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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
平凡な生活での話だけどそれが逆に良い。
学校の教材に『おきみやげ』が載っていた事により読み始めた本作品であったがもっと前に出会いたかった。
再読の『台所のおと』の他、『濃紺』、『草履』、『雪もち』、『食欲』、『祝辞』、『呼ばれる』、『おきみやげ』、『ひとり暮らし』、『あとでの話』の10篇を収録。『台所のおと』が素晴らしのは言うまでもないがこの小説が幸田文の死後に発表されたという解説文に驚き。披露宴での祝辞に「病気」と「不如意」という言葉が繰り返し出てくる話をされた主人公夫婦が夫の実家の没落とそれに伴う家計の苦しさ、妻の仕事先の男性に持つ淡い恋心、姑の問題を経て7年経ち周りから見れば大変そうだが何とかやっている夫婦を描いた『祝辞』が心に残った。
濃紺、はいつか教科書か何かで読んだ。柾目、という言葉を気に入ったのだ。すんなりとした柾目。それを左見右見する、粋好みの下駄が似合う娘と無骨な職人の出会い。背筋の伸びた婦人がたは実に良い手本となる。重苦しさもまた見え隠れする、大人の本。
幸田文初心者の方、幸田文の他の本は読んだことがない方、大変お奨めです。なぜなら、幸田文の短編小説がたくさんつまった、本当に捨て所のない短編集だからです。
繰り返し読む度に、そのときどきの自分の感情でいいと思うところが違う、別の言葉で言えば、良さが再発見できる短編集といっていいでしょう。
冬の朝のようなきりりとした感受性。背筋が伸びる当時の暮らしが興味深い。食、暮らしにこれだけの目を配れる作者のほかの作品も読みたい。
幸田露伴の娘、幸田文の短編小説集。
人の味や風情といったものが、一文、一文の間から染み込んでくる。
決して軽いテーマではないのに、
文章が流れてくるのだ。
何か特異な設定を置くわけではなく、特別な舞台でもない。
ただただ人と人の間に流れる空気を切り取るのだ。
昭和の日常にあった光と少しの陰。
美しい本を読んだと思った。
このような佇まいで生活している人は、今やもう絶滅危惧種と言っても過言ではないでしょうが・・・
この人の描く世界のような心持ちだけは、忘れずにいたいと思った。
ただただ、素敵な短編集。 「病み」が一つのテーマになっていて、病床の夫と切り盛りをする妻が幾つかの作品で描かれている。 倹しいというより、むしろ貧しい暮らしの中で…妻達は夫の身を素直に気遣い、また鬱陶しくも思う。 ただ、そんな暗の空気の中で、彼女達はぴしりと立っている。幸田文と同時代的には作品を読めていない私でも、そのぴしりが素敵だと思う。 女性が社会へ進出し、家庭に属すること... 続きを読む »
H23/10/27購入
台所のおと/濃紺/草履/雪もち/食欲/祝辞/呼ばれる/おきみやげ/ひとり暮らし/あとでの話
短編集。どれも素敵な話ばかり。見習い下駄職人と娘の話は、昔国語の教科書に載っていた気がする。お金がなくて、端材で作った下駄をプレゼントした彼と、それを大事にして、継ぎながら履き続けた娘。作った人の気持ちを理解して、修理に協力する職人たち。モノを大事にすることで生まれる幸せを伝えてくれる。
男の邪魔にならないように努める古風な女が居て、今と違う仕合せがそこにある。特に「祝辞」は志賀直哉の「暗夜行路」を彷彿とさせた。短編と長編の差は歴然としているが、テーマは同じだ。
名前はもちろん知っていたけど、こんなに良い文章を書く女性だとは。さすが、高校の文学史で習うだけのことはあります。
女性というもの、夫婦というもの、病気の際などこれから出会うであろうたくさんの経験を垣間見たような気がします。
幸田露伴さんの娘さんだと知らずに、高校の時に読みました。
女性の感性で日常をしなやかに切り取る小説、そんなイメージを抱きました。
現代の日常、「音」って凄くペタン、としている気がする。
でもこの小説の中では「音」って「生活」そのもので、ぬくもりのような温度や、柔らかな立体感があるんですよね。
