夏のレプリカ (講談社文庫)

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著者 : 森博嗣
  • 講談社 (2000年11月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (520ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062730129

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夏のレプリカ (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

  • 少しだけ、いやかなり救われた。

  • あまり、犀川先生が登場しません。

    西之園さんと途中まで出番がありません。


    幻惑の死と使途と同時進行の物語。

    西之園さんの友達の簑沢さんが実家に帰ると誰もいない?翌朝仮面の男に拉致される。他の家族は既に誘拐済み!?

    誘拐事件が解決すると今度は盲目の兄が行方不明に・・・

  • 結構好き。面白かった。やられた感があった。がしかし怪しむべきやったとも思える。笑
    でもお兄さんの件とか、あともういっこ何やったか、どういうことやったのっていう解決されてないやんっていう部分があるのがちょっと。

  • ううむ。難しいですね、これは。
    前作の「幻惑の死と使途」とほぼ同時に起こった出来事で、予想通りこちらは偶数だけの章でした。

    犀川が「名前が逆だったていうのには、気がついていた?」というのは「幻惑の~」とリンクする面白い発言でした。犀川の概念では人が逆なのではなく、名前が、なのですね。

    以前、何かの本で読んだ『ミステリーにおけるルール違反なトリック』に"実は犯人は双子だった"というのがありました。「幻惑の死と使途」を読んだときにこれを思い出してギリギリだなあと思ったんですが、そこに"語り手自身が犯人だった"も書いてあったような気がして、これまたどうなんだろう、と思いました。
    ルール違反であろうが、なかろうが私は好きではないんですが、このお話は何だか許せる気がして不思議な気分”です。
    ”推理”小説というのは誰にっての”推理”(小説)なんでしょうね。

    何だか許せる気がして、というのは何となく2点あって、一点は自分がやったことであっても、ショック過ぎて記憶が抜け落ちたり、すり替えたりすることがあると医学的に証明できるのではないかと思うからです。
    もう一点はまあ同じようなものなのですが、気付かなかったということ。事情を知らないが故に他人を傷つけるような発言をしていたり、振り向いた拍子に死角にいた人に鞄をぶつけてしまったり。
    違いはたぶん、自分がやったと認識しているか・していないかだと思うのですが。
    そういうことが実際あると思うので、杜萌もどちらかだったのかもしれないという寛容な見方です。
    あと、近い感覚にわかっているのに意識の外にあって気付かない、というのがあって、探し物をしているときにすぐそこにあるのに、全然見えていないみたいなこともありますよね。
    以前に読んだ京極夏彦の「姑獲鳥の夏」もこんな感じで、その時は有り得ないと思ってましたが、人の感覚って曖昧というかちゃんと意識していないと結構穴があるんだと思います。(穴‥?)

    読み終わってからもずっと色んなことを考えてて、このシリーズでこんなに考えたのは初めてでした。
    しばらく考えたら何かまとまるかと思ったけれど、何もうまれませんでした。
    杜萌がどうしてダメ男に惹かれたのかも、素生とのことも、素生があの部屋から何時どうして出て行ったのかも、どうして兄を自分が殺したと杜萌が勘違いしていたのかも、素生が生きているのかどうかも全部よくわかりません。
    萌絵が新幹線で帰るときはケロッとしているのも怖いです。杜萌の部屋に杜萌が犯人で人を殺したということを知ったときにうまれた感情すべてを置いてきたのかもしれません。
    いろいろな種類の複雑な感情を一人で抱え込むことは誰でも難しいです。一番尊敬し、信頼し、敬愛している人の前ではどんなに抑え込んでいても漏れてしまうと思います。
    話としては最後、東京駅で萌絵が素生に出会うところは偶然を甘く見過ぎ(適当な言葉がない)だと思いますが、もう何でも良いような気にすらなりました。
    レプリカという言葉は偽物というような意味だと思っていましたが、本来はオリジナルの作者自身によって作られたコピーという意味のようです。
    萌絵はずっと杜萌のレプリカを通して事件を見ていたし、それは読む側も同じなのかもしれません。
    正しいことなんて、本当は何も書かれていなかったのかもしれない。
    (誰が何をもって正しいと判断するのかもわからないけど)

