幻惑の死と使途 (講談社文庫)

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著者 : 森博嗣
  • 講談社 (2000年11月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (584ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062730112

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幻惑の死と使途 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

  • 久しぶりに最初から面白いと思えた。
    そして、「私もそうだと思った!!」という感想。

    決して裏切らない内容だと思う。
    そして「その気持ち、何となく分かる」とも思った。

    10年以上も前に書かれているとは思えないほど、
    いろんな要素が現在(いま)に当てはまっています。

    著者には未来が視えていたのか、
    10年という永いと思えた歳月に変化がなかったのか。


    今作品は事件の内容等ではなく、
    作中の背景と書かれている表現に惹きこまれました。

    改めてこの方の凄さを感じた作品です。
    次の『今はもうない』を読むのが楽しみ!

  • S&Mシリーズ第7弾。第8弾と関連性があるため、本書の章番号はすべて奇数となっている。第8弾をまだ読んでないので詳しくはわからないが、偶数章で構成されていると思われる。
    第7弾は脱出マジックを得意とするマジシャンとその弟子の殺される。二人とも脱出マジック上演中に殺され、師匠に至ってはその遺体までが消えてしまうというおまけまで。これらの謎に、犀川と萌絵が挑む。もっとも犀川の方は挑むわけではなく、萌絵のおかげでいやいや巻き込まれる、といういつもの展開。本作でも、期待ほど二人の仲は進まずちょっとイラつくが、シリーズ完結までその進展を楽しみにしたい。
    あと、脱出マジックが主ネタのため、文庫版の解説を二代目引田天功が書いているが、意外に文書がうまくてびっくり。それによれば、彼女のマジックネタはほとんど夢の中で思いついているそう。
    また、デザイン改定前の文庫版表紙には棺から這い出してくるタコの足の写真が使われているが、これは棺から遺体が消えたという本編ネタへのオマージュだろうか。その発想力にもちょっと驚き。

  • しばらくご無沙汰だったのですが、読み始めるとやはり面白く、一気に読んでしまいました。
    今までになく厚かったのですが、テンポよく話が進み最後までだれることがなかったです。

    今回は「名前」というのがキーワードで、なんだか夢枕獏の陰陽師を思い出しました。途中、犀川が萌絵に名前の話をしていたことから、やはり犀川はその時にはすでに有里匠幻の実体をわかっていたんですね。

    あ、突然ですがわかりました。
    もしかして次の「夏のレプリカ」では偶数の章ばかりなのかも。
    (友だちと連絡がつかないというのに萌絵がまったく心配していないのがすごく不思議なんですが…。事件に夢中ということ?)

    たぶんもう何度もいろいろなところで多くの人が取り上げてると思うんですが、インターネットとサイトについての萌絵の考察は本当に鋭いなあと思います。
    それらが今後どうなっていくのか、についての発言も秀逸ですし、情報量が多くなりすぎて、どれが重要な情報かわからなくなってしまうという点についての洋子との会話(「それはそれで、価値はないんだって初めから割り切れば、面白いんじゃないかしら。」「カラオケみたいなもんね」)が特にSNSでの付き合い方を如実に語っていて参考になります(笑)

    お話のテーマに沿ってだと思いますが、解説を引田天功(プリンセス天功)さんがされています。
    お話も良かったんですが、この解説も興味深くて面白かったです。
    実際にイリュージョンをされているところより、バラエティ番組に出ているところを目にする機会が多く、どのような人かもあまり詳しく知らなかったので、余計にこんな人だったのか~と思いました。
    番組では珍しい動物を飼っているとか世界中に家があって、お金持ちから油田や島をもらったことがある、なんていうトンデモエピソードを披露されていたり、世間知らずの天然な性格が印象に残っていますが、解説を読んでからはそれらは全部プリンセス天功を演じているだけなのかも?という風に思えてきました。
    まさにミスディレクションですね。

  • イリュージョンが絡まるトリック。このシーン、何だか気になると思ったものがいくつかあって、あたっていたり見当違いだったり。前半はなかなか入りこめず、読むのに苦労しました。
    研究室になじみ始めた萌絵なのかな?と思ったり、犀川先生も萌絵との関係も少し意識し始めたのかなと思う。ちゃんとしたシーンはないのだけれど。
    個人的には犀川先生がいるシーンの方が読みやすいかな。

  • S&Mシリーズを読み進めていて、常に心の片隅にこびりついたままの気掛かりが3つ。

    多重人格者、真賀田四季。犀川はその人格や思考経路、才能などかなり広い領域において、四季と同期している。ましてや犀川をつくる主たる人格は、四季のような存在でありたいと強く願っている。

    この作品では、とうとう犀川の思考の中に再び四季の存在が影を落とし始めた。その名前が彼の頭に浮かんだ時、私は「ああやはり…」と予感の的中に怯えた。ましてその名は、萌絵との二者択一を暗示するように、犀川の意識の表層に浮上してきたのだ。危うい。

