対話の哲学 ドイツ・ユダヤ思想の隠れた系譜 (講談社選書メチエ)

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著者 : 村岡晋一
  • 講談社 (2008年11月11日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062584265

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対話の哲学 ドイツ・ユダヤ思想の隠れた系譜 (講談社選書メチエ)の感想・レビュー・書評

  • 2016.12.24
    現代に至るまで様々な哲学、思想、物語が生まれてきたが、しかしいかなるそれらも対立を免れることはできなかった。それはそれらが、人に向けて語られていると思いきや独り言をいっているかのような、「モノローグの哲学」であるからである。だとすれば現代において求められているのは「対話の哲学」である。「対話の哲学」とは、私とは絶対の異質性、差異性を持つ他者と、一致することなく、そのような基盤なく、異質なまま関わることについての哲学である。むしろ、「私」と「汝」が同じならば、対話の意味はない。つまり差異性こそがコミュニケーションの基礎である、その一方で「私」と「汝」では、絶対に分かり合えない部分もある。
    「対話の哲学」の源泉は、ユダヤ教、そしてユダヤ人の哲学者たちである。歴史的に抑圧され続けてきた彼は、自らの民族に変えることもなく、自らが不当に排除された方法とは違う方法で、異民族らと関わる方法を模索した。その過程で、「モノローグの哲学」はどうやっても排他的になることを見出した。モノローグは、絶対的な正しさを追い求めるからである。しかし、「〜である」ということは、必ず、「〜でない」ものを生み出す。つまり独り言は初めから、この言葉の外側を許さない。これに対し「対話の哲学」は、その外側、つまり「他者の超越」をそのままに関わりを考える哲学である。
    ヘルマン・コーヘンの『ユダヤ教の源泉からの理性の宗教』の外観は、やはり難しかったけど、とても新鮮だった。特に、カントの倫理観を、複数の私に対しての倫理にしているという指摘は感動した。その通りである、私はあなたを理解するというとき、それは「あなた」ではなく、私に解釈され、もしくは私が投影された他者、つまり「私」なのである。絶対的な異質性、わからなさを含まざるを得ない「他者」との関係とは、因果関係ではなく、「相関関係」である。
    ローゼンツヴァイクの『救済の星』。伝統的なモノローグの哲学から対話の哲学へ。
    モノローグ哲学の特徴
    ①言語に対する信頼を欠いている
    …つまり日常においては個体名を名指す常識的な言語では飽き足らず、その裏側、全体性、本質を見ようとする
    ②時間に敵対的である
    …本質は不変的である、それはつまり時間性を奪うということである。イデア化の必然
    ③他者の存在を無視してしまう
    …答えを自らの自問自答、思考の中で見出そうとするから。「これはなんであるか」は、他者へでなく自分に向けられた問いである
    このような全体性の哲学に還元できない、「私」という存在の独自性を発見したのは実存哲学である。そしてそのような死ぬ存在、一回きりの存在、「各自存在」である私は、私の環境に規定されず無限に意志する(「自由の意志」)、しかし私は自らが死ぬという有限性を知る、それでもなお、生きようと欲する、この有限でありながら無限であろうとすることを、「反抗的意志」という。この意志によって、各々の各自性とも言える「性格」が作られる、そのような人間を「自己」という。このような「自己」は、かけがえなく、交換不可能であり、孤独であり、倫理を超えている、つまり「メタ倫理的人間」である。これはハイデガーの「本来的な自己」に対応するが、面白いのは、ハイデガーにとっては対話する人間は「非本来」として、死の自覚によってメタ倫理になれというのに対し、ローゼンツヴァイクは、「メタ倫理的人間」から「対話的人間」になれといっている点である。なぜなら対話でこそ、沈黙と応答でこそ、「私」は生まれたのであるからであり、対話的なあり方こそより根源的だからである。「人間は本質的に、<私>=<私>という自閉的な自己意識ではなく、<私=君>という対話的実存にほかならない」。まずこのような、全体性ではなく実存的関係に目を向けること、その上で私あり... 続きを読む

  • 和図書 134.8/Mu55
    資料ID 2012103113

  • 伝統的な形而上学は「独白」の哲学であり、排除を不可避とする。本書は近代ドイツのユダヤ思想家たちが、独白の呪縛を解きほぐす「対話の哲学」であったことを素描。ローゼンツヴァイクらの優れた水先案内でもある一冊。お勧め

  • 難しかったところもあるけれど、まとめを適所にしてくれていたので、ふむふむと理解できるように書かれていてとても良かった。
    同じ一神教であるキリスト教との違いや、西洋哲学が伝統的に陥っていた「私」の問題がわかる。
    また、最近のコミュニケーション・スキル講座なんかでもよく言われる「聞く」という行為の重要性、「聞く」ことで対話が初めて生まれる、という点など、内容も非常に納得感がある。

  • [ 内容 ]
    “わたし”は世界の中心ではない。
    “あなた”から語りかけられるときに初めて“わたし”が生まれるのだ。
    コーヘン・ローゼンツヴァイク・ローゼンシュトックなど、本邦未紹介の近代ドイツのユダヤ哲学とフンボルトの「双数的」言語論を起点に、プラトン以来2500年の自己中心主義の呪縛を解く。

    [ 目次 ]
    序章 現代の思想状況と二〇世紀転換期のドイツ・ユダヤ人
    第1章 ドイツ・ユダヤ人と啓蒙主義
    第2章 関係は関係なきもののあいだになりたつ―ヘルマン・コーヘン
    第3章 西洋哲学はモノローグの思考である―フランツ・ローゼンツヴァイク
    第4章 モノローグの言語から対話の言語へ―プラトン、オースティン、フンボルト
    第5章 対話の一般的構造

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 待つこと、聴くこと
    君と私
    ユダヤ思想
    啓示宗教と言語 言葉への信頼

  • 現代にとっての決定的事件がソ連の崩壊だったとすれば欧州ユダヤ人にとってのそれはドレフュス事件であった。
    ユダヤ民族を自立させ、それに自尊心を取り戻してやるには西洋に対抗できる近代的国家を作ればよいというヘルツルの考え方にはシオニストの中にも反対が多い。

  • 最近邦訳が出て話題のローゼンツヴァイク『救済の星』に興味があるものの、その分厚さと価格にしり込みしてしまう。そんなヘタレな私なので、とりあえずこちらの本に手を出す。
    こちらはこちらで啓発的で面白い。

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対話の哲学 ドイツ・ユダヤ思想の隠れた系譜 (講談社選書メチエ)の作品紹介

"わたし"は世界の中心ではない。"あなた"から語りかけられるときに初めて"わたし"が生まれるのだ。コーヘン・ローゼンツヴァイク・ローゼンシュトックなど、本邦未紹介の近代ドイツのユダヤ哲学とフンボルトの「双数的」言語論を起点に、プラトン以来2500年の自己中心主義の呪縛を解く。

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