  • シリーズ7作目。前作と同時期に起こった事件を描いた作品。前作と間をあけずに読んだけれど、間をあけて読んでも大丈夫かも。
    今回は萌絵と犀川先生が中心ではなく、萌絵の友人、簑沢杜萌の目線で話が展開していく。話の中で、キーポイントなんだろうなという事柄はわかるのですが、真相ではそうつながるのかと思うものの、何だかちょっとすっきりしない部分も。
    ミステリを読むというより、萌絵と犀川先生の関係を楽しむ方向になってしまっているかな。

  • S&Mシリーズ第7弾『夏のレプリカ』を読了。

    前作の『幻惑の死と使途』と同時期に起きた事件が描かれており、この2作品は奇数章のみと偶数章のみの構成になっている。事件としても全く別ではあるが、切り離せない対になっている作品。

    ミステリ好きの中には、この珍しい構成を使った何かしらのトリックが使われていると思うかもしれないが、作者曰くそんなことは無く、ただ純粋に同じ時系列で起きた事件だからである、とのこと。ただ、同時期の事件を取り扱っているので、リンクしているところなどは見受けられる。たとえば「名前が逆だっていうことには気がついていた?」という犀川の台詞の意味など(これに関しては、前作を読んでみないと全く意味が伝わらないだろう)。

    本作のメインとなる登場人物は、殆どが萌絵とその友人の簑沢杜萌。その為、犀川の印象は薄いと感じる読者も多いと思う。二人の名前「萌絵(もえ)」と「杜萌(ともえ)」について、作中で出てくる将棋の話から、ある関連性を発見した。将棋では「歩」という駒があるが、「歩」が成ると「と金」となる。まるでこの二人の名前のようである(深読みしすぎかもしれないが)。

    いずれにしても本作は、特殊な構成などからも見られるように、S&Mシリーズ中では異色作と言えるだろう。シリーズ1作目『すべてがFになる』で、ある人物が口にする「数字の中で、7だけが孤独なのよ」という印象的な台詞を思い出した。

    ちなみに、トリック面などでは特筆するべきところは無かったが、面白い作品には違いないだろう。

    それでは今回も、名言や台詞を一部引用。

    ・たとえば、「子供に夢を与える」と言いながら、本当に夢を見るものを徹底的に排斥しようとする社会。集団はいったい何を恐れているのだろう

    ・いいのよ、殺しても

    ・意志とは、消滅の自覚だ

    ・質問は、質問する人を表現するんだ。それに対する返答なんかとは無関係にね

    読後感も切なく、感傷に浸れる作品だった。読ませる力を持ったシリーズである。

  • これまでのS&Mシリーズに比べて圧倒的に爽やかで夏の終わりを感じさせるような寂しさのある作品だった。ミステリらしさよりも物語自体の雰囲気を強調した、そんな内容にまとまっている。

  • ?????え?????

  • S&Mシリーズの第7弾です(間に短編もありますが)。
    前作『幻惑の死と使徒』と同時期の事件ということでついになってます。
    前作は奇数の章しかなくて章のタイトルも奇○の~だったんですが、今作は偶数の章しかなくてタイトルも偶○の~で統一されてます。しかも今回は全部韻を踏んでるようです。
    森氏のこういう言葉遊びみたいなことはすごく好きです。
    ちょっと気になったんですが前作と今作との時系列(時間の経過)の関係も1章、2章、3章、4章…と章の順番になってるんでしょうか?
    だとしたらすごいです!

