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この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
設定の奇抜さに惹かれて手に取りました。しかし、その着想は構造として示されるのではなく、乾いた湿度、みたいなものに包み込まれています。実際、川のエピソードが度々出てくるし、液体みたいなものへのこだわりを感じました。読みながら、著者の本で以前、手にとったことがあるのが「川の光」であることに気づき、全然違う雰囲気だけど、水の回りで進行する湿った質感は共通しているような気がしました。三島由紀夫が生きていたら、はもはやテーマではなく、質感のためのモチーフなのではないか、と感じました。
喉元に傷跡のある、「平岡」なる老人が体験する奇妙な出来事全8編。
ある日、平岡は自宅地下室のバーに設置するための、本物の人間そっくりの石膏像をつくらせ、出来上がったその像たちに囲まれては、ひとり恍惚を感じる。
あるときはスコットランドの川べりで自らの生涯を振り返り、またあるときは入口も出口もない塔の上で月光を浴びる。
不可思議な情景が描かれており、独特な浮遊感と淡々とした平静さが感じられる。当初はそれが心地よくもあったが、全編を通して(少なくとも自分には)難解な表現が多いように思われた。
語彙の乏しさをさらすことを恐れずに言えば、辞書を引きながら読むことになり、読了まで結構な時間を要した。そのため、「面白かった」というより、「やっと開放された」という印象が強い。その点でも不思議な作品ではある。
連作短編。前半の地下にバーを作ってシーガル風の石膏像を置く辺り、贅沢の極みでありながらその底知れない孤独に戦慄した。この像を制作したS君が黒幕となりあちこちに見え隠れしながら一編ごと進んでいく。ROMSが出てくるまでの前半はすばらしいが、(ことにスコットランド旅行等)、ROMS編以降はつまらなかった。三島由紀夫だってこんなのは嫌だろう。
三島が死に切れなくて老いを迎えたら設定の話ということで読んだ。
「塔」までは、私の中の萌えをかき立てるものがあるようで、こういうの大好き。
「竹林まで」の過去と幻想に直面する話で転調して、「ROMS」「判決」「不可能」の3篇は、それまで断続的に発表されていたのと違って、2011年3月号から5月号に毎号連載状態で、お話もどぎつくエンタメ度が高まっている。島田荘司かよ、なミステリ展開も出てくる。解の付け方は、島田荘司というよりは東野圭吾だがw S…君どんだけ有能、と思っていたら、黒幕っぽくなっているし。
どの話もミシマ風というより、中井英夫を読んでいるような気がした。なつかしー。
最初の「地下」は2006年に発表され次は2009年なので、最初は別に連絡短編にするつもりはなかったのかな、と思う。
お、松浦寿輝じゃーん くらいの気持ちで読み出したんだが、なんだどういうことだこれ。
後から知ったが、これ、三島由紀夫の『老後』を描いたものなんだそう。無教養で恥ずかしいが、そう思えば腑に落ちるところがいくつもある。設定からして不可能だったんだなぁ。
夢と現実を行き来しているような、リアリティがあるようなないような、ざわざわするような落ち着いてくるような。なんとも言葉にしがたい。
Bowmore でも、Glenfiddich でもなく、Cragganmore、ということを覚えておこう。
『生とはことごとく一瞬のきらめきにすぎない以上、人間社会の法も規則も所詮、仮初の約束事にすぎない。煙草を吸うか吸わないかという些事ばかりではない。犯すのも殺すの盗むのも、もしやりたければ大いにやればいいというのが平岡の信念だった』-『二、川』 松浦寿輝には少々複雑な思いがある。彼の作品には惹かれるのだけれども、その文章の中の人を拒絶するような言葉づかいに、ぐっと詰まる思いも抱くのである。村上... 続きを読む »
割腹自殺した三島由紀夫が生きていたら・・・という設定の短編連作。独特のシュールな雰囲気だが、難解な物語に陥らなかったのは作者の力量によるものでしょう。三島由紀夫を愛読してたらもう少し楽しめたんだろうなと思います。賛否はあるでしょうが、最終章の結末(ネタばらし)は必要だったんだろうか・・・
時間の流れ、テンポなど自分にはイマイチあわなかった。定年後にでも再読してみようか。
認識と行動、精神と肉体、三島の人生と文学に、あたかも三島由紀夫がサド侯爵婦人に語らせた様に「天国の裏からはしごをかけて」上らせた、イローニッシュな作品。素晴らしいが、最後は必要だったのか?
もし、三島由紀夫が老年まで生きていたら…
の設定のもと描かれた作品であるが、三島由紀夫という老人(作中では平岡)、否、人物を描いたにしては人物が素直で好奇心に欠け「すぎて」は居ないだろうか?
という疑問は残る。
終盤の入り口まではなかなかに「老い」や「過去」「未来」を見据え、時には突飛な行動を平岡にさせてみたりして、楽しませてくれた。
ラストは怒涛の勢いで中盤以降の物語のキイワードになる組織が動きだし、しかしそれはなんとも平岡を、そして読者を置いてけぼりにしてはいないだろうか。
文章の端端にあらわれる断片的な物語へのヒントは、パズルのピースを拾い集めるようで愉しい。

三島由紀夫は死んでいなかった、という想定での現在の物語。
あれから40年余りを経た平岡(三島)は独特な美意識はそのままに、40年分はそれなりに年をとり、”あれ”は終焉の演出でしかなかったなと自嘲して...






