我が名は秀秋

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著者 : 矢野隆
  • 講談社 (2015年10月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (330ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062197397

我が名は秀秋の感想・レビュー・書評

  • 3人の父親、養母、慕った兄との関係を丁寧に描いていくことで秀秋の気持ちに寄り添っていく。
    地位も名も自分でなしたものではない。苛立ちを感じつつも諦めが覆う。
    そんな13歳の多感な年頃に彼は気づいてしまう。
    偉大と恐れ敬ってきた秀吉が老いた猿なことに。
    小早川の父と叔父の鮮烈な出会い。
    家族と慕った兄の死。
    「人の縁は歳月の長さではなかろう」「なにを貰い受け、なにを捧げんと想うたか。その多寡と想いの強弱こそが、縁の濃さを決めると我は想う」
    秀俊から秀秋への改名。そこに籠めた想い。
    朝鮮出兵で父が指摘した自分の中の獣に気づく。
    「死した父に恥じぬ男になるため、秀秋は今ここにいる。」
    家康にも対等であろうとし、小早川家を守るために関が原へ臨む。

    関が原戦。
    秀秋は松尾山山頂から戦を俯瞰している。
    絵巻を眺めるように戦の進行が描かれる。
    ついつい絵本「動物関が原」を開いてみてしまった。
    キリキリと弓を引き絞るように。
    矢を放つ瞬間はいつなのか。

    読みすすむうちに、歴史ものは未来が見えてしまうのがどうにも切ない。
    凛々しく逞しく成長していくほどに。
    数々の戦国ものの本でドラマで弱弱しく卑怯で卑屈に描かれる秀秋像がここまで凛々しい青年に描かれるとは!
    歴史とは勝者が紡ぐ過去。本当はどうなのか、ものすごく気になる。
    秀次がキレイすぎかな。
    でも、隆景、秀包、重臣の頼勝、正成の漢気に惚れる。戦国ものはやはり漢を語る物語だもの。
    北斗のあの人とか某本宮さんとかの漫画になりそうだった。


    「理は心中の獣を殺すためにあるのではない。胸の奥の荒ぶる獣を飼い馴らすためにあるのだ」

    歌って踊る二人組が「Shake it ガ原!」で「秀秋!」を連呼している。
    聞きながら、家康の思い通りになってないよーとにやにや。

  • 小早川秀秋が、最後に光成側を裏切って、徳川の勝利が確定した。その秀秋の生涯を追ったお話。ちび秀秋がとにかく可愛かったなぁ。自分とかけ離れた人物なのに、共感できることも多かった。

  • ほほう。そうきたか。
    一般的には愚鈍で優柔不断なイメージの小早川秀秋。
    だって肖像画を見たって、武将とは思えないゆるんだ表情。

    この作品では、幼いころから秀吉の養子になり、立場をわきまえているからこそ周囲の大人の顔色を窺い、決して目立つことなく自分の意志を持たず、与えられた環境を黙って受け入れていた秀秋は、本当の自分を抑えに抑えていたのだという。

    秀吉の正妻ねねの甥である秀秋は、多くいる兄を差し置いて秀吉の養子になり、どんどん引き立てられていった。
    けれども秀吉に実子ができた時、彼はいらない存在として小早川家に養子に出される。
    しかしそこで隆景に本当の自分を見出され、無理に自分の気持ちを抑える必要はないと言われる。

    秀吉は才能のあるものに魅かれ、執着する。
    秀吉の養子に迎えられたという時点で、秀秋は才能にあふれた子であったはず。
    だからこそ、自分を脅かす存在を決して許さなかった秀吉の前で、秀秋は自分の意志を殺さなければならなかった。自分でも気づかないほど深いレベルで。

    隆景に己を見出された秀秋は、隆景こそを父と慕い、人として大きく成長した。
    では、なぜ秀秋は豊臣家を裏切り、小早川家の本家筋である毛利家を裏切り、徳川についたのか。
    それも、東軍西軍どちらにつくのか、最後の最後まではっきりさせなかったのはなぜか。

    読んでいる時、それはとても説得力のある説で、そんな体験をしたならばそう感じるであろうということが、ストレートに伝わってくる。

    しかし、秀秋、本当にそんな出来る男なのか?
    だってあの顔…。
    酒浸りで、暮らしぶりは贅沢だったからねねに多額の借金してたんだよね。
    そういうことが書かれてなくて、新たな説を展開したところで、それは作り物の域を出ないだろう。
    小説だから最初から作り物なんだけど。

    だけど、関ヶ原の合戦で東軍が勝ったのは、まぎれもなく秀秋のおかげ。
    なのにどの資料を見ても、ディスられているのはなぜなのか。
    三成ですら最近は見方が変わってきて、実直で生きるに不器用な男だったなどと言われたりもするのに、秀秋の貶められっぷりは変わらない。
    そこに何かがあるのでは?と思うのは、ある意味自然。
    これからもいろんな説が出てくればいいと思う。