    今回は萌絵ちゃんの親友の杜萌が巻き込まれた誘拐事件の謎です。
    前作の事件も同時に起こってるので残念ながら萌絵ちゃんと犀川先生はあんまり出てきません。
    後半からは出てくるけど事件そのものに関わってないから、やっぱり今までと比べて出番少なめな気がします。
    だからこその客観なんでしょうが。

    真相はすごい衝撃的でした。
    驚きで言ったら今まで読んだこのシリーズのなかで一番かもしれないです。
    そしてすごく切ないです。
    でもなんでそんなことになったのかがよく分からないからちょっと納得できないです。できればそうなるに至った過去の経緯とかも語ってほしかったです。
    最後もちょっと不思議。

  • 幻惑の死と使途と交互に読んだら、もっとおもしろかったかも…
    こんな切ない結末になるとは…
    おもしろかった
    2013年6月27日

  • (個人的には)S&Mシリーズの醍醐味である犀川先生の名言や二人の絡みはほぼなかったが、ストーリーとして面白かった。前作と繋がった構成で、今作も"名前"がキーになっていた。どちらのラストも物悲しく美しい。しかし受ける印象はまるで違う。まさに表と裏。 驚かされたという意味で、私は"夏のレプリカ"のが好みかな。S&Mシリーズで(恐らく)初めて涙が出た。

  • 『たとえば、「子供に夢を与える」と言いながら、本当に夢を見る者を徹底的に排斥しようとする社会。集団はいったい何を恐れているのだろう。多くの大人たちは怯えて何もできない。』

    「その金で、俺たちが武器を調達して、そのせいで人が死ぬかもしれないぜ」
    「そんなの同じことよ」
    「同じ?」
    「ええ、何をしたって、どこかで誰かが不幸になるんだから」

    「情報自体を取り上げてしまうというのは、少々、低俗な防衛手段ですけどね」
    「低俗?」
    「ええ、つまり動物並です。人間相手に、餌を取り上げるというのは、低俗な発想です。人権を無視しているといっても良い。銃が規制されているのと同じですね」
    「まあ…、銃を規制するのも、低俗…なんですか?」
    「低俗です。もっとも、低俗じゃなかったら、犯罪は起きません。銃が存在するから人が殺されるわけではありません。それを使うのは人間です。たとえ銃がなくても、人は殺せます…。」

    『人間の本質なんて、ずっと変わらないものなのかもしれない、と杜萌は思った。自分が変化したと思っているのも、実はそう錯覚しているだけのことか…。あるいは、錯覚したい、だけのこと。
    高校のときの洋服が似合わない、と錯覚したように。
    たぶん、本当は何も変化していないのだ。
    躰つきだって変わってない。顔も変わっていない。なのに、どうして自分が変化したなんて感じるのだろう。変化したいという願望が、その幻想を見せるのか。』

    『行き詰まったときに採る道は、一番険しく遠い道に限る。それが、西畑のこれまでの人生、その僅かな経験から導き出された教訓の一つだった。』

    「そんなことない。
    いつだって貴女は貴女らしいからね。
    心配しないでいいよ。」

    「まあ、お知り合いですか?」
    「ええ、知り合いもなにも… ー その、何というのか、いや、やっぱり、知り合いですけど、つまり…、ただの知り合いっていうよりも、もう少し、知り合いですか…」

    『「安心」という得体のしれない約束が、世の中には多い。
    何故か、皆、安心しようとして、必死なのだ。』

    『何かを嫌いだ、と主張することは簡単で、気持ちが良い。
    本当に嫌いだったわけではない。
    嫌いだと思い込むことで、自分を確保できる、そんな幻想があった。』

    『一つの細胞が二つに分裂し、それが四つになり、八つになる。
    どれくらい細胞の数が増加したときに、生命は意志を持つのだろう。単細胞であれば、いつまでも生きられるのに、意志を持つために、自らの寿命を縮めるのである。いや、寿命があることが、意志を作るのかもしれない。
    意志とは、消滅の自覚だ。』

