国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

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著者 : 村上春樹
  • 講談社 (1995年10月4日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062630863

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 青山に上品なジャズバーを経営する主人公。
    小学校時代の友人、島本さんとの、雨の日のドラマチックな出会い。
    恋愛は、日常に起こり得る「事件」のようなものだ。

    ナット・キング・コールの「プリテンド」は好きな曲だ。
    「辛いときには幸せなふりをしよう。」
    歳を重ねるごとに、その意味がよくわかるようになる。

    太陽の西には、何かがあるのかもしれないし、何もないのかもしれない。
    そんなことを考えながら、日々現実を積み重ねている。

  • 村上春樹はあまり好きじゃない、とある男の子に話したら、この本を薦められた。
    女の子が読むなら、この本がいちばんお薦めだと。



    でも多分それは間違いだ。
    なんて自分勝手な小説なんだろう。
    限りなく男の人目線の話。
    男の人だけで完結してしまっている。

    村上春樹の小説に出てくる女のひとは皆、男のひとが想像する姿。
    こんな女のひとだったらいいな。あるいはこんな女のひとだったらいやだな。

    村上春樹の小説には、男のひとは基本的に一人しかでてこない。主人公。
    ふらふらと考えがかたまらなくて、優柔不断。
    女のひとは沢山でてくる。色々な考えを持った女のひと、女の子。
    彼女たちはそれぞれ色々な事を考えて、色々な悩みを持っている。
    だけど、彼女たちはぶれない。
    危うくて脆くて壊れてしまいそうだけど、根底の考え方はふらふらしない。
    危ういなりに、しっかり芯を持った考え方をしている。
    ひたすら依存体質だったり、ひたすらだらしなかったり、ひたすら安定志向だったり、ひたすらエキセントリックだったり。
    そこに違和感を感じる。
    女のひとはそんなに強くない。
    女のひとはそんなに単純じゃない。
    単純、というと語弊があるかもしれないけど、「芯が変わらない」という意味での単純。
    女性に男性が甘えきっている構図がいやだ。

    主人公には芯がなくて、周りのいろんな女の子が持っている芯に惹かれていく。
    男の人はその芯に惹かれて、影響されて、成長していく。

    じゃあ女の人はどうなるんだ。
    女の人だって、周りの女の子の持ってる色んな芯に触れて、憧れて、真似しようとして挫折したりしてる。



    私だけかもしれないけど。

    これを読んで、男の子が村上春樹好きな理由がすこしわかった。
    こういう女のひとを世の中の男のひとが求めているのなら、それはすこし嫌だなと思う。
    マザコンっぽい。

    でもそれもある意味妥当なことなのかもしれない。
    「理想」はいつだって「シンプル」だ。
    好き好んでややこしい複雑なものを好きになる必要はない。
    単純に強いひと。単純に弱いひと。単純にエキセントリックなひと。



    でも村上春樹が嫌いなわけじゃないんだ。うまく言えないけど。
    表現が、描写が、胸を苦しくさせる。
    この本だってボロクソに書いてるけど、嫌いなわけじゃない。
    最後まで読んだもん。

    世の中にはうまくいかないことが沢山あって、皆それぞれ苦しい思いをかかえてるけど
    それでもまあなんとかそれなりに生きていこうよ、
    っていうのが村上春樹の小説だと思ってる。

    あと村上春樹の小説が苦手な理由のひとつに「ストーリーのわりにオチが弱い 」 っていうのがあったんだけど、
    今回はあまり感じなかった。
    収まるべきところに収まったという感じ。
    ていうかストーリーというストーリーもなかったかな。

  • 村上春樹作品の中で一番好き。

    しかし読んでいてどんどん辛くなってくる。
    読み終わると何とも心が沈んでしまう。
    イズミとの再会(?)シーンは息を思わずこちらが、あ、あぁ、と声が漏れてしまうくらい。

    常に何かしらの欠落を感じていて、それを埋めるために変える努力をして成功するのだが、結局埋め合わせにはなっていない、ハジメ。
    人を愛するのだが、自分の性格からは逃れられず、結局愛する人を傷つけることになってしまう。

    考え方とか、物事に対する姿勢がすごく似ていると思った。
    主人公に共感した数少ない作品。

  • 年をとることでの喪失感を描いた小説なのだと思った。年をとっていく中で、自分が何か大切なものを失ってしまったんじゃないかという感覚。
    10代20代の時には世界に向けて開かれていた自分の感性、可能性が、現実を生きる中で徐々に輝きを失って、形が定まり、ひとつに固まってしまう。たいていの人は仕事をしたり子供を育てたりすることでそれなりのやりがいや責任をもち、忙しさの中でふと自分が何か失ったことに気づいたとしても、また逞ましく現実に戻っていくのだと思うけれど。

