- Amazon.co.jp ・本 (298ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062630276
作品紹介・あらすじ
台所のおとは幸田文さんが書かれた短編集です。10編の短編からなっています。台所の炊事するときの音は普段意識しない音です。そんな音に注目して美しい文章で幸田文さんが表現している短編です。昭和の女性の日常などが丁寧に描写されていることも読みどころの一つです。現代でのんびりと生活している自分を見つめ直すことができます。
感想・レビュー・書評
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難しい漢字や言葉使いで読みづらいと思ったけど、面白かったです。幸田文さんの生きた時代の女の生き方、在り方がリアルに伝わってきます。短編集です。
私が好きな作品は、『台所のおと』、『濃紺』、『食欲』、『祝辞』です。
『台所のおと』 夫婦の愛の話。夫が治らない病に罹ってしまいます。妻はそれを夫に悟られないように、夫はそれに何となく気づいても妻に悟られないようにします。途中で砥と刃の話が出てきますが、まさにこの夫婦の事を言っていると思いました。砥と刃が揃って包丁が切れるようになります。どちらかが欠けてはダメです。お互いを思い合っていてジーンときました。この話で知ったのが、昔は病気の告知は男親、男兄弟、息子にするのが当たり前だったそうです。奥さんたち女性には伝えなかった。どうしてかと言うと、女性はすぐに顔に出てわかってしまったり、落ち込んでしまうから伝えなかったみたいです。女性の方がそういう時、肝が据わるのでは?と私は思うんですけど。
『濃紺』 淡い恋の話。短い話だったけど、私は一番好きです。恋と言っていいのか分からないけど、主人公の女性は貰った下駄を大事に履いて、履けなくなったらずっと大切に押入れに思い出とともにしまってました。下駄をくれた人とは、店員とお客の関係だけだったけど、そこには恋心があったと思います。
『食欲』 離婚を考えてた妻。でもそんな時、夫が病気になり、夫の弱い姿を見て優越感に浸ってしまいます。そして良き妻を演じて(私はそう感じた)ピンチを乗り切ります。イライラさせられる夫の治療費のために頭を下げて金の工面をします。私だったらどうするのかな?なんて考えてしまいます。病気が快方に向かっていくと、また同じ日常になると思うんだけど、この妻はどうするのか?やっぱり離婚してしまうのか?気になりますね。
『祝辞』 お金のトラブルに巻き込まれて、家庭がギクシャクします。そんな時に妻が他の男性に気持ちがゆらゆら揺れてしまいます。でも、踏み止まって家庭を守ります。私はこの妻を「偉い。」と褒めてしまいました。
昔も今も変わらない事や、今ではあり得ない事が知れて良かったです。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
表題作の「台所のおと」ほか9つの短編集。
昭和の時代のしっとりとした味わいのあるお話です。
女性の「内助の功」ともいえる細やかな倹しさのなかにも
芯のしっかりとした骨太さがみえて凛とした佇まいがとても美しい。
そんななかに時折ぶっとんだ(と思う...)言葉遣いが織り込まれていて
思わず ん?...と目が点になってしいます。(笑)
その言葉遣いは、著者さんと作品の描かれた時代からして
古い言葉なのかもしれませんけれど、私にとってはとても斬新で新鮮。
面白くてユニークでくすりと笑えて、なんだか心がぽっと
あったかくなるようでした。
・二階の二タ部屋ぶっこぬきの仕事場
・自分の気持ちがうじゃじゃけそうでいやだ
・電車も傘もリヤカーもみなのろくさい
・私勝手なおしゃべりでございますが
ひとこと素っぱ抜きを申し上げさせて頂きます
全部がそうといわけではないと思いますけど
江戸言葉だったりするのでしょうか。 -
「ひとを愛せば、横倒しにころがった靴をおこす暇さえ急いで玄関をあがってしまうこともあり、スプーンを整頓する手間さえ怠って、ちょっとも一緒にいる時間を長くしようとする。」
(「祝辞」)
妬けるほど女らしい文章。
それでいて無駄がない。くどくない。
幸田文の作品って言葉だけじゃなくて
行間を読むのが楽しい。
行間にこそ、大事なことが描かれてる。
それってまさにコミュニケーションだと思います。 -
美しい文章と、決して退屈しないその流れのよさにうっとりしてしまう。
静かな場所でゆっくり読みたいと思った。
表題作の「台所のおと」と、「雪もち」が特に好きです。
どの作品も、五感の鋭さ、芯の強さが、女性らしさを際立たせている。 -
表題作だけでも読む価値あり。
どうやら作家の死後、世に出されたらしいですが、まったくもって凡人には想像もつかない。これが没になるとはどういうことなのか。
小説から音を通じて伝わる緊張感が堪らないです。
育ちなのか、持って生まれた資質なのか、どちらもあるのでしょうが、確かにこの作家、現状の扱いはもうちょっとどうにかならんのか、というレベルかと。 -
『台所のおと』『食欲』『祝辞』『呼ばれる』『おきみやげ』が印象に残った。親類縁者との密な関わりや病院での決まり事のような風習?がテーマになる事や結末がそっけない事などが逆に新鮮だった。
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色の余韻が印象的な「濃紺」と音の余韻が印象的な「台所のおと」が自分の好みでした。
個人的に「濃紺」がいまも記憶に最もよく残っています。短い話ですが、読むとあざやかに色彩が浮かび上がるかのような印象を与える清々しいお話だなと思いました。
主人公のきよは、幸せな老後を生きる生活の中で、若いときの回想に浸ります。思い出されるのは、30年前に仕舞っておいた濃紺の鼻緒の下駄。若いときの彼女の思い出は感受性の豊かさと、みずみずしさを感じさせます。その感受性から、感じ取り描かれる上質な下駄の美しさ。気持ちの機微。そして特に鼻緒の色が鮮やかに記憶に残りました。
読後の余韻が色を持つかのようで、どこか心にのこり続けます。
あと「台所のおと」が次に良かったと思います。台所から生じるなんとも日常的な音から派生する夫婦の会話。普段通りの調理をしたつもりの妻。音の微妙な変化に気づく職人気質の夫。互いの気持ちが澄んでいるからか、その空間に響く台所のおとがより鮮明に感じられる気がします。オノマトペはないのに、音が近くに感じられるような作品でした。 -
こころが乱される事があっても、それも含めて丁寧な暮らしが詰まっている。なんだろ?現代にはない時間の流れなのか。それとも美しい文章のせいなのか。
登場人物がみな自分とちゃんと向き合っている。丁寧な暮らしっていうのはそういう事なのかと。 -
十編の珠玉の短編。時計が時を刻む音が聞こえてくるようなゆったりした時間の中で切ない物語が展開する。読んでみると現代は忙し過ぎて、家族を思う余裕も無いという事実に気付き、愕然とした。たまには携帯電話もテレビも止めて、ひっそりとした空間でゆったりとした時間を過ごすことも大切なのかも知れない。
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台所のおとは、一日の道しるべであり、人生の道しるべでもある。