- Amazon.co.jp ・本 (194ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062201520
作品紹介・あらすじ
オレゴン州の高校を退学になりかけている女の子・ジニ。ホームステイ先でステファニーと出会ったことで、ジニは5年前の東京での出来事を告白し始める。
ジニは日本の小学校に通った後、中学から朝鮮学校に通うことになった。学校で一人だけ朝鮮語ができず、なかなか居場所が見つけられない。特に納得がいかないのは、教室で自分たちを見下ろす金親子の肖像画だ。
1998年の夏休み最後の日、テポドンが発射された。翌日、チマ・チョゴリ姿で町を歩いていたジニは、警察を名乗る男たちに取り囲まれ……。
二つの言語の間で必死に生き抜いた少女が、たった一人で起こした“革命”の物語。全選考委員の絶賛により第59回群像新人文学賞を受賞した、若き才能の圧倒的デビュー作!
感想・レビュー・書評
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主人公の少女ジニは、中学から入った朝鮮学校に馴染むことが出来ない。そんなある日、テポドンが発射される。制服のチマ・チョゴリを着て池袋を歩いていたジニは、見知らぬ男達に、いわれのない暴力を振るわれてしまう。
どこにも、その悔しさ、理不尽さをぶつけられぬジニ。
学校を休み悩み抜いて出した結論。それは教室に飾られた「あの肖像画」を教室の窓から投げ捨てる事だった。
「空が落ちてくる」と、そのどうしようもない閉塞感を感じた少女が、友との対話の中で「空を受け入れる」までになる、心が痛くて、でも強い強い物語。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
小説を読んでここまで時間を忘れたのはいつぶりだろう。
内容に関しては、私の言葉で形容することはおこがましいので、完全に私の主観に基づいた所感を残しておきます。
私は基本的には、100%完璧に日本人しかいない田舎町で育ったので、都会よりもずっと均質性の高い空間で生涯を過ごしてきたと思います。
そんな環境から、周りに帰国子女や外国籍の方が多い世界に身を置いているので、両方の世界に足を突っ込んだ人としての所感を残しますね。
芸人のアイクヌワラさんがあるときこんなことを言っていました。
「日本人は人種差別をしているわけではない。ただ知らないだけなのだ。」
ここにおける知らないとは、教科書的に知らないということはもちろんですが、実体験として知らないというこ
とだと理解しています。
そもそも宗教や政治、人種に関する会話というのはタブーとされて無知になりやすいトピックです。ですが、仮に精神的に成熟することとなく、社会的権威性や虚勢で着飾った大人たちがその無知を持ち歩いていたらそれは容易に凶器になりえてしまうと思うのです。
どれだけお勉強をしたとしても、どれだけ知った気になったとしても私は無意識のうちに外国籍の他者に排他的な態度をとっていることがあります。
生活していく上でハラルの存在は知っていても、普通の鶏肉に拒絶反応を抱かれるとは思っていませんでしたし、私の中国語の拙さから生じた台湾の友達への軽い差別的な言葉は経験をしなければ永遠に本当の意味で理解することはなかったと思います。
今でこそ在日3世の友人や、韓国籍の親しい友人と住んだりしているのでこの無意識下で刃物になりうる無知は減ってきていると信じたいですが、それでも私の無知は完全になくなることは生涯ないでしょう。
知らなければきれいに見えるものも、知ってしまうことで急に今までと同じようには見えなくなってしまうのは世の常です。
ですが、今まで見えなかったものが見えるようになってきたときにそのもの自体変わらない対応をするのはもちろん、それまで以上に自分の無知さに愚直に向き合う必要があるなと。
ん~、なんか私の稚拙な文章で何を書いても陳腐に響くだけなのでぜひ読んでみてください~~。どんな人でも何かしら刺さるような文章で4時間くらい溶けます。 -
