きなりの雲

著者 :
  • 講談社
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感想 : 80
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  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062172950

作品紹介・あらすじ

古びたアパートの住人たち。編みもの教室に通う仲間たち。大切にしていた恋を失くし、すさんだ気持ちから、ようやく顔を上げたとき、もっと、大切なものが見つかった。傷ついた心だけが見えるほんとうの景色。愛おしい人たちとのかけがえのない日々を描き、「群像」発表時から話題を集める著者初の長篇小説。第146回芥川賞候補作。

感想・レビュー・書評

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  • 力を貸して。

    転校先に馴染めず、編物教室で大人に交じって黙々と編物をしていたちさちゃんが
    ある日の編物教室のあと、迎えにきたお父さんの顔を見るなり、言ったひと言。

    失恋の痛手で教室を休み続け、半年過ぎてやっと姿を現した講師のさみ子の
    あまりのやつれように心を痛めて、先生が元気になるようなお見舞いをあげたいから、と。

    編み方に迷うたび、さみ子がかけてくれた「力を貸しましょうか」の言葉を
    ずっとうれしく心の中に温めていて、
    学校でぽつんとひとりでいるときも、自分のためにはけっして言わなかったその言葉を
    大切な先生のために口にするのだ。

    そんな切実な「力を貸して」に応えて、ちさちゃんの両親が与えるアドバイスや
    そうしてちさちゃんが完成させたお見舞いの品物、添えられたカードの言葉が
    あまりにすこやかで、やさしくて、涙が止まらなくなって。
    このエピソードが綴られた『万能の薬』だけでも、読んで読んで!と
    本好きの仲間にふれまわりたくなってしまう。

    枯れかけたサボテンだって復活させてしまう液体栄養剤を見て
    弱った人間の気持ちにも、こんな万能薬があるといいのにと思っていたさみ子が
    声に出さない、出せない叫びを耳を澄ませて聴き取り、
    ちさちゃんのように手を差し伸べてくれるひとたちの存在に改めて気づき
    「だから、万能の薬はいらない」と、ゆっくりと歩き出す物語。

    さみ子が言う通り、編物と足あとはよく似ていて
    「行きと帰りと、歩く。表と裏と、編む。」

    編み始め、端までいったら裏返して戻ってくるのを繰り返すうち
    いつのまにかあったかいマフラーやセーターが編み上がっているように
    毎日家を出て、学校や仕事に行って、また家に戻ってくる繰り返しの中にも
    得がたい経験があり、成長があり、そしてかけがえのない日々が紡がれていく。

    羊の毛色そのままの毛糸で、大切な誰かのために編物したくてたまらなくなります!
    とりあえず私は、3びきの猫たちのために、猫ベッド用の敷物かな?

  • 聞きたかった音、と
    聞きたかった声、が

    チカ チカ チカと
    手元を時々明るく照らす光 みたいに
    満ちているな、と思った。

    編み物の先生であるさみこさんは
    ざくざくと
    セーターを編みながら
    天然な(元)恋人の、
    離れたり、戻ってきたり、の自由すぎる行動に
    困惑してる。

    うんうん、
    悪気はないよね…
    いい人だよね…

    大樹にもたれながら、
    はーっとため息をこぼす彼女の、
    それでも
    止まらない手元を見てるのが心地よい。

    一目、一目、縫い目が行ったり来たりを繰り返しながら
    やがて
    ふっくらと温かく
    体を包むセーターになっていくんだろうね。

    みんなそれが大好きで彼女を見守ってる。
    大樹も、
    そこからこぼれる
    チカ チカ チカの光らも。

  • 気持ちが少しざらついていて、本棚のお掃除をしました。
    本書でも、ちさちゃんが言っていますが、
    お掃除はいいですね。すっきりします。

    そして目に飛び込んできたのが、このきなりのセーター。
    さみちゃんに会いたくなって、再読です。

    枯れかけた植物のようだったさみちゃんが、
    元気を取り戻していく姿。
    やわらかな言葉と、毛糸のぬくもりに包まれて、
    今回も、心がゆっくりと澄んでいく感じがしました。

    ”ときぐすり”とでもいうんでしょうか…。
    同じところにとどまっているようでも、
    少しずつ、なにかしら変わっているんですよね…。


    一目一目、丁寧に編み進め、
    間違いに気づいたら、そこでいさぎよくほどき、戻ってやりなおす。
    そのくりかえし…。
    そしていつしか形になっていく。

    松本さんのような、おばあちゃんになりたい。
    一番好きな、きなりの糸で編み物がしたくなる。
    そしてやっぱり玉子サンドが食べたくなりました。

    • azu-azumyさん
      杜のうさこさん、こんにちは~♪

      石田千さんの本は読んだことがないの~!!
      杜のうさこさんのレビューを読んでいると、優しい世界が広がっ...
      杜のうさこさん、こんにちは~♪

      石田千さんの本は読んだことがないの~!!
      杜のうさこさんのレビューを読んでいると、優しい世界が広がっていく~!
      この本、読んでみたい!!
      φ(..)メモメモ

      「人魚の眠る家」を読みました。
      興味深い本でしたが、ずっしりと重い…
      柔らかい風が吹き込むような本が読みたかったの~!
      ありがとう~(^^♪
      2016/03/18
    • 杜のうさこさん
      azu-azumyさん、こんばんは~♪

      優しい世界なんて言ってもらえてうれしい♪
      ありがとう~!
      私の千さん初めまして本だったの。...
      azu-azumyさん、こんばんは~♪