    「君はどんな形が好き?」
    「形? ですか?」
    「そう、三角形とか、五角形とか、立体でも良いよ」
    「あの…、犀川先生は、どんな形がお好きなんですか?」
    「三対四対五くらいの直方体だよ、一番好きなのは ー 平面では、正七角形かな…。あるいは、一対一・三くらいの楕円も捨て難いけど」

    「その質問をする君が、興味深い ー 質問は、質問する人を表現するんだ。それに対する返答なんかとは無関係にね」

    『動いているだけで見ている者を安心させる機能がある。止まらないことだけが、生きている証拠なのだ。』

    『皆、仕事をして、疲れて、それでも何かを求めて、誰かを愛して、毎日、電車に乗り、階段を上り、汗をかいて、要求して、妥協して、喜んだり、怒ったり、それでも、忘れてしまう…、そう、最後には、全部忘れてしまうのだ。
    何も残らない。
    結局、スケッチブックは、真っ白のままで、終わってしまうに違いない。
    簑沢杜萌がしたことは、何かへの抵抗だったのだろう。
    たぶん…。
    いや、きっと…。
    きっと彼女は立ち止まっただけだった。
    雑踏の無秩序な人の流れの中で、彼女は一瞬立ち止まっただけ。そんな些細な抵抗だったのではないか。』

  • 今回は今までと違って、時間の幅が広かった。
    それはきっと同時進行している作品『幻惑の死と使途』の存在があるからなんだろうなと思う。

    先にこちらを読んでしまったけど、内容は面白かった。
    ただ、最初の頃と比べても軽くなった気はする。

    読み慣れたせいなのか、実際の作品傾向がそうなのか…。
    それでもやっぱり惹きこまれてはしまうのだけど。


    私はたぶん犀川先生は好きなタイプではないな、と
    なぜか今回の話で気付いた。

    最初の頃のような登場人物の魅力がなかなか見出だせなくなってきた…。

    これから読む『幻惑の死と使途』に期待。

  • これもタイトルが好きです。

    夏が嫌いなのに、舞台の季節が夏だったり、タイトルに夏が入っていると、何だかノスタルジーに浸れる気がします。

    良い叙述トリックです。
    これはやられたと思いました。幻惑~と繋がっていたことや、犯人があの子だったことや、色々驚かされました。

    あと、オシャレ!って印象が強い。
    どこがどうオシャレなのかはシラネ。

  • 確かに同時に起こったもう1つの事件と比較すると地味かもしれませんが・・・いや、十分とんでもない。

  • 読みごたえがあったけれど、終わりはあっさり。

  • 悲しい最後だった。ちょこっとだけ光を残して。
    この本はそれまでの他の本と少しだけ違う気がした。

    スカイクロラで見たあのリズムが、ここでもほんの少し見ることができた。

    ------------------------------------------------
    読了後の感覚が残ったまま、ぼーっと考え事をしていたらいろんなことが浮かんで、整いそうでまだ整っていなかったことの整理がついた。
    だから★の数を変えちゃったよ。

    最後のシーンを振り返っていた。3冊目の最後が浮かんでくる。綺麗で余韻が残るものだった。この本はその3冊目の綺麗な余韻とはまた違うけど、残る。だから振り返っていたんだと思う。

    何事においても、すべて今直面している問題に関連があるって思ってしまうのは、自分自身による強烈なバイアスのためだろう。それを示唆してくれている気がした。素生の存在がそれだ。
    事実・可能不可能だけを考える。その範囲内で。そうすれば導かれるものがある。けど、機械じゃないから、それを最初から完全にはできないんだよね。分けて考えるってわかっていてもそれができないことってある。そんな姿を萌絵に見た。
    それは自分も同じ。
    全部関連するってどこかでそう思い込んでいる。今のXXに関連するかもしれないって。
    なんだかこれって自分で勝手に寄せて考えているだけ。それは目の前のものをありのままの姿で見ていないこととイコールなんだろうな。インタビューの教室で痛感したあの痛みを思い出す。
    自分で目にバイアスをかけてしまったら、見えるものも見えなくなっちゃうだろうし、ないものを見ようとしちゃうのかもしれない。