    そして萌絵の成長。彼女は両親の死で閉じていた心の殻を、自らの知的好奇心から関わる事件の中、何度となく陥る自らの命の危険を繰り返すことで無自覚的に壊そうとしている。犀川もそれに気づいていて、よい傾向だと考えているが…彼女は同時に、その本来の天才的頭脳の覚醒にも向かっている。その精神は、普通の暮らしを送ってきた人間ならば重なるはずのない二つの成長を同時に迎えて崩壊せずにいられるのだろうか。

    そうして二人の行く末。

    私には「喜嶋先生」ご夫妻の、不可解な最後が重なって見えてならない。

    この物語は先へ進めば進むほど、犀川の主たる人格が、すべての崩壊へと導くのではないかという漠たる不安に胸がしめつけられる。

    私はミステリーを読んでいるつもりは、もはやない。いや、元々そうではなかったのかもしれない。

    明かされることのなかった森博嗣の恩師である喜嶋先生の不可解な行動の意味、「すべてがFに…」の真賀田四季と犀川の不吉なシンクロ。私の過去と未来にも重なる一面を持つ二つの事象を追い続けているのだと思う。

    私はシリーズを最初から順番に読み進めているから、ここから先はまだ知らないが、予感している。

    いつか再び、四季は犀川の前に現れる。その時、萌絵は犀川をこちら側に引き止める力を身につけているだろうか…。

  • マジックショーと殺人事件
    ストーリーは好きだけど、トリックはちょっとずるいかなー

  • 『感動なら、間に合ってる。一般論だから気を悪くしないでほしいんだけど、テレビのディレクタが押しつける感動なんてまっぴらだよ。オリンピックだって、テレビの台本じゃないか。原発反対も、博覧会反対も報道されるのに、オリンピック反対が何故もっと大きく報道されない? 高校野球はどうしてあんなに美化される? マスコミはマスコミを何故反撃しない? 浜中君。もし君が偏った価値観から自分を守りたかったら、自分の目と耳を頼りにすることだね。テレビを捨ててしまえば、君の目は、少なくとも今よりは正しく、しかも多くのものを見ることになるよ』

    『寝耳に水だ。寝ていなくても、耳に水は困るけどね。』

    『先生は、どんな超能力。見たいですか?』
    『単純なもので良いよ。でも、超能力なんだから、普通の能力ではできないことを見せてほしいね。ー スプーンを曲げるとかじゃ、駄目だよ。スプーンなんて誰でも曲げられる。そんなの両手を使えば簡単だし、片手だって、どこかに押しつければできるからね。つまり、全然、通常の能力を超えてないから、超能力とはいえない。』
    『座ったまま、十センチくらい浮いたりとかは?』
    『そうね。まあ、それは見る価値があるかな。だけど、そんな能力さ…、役に立たないよなあ ー 座ったままで高いところのものが取れるかもしれないけど、立ち上がった方が早いし、踏み台にのればもっと高いところだって手が届く。十センチ浮かぶだけで、うんうん唸ってたりしていたら、馬鹿みたいだ、あれって、何故あんなに大騒ぎするんだろうね。あんなのがどうして超能力なわけ?』
    『じゃあ、テレパシィはいかがねすか?』
    『携帯電話くらいの価値しかないな』

    『でもさ、手品って、昔は本当に魔法みたいに見えたんだろうね。今でも、けっこう魔法だと信じている人がいたりして』
    『いませんよ』
    『そう? 文系の女の子なんか、信じてるんじゃないかなあ』
    『女の子っていう単語が、不適切に使われています』

    『この辺りはまだ自然が残っていて素敵ですね』
    『こうやって、人が入れるようになったら、おしまいだけどね ー そもそも、自然という言葉を使い始めたときから、もう自然じゃないんだよ』

    『ふうん』
    『何ですか? ふうんって』
    『感嘆詞』

    『また、テレビで大々的に報道されて、大衆は惑わされるわけだ。本当に魔法か超能力だって信じる人たちが沢山いるだろう。まったく、不健全だね。いろんな宗教活動を懐疑的に報道している一方で、マスコミ自身が、おかしな新興宗教となんら変わりがない行動をとるんだ』
    『ですから、ここは、犀川先生がずばり、科学的に事件を解明してですね…』
    『別に解明しなくても、すべては物理現象なんだよ ー 間違っているのは、観察している人間の認識だ。したがって、人間さえ見ていなければ、何も不思議は起こらない。すべて自然現象だ』

    『カメラで狙われているときは、もっと余裕のある上品な表情をつくりなさい。なんです、あれは? はしたない。今にも貧血で倒れそうな顔だったじゃないの』
    『本当に倒れそうだったんですもの』
    『本当に倒れるまで、微笑んでいなさい。まったく、子供なんだから、貴女は』

