北条氏と鎌倉幕府 (講談社選書メチエ)

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著者 : 細川重男
  • 講談社 (2011年3月11日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (236ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062584944

北条氏と鎌倉幕府 (講談社選書メチエ)の感想・レビュー・書評

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  • 鎌倉幕府の得宗専制の確立過程を描く。承久の乱に勝利した義時を理想化し、得宗(義時)権威の源泉としつつ、ライバルを滅亡させることで最終的に最高権力を握った時宗。著者はこの時宗こそ得宗家権力の最高峰であったとする。そして、なぜ、北条得宗家は将軍にならなかったのかという問いに、「将軍権力代行者」としての幕府の枠組みに満足した?という結論だったか。「得宗」成立の説は面白いと思ったが、先の問いの結論には、物足りなさ感があり、政治思想や政治の実体などより総合的な議論が必要と感じた。
    本書は、著者のわかりやすい記述を志向するという方針から、用語についてことごとく細かい説明がついているが、自分にとっては逆に論理理解の集中力が削がれわかりにくい結果となった。そもそも選書という性格から、かなり初歩的な事細かい解説まで必要であったのか。「わかりやすい」という意味を直情的に受け取り過ぎていると感じた。本書を手に取る読者層の設定を誤った商品構築と思わざるを得ない。そうした初歩的説明や、ところどころに挿入される著者の軽口(善し悪し)を除けば、本書のページ数の何割も削減されると思われ、さらにそうしたスタンスを考えても選書というよりは新書(レベルの高い新書もあるが)の方がふさわしい内容になってしまったと思う。(別書の再構築の内容とのことでもあるし・・・)設定した読者層を考えれば、最初の問いへの答えも(議論がある意味結果論で片面なため)わかりにくい結果となったのでは?

  • <目次>
    はじめに―素朴な疑問
    第一章 北条氏という家
     伊豆時代の北条氏武士団/烏帽子親子関係に見る生き残り戦略

    第二章 江間小四郎義時の軌跡―伝説が意味するもの
     北条氏庶家江間氏/鎌倉殿家子/覇権への道/承久の乱/関東武内宿禰伝説/得宗とは何か/神話と実像の間

    第三章 相模太郎時宗の自画像―内戦が意味するもの
     奇怪な古文書/北条時輔の政治的位置①―嫡庶の順位/北条時輔の政治的位置②―烏帽子親/北条時輔の政治的位置③―外戚/北条時輔の政治的位置④―叙爵年齢/北条時輔の政治的位置⑤―南方探題就任/二月騒動の経過/二月騒動の再評価/酷烈の自画像

    第四章 辺境の独裁者―四人目の源氏将軍が意味するもの
     鎌倉将軍の系譜/氏・姓・苗字/後嵯峨源氏源惟康/北条時宗の幼・少年時代/蒙古国書の到来/将軍権力代行者/太守・副将軍/対蒙古政策/皇位介入/北条義時の武内宿禰再誕伝説と「得宗専制」の思想的背景/得宗と将軍/北条時宗にとっての「得宗専制」/代償と最期/やり残したこと

    第五章 カリスマ去って後

    おわりに―胎蔵せしもの
    参考文献

    ***
    北条氏は、なぜ将軍にならなかったのか。
    なぜ鎌倉武士たちはあれほどに抗争を繰り返したのか。
    執権政治、得宗専制を成立せしめた論理と政治構造とは―。
    承久の乱を制し、執権への権力集中を成し遂げた義時と、蒙古侵略による危機の中、得宗による独裁体制を築いた時宗。
    この二人を軸にして、これまにでなく明快に鎌倉幕府の政治を見通す画期的論考!
    (本書カバー裏表紙より)