    「旅」を語ると、たいてい「自分探し」というキーワードがついてくる。これは嫌いだった。違和感があった。そんなことしてないし、純粋に旅が楽しかった。自分探しなんてしてたら現地をそのまま、ありのまま受けとめられない。あ、私の違和感はそこに反応していたんだな、ってわかった。

    理系で、マーケティングの仕事をしていて、ものすっごく合うって思った。ドライだったから、感情論を置いておいて状況の整理、人の行動の分析ができた。そこそこの切れ味だったような気がする。
    年月を経て、数々の仕事を通して、感情面への興味も強くなっていった。同時に、いつの間にか整理や分析の切れ味が悪くなっていった感覚があった。いろんなことを知ったからかなって思っていたけど、きっとバランスの取り方が、切り替えの仕方がわかっていなかったんだろうな。
    ドライに分ける。感情を乗せる。一緒に考えないとダメなんて思いそうだけど、ここをあえて別々に考えを走らせる必要がありそうだ。これからは意識してみよう。

    証。キロク。
    こういう考えを書き留めたい。
    それは自分のためでもある。でもそれ以外もある。自分のためだけだったら秘密のノートでいい。あえて公開で書きたくなるのはどうしてだろう?
    それはずっと前からぼんやり考えていた疑問。9月、きょうこちゃんからももらった問い。そしてそのときは答えは生まれなかった。
    それがわかったよ。
    ただ、単に共有して、共感者に出会いたいだけ。そうなんだなってわかった。どんなに確率が低くても、誰かが共感してくれたらそれはすごくうれしいんだろうな。会話してみたくなるんだろうな。知人じゃなくてもいいんだ。むしろその方がわくわくしていいのかもしれない。
    最近、twitterやfacebookに書きづらくなって、やっぱりblogかなーってなんとなく頭に浮かんでいたんだけど、それはこういう感覚からきていたんだろう。私を記号で見ない誰かと会話する楽しさが欲しかったんだろうな。(その点でいうと、西村さんのワークショップでの自己紹介禁止ルールって本当に素晴らしいと思... 続きを読む

  • 今回の事件はとっても不思議なお話でした。
    萌絵ちゃんのお友達一家が誘拐されて、犯人が死んでいたという。

    この前の作品「幻惑の死と死途」と同じ時期に発生していて、
    偶数章と奇数章で事件がわかれているんですね。
    つまり、お友達が誘拐されている時も、萌絵ちゃんは別の事件に夢中だったわけです。
    萌絵ちゃんのお友達ということで、かなりの切れ者なんですよね。
    大学で離れ離れになった友達に久しぶりに会って、
    チェスをするってのは普通の大学生じゃないよね。

    このお友達の家庭も複雑で、父親が二世議員なんだけど婿養子で、
    奥さんがなくなっていて、後妻の連れ子が今回の主役なんです。
    更に、父の連れ子に盲目のイケメン兄ちゃんがいて、詩集を出してる作家なんだけど、
    とても神秘的で、いろいろあるんですよね。

    事件は3人いた誘拐犯のうち、2人が死んでいて1人逃げたのでその人を探すんですが、
    萌絵ちゃんが参戦して事件を調べ始めるんですね。
    いつもの通りですね。
    最後は、やっぱりそうだよね。って思いました。