    『西之園さんと僕が、二人だけで食事をしたってことをですよ。これは自慢になります。二人だけ、二人だけですからね…、はい』
    『だって、他にもお客さんがいますよ』
    『このテーブルには二人だけでしょう?』
    『この椅子には私一人だけだわ』

    『紙に文字を書く動作は、人間工学的に考えても、決して自然な運動ではない。十本ある指を有効に使うキーボードの方が、何倍も人間の手に相応しい。』

    『いや、無駄な時間だ ー だけど、まあ、そうね。その、なんというのか、無駄が悪いとは言わないよ』
    『毎日、こんなに楽しかったら良いのになあ』
    『毎日、楽しくないの?』
    『先生は... 続きを読む

  • 森博嗣の作品としてはわかりやすい。
    犀川と西之園の会話はいい意味で二人の世界といった感じ。

  • イリュージョンに人生を懸けたマジシャンの話。
    最期はとても綺麗で、切なくなった。けど最高に気に入った。これほどまでにマジックに人生を懸けた人間になら、いくらでも騙されていい。かもしれない。
    最近のS&Mコンビは、それぞれ成長というか変化が見えて、とても楽しい。
    『名前』がキーワード。

  • 4+
    今回もまた事件とは無関係なところに名言が多くニヤリとさせられる。奇数章のみで構成された本書、偶数章のみで構成された次作といった仕掛けにも感心。手元にあるのは最新の白いカバーではなく、木箱の棺からタコの足がニョキリと出ている古いバージョンのものだが、引田天功の解説を読んで本を閉じた後にようやくその意味が分かってまた感心。

  • 複雑に考えすぎるという罠にみごとにひっかかってしまった。

    10年以上前にブログとかツイッターとかを予見してた森博嗣さんすげー

  • 「このまま、日本中の人がホームページを開設したりなんかしたら、もう情報が多過ぎて、結局は役に立たなくなっちゃうんじゃないかしら」
    「今みたいに一部の人がやっている間は価値があるけれど。だんだん、自分の日記とか、独り言みたいなことまで全部公開されて、つまり、みんながおしゃべり状態で、聴き手がいなくなっちゃうんだよね。価値のある情報より、おしゃべりさんの情報の方が優先されるんだから、しかたがないわ。でも、それはそれで、価値はないんだって初めから割り切れば、面白いんじゃないかしら。そんな気もする」

    この作品が刊行されたのは、1997年のこと。

  • 今までS&Mシリーズを6冊に渡って読み進めてきたが、この作品が一番謎を秘めていてミステリーを感じた。最後の萌絵と犀川の見解を聞くまでは、全く犯行の仕方が分からなかった。途中でトリックが分かった読者なんているのだろうか?最後の解説にプリンセス天功が出てきてびっくりした。

  • ミステリはなんとなく楽しめるのが好きなところではあるのだけど、このトリックはなんだか感動してしまった。

  • 【あらすじ】
    那古野市内の東の外れにある滝野ヶ池緑地公園で行われた公開マジックショー。その舞台で、天才マジシャン・有里匠幻(ありさとしょうげん)が、ナイフで刺殺されるという事件が起きた。有里匠幻は箱抜けを18番とし、大掛かりな舞台道具を駆使したマジックで有名なマジシャンだった。そして、今度は彼の葬儀において、遺体が忽然と消えてしまう。ミラクル・エスケープ。果たして事件は誰が何のために?
    【感想】
    これはわたしの中でも、かなり面白い方のお話だった。ダイナミックな演出というのもあり、終始ハラハラドキドキさせられた。ミステリーの中でマジックが行われる。これぞ、二重のミステリーではないか。それだけで興奮してしまう。何一つ見逃すまい。そう思って読み進めていくのに、不可思議なことや事件はどんどん起こってしまう。悔しいけれど、それが楽しい。わくわくする。そんな今回の事件にも、犀川先生が謎解きをしていく。犯人やそれにまつわるひとたちの心理までをも読もうとする犀川先生には脱帽。犀川先生も、萌絵も、どのキャラクターもみんな個性が溢れていて大好きだ。

  • S&Mシリーズ⑥

    4~5年振りの再読。
    ⑦夏のレプリカと同時期に起こった事件だが、関連性はなし。
    奇数章のみ。

    ・天才マジシャン『有里匠幻』による壮大な奇術、イリュージュン。
    ・奇術師として、孤高すぎる生き方に感服する。
    ・殺人事件には間違いないが、トリックとしての殺人ではなく、マジックショーに近い。
    ・一連の幻惑に負けずに、真相を見抜くのは難儀だと思う。
    ・婚約後も進展しそうでしない、相変わらずな犀川助教授と萌絵。