    ****

  • 鎌倉時代は素人です。

    本著は著者の茶目っ気が文章の端々に出ており、好感が持てました。
    史料も独特の口語訳が添えられており、堅苦しくなく読みやすかったです。

  • 鎌倉にはよく訪れていますが、歴史的な知識は日本史で習った程度でしたので、読んでみようと思い手にとりました。

    当時の姻戚関係・闘争関係・宗教観などをなるべく平易に表現されてます。

    冒頭の「何故、北条は将軍にならなかったのか?」という命題に沿って、成り立ちから書かれており、分かりやすかったです。

  • ちらかりぎみのような気も

  • 鎌倉幕府について細かい部分が理解できる本であった。法名から探る「得宗」の意味や、北条時輔に関する考察の部分は、私にとっては新たな視点であった。北条氏の身分が低い云々は、太平記の北条高時に関する場面でも強調されていた気がする。改めて、鎌倉幕府関連の書籍を読み直したくなった。

  • この類の本としては,文脈に堅苦しさがない。
    難しいことはわかりやすく,
    わかりやすいことは面白く,
    面白いことは深く
    とあとがきにあるように,読み手を退屈させない。系図など少々難解なところも,読者の視点にたってフォローされているため親切である。

    さしたる武士団でもなかった北条氏がいかに権力を握ったのか,なぜ自らは将軍にならず,得宗専制といわれる体制を築いたのかを究明した本。

    承久の乱に勝利した義時が朝幕双方にとって権威づけられた所が興味深かった。 

  • 北条氏は将軍になる必要がなかった。との結論だが、じゃあなんでわざわざ「副将軍」表記を使ったのだろうと言う点が疑問のまま残る。それで充分だったと見るべきか。それとも憧れ故と見るべきか。北条泰時も時宗以降の得宗も、なぜ正四位どまりなのか。秩序の崩れる中世と、最後まで打ち砕けない血統の力。その射程の最終到着点は、やはり天皇制なのではないのかな。だとすると、やはり本郷先生が文芸春秋から出した本のテーマが中世史のおおきたテーマとして出てくるのかな。あれ、この本の評価になってない・・。

  • 北条氏はなぜ将軍にならなかったのか。

    その課題を、
    鎌倉北条氏とはどのような家だったか。
    「得宗」とはどういう意味なのか。

    7代将軍は源氏を名乗っていたのはなぜか。
    という問題から導いていく本である。


    私は本書より次の3点を学んだ。・義時は江間家であったこと。
    ・7代将軍惟康親王は源氏を名乗っていたこと。
    ・時宗の兄、時輔は冷遇されていなかったこと。


    北条義時は江間小四郎を名乗っていた。(本書はその件について、1章割いている。)
    つまり、義時は北条家ではなく庶家の江間家である。例えば頼家期の合議制に時政と義時が入っているのも、そう考えれば北条氏だけが2人ではなく、北条家、江間家からそれぞれ1人となる。
    この論はこれまで見たことがなかった。

    また、7代将軍惟康親王が源氏を名乗っていたことは知らなかった。
    成る程、頼朝・義時を惟康・時宗で踏襲しようとしたということである。

    時宗の兄・時輔にも言及があるが、確かに時輔が不当に扱われていたということはないというのは、これまで明らかにされていなかったと思う。
    庶子のため、長子であっても太郎を名乗らせたりはしていないが、それは当然なのである。

  • メモ

    鎌倉北条氏は数人規模の田舎武士から出発
    北条義時は江間を称した庶子で時政は宗時が嫡流だった。
    御家人のランク(門葉・家子・侍)
    理想とされた頼朝と義時の治世
    義時を先例とした独裁者「時宗」
    得宗=徳崇(義時の法名は観海)
    4人目の源氏将軍
    北条氏は鎌倉将軍の「御後見」、八幡神(源氏)を奉じて鎌倉幕府を支配する竹内宿禰と同一視

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北条氏はなぜ将軍にならなかったのか。なぜ鎌倉武士たちはあれほどに抗争を繰り返したのか。執権政治、得宗専制を成立せしめた論理と政治構造とは-。承久の乱を制し、執権への権力集中を成し遂げた義時と、蒙古侵略による危機の中、得宗による独裁体制を築いた時宗。この二人を軸にして、これまでになく明快に鎌倉幕府の政治史を見通す画期的論考。

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