したことで、自らつくりだした煙幕に巻き込まれる恐怖を体験している。
    一時的都合による見せ掛けの仲間、利己的に利用し合うための嘘と詐欺が、シンプルであったはずの相対世界を出口の見えない複雑な詭弁に絡めてしまった。
    そのことで、一騎打ちの殺し合いからも手を取り合った切磋琢磨からも横道にそれてしまった。
    自律することで共存する過程をネグってしまい、依存だけの強制社会に紛れ込んでしまった。一度手にした欲という安全地帯が恐怖という副産物を伴っていたために、見せ掛けだけの安全地帯だと知った後も手放すことができなくなってしまったのではないだろうか。と私には思える。

  • オオカミの子・小狼を飼い始めた陳陣、オオカミについての新たな発見の連続、草原には近代化と農耕文化の波・・・

    人間もオオカミも、この美しくも貧しい草原に生きるのがあまりにも大変で、つねに天(タンゴル)に訴えるしかない。もし人生で神様の支えがなければ、生活はあまりにも望みがなくなってしまう。

    長いオオカミの物語が終わり、最後の==知的探索・オオカミ・トーテムについての講座と対話== が大変興味深い。

    草原民族と農耕民族の違いは、オオカミと羊の違いのようだ。

    多くの漢字には中華の祖先である遊牧民から生まれた痕跡がある、「美」と言う漢字は「羊」と「大」が組み合わさったものだ。「大きな羊は美しい」
    モンゴル人は太っている女性が美人とされる。

    漢王朝ではやせた女性が美人だあるのに、次の唐王朝では太った女性が美人になるのか?唐王朝がモンゴル草原の遊牧民族である鮮卑族の血統だと知って理解できた。

    天(タングル)の崇拝と天子の呼称は、上古時代の西北遊牧族に由来するものだ。

    モンゴル民族は世界でもっともオオカミ・トーテムを敬虔に信奉していた遊牧民族、自分たちの祖先が「蒼きオオカミ」と考え、中心的な部族の名前にオオカミという言葉を使っている。

    古代ローマ帝国でもオオカミ精神を崇拝していた。「ローマ人の物語」ローマ建国神話を参照。

    日本でも、オオカミは農地の守り神として、また「御神狗」と言う魔よけとしてあがめられる風習があった。1905年に、奈良県の山中で捕獲された一匹を最後に、オオカミは日本では絶滅したとされる。

    日本では、農作物に害を及ぼす害獣を退治する神獣・益獣とも扱われ、日本語の「オオカミ」の語源は「大神」との説もあり、狼が「狛犬」になっている神社もある。





  • 神なるオオカミを手元に置く青年。
    結末がつらかった。

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神なるオオカミ・下の作品紹介

オオカミの子・小狼を飼いはじめた陳陣だったが、オオカミの気高さと闘争本能を失わない小狼に手を焼く毎日。それでも、オオカミについての新たな発見の連続に陳陣は喜び、この「小さな獣」とのあいだに、心の交流が芽生えはじめるのを感じるのだった。一方、草原には、近代化と農耕文化の波が押しよせ、伝統的な遊牧民の暮らしは崩れだし、その精神も、次第に輝きを失いはじめる…。

神なるオオカミ・下はこんな本です

神なるオオカミ・下のハードカバー

神なるオオカミ・下のKindle版

神なるオオカミ・下のKindle版

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