- Amazon.co.jp ・本 (154ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062191050
作品紹介・あらすじ
亡き父の後を継ぎ、万病に効くお灸「天祐子霊草麻王」を行商する「わたし」は、父の残した顧客名簿を頼りに日本海沿いの村を訪れる。土地の老人達、雑貨店のホットパンツの女、修験道者姿の謎の男……。人里離れた村で出会う人々は一癖も二癖もありそうな人たちばかり。やがて、帰りのバスに乗り遅れた「わたし」は、この村で一泊することになるのだが……。
感想・レビュー・書評
-
初いぬいあきと。
温活でお灸を試してから心地よさに目覚め、図書館で「お灸」と検索してヒットした本だったから借りてみた。お灸小説なのか…?
「どろにやいと」
山形がモデルになっている。父が遺した天祐子霊草麻王というお灸を売り歩く男の話だった。
志目掛村(しめかけむら)には三つの山がありそれぞれ過去、現在、未来を現わしているという。男は元ボクサーなのだが、訳ありでリングにあがることが出来なくなってしまった。
村には癖の強い村人が住んでいる。人間なんだろうけど人間の皮を被った何か(異類)ぽさがあり、ぬるっとした泥のような雰囲気と、主人公の飄々とした受け流しが面白かった。
これで決定的に強い悪の化身が登場したら村上春樹の小説っぽいなーとか思いつつ読み終える。そしてよく見ると表紙絵は意味深で、そこはかとなくエッチだったりもする。
「天秤皿のヘビ」
イサ少年とウンパ(蛇)の話。南の島アンポラ島。
かつて島にはゆったりした時間が流れ、島民はほぼ裸に近い格好でのんびり自由に暮らしていた。が、観光地化した島には資本主義の波が押し寄せ、かつてののんびりした雰囲気を飲み込んでしまった。
イサは4歳の時に母親を亡くし、以来ヘビのウンパと苦楽を共にしていた。観光客にウンパと芸を見せそれを生業にしていた。
イサとウンパの前にスラム街のチンピラたちが現れて…。
2編とも短い物語だけど、するっと読めた。
何かが盛り上がる、発展するために何かが犠牲になっていて、発展してしまった後にはすっかり忘れ去られてしまう。見えない足場には大事なものがあったけど、その存在さえ忘れ去られてしまう。
それでも記憶の片隅にはうっすらとエネルギーが残っていて、一部の人に語り継がれていくこともある。オワコンと言われる文化が地方で細々と生き残っている。昭和40年代を思い出して懐かしくなった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
興味深い本だったというのが第一印象。
未来を切り開くのは自分自信であり、困難を切り抜けなければ勝ち取りたい未来はないのだ。
逆に困難がない未来はなくても同じであり、それは本当に望んでいたものではないし、どんな感動もあり得ない。 -
口調と行動が合ってなくて
妙でおもしろかった。 -
ロードムービーのような、のんびりした感じでいくのかと思いきや、
途中からなんだか変な方向に...。
どこに辿り着くのか気になり、気づかぬうちに引き込まれる。
主人公の辿ってきた人生が少しずつ垣間見えて、
それとは似ても似つかぬお灸売りをするという設定がおもしろい。 -
亡き父の後を継ぎ、万病に効くお灸を行商する「わたし」は、父の残した顧客名簿を頼りに日本海側の村を訪れる。帰りのバスに乗り遅れた「わたし」は、村で一泊することになるのだが…。全2編を収録。
14年上期芥川賞候補作。表題作は例によって魅力の薄い男が主人公のちょっとニヒルな展開の物語。芥川賞の選者たちは揃って戌井の力量は認めつつも何か足りない、的な評価だった。ただ短期間でこれだけ頻繁に芥川賞候補になるのだから大したもの。
(B)
2016年の読書はこれで終了。122冊(2冊は猫雑誌)読んでA評価は8冊(前年比+2)、B評価で☆5つが11冊(前年比+4)でした。 -
話は面白い。でも言葉が身体から発しているようには感じず、もう一つ文章が響いてこないのは若さなのかと。
-
52/10000
『どろにやいと』戌井昭人
亡き父の後を継ぎ、お灸の行商をしている男が、ある村での奇妙な体験を綴った物語。
今、つい、奇妙な、なんて書いてしまいましたが、思い返してみると、そんなに、奇妙、なことが起こる訳でもないし、ヘンな土地柄、特に変わった人が出て来る訳でもなかったです。小説の中の世界ではごくあたり前に起こる範囲でした。
でも、そう思ってしまうのは、童話の様な文体が醸し出す、すっとぼけた雰囲気によるものかも知れません。
魔法にかかったみたいな気分。
奇妙なのは物語ではなくこの作品自体。
面白かったです。 -
戌井昭人氏の不思議小説を読了。相変わらず若干枯れていて絶妙に軽い文体です。でもこれで食べられているのだろうか?小説家というのはたいへんだなあ。
-
不思議な読後感。でも何だかクセになる文章を書くのだ戌井昭人という人は。表題のどろにやいとは、昭和の香りがどことなく漂う時間軸がおかしくなった様な話、もうひとつの天秤皿のヘビは、おとぎ話チックなのかと思いきや、そうでもなく今後の展望も見えない形で話が終わる。どちらも結末が見えない。何だかそんなところがクセになりそうな所以なのだろうか?と考えてみたりした次第。
-
表題作
何度も読むと、色々と気付いてくることがあるのだろう。再読したい。
主人公の口調と生い立ちがアンバランスなことを可笑しく思っていたら、ストーリーがそれどころではなくなってしまう。
何とも言えず、引き込まれてしまう作品。
天秤皿のヘビ
社会の縮図、と単純に終わらせない著者の力を感じた。