深い河 (講談社文庫)

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著者 : 遠藤周作
  • 講談社 (1996年6月13日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (374ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062632577

深い河 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 当然ながら、人はみんな違うこと、違う苦しみをもっていること、そこから救われるために何かを信じたり追い求めたりすること、その中で自分の気持ちの持ちようが変わることで、少しだけでも救われることがあるなど、それぞれの登場人物の人生を通して考えさせられました。

  • センター倫理の自習中に参考書で紹介されていた一冊。
    其の所為か、倫理の学習形式で喰い掛かって仕舞った様にも思う。

    遠藤周作は「沈黙」でも然りだが、「神を奪う快楽」を鮮明に描写する。
    神を信じる者に、何らかの手段で神を棄てさせる事をする快楽の事だ。
    ソレは、読むと其の快楽も想像に難い訳でも無く納得出来るものだが、
    実際に其の快楽を獲ようとするだろうか、と考えると、中々思い及ばない。
    無神論者と信徒の論じ合い等は有り触れているが、論破する訳で無く、為す術無く冒涜行為に及ばせ、信者を絶望させる事をさせると云うのは、
    させる側が相手の信仰対象に深入りし、「冒涜」とは何であるかを識らなければ抑々成り立たない行為である。

    私は作中の美津子と似通った性質を持っているが、宗教的観念を信じないが故に、信仰に耽る人間に対して無関心なのだ。凡その無宗教者は「無関心」に当たるだろう。
    宗教観念を忌避したとしても、宗教観念を懐く人間や口から出る言葉に態々嫌悪を示さないのが一般的だろうと考えている。
    恰も悪魔を崇めるのを切支丹が忌避するかの如く、彼女は宗教観念に関わる対象全てを咎めている。其れが不思議で為らない。
    此れが所謂「無宗教者と云う宗教者」の典型なのかも知れない。
    ともすれば、此の作品に収められた宗教観念は仏・基督・ヒンドゥーに加え、もう一つの宗教観を描いているのだろう。そして基督教では更に作中人物に依って分岐されている。
    美津子の性質がしっくり来る私だが、神父になるべく生きている大津の言葉には、何か惹き付けられる物を感じた。人が神の姿を変えている事、宗教は何れも根本は同じである事を肯定的に示しているのは誰でもない、大津だろう。
    そして神や基督を「玉ねぎ」と表現する事を躊躇しない事も。
    然し宗教や、一部での愛や神の存在は、ただ虚しく、救われる事は疎か争いさえ生む。
    其れでも「これしか無い」と考える人は、苦境に居る自身を、死にゆく自身を慰めたいのかも知れない。

    波乱の戦時中を生き抜いた木口の、誰にも語りたくない苦痛や、浅はかな共感・同情の言葉に憤りを覚える所には酷く共鳴を覚えた。そして時と場面に依って、不図語りたくなる事にも。
    トラウマという物は、言葉にする事で、言葉のみを認識される事に依って、共感される事に依って、
    触れ、撫ぜられる事で更に抉られるのだと、改めて思い知った。尤もだと肯ける事だ。

    浮気で離婚話が持ち上がる現代だが、此の中では”浮気をして迄も別れる気はない"夫婦と云うものが、本来在るべき結婚生活なのでは無いかと考えさせられた。
    古風の考えで惰性的にも夫婦生活を続け、其の中で夫婦間の秩序を見出さずに不足や不満を補おうとする事は、咎められても過ちでは無い様に感じる。恋愛と結婚は違うと云う言葉は、単に財や地位、容姿や性格に於ける基準だけでは無く、「生きて何をするか」と「死んで何を遺すか」の違いなのだろうと感じる。
    連帯感を「埃のように積もる」と形容されているのが、何処と無く印象的で現実味を帯びていた。

    全てを包み、生死の共存を図る「ガンジス川」は、其の穢れ故に美しいのだろう。

    内容に依らずに退屈させない文章、展開を描ける事には本当に感服する。
    そして終幕の虚しい展開が、宗教と云う物が如何に無意義で非力であるか、世の成立ちが如何に惨酷かを示している。
    共鳴よりも、此の世界の真理を抜き落とす事無く詰め込まれている此の著書は、しがんだガムの味が消えない様な、噛みごたえと味のある一冊だと感じた。