この小説を読んで、食事中の箸が鳴る音にさえも耳を澄ませるようになりました。
したたかに音を生みながら生活したいものです。
ちょうどこの本を読んでいるときに入籍し、結婚式を挙げましたが、女性として一番幸せな時であるとともに、ともすれば舞い上がって大切なことを見失いがちなこの時分に、この本に巡り合えたことが本当によかったと思います。優しく、静かに丁寧に生きている、幸田さんの本に出てくる女性たちは私の憧れです。
夫婦、老、病・・・など、どうにも明るくない題材の短編集。
全編において共通することは、女性の芯だったり強さだったりする。
どの作品も「過酷な状況」というものが何某かの形で出てくるのだけれど
立ち向かう女性たちは妻であったり、母であったりしながら、それらのことに目をそむけない。
表題作の『台所のおと』は
小料理店を営む夫が病に伏せ、代わりに10年下の妻が台所に立つ話。
夫の病気について閉口している妻の台所の音を聞く夫、という描写が繊細で美しい。
「気がはやってきたときは、座ればいいのだ。(略)人と口を利きすぎないために、帳面つけをはじめればよかった。」
深い愛情の音がする。
音をめぐる記憶 夏風邪のせいで、痙攣を起こした母親も、移転させた総合病院で、少しずつ安定してきたようだ。慌てて深夜の移送などをしたせいで、本人もまわりも少々疲れ気味だ。北国で生まれ、80年以上、涼しい夏の中で生きてきた人が、突然、東京の熱帯夜の中で、冷房にさらされて生きるわけだから、ある意味では、想定されたハードルだった。呼吸が穏やかになり、熟睡できるようになった母親の寝顔を見ながら、幸... 続きを読む »
短編集。とにかく料理が美味しそうでハッとする。落ち着いた女の視点で静かに、しかし鮮やかに語られる物語は心地良い。
読了するのに少々時間がかかった。というのも、表題作含めた10編の女たちの思い、惑い、憂え、決する流れのひとつひとつに思い当たる部分があり過ぎて、ともすると苦しくなってしまうから。小説の登場人物というのは普通キャラクター設定によって方向付けられるが、幸田文の描く人物は実によく揺れ動く。これが人間なのだと愕然とさせられる面もあり、それでこそ人間なのだと安堵させられもする。重苦しい短編が多いなか「祝辞」は気持ちのよい話だった。これだから人生やめられない。
病に臥せっている夫の隣の台所で
小さな料理屋を営むあきは今日も仕事をする。
夫の病気は重いらしいけれど医者には口止めされている。
悟られないようにと慎重になるあきだが
最近台所のおとに元気がないと夫に指摘される。
この人はもしかしてすでに気づいているのではないか。
表題作ほか9編。
カバーデザイン:菊地信義 カバー写真:坂本真典
女たちのつつましやかな生活感溢れる短編集。
病人がたくさん出てくるのにはっとした。
今まで身の回りに慢性的な病気の人がいなかったから
病気って非日常的なことのような気がしていたけれど
この先たぶんそれが日常になる日が来るのだろうなぁ。
「台所のおと」「祝辞」「おきみやげ」が好き。
「濃紺」「おきみやげ」がよかった。くせのある夫にじっと我慢するような話はあまり好みではないけれど、でも上質な短編の数々なのは確か。
気働きのできる、経済力ではなくて生活力のあるさまざまなヒロインたちは、それぞれにタフできりっとしている。自分の場というのは、地道に毎日積み上げていくものだということが伝わってくる。素敵なおばさんから、生きていくということを静かに教えてもらっているような気持になる。
それにしても、男の人はこういう本って面白いんだろうか。
いやもう何と言ったら良いか。
描写の美しさ、文章の瑞々しさ、そして潔さがとにかく心地良い。
こんな文章、他に書ける人なんてきっといないよなあ。
表題作と「祝辞」が特に好き。

≪内容≫
病気、夫婦生活、老い、貧困などを題材に、幸田文の女性らしい細やかな感性で書かれた十編の短編小説。
≪感想≫
女性たちの細やかな心遣いや立ち振る舞いからは素朴ながらも確かな品位のよう...