      優しい世界なんて言ってもらえてうれしい♪
      ありがとう~!
      私の千さん初めまして本だったの。
      一応、恋愛小説なんだと思います。
      けっこう、え~~それってないんじゃないの?みたいなとこもあるの。
      でも、素敵な物語だと思う。
      それまでのざわざわしていた気持ちが楽になりました。おススメです。
      azu-azumyさんにも気に入ってもらえるといいな~(#^^#)
      無事ゲットできるようお祈りしてるね~(*^-^*)

      今からおじゃましま~す♪
      2016/03/19
  • 失恋して何もかも投げやりに(死なない程度に生活するという勢いで…)過ごしていた主人公がきちんとした生活を送る中でゆっくりと前を進んでいくお話。

    タイトルと主人公の職業にちなんだ、あたたかい感じの表紙に惹かれて読み始めました。

    編み物教室の女の子の主人公への純粋な思いやりにぐっときました。
    人の手は貸すより借りる方が勇気がいるということ、すごく共感です。でも力になってくれる人は必ずいるから。肩の力を抜いて生きようと、優しく語られたような気分です。

    素朴で静かで、冬のあたたかい日のような、ほっとする文章が心地よかったです。
    作者はていねいに生活を送っているのかなぁと思わせる描写、この方の描く生活の空気がとても好きだなと思いました。

  • (2024/01/20 2.5h)

    丁寧なてごころの込められた文章にほだされる。
    句読点が多く、あえてひらがな使いを選択しているようで、スローなテンポで読み下すことを意識する。

    「いらい」「いう」
    「〜こられた」「〜くださった」「〜いただいた」

    セリフにかぎ括弧を使わないのも独特の間を生んでいます。

    編み物がしたくなりますね。
    冬から夏にかけてのお話ですが、やはり手縫いものの話なので冬に読むと心がフッと温まるような。

  • 大好き。一つの事を表現する言葉自体がみずみずしく美しく、自分自身に思いを膨らませられることはそう、なかなかないのです。何度でも何度でも読みかえしたい本が増えました。この作者の感性が好きな人なら人生の中で宝物になるような本です。アボガド・編み物・生き方。

  • 失恋のショックで崩れてしまった自分を形成するものたちを、主人公が少しずつ取り戻していく物語。
    いや、主人公の世界は確実に広がっているから取り戻すという表現は正確ではないな。
    編み物を一目一目編んでいくような静かでゆったりとした変化が丁寧に優しく描かれていく。
    とても安心させてくれる小説。
    人間て案外しぶといのかもしれないと思い、そのことを頼もしくも思う。

    石田千さんの本は2冊目。
    小説は初めて読んだけれど、エッセイと小説がとても近いなと感じた。
    こんな風に感じる作家さんは初めてかもしれない。
    とても好きだ。もっと読みたい。

  • 一目一目丁寧に編み込んでいくように、日々の暮らしもじっくり丁寧に、自分の速度で進む40代のさみ子。
    この穏やかな雰囲気がたまらなく好きで、もっと読んでいたかった。
    思うように行かずに落ち込んだり、周りの人に自分の気持ちを上手く伝えられない不器用さに好感を持った。
    そんなさみ子は糸で言うならば色を染める前の「きなり」だろう。

    例えば編みもの教室で、全員同じ糸で同じものを編んでいても、一つとして同じものに仕上がらないように、人の生き方は人それぞれ。
    人生を長く生きていれば白黒ハッキリ出来ないことの一つや二つある。
    「さみちゃん、悔いるならぶつかりなさい。やってみてだめならいいじゃない。もう若くないんだから。」
    姉のような存在の人に優しく言ってもらえる有りがたさ。

    さみ子の物語の続きを読んでみたい。
    そして私も久しぶりに編みものをしたくなった。

  • 小泉今日子書評集をよんで知った石田千さん。
    きなりの雲はとても良かった。
    この本を読みながら、失敗しても良いから私も、人付き合いを大切にしたいなあと思うようになり、時には自分の頭の固さに辟易したり。
    昔やっていた編み物も、またやってみたくなった。
    図書館で借りたが、すごく気に入ったので、何度も読み返したいから買いました。
    この作者の他の本も読みたいと思った。

  • 大好きだった恋人に振られ、すさんだ生活を送っていた主人公の、再生の物語。

    最近読んだ『太陽のパスタ、豆のスープ』を思い出した。

    再生に必要なのは、規則正しいキチンとした暮らしと、一歩引いた優しい人たちなんだとしみじみ。

    石田千さんの作品は、エッセイも読んだけれど、小説の方が好きです。
    サラサラと流れるような文体に、ココロが洗われるようでした。

    『すこしつめていた息をほどく。ほうと、おおきくしろくのぼらせてみる。』こういう描写、たまらない。

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著者プロフィール

石田千(いしだ・せん)
福島県生まれ、東京都育ち。國學院大學文学部卒業。2001年、『大踏切書店のこと』で第1回古本小説大賞を受賞。「あめりかむら」、「きなりの雲」、「家へ」の各作品で、芥川賞候補。16年、『家へ』(講談社)にて第3回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。16年より東海大学文学部文芸創作学科教授。著書に『月と菓子パン』(新潮文庫)、『唄めぐり』(新潮社)、『ヲトメノイノリ』(筑摩書房)、『屋上がえり』(ちくま文庫)、『バスを待って』(小学館文庫)、『夜明けのラジオ』(講談社)、『からだとはなす、ことばとおどる』(白水社)、『窓辺のこと』(港の人)他多数があり、牧野伊三夫氏との共著に『月金帳』(港の人)がある。

「2022年 『箸もてば』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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