同じ国に生まれ、見た目に違いは分からないのに、歴然とそこにある民族問題と差別。
在日コリアン3世の作者だからこその作品であろう。
人口における多数派に属する自分が、軽々しく感想を述べて良いのか分からないが、自分たちはもっと在日の方々のことを知ろうとしなければならない、と強く感じた。いつも明るかったかつての友人も心の深い部分には苦悩を抱えていたのではないか、何も知ろうとしなかった自分が悔やまれる。
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生きていても奇跡なんてものは訪れない。ジニはひたすら自分に正直で、彼女の人生も彼女に対してシビアなくらい正直だった。十代を複数の『異郷』で駆け抜けた彼女の旅、そしてその一つ一つに疑念も邪念もないなんてこと、嘘みたいだけどでもそれは本当で、ミラクルもマジカルも、そんなものは一欠片もない。ジニはただ目の前の世界を生き、その瞬間の自分を生き、だからこそそのすべての因果を自らの身体に積み上げてきた少女なのだ。奇跡なんて待ってられるか。革命家はそう宣言する。そうすることで彼女は歪な世界を作り変えてしまった。つまり彼女自体が奇跡という概念になったのかもしれない。何もかも満たされた人間に愛とか言われたって死ねと思う。芸能人に夢とか言われたって死ねと思う。奇跡に恵まれた人間に生きることを語られたって死ねと思う。ジニはずっと怒っている。おかしいだろこれといって悪態を吐く。でもこの異端者の怒りはどことなく懐かしいのだ。誰かと同じであるということへの不安を常に抱えていた十代を過ごした僕にとっては、妙に親近感すら覚えてしまう。自分の力では変えようのないどうしようもなく高い壁、その壁を目の前にして、暴れるか、大人になるか。たぶん今でもジニは暴れることを選んでいるのだろう。ぼくもおそらく暴れるという選択肢に含まれていると思う。それぞれのやり方で戦い続けられればそれでいい。壁の周りで右往左往して唾を吐いたり落書きしたり、その程度のことでも立派な戦いだと思う。ただただ踏みつけられるだけの葡萄にだって、ちゃんと自我はあるのだから。#ジニのパズル #崔実
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空が落ちてきたらどうしよう。
夜空はゴミが輝いている、社会はどうだ。 -
芥川賞には、届かず。群像新人文学賞
芥川賞候補。でしたね。
受賞したコンビニ人間も村田 沙耶香さんの本も読んだことのない私としては、これ獲ったかと思ったけど違ったので、コンビニ人間気になっちゃったよ。
内容的にね、私の気になるテーマじゃないですか。強烈な違和感の存在を心に留め置くことに「由熙 ナビ・タリョン」李良枝 講談社文芸文庫などと同様に在日韓国人の描く、日本。
私とあまり年齢が違わない為、プレイバックした世界観も、私の学生時代と近しいのですが、やはり私とは違った世界が見えていて。
私のなかでは正直そんなに大きな出来事ではなかったニュースに、彼女の世界がいかに揺さぶられ、脅かされたのか。
その、強烈な力。
そのシーンの力に、私はその他のシーンの粗さは許容範囲に収まってしまったという思いがあります。
デビュー作、即芥川賞候補。
ここから先、崔実さんが何を書いていくかが、むつかしいところなのかなぁと思います。同じテーマを温め、より精度を上げていくのか
(それは李良枝さんが行っていたり、吉行淳之介さんの原色の街で芥川賞候補、からの驟雨で受賞のような)
主人公を男性に変えていくのか、それとも・・・
と興味を覚える次第です。
こちらを読んで次は、とこのあたりを読むことにします。
・帰れぬ人びと (文春文庫)
・家族シネマ (講談社文庫) -
日本生まれの在日韓国人ジニ。
日本人からは偏見の目で見られ、韓国生まればかりのコリア系の学校にも入れず、金一家の肖像画が飾られた朝鮮人学校で中学校生活を始めるが、何か違うと心が叫んでいた。
日本にいる朝鮮人の心にも38度線はあるのか……。
葛藤の中、うまく大人になれずにいるジニの取る行動が痛々しい。
色々考えさせられた。