聖の青春 (講談社文庫)

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著者 : 大崎善生
  • 講談社 (2002年5月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (424ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062734240

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聖の青春 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

  • 今秋に、役作りのため激太りした松山ケンイチ主演の映画が公開されるということで、映画を観る前に原作を読もうと手にとってみました。
    1998年に29歳という若さで没した棋士・村山聖八段の生涯を描いたノンフィクション小説です。
    将棋界という伝統的ではありますがローカルな世界の話にもかかわらず、本書は新潮学芸賞を受賞したほか、テレビドラマや舞台やドキュメントにもなったほどの作品です。

    天才たちが集い熾烈な競争に身を置くことになる将棋界。その中でも「東に天才羽生がいれば、西に怪童村山がいる」と並び称され(これ並んでいるか?(笑))、「終盤は村山に訊け」と言われたほどの実力の持ち主ながら、幼少に患った腎ネフローゼのため生涯にわたりその制約を受け、最後は膀胱がんを患い、順位戦A級(トップ11)のまま世を去った村山聖八段の一代記です。
    Youtubeなどに残された映像を見る限り、その病気からくる異様な風貌以外は病気による不調は一切見せず普通の棋士にしかみえないのですが、実は破天荒な生活と性格であったようです。髪や爪は伸ばし放題、風呂には入らない、気に入らなければ「いやじゃあ」の一言でテコでも動かない、四畳半のアパートで膨大な少女漫画と推理小説それにゴミに埋もれての生活、そして医師の制止を振り切っての棋戦出場の繰り返しと暴飲ということで、繊細さと激しさ、静と動が両極端に同居し、まさに生き急いだ感のある人生であったと思います。中でも、当たり散らされる家族、とりわけ母・トミ子さんには特に深い同情を禁じ得ませんが、これまたYoutubeを見ると、ある種、満足感のようなオーラも感じられて、ちょっとホっとしました。
    幼少の頃より病院や養護施設の中で育った村山が父に将棋のルールを教わるや急速にその虜となり、当時名人となった谷川浩司を破ることを目標に棋界に飛び込んだということです。
    その村山聖八段を語る上で外せないのが師匠・森信雄七段との心温まる師弟愛のエピソードの数々でしょう。
    師・森信雄自身、極貧の幼少期に始まり世界を放浪をしたりして奇抜な人生を送ってきた人物だったとのことですが、一番弟子として師弟関係になるまでの顛末にはじまり、病身の村山と内弟子として狭いアパートでの同居生活、繰り返される定食屋での2人きりでの夕食、森は村山が入院すればパンツを洗ってやり、少女漫画の目録を渡され書店を駆け巡り、嫌がる村山を無理やり床屋に連れていき、著者の大崎善生によれば犬の親子愛を見ているようだと言わしめるほど、親代わりとなり、どちらが師匠かわからないと言われたほどの献身ぶりで、思わず心が和みます。またただの献身だけでなく、時には怒り、また突き放し、村山を一人前の棋士に育てあげた経緯には本当に目を瞠ります。
    その森信雄一門もいまでは「西の森信」と呼ばれるまでの名門となっていて、森信雄七段にしても人間何があるかはなかなかわからないものですね。
    羽生世代のライバルたちとの熾烈な戦いと友情、後輩には分け隔てなく接したという人柄、そして将棋でトップをとろうというあくなき執念には、苦しい病気を抱えながらそれでも将棋という世界でひたすら前に向かって進んでいこうという村山聖の命をかけた壮絶な生き様がみえてきます。

    早く映画の方も観てみたいですね。楽しみです。

  • 将棋の世界の奥深さに惹かれ出会った、宝物のような作品です。早世した天才棋士・村山聖の生涯を綴ったノンフィクション。
    家族・戦友・師匠に支えられ、命を燃やし尽くすように将棋に打ち込んだ彼の情熱、執念。「僕には時間が無い」という言葉が、映画の台詞としてではなく、現実に存在することがショックだった。

    間違いなく心を揺さぶられます。ただ、単なる偉人伝というのも違う。「名人になったら将棋をやめて楽になりたい」と語る彼の心情はどんなものだったんでしょう。将棋に生き、生かされ、周囲を傷つけ、自分も傷つき。ここには生々しい人間の葛藤がある。それは村山聖だけに限った話ではない。