    小説の中では、仕事をしていない島本さんは若者のような定まらなさ、形の不安定さを持ち続けたまま大人になり、ハジメくんは喪失感を島本さんとつながることで埋めようとする。けれど結局それはうまくいかない。
    願わくば最後にハジメくんの背中にそっと手を置いたのが、有紀子さんであってほしいと思った。

  • 内容(「BOOK」データベースより)
    今の僕という存在に何らかの意味を見いだそうとするなら、僕は力の及ぶかぎりその作業を続けていかなくてはならないだろう―たぶん。「ジャズを流す上品なバー」を経営する、絵に描いたように幸せな僕の前にかつて好きだった女性が現われて―。日常に潜む不安をみずみずしく描く話題作。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    なんじゃこりゃ。
    読後の第一声。
    (このパターン多いな)

    いえね、分かってました。
    村上春樹さんの作品は、読者の期待通りに伏線が回収されたりしないって。
    むしろそんな読者の期待を裏切るところに
    村上春樹的良さがあるんだって。

    そう思う。そう思いたい。
    でも言おう。

    「なんじゃこりゃ(・∀・)」

    これからこの作品を読む皆さんに伝えておきます。
    この作品では何の謎も解明されませんよ。

    ある男が、満たされた生活を送りながらも
    「ここではないどこか」を追い求めて
    昔の初恋(と言ってもいいよね)の女性と再会し
    すべてを捨てるつもりだったけど女性に去られて
    ふにふにしながらも結局元の生活に戻る...ってだけの
    ただのずるい男の話ですよ!

    「もう元には戻れない」とか何とかいいながら
    「やっぱりここがいいのかも」ってオイ(・∀・)

    結局保険がないと行動できないだけの貧弱な男の話ですよ(・∀・)

    いやそれでもね。
    たくさんの謎が少しでも解明されたらまた違ったのかも知れないけどね。

    たとえば島本さんが去った理由とか。
    島本さんが数年前に主人公に会いながら逃げた理由とか。
    島本さんの背景とか。

    あとイズミの現在とか。
    イズミが現在の姿になった理由とか。

    いーっさい、解明されませんから(・∀・)

    でもねー、評価高いんですよね...
    なんだろう、みんな分かったふりをしてるとか?
    と言うか私が分かってないだけなんだろうけどΣ(゚∀゚*)

    すごいね~...
    Amazonで☆5が超ついてるよ...
    あれ、なんか私恥ずかしくない?
    理解できない子ちゃんじゃない?(笑

    分からないって言うのが恥ずかしいような風潮もどうかと思うけどね!

    ま、いいや(笑
    でもタイトルはものすごーく素敵で好きです♡
    春樹さん、タイトルの付け方超センスありますよね!
    (小並感w)

    「ねじまき鳥クロニクル」の一部から出来た作品ということもありますので、そっちも近々見てみます。

  • ぼくが中学生のころたぶん発売日に買ってはじめて読んでからの、何度目かの再読。中学生だった当時の読後感は今でもぼんやり感覚として覚えていて、心惹かれる手の届かない大人の世界を理解できないもどかしさが苦味のような記憶として残っている。あらためて読むジブンは一人っ子のハジメと同じ36歳。結婚をして子供が2人いるのも同じ。青山もジャズも大人の恋愛も自分の人生のなかで通過してきて読むと、テキストがまた違った意味やメッセージを持っていて、すーっと自分のなかに浸みこむような感じ。これまで愛読書の1冊に数えていたけれど、これでしばらくは、あるいはずっと読まなくてもいいかな、と思った。

  • 「僕はもう二十年以上君に会っていなかったんだ。その空白を少しでもいいから埋めたいんだ」
    村上春樹の作品に共通する、ある種の陰鬱なる背景は社会的には表向き歓迎され得ないにもかかわらず誰しもに内在している孤独感だったり無力感を正直に代弁しているからこそ受け入れられているだと思う。
    学生時代に読んでいたかもしれないが、まったく印象に無い。逆算すると作者が42,3歳の頃の作品。歳をとった今だから腑に落ちた作品かも知れない。

  • 物語の主人公である 僕は 1951年生まれだ。
    「一人っ子」という境遇を 救い上げる。

    読みながら 既視感 があるのは 同時代を過ごしたからか
    それとも ムラカミハルキの世界に親しんだせいなのか、
    よくわからないが ぼんやりと その時代が 浮かんでくる。