  • ・面白かった
    ・犯人が予想外やった。本で絵が無いから読み手側には不利とはいえ。それでも犀川先生はわかってはったんやしな
    ・その予想外さというのか、そして更に犀川先生が最後に話した考えが、ミステリーっぽい~~って感じがしましたwやっと的なw
    ・それと杜萌さんの事件ね。残りのページ数的にも途中から(ん??)ては思ってたけどまさか最後までそのままとは。ずっとあとって巻までまたぐんかいね
    ・あ、そういえば車のナンバープレートが先に連絡回ってたのはなんでやったんやろな

  • なにって引田天功の解説文が素敵。

  • 奇術師、イリュージョニストと言うべきか、その立役者である男がショーの最中に殺害されて死亡。しかも葬儀の最中に遺体が消失という奇想天外な物語の始まり。
    弟子である女性も次の脱出ショーで殺害。
    それらの現場にはもちろん偶然萌絵がいて、さらにショーに使用する大道具を作成していたらしい工場の人物も殺害され、これは萌絵が発見。
    タネも面白いけれど、犯人は最後まで想像もつかず、とても楽しめました。
    いわばトリックというのはイリュージョンみたいなものなのかも。
    巻末の解説には引田天功で、ちょうどプリンセス天功を思い出していたところだったので、解説も興味深く読めました。

  • S&Mシリーズ折り返しとなる6作目。
    そして、次作「夏のレプリカ」と対になり、奇数章のみの構成。さらに、全て「奇」から始まるタイトル。


    第1章 :奇趣の予感
    第3章 :奇絶の舞台
    第5章 :奇怪な消失
    第7章 :奇想の舞台裏
    第9章 :奇巧の仮説
    第11章:奇瑞の幕間
    第12章:奇抜なサービス
    第15章:奇術の使徒
    第17章:奇跡の名前

    =================

    前作に増して、萌絵と犀川先生が仲睦まじくて、微笑ましい。

    いつも冷静沈着で、無感情なイメージの強かった犀川先生が、感情を露わにするところは意外性に溢れていたし、それを「私しか受け止められない」と感じる萌絵にも感服。この二人良いよな、改めて。

  • 3
    マジシャン絡みの殺人事件。萌絵の偉そう感が微妙。ものに名前があるという概念がなかなか面白い。人間だけが名詞という概念が理解でき、どうぶつの概念は動詞らしい。有里匠幻の名前の価値の話と結びつけている。

  • 動機が(こんな言い方するのもどうかと思うけど)良かったと思います。
    マジックを題材にしていることもあってトリックを深読みさせられるが、トリックは大胆且つ単純明快。
    今回は萌絵の手柄かと思いきや、やはり犀川先生が一枚上。流石犀川先生です。
    次作の夏のレプリカと時間軸が並行しているらしく、今作は奇数章のみで構成されており、章題も全て「奇○の--」という形で統一されているところに森博嗣さんのこだわりが感じるのが◎
    すぐに夏のレプリカ読みたいと思います。

  • 犀川助教授と西之園萌絵のシリーズである。この本の特徴としては奇数の章しか存在しないということだ。下巻というか「夏のレプリカ」のほうに偶数の章があるらしい。この「幻惑・・・」のほうの1章に出てくる人物が、それ以降登場せず、「夏・・・」のほうに出てくるらしい。実際には、あんまり奇数、偶数のことは気にならなかったけどね。今回はマジックがネタ。ただ、今までの作品に比べると、あまり混乱させられなかったというのが正直なところかもしれない。最後の犯人についても、なんかわかっちゃった?という感じも受けたし。ふーむ、「夏・・・」はまだダンナが読んでるんだよなぁ・・・。

  • 天才奇術師がショーの最中に殺害され、葬儀中に遺体も消失してしまう。鍵を握るのは三人の弟子たち。私は犯人が最後まで掴めなかった。まさか、この人が犯人になるとは......。森博嗣の初期作は、プロットを書いていた時期があったようだが、それだと全然意外じゃないという理由でそれ以降はプロットを書かずに執筆している。その第一作がこの作品ではないかと思われる。さて、この作品はS&Mシリーズの6作目となっているが、何故、”S&M”というシリーズ名にしたのかが明らかになります。

  • 最終的にはっきりとしなかったかも。
    面白いのは面白いんだけど…
    マジックネタがちょっとイメージがわきにくい

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幻惑の死と使途 (講談社文庫)の作品紹介

「諸君が、一度でも私の名を呼べば、どんな密室からも抜け出してみせよう」いかなる状況からも奇跡の脱出を果たす天才奇術師・有里匠幻が衆人環視のショーの最中に殺された。しかも遺体は、霊柩車から消失。これは匠幻最後の脱出か?幾重にも重なる謎に秘められた真実を犀川・西之園の理系師弟が解明する。

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