- Amazon.co.jp ・本 (306ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062205771
感想・レビュー・書評
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民俗学専攻の女子大生が、研究テーマの「口頭伝承」の実地調査を通して、現代社会の歪みを浮き彫りにしていく社会派ミステリー。全6章。
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羽野千夏は民俗学専攻の大学院生で、現在、東京国立民俗文化学博物館に (研修)出向中の学者の卵だ。
千夏の研究テーマは「口頭伝承」。
文字化されていなくても、お伽噺や歌などの形をとって口頭で伝えられているものを指し、それらは年老いて例え認知症になっても記憶の中に残ると言われている。
千夏は、そんな記憶の中の言葉を聞き取るため、認知症グループホーム「風の里」のボランティアスタッフとして施設を訪れたのだが、ホームの老人たちは予想以上に元気いっぱい (傍若無人?) だった。
身勝手で自己主張が非常に強い老人たちの中で、1人だけ会話が成立せず、隙あらば脱走を試みるルリ子さんが取り乱しながら呟いた「おろんくち」ということばが気になった千夏は……。
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やはり川瀬七緒さんの主人公設定がおもしろい。この作品では民俗学者の卵です。
羽野千夏。160cm、65kg。ぽっちゃり系の身体に、愛嬌たっぷりの丸顔。
読んですぐ主人公に親しみが湧いてしまいました。連想したのが、「マングースの着ぐるみを着たのだめ」だったからです。
施設での千夏と老人たちのやりとりがおもしろいし、千夏との交流によって老人たちの心がほぐれ、活力とともに自尊心を取り戻していくさまが実に自然に描かれていて、川瀬さんらしい展開にうれしくなりました。
また、老人福祉施設での効率主義や管理主義が却って入所者の症状悪化に直結する可能性が高いということもわかりました。
施設も人手不足でやむを得ないところもあるけれど、そんな経営面の理屈が先行すると非人間的な側面が顕著になりがちだということが、端的に描かれていたと思います。
こういう福祉事業に営利主義や自己顕示欲などを持ち込むと、必ずそこに歪みが生じます。
『赤堀涼子』シリーズでも同様なのですが、川瀬さんは現代社会の問題点を作品に取り入れ、きちんと警鐘を鳴らす。その手法が好もしい。
そして民俗学。フィールドワークの苦労も含めたおもしろさが実に巧みに描写されており、赤堀涼子の昆虫採集が思い浮かびました。
さて、ストーリーについても趣向が凝らされていました。
直接的には千夏と引きこもり少年の大地のコンビが活躍するのだけれど、忘れてならないのが風の里の「老人探偵団」のサポートです。
老人たちのバックアップなくして事件は解決しませんでした。この展開が実に痛快で、存分に楽しめる作品になっています。
以上、まったく川瀬さんのエンタメ精神には感服するばかりでした。
最後に、千夏の「3Dキャプチャー」という特殊能力について。
文句なしにすごい能力だし、実際に老人たちの好奇心や回想能力の回復にも役立っていたけれど、千夏にとっての言わば「切札」的な能力として事件解決に直結させてもよかったのになあと、欲張りなことを思ったりしました。
この「羽野千夏」はシリーズ化しないのでしょうか。共演者が大地1人では弱すぎるのは確かですが、そこは魅力的なキャラを新たに設定して、ぜひ続編を書いて欲しいと思いました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
かなり最後のほうになるまで、
「おろんくち」の謎がどう着地するのか
見えてこないままなので、残ページを心配しながら
「謎が解けるのかしら」とはらはら読み進められます
最後はあっと驚く事件が解決され
老人と若者が協力して事件を解決するストーリーが爽快でした -
口頭伝承民俗学専攻の大学院生が主人公。
認知症の老人の記憶のなかにある最後まで消えない記憶をたどり、なそを解くことを研究するためにグループホームで、聞き取りをはじめる。
個性豊かな老人達の話しから、母親、家族との関係に悩んでいる高校生と共に謎を解いていく。
民俗学、フィールドワーク、ミステリーなどかなり好きな分野。
川瀬七緒さんの昆虫学者の小説も好き。
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面白かった。
後半の話の展開の仕方が面白い。 -
1月21日読了凄く面白かった。「おろんくち」という言葉が意味するものを探し出す過程がスリル満点でよかったことに加えて、母親からのプレッシャーで味覚障害だった大地が千夏の好物のパンを美味しいと感じられるようになったところにとても感動した。ルリ子の見ていたものがみえて、それはとっても意外な光景で驚き、怒涛のクライマックスを迎えるという形で最後は一気読み!大地のその後がもう少し知りたかった。また、千夏と大地を主人公にした作品を読みたいなあって思った。
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認知症グループホーム「風の里」を舞台に、大学院で民浴学の研究をする主人公千夏さんが「風の里」に住む認知症の高齢者とのコミュニケーションを通してストーリーが展開されていくので、職業上認知症の方々とも接する機会がある私にとっては認知症の方々を理解することのできる作品になっていると感じた。(フィクションではあるのだが。)
なので小説としてストーリーを楽しみながらも認知症の症状についてある程度理解できる作品となっていると思う。
またもう1人登場する高校生の大地くんという主人公がいるのだが、母親の過度な束縛と父親の放任主義によって大地くん自身がとても苦しい思いをしているのだけど、たぶん私がおっさんになってしまったからなのか、大地くんの母親父親の方に肩を持ってしまい、何度も大地くんに対して心の中でつっこんでしまっていた笑
高校の時はもしかしたら共感していたのかもしれないと思った。 -
初出2015年「小説現代」
面白かったぁ。
認知症の人が最後まで持ち続ける「消えない記憶」とは何なのか。民俗学を研究する大学院生千夏は、それを研究するためグループホームにやってくるのだが、そこは私も知りたい。
脱走して徘徊したがる老女が言う「おろんくち」の謎を解こうとするのは推理小説張りの展開だし、「おろんくち」を目撃する場面はホラー張りに鳥肌が立った。
結末は意外!!やられました。ちゃんと伏線張ってあったのね。