語りえぬものを語る

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著者 : 野矢茂樹
  • 講談社 (2011年7月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (490ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062170956

語りえぬものを語るの感想・レビュー・書評

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  • 図書館で借りましたが、あまりに面白いので読みながらにやにやしてしまい、家族他周りの人に不審な目で見られる始末です。例がとっても面白くてわかりやすいです。けれども内容はやっぱり深いので、何回も読んで楽しめます。
    野矢先生の本は好きで他にも読むのですが、野矢ismにやられてしまわないよう彼の意見は彼の意見として、自分は自分で考えるということを常に忘れないようにしています。鵜呑みにしてはやっぱりいけないと思うので。

  • 通読しただけでは、簡単に理解できない・・・それが哲学というものか。読みやすいと思っていると、壁にぶつかったりする。そこを乗り越えていくと、世界が広がっていく気がする。

  •  京都には「哲学の道」があるが、読み進めながら、私は、著者に誘われて、「哲学の道」を散歩しているような気分になった。一人で散歩していても、道端の石ころや木々の梢、小川などが目に入るが、それらは哲学的思索を呼び起こすには至らない。しかし、この書物に一歩足を踏み入れると、周囲の相貌が一変する。
     それもそのはず。ここに収められた26の文章は、講談社のPR誌『本』に連載されたもので、読者は、著者の哲学的思考が生成する現場に立ち会うことになるからだ。著者はあとがきで、「本書は、既出論文を水割りにして口あたりをよくしたものではなく、原酒であり原液なのである」と記しているが、私には泡がふつふつと湧いている発酵中のもろみに放り込まれているような感覚であった。
     そのことが、はっきり感じられたのは、第10回「翻訳可能でも概念枠は異なりうる」の章あたりからだ。著者はこの章の末尾に「どうやら、『論理哲学論考』から『哲学探究』への、ウィトゲンシュタインの転回点に触れるところに来ているようだ」と書きつけている。
     そして、第11回「そんなにたくさんは考えられない」では、その転回の内実が明かされる。「私はまず行為空間に生きている。そこからのみ、論理空間は語られる。論理空間を囲い込んだものが行為空間であるというよりも、行為空間を延長したものが論理空間である。さもなければ、論理空間もただの砂上の楼閣にすぎない」と。
     そして、決定的な覚悟がウィトゲンシュタインの言葉を借りて語られる。「ツルツルした氷の上(=論理空間)から、ザラザラした大地(=行為空間)へ戻れ!」(第13回)と。『論理哲学論考』が「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」という言葉で終わっていることはあまりにも有名だが、著者は<論理空間>から<行為空間>へと足場を移し、「語りえぬものを語る」という決意を書名に込めたに違いない。
     この単行本には、各回の末尾に本文よりも長い註が付されているが、そこにはザラザラした大地に立つことで、さらに思索を深めようとする強い意志が感じられる。「私はまだそれを明確に見通すには至っていない」「だが、私はまだそうしたことを見通せていない」という言葉が各所で吐露されていて、今後の思索の深まりを予感させてくれる。
     「野矢センセイ、今度また、どこかで、散歩に連れて行って!」

  • イワナとヤマメを識別するために十分な知識。
    他方、囲碁における「厚い・薄い」といか人柄や言動の「誠実さ」と言った場合には、知識ではなく洞察が要求されているのではないだろうか。

    イワナやヤマメの形態や生態といった知識の欠如がもたらす概念理解の不十分さは「不完全な」理解として現れるかが、洞察には深薄があり、それゆえ浅い洞察しかもたない理解は「浅い」理解とされ深い洞察を伴う理解は「深い」理解とされる。

    誠実さは、その人の他の性格、能力、境遇等、あるいは誠実さを発揮すべき相手のあり方や状況等、さまざまな要因と織り合わされている。
    他の要因が変化すれば、部分的には同じ言動が誠実とも不誠実ともなりえるだろう。
    それゆえ、「誠実さ」という概念を理解するには、そうした他の要因全体とそれらの関連を見通さねばならない。ここに、洞察の深浅が現れる。
    ある人の言動を誠実なものとして見るという点では一致していたとしても、それを見る人の人間経験と洞察のありかたに応じて、その誠実さの相貌はなお異なったものとなりうるに違いない。

