愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家

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著者 : 延江浩
  • 講談社 (2017年3月8日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (354ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062196932

愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家の感想・レビュー・書評

  • 私が生まれる10年ぐらい前までの東京の、極めてハイコンテキストで不思議なテイストの群像記。その頃までの昭和は紛れもない"戦後"であり、それは戦前の明治、大正ともつながりのある時代だった。平成のいまは遠くになりにけり、当時との繋がりを感じさせる建造物であった国立競技場も平成の次の年号に開かれるであろうオリンピックの為に取り壊されてしまった。その国立競技場のごく近くにあった松任谷ビルの地下一階には会員制バーである"易俗化"(エキゾチカ)があり、そこには寺山修二、三島由紀夫、石原裕次郎と慎太郎、力道山、前途有望なアーティストやスポーツ選手が夜な夜な集って遊びに興じていた。店の主は松任谷尋子。戦後の日本語歌詞による女性ポップソングというカテゴリを作ったといっても過言ではない松任谷由実の義理の叔母である。

    この尋子の孫に当たる松任谷玉子がFM東京のラジオ番組の制作で脚本家で著名な倉本聰と会話をしていた際に、「何かを表現するにしても、自分の『ルーツ』ってのがある。『ルーツ』はオリジナルだ。自分だけのオリジナルは、人にとっての『新しさ』になる。(中略)玉さんにもルーツがあるだろう」となり、玉子が「ルーツ、といえば、詳しくはわからないんですけど、以前から祖母の祖父がものすごいひとだったと言われているんです。家族や親戚も、それを誇りに思っている者が多いって」と回答し、やがてその"祖母の祖父"が、日本の右翼のルーツである玄洋社の頭山満だと聞いて倉本聰は仰天した。そしてこの本の作者も仰天したのだろう(ちなみに、私も仰天した)、新鮮な驚きがそのままこの本のタイトルになってしまっている。

    ということで、この本は戦前戦後の名家である松任谷家と幕末維新から今につながる右翼活動の源流である頭山家の華麗なる一族とその縁の先にある多士済々な人々の戦前、戦後、そして今をコラージュ的に構成する群像伝となっている。その登場人物達は、三島由紀夫、三輪明宏、坂本龍一・細野晴臣、岸信介、吉田拓郎、(ザ・フォーク・クルセダーズの)加藤和彦・北山修、川添梶子、大杉栄・伊藤野枝、重信房子、向田邦子、鄧小平などなど大河ドラマ的な広がりを見せている。

    そして何といっても主役は松任谷正隆と由実の夫婦。立教大付属中学時代の荒井由美は、東京では有名なGSのグルーピーで独自のませた嗅覚で東京の面白そうな文化人が屯す六本木のキャンティに通いつめていた。一方で出不精で物静かな正隆は学生時代から音楽にはまり、慶応大学時代には既に実演化として収入を得始める。そして、一緒にバンドを組んでいた村井邦彦の紹介で(当初は自分たちのバンドのボーカルに招聘しようとしていたらしい)19歳の荒井由実と出会うことになる。荒井由実は、名曲「翳りゆく部屋」を中学時代に作っている早熟の天才である、村井も正隆も由実の作る詩や曲の奥深さと普遍性にびっくりして、バンド活動よりも荒井由美のプロデュースに全力を傾けていくことになる。

    松任谷尋子も易俗化も昭和もなくなり、戦後と今を繋ぐ遺構であった国立競技場で行われた最後のラグビーの早慶戦、終了後のセレモニーは松任谷由実の「ノーサイド」が流れた。彼らが織り成した時代のひとつのエンディングシーンである。

    それでも血は巡り、倉本聰の言うオリジナリティの高い"ルーツ"のまた新たなものが1300万都市となった東京ではいまも生まれているのだとは思うが、松任谷家、頭山家、維新・戦前・戦後という要素を内包したミクロコスモスであるこの物語を超えるようなおもろい話はそうなかなかは生まれてこないのではないだろうか。

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