町村合併から生まれた日本近代 明治の経験 (講談社選書メチエ)

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著者 : 松沢裕作
  • 講談社 (2013年11月12日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062585668

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町村合併から生まれた日本近代 明治の経験 (講談社選書メチエ)の感想・レビュー・書評

  • Amazonで廃藩置県関係の本を買った時に,「この本を買った人はこんな本も買っています」に挙がっていた本。目次もみられたので,そのうち読もうと思っていた。著者は東大出身の,私より若干年下の1976年生まれ。専門書としては『明治地方自治体制の起原』を持ち,本書はそれを一般向けに分かりやすくしたとのこと。
    私がこれまで読んできた明治期日本の歴史書としては著者が若いこともあり,はじめにとむすびにで他にはない大胆なというか,スケールの大きな議論をしていてなかなか刺激的。歴史書はただでさえ知らないことが多く,ある意味刺激的なのだが,本書のような議論は私のような読者には親しみを覚える。
    まずは冒頭で「国家」と「市場」を対比させ,前者を境界を持たない暴力,後者を境界を持つ暴力と名付ける。タイトル通り,本書の中心テーマは町村合併なのだが,グローバル化との関連で議論される。そして,巻末でも同じ議論に戻り,国民国家論との文脈でも論じられる。大小の空間スケールにおける境界が生み出す世界においては,国境による国家間関係も,町村境界による町村間関係も同様に考えることができて,国家だけを特権化する必要はないという立場。
    ちょっと前振りが長くなりましたが,目次は以下の通り。

    はじめに 境界を持たない社会・境界を持つ社会
    第一章 江戸時代の村と町
    第二章 維新変革のなかで
    第三章 制度改革の模索
    第四章 地方と中央
    第五章 市場という領域
    第六章 町村合併
    むすび 境界的暴力と無境界的暴力

    これまで私が読んだ本は中心テーマが廃藩置県だったため,ある意味では都道府県の数が47(46?)で落ち着いた明治21(1888)年で一段落するのだが(歴史研究の多くが細かい県数・県境の変化や県名などには注意を払わない),本書は園途中だけでなく,その後の推移に注目している。というのも,ちょうどその年に市制・町村制が公布され,翌年に施行され,本格的な町村合併が進んでいくからである。本書の目的なむしろそこにある。なので,私も読んだような日本明治期の歴諸研究もいくつかは触れられるものの,廃藩置県そのものを扱った著書などにはあまり言及されていない。
    とはいえ,視野の広い著者は,第一章で明治維新以前,江戸時代の地方自治について概観してくれます。それによって,明治期の行政改革によって,どれだけ日本の空間観が変化したのかが明瞭になっています。私たちは自らが住む市町村という地方自治体(私たちは地方公共団体とか地方自治体などという呼び方を当たり前のようにしていますが,市町村に自治があるのかないのかというところもしっかり考えなくてはなりません)が,他の市町村と同等に,同種のものとしてあり,町村の上部に市郡が,その上に都道府県が,日本における最上位に日本国があるという,私の言葉では「空間的内包的階層関係」が成立していると思い込んでいる。このことは本書では,江戸時代の「モザイク状の世界」に対して「同心円状の世界」と呼ばれている。
    ということで,本書ではこの「モザイク状の世界」から「同心円状の世界」が出来上がっていく過程を丹念にたどっている。一般的にはこの「同心円状の世界」は「中央集権的な国土管理」のようにいわれ,廃藩置県によってそれが成立したというが,本書はもう少しミクロな視点で,短い期間の大区小区制を経て,政府のいう適正規模での町村へと落ち着いていくまでの政府の政策と地元役人の対応とのやりとりが解説されている。
    うまく本書の魅力を伝えられませんが,なかなか魅力的な読書体験でした。これは是非,『明治地方自治体制の起原』も読まなくてはと思わされる一冊。

  • 幕府時代の幕領の村のあり方、そして明治期の内務省の松田道之、法務局の井上毅などの地方の位置づけ、三新法、日露戦争後の村のあり方。
    内務省地理局の動きも知りたく思いました。

  • 本書では、明治の町村合併こそが、日本において「近代」社会を成立させたと主張されている。
    著者の考える近代社会とは、境界を持たない世界(=市場)と境界を持つ権力(=国民国家)が併存する社会である。境界を持つ権力である国民国家、あるいはその下部の単位(府県、市町村)は、人びとの暮らしが市場という無境界的な結びつきに委ねられているということを前提にしたうえで便宜的に境界を設け、それぞれの持ち場として便宜的に管理するシステムだという。その便宜的な線を引き、日本において市町村―府県―国家という同心円状の世界を完成させたのが町村合併であったとする。
    江戸時代までの日本には、現代の我々が考えるような「地方自治体」はなく、当時の村は「地縁的・職業的身分共同体」であり、一定の領域に様々な藩などの領地が入り混じるモザイク状の世界であった。江戸時代の村は、年貢の村請などによって構成員にとって切実な意味を持つ単位だった。それが明治になり、地租改正などを経て、町村合併によって切実な意味を持たない同心円状の世界に再編されていく。これが本書の本論部分の大筋である。
    本書を読み、市町村―都道府県―国という同心円状の世界は、決して自明のものではなく、江戸時代や明治前半にはまた違った「地方」の姿があったということを再認識させられた。「明確な境界線は切実な意味がないからこそ引ける」という本書の指摘は印象的である。現代の地方自治体の住民にとっての意味を再考するきっかけとなる指摘であると思う。
    ただ、国民国家という「境界」と、市場経済という「無境界」の相互依存性などを主張する結論部分は、論理の飛躍があるのではないかと感じられた。本論部分で、市場との関係について触れた部分はそれほどなかったようにも思われる。また、本論部分の具体性に比べ、結論部分は議論が少し抽象的に過ぎるとも感じた。

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町村合併から生まれた日本近代 明治の経験 (講談社選書メチエ)の作品紹介

明治七年の町村七万八〇〇〇、明治二二年の町村一万六〇〇〇弱。
明治の大合併、それは新たな境界線を社会に引く試みだった。
あいつぐ町村からの異議申し立て、合併後も紛争を抱える自治体……。
近世の地縁的・身分的共同体というモザイク状の世界から、近代の大字-市町村-府県-国家という同心円状の世界へ。
府藩県三治制、大区小区制、そして明治二二年の大合併にいたる「地方制度」の変遷をたどりながら、近代社会を問い直す。

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