  • ツアー参加客は様々な思いをもってインドへ向かい、対面していく。戦時中の悲惨な体験が棘となっている老人は兵士達を追悼しに。妻を癌で亡くした男は妻の生まれ変わりを探しに。 自分に空虚感しか感じない女は、自身の「神」を信じ、探し続けている男性に会いに。 

    実用書でもなく、ミステリーでもないのに読み返したのは久し振り。良かった!
    インドの環境は人間本来活動を否定しない文化で世界の縮図なのかもしれないと感じた。 犠牲、活力、富、貧困、人権、差別、慈愛、残酷、生、死。両極が混在している。その地では当然のこととしてそれらが受け入れられている。自身の死、であっても。 人は自らの死を受け入れるべく聖なる河へ旅立つ。聖なる河は、それらをまるごと飲み込み浄化し、また大地へ返す。 
    自分はそれらの文化を直視し、そこへ永遠に身を投じる決意は出来ないだろうと思う。きっと旅人で終わる。 おそらくこのままお独り様として死を迎えることになるかもしれない、と漠然と考えるこの頃だけれど・・・。 生きている間、でっかいことをしよう、とは思わないまでも 小さいことだけれど 自分に正直に誠実に生きて行こうと思う。 感情にまかせて後悔するようなことがあったとしたら ひとつずつ誠意を持って償っていこう。
    これからのささやかながらの具体策発見。

  • もう20年近く前だろうか
    30になりたての僕はこの本を読んだ
    夢中で読んだ記憶もストーリーも残っていた
    ただ、当時、この小説の意味がわかっていなかった気がする
    もうすぐ50を迎えようとする今、再読して改めて、人間の河の流れる向こうはわからなくても、過去の多くの間違いを通して、自分が何を欲しかったのか少しだけわかった気がする…信じられるのはそれぞれの人がそれぞれの辛さを背負って深い河で祈っているこの光景…その人達を包み込んで河が流れているということです。人間の河。人間の深い悲しみ。その中に私もまじっていますという意味がわかった気がする。
    そして読み終わった今、これまでの自分の生き方と自分の人生の意味を深く考えている。
    旬には遅れてやってくるものもある。年齢が追いついた時、再びめぐり合う小説というものがあるのかもしれないと思った。

  • 神様とは神の愛とは・・こんなに遠藤さんなりの考えが詰めてあるのに一気に読めてしまうのが不思議なところ。何度も読まなくてはいけないと思う。遠藤さんの作品を読むと、作品中の罪深い人のことを「そういう人もいる」と諦めてしまえるのが自分で不思議だ。たぶん私が無宗教に近いからなのだろうなあ。

    登場人物のエピソードから、心惹かれた人について。人間的には沼田さん。私なりに欲しい救いであった木口さん。

  • 手元に置きたくて、何度でも読みたくて中古で購入しました。
    今も再読中。初の遠藤周作作品♪

    自分の人生の節目にフッと読みたくなる。。。

    何度読み終わっても、なんか忘れられない不思議な響きの本。
    記憶から消えない本です。

    映画は見てないけど、この世界観は映画だと表現しきれるのかな…。

    文章の方が絶対しっくりする作品だと思うので、映画はあえて見ない。(配役もイマイチ好きじゃないし…)

  • 又吉から

    あんまり面白くなかった

  • 人生について、深く考えたい時に、繰り返し読みたくなる。
    もう何度目だろう。また読みたい。

  • 神様はどこにでもいる。

    それと対峙することで自分と向き合うことができるのならば、それはもうその人にとっての神様なんだ。

    この本を読み進めながら、そんな思いがじんわりと染み渡ってきた。

    ずっとたいせつにしていきたい一冊ーー

  • 三葛館一般 913.6||EN

    和医大図書館ではココ → http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=68208

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深い河 (講談社文庫)の作品紹介

愛を求めて、人生の意味を求めてインドへと向う人々。自らの生きてきた時間をふり仰ぎ、母なる河ガンジスのほとりにたたずむとき、大いなる水の流れは人間たちを次の世に運ぶように包みこむ。人と人とのふれ合いの声を力強い沈黙で受けとめ河は流れる。純文学書下ろし長篇待望の文庫化、毎日芸術賞受賞作。

深い河 (講談社文庫)のハードカバー

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