    小説としておもしろく読んだからこそ、最後は蛇足と思った。
    そこは、読者が思う部分だ。

    “関ケ原最大の功労者とも呼べる秀詮の不慮の死。そしてその後の過剰なまでの人格の誹謗。
     秀詮が愚者であることで得をするのは、いったい誰か?
     歴史とは生き残ったものが紡ぐ過去である。”

    秀秋、享年21歳。

  • 小早川秀秋が主人公の話は初めて読んだけど、思ってる秀秋像と全く違って、面白かった。

  •  あまりに短い人生ゆえ、その真価は評価しがたい。が、心の獣の喩えは、この小説の芯になっていると。

  • 豊臣秀吉の養子から小早川隆景の養子となり、関ヶ原の戦いで重要な働きをした小早川秀秋について書いた本です。

    どこか弱々しい従来の小早川秀秋は、全て勝者である徳川家が作り上げた虚構である、というのがコンセプトになっています。

    関ヶ原の戦いに際して、北政所との会話がぐっときました。
    家族とは血の濃さではなく、家族に対する想いの重さである、という言葉が、この本のタイトルにも表れている、自分は豊臣の血縁者ではなく、小早川家の人間である、という叫びにもつながる気がしました。

    ↓ ブログも書いています。
    http://fuji2000.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-4175.html

  • 小早川秀秋事、幼少時秀吉の養子として中納言のくらいに就て秀俊の生き様を描く。関ヶ原で最低の振舞い裏切りで名高い秀秋で有るが、幼少時秀吉に小早川家の養子に出され生きる内、秀吉憎し、家康に傾きその結果が関ヶ原の裏切りに続く。主人公の秀秋をその時々の背景から心情的に共感を持つストーリー立てになっているが、本当は優柔不断で勝ち馬に乗る性格だったのではと思うな〜。

  • 小早川秀秋、関ヶ原において土壇場で寝返り勝敗を決定づけた武将。彼は果たして優柔不断、暗愚、日和見主義だったのだろうか。秀吉の正室・北の政所が叔母であり育ての親でもあるが、戦国時代の習いであちこち養子に出され、毛利家の右腕である小早川隆景の養子となる。自らの立場や周囲の状況に翻弄される中、血筋ではなく生き方、隆景こそが父であると信じた。関ヶ原において、秀秋は19、20才くらいであり、将としての経験が圧倒的に不足している。しかし、そこで下した決断は小早川家のためだった。歴史の勝者としての秀秋が描かれている。

  • 関ヶ原で稀代の裏切り者と謳われた小早川秀秋の、波乱万丈の生涯に焦点を当て、謀略の中で苦悩する若者と大合戦を描く歴史スペクタクル小説。

    時の関白、豊臣秀吉の養子となり、北の政所に育てられるが、秀吉に実の世継ぎができた折に小早川家に養子に出される。同様に兄として育てられた豊臣秀次が、秀吉の実子(秀頼)の妨げになると排除されるのを目の当たりにし、秀吉にそして時代に翻弄されるわが身を知る。
    しかし、養父小早川隆景の下で自ら生きるということ、武士としての生きざまを学び、朝鮮出兵等を経て逞しい武将に成長する。

    知略に優れ、様々な曲折を経て、徳川方に付くことを決意。そして、運命の関ヶ原に駒を進める。
    東西両軍が拮抗したときに、乾坤一擲の裏切りをみせ、戦いの流れを東軍優位に転換させ、そのまま徳川型の勝利となる。
    しかし、合戦の後もまだ人生は秀秋を翻弄する。そして....
    誰が、後世に歴史を伝えたか。
    「歴史とは生き残ったものが紡ぐ過去である。」と筆者は物語を締めくくる。

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我が名は秀秋の作品紹介

秀俊は13歳にして3人目の父親の本拠・備後国へ向かうべく京を発った。2人目の父親は天下人・豊臣秀吉だった。実の父親は秀吉の義兄にあたり、物心がつくころには養子に出された。こんどの父は小早川隆景。秀吉の信頼厚く、また毛利家内でも「両川」と呼ばれて本家を支える立場にある人物だ。対面を果たすと秀俊は隆景の眼鏡に適い、秀俊も隆景に好感を覚える。翌年、大きな事件が起こる。秀俊には義理の兄がいた。現関白の羽柴秀次。京にいるころは、実の兄のように慕っていた。その秀次に、謀反の疑いがかかったのだ。極秘で秀次に面会すると、義兄は自らの死を予言する。義兄と別れてから間もなくして、予言は的中する。秀俊の心に、秀吉の顔が敵として刻まれる。その年の暮れには、隆景の領国・筑前国ほかを相続し、秀俊は晴れて小早川家の総領となる。翌年、時代が大きく動きはじめる。和平交渉が続いていた朝鮮と決裂し、再出兵が決まる。年が明けるとその陣立てが発表され、なんと秀俊が日本の軍勢の総大将に任じられる。華々しい初陣。が、筑前で出陣の準備をしているさなかに、義父・隆景の訃報がもたらされる。初めて温めてきた親子の契りとの決別。思う存分泣いた秀俊は、一万の手勢に出立を命じる。秀秋と名を改めての初陣となった……。

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