  • 死と使徒のB面だけれど、どれだけ内容の濃いアルバムなのかと。感性だとかそういった類の、萌絵の人間らしさの表出が一番感じられる気がする。

  • 【あらすじ】
    T大学大学院生の簑沢杜萌は、夏休みに帰省した実家で仮面の誘拐者に捕らえられた。杜萌も別の場所に拉致されていた家族も無事だったが、実家にいたはずの兄だけが、どこかへ消えてしまった。眩い光、朦朧とする意識、夏の日に起きた事件に隠された過去とは?
    『幻惑と死と使途』と同時期に起こった事件を描く。
    【感想】
    このお話は二つの意味ですごいと思った。一つは、『幻惑の死と使途』という話と連動しているところ。そしてもう一つは、起こった事件のことも家族のこともすべてにおいてが、異様なところ。一つ目の方で、この異様さについてもっと萌絵に関わって欲しかったけれど、向こうの事件があってそれができなかった。もう一つのその異様さ。普通の人からして見たら、普通だとは思えないだろうと思うことを普通にしている。情報や状況が錯綜しすぎていて何が何だかわからなくなっていた。でも、杜萌と杜萌の詩人のお兄さんを描いた、和やかなシーンは好きだなあと思った。

  • S&Mシリーズ⑦

    4~5年振りの再読。
    ⑥幻惑の死と使途と同時期に起こる事件だが、関連性はなし。
    偶数章のみ。

    ・犀川助教授は、全く事件に関わりがなく、ほぼ又聞きで事件を解決。
    ・意外性の犯人像は良いが、描き方がアンフェアで不満が残る。
    ・兄の失踪?家出?また、狂言誘拐?を杜萌の家族は、どこまで把握いているのか?
    ・チェスの打ち筋で、相手の変化が分かるとは…。
    ・杜萌や家族は、その後はどうなったのか…誰も知らない方が良いのかも。

  • 『幻想の死と使途』と同時期に起こった萌絵の友人、簑沢杜萌の話であり、簑沢家で起こった誘拐事件と誘拐された先、別荘での殺人事件の話でした。
    杜萌が家に帰ると政治家である父と後妻である母と実の姉は誘拐された後。義理の兄は行方不明。杜萌自身も誘拐犯の仲間に監視されることに。
    そして全員が別荘に集まった時、仲間割れと思われる銃声が響き、誘拐犯の遺体が二体。いったい誰が殺したのか。
    途中からイリュージョニストの事件を解決した萌絵と犀川先生が加わり、事件の詳細が徐々に明らかになります。
    兄はどこへ行ったのか。あの夏の出来事は。誘拐犯を殺したのは誰か。
    わからないままで終わった方が、萌絵にとってはよかったのかもしれない事件。
    でも犯人は、正直そりゃないよと言いたくなりました。記憶違いとそんなつながり出てないよ、と。

  • 今回はヒントが多くてわかりやすかった

  • 前作「幻惑の死と使途」と対になり、偶数章のみで構成。さらに、全て「偶」から始まるタイトル。


    第2章 :偶発の不意
    第4章 :偶感の問
    第6章 :偶後の思惟
    第8章 :偶詠の悔い
    第10章:偶然の差異
    第12章:偶合の恣意
    第14章:偶人の舞
    第16章:偶成の無為
    第18章:偶像のせい

    =================

    「幻惑の死と使途」と同時並行で読んだ。文中でいうところの、西之園萌絵状態である。
    両者は事件として、ミステリィとして、しっかり区別されて展開されているのだけど、登場人物がクロスオーバーする点はスムーズに、且つ、整合性美しく書かれていて、矛盾は一切なし。森博嗣の頭の中はどうなっているのだろう?と改めてこの人の着想はすごいなと実感。

    本作では、今まで幾つもの事件に巻き込まれ、時に生命さえも狙われることがあっても、大きく動揺することのなかった萌絵がぽろぽろと涙を流す、非常に辛い展開が待っていた。私史上初めて、森博嗣のミステリィで心がぎゅっとなった。

    それにしても…犀川先生は謎解くの早すぎます。

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T大学大学院生の簑沢杜萌は、夏休みに帰省した実家で仮面の誘拐者に捕らえられた。杜萌も別の場所に拉致されていた家族も無事だったが、実家にいたはずの兄だけが、どこかへ消えてしまった。眩い光、朦朧とする意識、夏の日に起こった事件に隠された過去とは?『幻惑の死と使途』と同時期に起った事件を描く。

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