百年後、ぼくらはここにいないけど

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著者 : 長江優子
  • 講談社 (2016年7月13日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062195812

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百年後、ぼくらはここにいないけどの感想・レビュー・書評

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  • 石田健吾は地理歴史部の部長。もともと、活動らしい活動もない楽な部活だからと、草野太陽(くさのたいひ)と一緒に入った。けれど、このまま新入部員が入らなかったら存続の危機にあるらしい。部長だった太陽は、今年の学習発表会で「地元の渋谷を調べる。ジオラマ製作」と決めて、2メートルの土台作りだけして転校していった。
    代わりに部長になった健吾は、ジオラマを作る気もないし(トラウマになる想い出もあるし)、後輩をまとめるもの面倒だと思ってる。三年なのに
    なぜ自分がこんな役回りをする事になったのか、と。

    けれど、もともと鉄道好きでジオラマ作りをやったこともあった健吾。渋谷を歩き、調べ、地図を見て考えるうちに、出来るかもという気持ちになってきた。作業を進めていくうちに、部員達の意外な才能を知ったり、それぞれの事情を知ったり。

    百年後前の渋谷は、今の渋谷とはちがう生活が息づいていた。
    そして、百年後、今とは違う、渋谷がある。
    特に、東京オリンピックに伴う開発で消えてしまう商店街などもある。
    そんな生活の一瞬を切り取ったかのようなジオラマ製作作りを通して成長してゆく、青春物語。

  • 百年前のジオラマが見たかった。

  • 部員の減少で存続が危ぶまれている地理歴史部。部をアピールするために学習発表会で一畳大の百年前の渋谷駅前のジオラマを作ることになった。
    言い出したのにさっさと転校していってしまった太陽に代わり、部をまとめることになった健吾。部員たちと百年前を調べつつ、ジオラマに必要なものをお金をかけずに作る方法も考える。
    健吾は、自分たちの町・渋谷を調べる中で、自分自身の初恋の思い出や、町の人々とのふれあい、突然転校してしまった太陽への思いなどが絡み合っていく。

    渋谷駅近くの中学校を舞台にした2か月の青春。

  • 地理歴史部の中学生が学園祭に向けてジオラマで100年前の渋谷を作るストーリー。熱血部活動って感じではなく、いまどきの中学生らしく脱力系だけど興味深く読みました。若い先生が顧問になってやる気のない部員たちがやる気を出すストーリーはありがちだけど、先生も肩に力が入りすぎてなく、子供たちを見守るスタンスのいい先生で素敵でした。
    私も興味がわいてきて、自分の住んでる街の昔を調べてみました!

  • 中学生。部活動。地理歴史。模型。ジオラマ。渋谷。友達。失恋。上下関係も活動内容もユルいチレキに入ったけど、今年はジオラマを作ることになった。そして言いだしっぺの部長・太陽は転校してしまう。どうやって作る?テーマは何にする?部員たちと掘り下げていくうち、自分の中の傷や悩みに触れることになる。彼らの葛藤はとてもストレートだ。ジオラマの作り方を学ぶ部分はあっさりとしているのにすごいものが出来ていくのがちょっと不思議。2014年ごろの渋谷駅周辺の様子が描かれていて、これも少しすると、そんなこともあったんだ~っていう過去になるんだろうなぁ。

  • 帰宅部のつもりだった健吾は、席が近い太陽の誘いで、一番楽そうな地理歴史部に入った。
    しかし3年生になって顧問がかわると、文化祭で、部員全員でテーマを決めて作り上げたものを展示することになった。

    校区のジオラマにしようか、という計画段階のところで、部長の太陽が転校してしまった。
    話し合いの結果、100年前の渋谷のジオラマを作ることになったが、部長を引き継いだ健吾は乗り気になれかった。
    太陽のことが分からなくなっていたことに加えて、健吾にはもう一つジオラマを作りたくない理由があった。

  • 中学校チレキ(地理歴史)部の、ジオラマづくりを描いた作品。スポーツものに比べると地味だ…と最初は思ったが、ここには独特の世界が広がっていて、比較できないと分かった。百年前の渋谷を調べるため訪ね歩く彼らの姿から、TV番組「ブラタモリ」が思い浮かぶ。今、郷土史研究はちょっとかっこいいかも。

    部員それぞれも個性的だ。しかしそれがわかるのは意外にも後半以降。はじめのうちは、苗字と名前が結びつかないし、人間関係も明白ではない。他小説だと序盤ですぐに分かる個性も、本書では前半詳しく説明されない。これは意図的なのだろうか。後半、主人公健吾が失恋について述べるあたりから、俄然各人が光り始める。まるでジオラマが完成に向かうのと連動するかのように、部員たちの結束が固くなっていく。スポーツとは違った面白みが、ここにはある。

    本書は、渋谷と「ジオラマ」というものをよく知っているとより楽しめるだろう。渋谷にある地名は知っているものの、ジオラマ制作に使う材料については専門用語が全く分からず、思い描けなかったのが残念。せめて出来上がった作品の絵でも載せてほしかった。

    未来を見据えた作品として後味はよい。

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百年後、ぼくらはここにいないけどの作品紹介

チレキ。正式には地理歴史部。「一番楽で、上下関係厳しくなくて、ついでに存在感もなくて、でもいちおう部活動だから入部すれば内申点つくし、帰宅部よりオススメ」だったはずなのに、主人公の健吾が中三になった春、状況が一変する。
熱血の新顧問が改革に乗りだし、部長の太陽がすんなり従い、秋の学習発表会にみんなでジオラマ作成をすることに。健吾以外の部員4名は賛成するが、健吾は太陽への嫉妬と、ジオラマへの苦い思い出から、反発する。しかし、太陽の突然の転校により、なりゆきで新部長となってしまい、残された縦2メートル、横1メートルのジオラマ作成と、いやいや向きあうことになる。
ジオラマのテーマは、〈百年前の渋谷〉。自分たちの住んでいる町は、どのようにして今の姿になったのか。町の過去を振りかえる作業を通して、自分の過去の傷を見つめる健吾。他の部員も、町の変容に、自分たちの今を重ねて、ここにいる必然に気づいていく。青春小説。

町に暮らす人々は、バラバラに生きているようでいて、実はみんな、どこかでつながっている。過去に生きていた人と、今を生きているきみも。今を生きているきみと、きみのとなりのあなたも──。

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