    グルー人とわれわれでは、生き方、未来に対する態度が違う。
    それゆえ、世界の相貌が違ってる。

    明日以後の快晴の空色とかつての若葉の色を「同じ色」と考えるのである。私にはできない。
    グルーの定義を見せられれば、そうなのかと頭では理解するが、いわば、体がついていかない。その意味では、われわれはグルーなる概念を「理解していない」と言うべきだろう。
    (翻訳可能だが理解不可能。)

  • 面白かったー
    ウィトゲンシュタインの論理空間の話から始まり、彼なりの経路で現代哲学の諸問題を一つ一つ回っていく感じ。
    論理空間で考えるがゆえに生まれてくる独我論を廃し、行為空間を中心において他者との共存という事実を認める。そのために援用される規則のパラドックス、アスペクト論、対戦相手としてのデイヴィッドソンなどなど。懐疑論を斥けたり、隠喩の問題や自由論・決定論の問題や科学の位置づけの問題にも踏み込んでいく。
    読書体験として、いい本

  • 1350 早稲田ブコフ

  •  著者が「哲学者」なのか「哲学研究者」なのか、どっちを自認しているかは不明である。しかし、アリストテレスやデカルト、スピノザなどのいわゆる哲学者と呼ばれる人たちは少なくともその時代の科学的知見を知ろうとし、また研究していた。

     もちろん、科学的知見が即この世界の正体の全てを(例えば価値観や美観など)を全て説明しうるとは限らない。しかし、少なくともその時代の科学的知見をほぼ全ての領域に渡って知り、或いは少なくとも知ろうとする努力は必要なのでは無いかと思う。

     著者の主張するところは、自分も8割方同意見なのである。しかし、例えば、決定論と自由論を論ずる上において物理的な知識を踏まえないと言うことが許されるのであろうか。特に量子力学における知識を「私は量子力学についてはズブの素人で何もわかっていない」と言い切ってしまうことは自由論について哲学者として語る資格は無いと言ってもいいだろう。

     例えば、地動説を論ずるにおいて、「私は今の天文学の知識に全然詳しくないのであるが、恐らく地球は動いていると思う」と論じて平然としていられるとしたら哲学者とは呼べないし、それを哲学者と呼ぶならば哲学者とは何ぞやという話になる。

     また著者は科学的知見について散々素人であることを強調しておきながら、「科学は決して世界を語り得ない」と断定するのである。少なくとも現代における科学的知識を全方位的かつ包括的に知った上で断定するならば、そこに少しの説得力も資格も可愛げもあるというものである。しかし、何の最先端の科学的知見も無しにそれを断ずるのは、傲慢、不遜の誹りを免れ得ないであろう。

     これは著者だけで無く、日本の、世界の「哲学者」にほぼ当てはまることでは無いかと思う。

  • 途中、神秘的な話になっていってどうなるのかと思ったけど、一応まとまっていました。
    今、仕事上で考えている機械のアナロジーではない「生命らしい」生命システムの理解というものに通じるところがある。けど全体で理解するとしても、きっとどこかに飛躍を残したままになってしまうのだろうか。
    果たしてそれが法則を見つけたといえるのかなぁ。

    こういう人こそ、理研文化の日で呼ぶとかしてほしいですねー。
    議論することで何か新しいことが見えてきそう。

  • わかりやすい語り口で語られる、哲学入門書。あとがきを見て、語り口の柔らかさと著者の視点に共感し、ニヤリ。

    この本で語られる、論理空間と行為空間の区別は大変わかりやすいわけかただ。としを取れば論理空間は広がる一方だらが、行為空間はそうはいかない。このコントラストがわかると、人間にとって一番脂の乗った時期というのがわかるだろう。
    老人力とか言い出した石原慎太郎は、明らかに論理空間を前に押し出しすぎだ。もう少し理不尽な、行為空間先行の考え方もあっていい。
    若者は論理空間で負けているのを前提とできるから、もっと強く出たらいい。

    その後も話は展開するが、基本的に「両者の間をどうとりもつか」ということになるので、グダグダ感がでてくるのだよな。でもそれを、真実として受け止め、理論として練り、新しい展望として出すこと、が求められてるんだよなぁ。

  • 相対主義であるとか、過去であるとか、物事を考えるきっかけを貰った気がする。
    少し長すぎるのが玉に傷か、読んだ箇所全てを消化できた気はしないが、少なくとも消化できた箇所についてはとても満足しているし面白かったと思う。何度も読み返したいと思える一冊。

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語りえぬものを語るの作品紹介

相貌論、懐疑論、ウィトゲンシュタインの転回、過去、隠喩、自由…。スリリングに展開する著者会心の「哲学的風景」。

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