    小学5年生の終わり頃に島本さんという足の少し不自由な女子が
    転向してくることで 5年生の僕は ちょっと変な気分となる。

    家が 目と鼻の先ということで クラスでは 隣の席で
    一緒に帰ったりして、
    島本さんの家にお邪魔してレコードを聞くのが楽しみ。
    リストのピアノコンチェルトが 僕にはお気に入りの曲になった。

    一人っ子 同士の会話 すすむ。
    島本さんは 僕に聞く
    『自分にもし兄弟がいたらって思うことある?』

    5年生の会話とは そんなもので始まるのかもしれない。
    島本さんは 大人びていて、僕は 子供のまんま。

    彼女は 一度だけ 僕の手を握った。
    『こっちへいらっしゃいよ』といって、

    それだけのことであるが、
    僕はそのわずかな体験がとても甘くセツない想いになっている。

    そんな風に 「国境の南、太陽の西」は はじまるのだ。
    異性に対する 想いが どこから来て どう始まっていくか
    わからない 時期の 不思議な感覚は
    一体 私にとっても どんな風だったろうか?

    そんなことを 想い出させる。

  • 非の打ちどころのない生活を送るなか、僕は少年時代、心から通じ合っていた島本さんと再会する。
    彼女は僕の「空白(虚無感)」を補ってくれる存在であり、彼は悩んだあげく、謎めいた島本さんと箱根の別荘で結ばれ、家族を捨てようとするのだが、目覚めたとき、彼女は消えていた。
    彼は結局、空白を抱いたまま、元の生活に戻る。


    100ページぐらいまでは退屈だが、イズミを見かけた同級生の登場から面白くなる。
    恋愛小説(不倫小説)ではないなと思う。

    島本さんという人の形をとっているが、彼女は、誰もが抱く少年時代の忘れられない夢・憧れ・焦燥の全てであり、平たく言えば青春そのもの。
    そして、残酷な別れ方をしたイズミは「生きることの邪悪さ」 (生きていく中では、意図せずとも誰かを強く傷つけてしまう)

    島本さん(イコール太陽の西 ※)を選ぶということは、現実を放棄することを意味する。
    大人になるということは、その空白を抱え、たとえ自分が望まな人生であったとしても、自分の役割を果たしていくことだという村上春樹のメッセージを読みとれた。


    「わからないわ。何かよ。東の地平線から上がって、中空を通り過ぎて、西の地平線に沈んでいく太陽を毎日毎日繰り返して見ているうちに、あなたの中で何かがぷつんと切れて死んでしまうの。
    そしてあなたは地面に鋤を放り出し、そのまま何も考えずにずっと西に向けて歩いていくの。太陽の西に向けて。
    そして憑かれたように何日も何日も飲まず食わずで歩き続けて、そのまま地面に倒れて死んでしまうの。それがヒステリア・シベリアナ」
     僕は大地につっぷして死んでいくシベリアの農夫の姿を思い浮かべた。
    「太陽の西には一体何があるの?」

  • はまってしまって3日で読みきってしまった。
    のめりこんだけども、まだ消化しきれていない。

    やっぱり春樹はすごか。胸をかき乱される作品。単純に感動した、っていうコメントじゃ整理しきれない。けれども確かにYes, I was moved. 
    異性に、自分のためだけに用意されたもの、を求める感覚。
    一度過ぎてしまったら、二度と巻き戻せないものがある、ということ。
    大切な存在がありながらも、自分の失われた部分を完成させてくれる島本さんとの関係にのめりこんでしまう苦しさ。一緒になって感じた。
    あれだけ愛した島本さんを失ってしまっても、いつかは回復し、別の人と日常生活を始めることができるということ。人間のもろさとしぶとさ。
    恐ろしいけれど、それがリアルなんだろう。
    イズミとの再会のシーンは、おそろしくて、ミステリー小説のようだった。

    有紀子の台詞。
    「私はあなたと暮らしていて、ずっと幸せだった。(略)でもね、それにもかかわらず、何かがいつも私のあとを追いかけてくるの。(略)何かに追われているのはあなただけではないのよ。何かを捨てたり、何かを失ったりしているのはあなただけじゃないのよ。」

    私たち人間はだれもが多かれ少なかれ「失われた部分」を自分の中に感じながら、生きているのかもしれない。

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国境の南、太陽の西 (講談社文庫)の作品紹介

今の僕という存在に何らかの意味を見いだそうとするなら、僕は力の及ぶかぎりその作業を続けていかなくてはならないだろう-たぶん。「ジャズを流す上品なバー」を経営する、絵に描いたように幸せな僕の前にかつて好きだった女性が現われて-。日常に潜む不安をみずみずしく描く話題作。

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