    もうひとつのノンフィクション『将棋の子』を読むこともおすすめします。これは『聖の青春』とは対照的に、天才になれなかった棋士たちの人生が描かれてます。

  • 5歳の時に 腎ネフローゼにかかり、
    病院で 将棋に 出会い、
    将棋のおもしろさに引き込まれる。
    幼いながらも 『死』と隣り合わせであることを
    自ら 知りぬいて、中学1年生になった時に、
    谷川浩司と勝負して、名人になるんだと。
    プロになることを 決意し、家族の了解を得る。

    すざましい執念。将棋の世界の年齢制限による過酷さ。
    羽生善治の強さと 村山聖の 切磋琢磨。
    なぜ 村山聖が 強くなっていったのか?
    というのが、将棋の成績の面でしか語られないのが残念である。
    彼のこころと技術の中で なにが起こっていたのか。

    自分が死ぬということを目前にしていることで、
    阪神大震災で 弟弟子をなくす悲しみ。
    そして 積極的に 義援金を託す姿勢。共感力の強さ。
    それを、やさしく見守る 両親と家族のつながり。
    若くして 夭折した 人間像を 浮かび上がらせようとする。

    師匠の森信雄の人間的包容力と 
    どちらが師匠かわからないとぼやく姿が秀逸。

  • ネフローゼで顔は青白くむくみ、ほっぺたも膨らんでいる。高熱も出て身体も動かなくなる。だが彼の純粋さの塊の様な生き方と将棋への情熱、それに掛ける鬼神の集中力と努力。そして"生きる"事に対する真摯な姿勢。天才・羽生善治が将棋界に革命を起こした同時期、もう1人の天才がいた。村山 聖8段。享年29歳。彼が"生きる"という事にもがき苦しみ、そして青春を謳歌した壮絶な人生がこの本にはある。彼に関わった全ての人々の愛が詰まっている。ただ泣けただけの本ではない。

  • (さとしのせいしゅん)と読みます。将棋の小説です。
    けっこう昔の小説ですが、とても良かったです。名作です。
    みなさん羽生善治名人はご存知と思います。
    この小説の主人公村山聖は、その羽生善治をすら凌駕するのでは、と恐れられた
    天才棋士です。
    ですが、そのそばには常に重病の影がありました。
    死と常に隣り合わせで闘う村山は、いつしか「生きること=将棋を指すこと」となり、文字通り必死で名人を目指します。
    この本を読んで考えさせられるのは、命を賭してまでやりたいこと、成し遂げたいことがある人はある意味とても幸せなのかもしれないということです。
    村山は重病で苦しみながら闘い続けるわけですが、
    そのそばには常に「名人」という希望もありました。
    この村山の生きざまは、まさに真摯に生きるということだと思いました。
    また、余談ですが
    要所要所で棋譜が紹介されています。
    これもまた、村山の天才的な強さ、また羽生名人の強さが現れていて
    とても面白いです。

  •  久しぶりに魂を揺さぶられる本を読んだ。

     主人公は、幼少期から重い腎臓病を患い、それでも名人を目指しひたすら将棋の道を突き進んだ。将棋は、頭だけ使えばいいように思うが、実際には相当体力が必要だ。何しろ8時間、10時間という対局もあり、この本の中でも午前0時を回る対局がいくつも紹介されている。その間、脳みそがフル回転しているわけだから、普通の体力ではすぐにまいってしまうだろう。

     彼は、谷川、羽生など、将棋を知らない人間でも一度くらいは名前を聞いたことがあるスーパースターを相手に、一歩も引けをとらない将棋を指したという。残念ながら、29歳の若さでこの世を去ってしまったが、もし病気という足かせがなかったら、どこまで昇りつめていたのだろうか。

     彼の人生は確かに短かったが、自分のやりたいこと、やるべきことをこれほどやり切れる人間がどれほどいるだろうか。自分の生き方に悩むとき、ぜひ出会って欲しい1冊である。

  • 私は昔、学生の時NHKとか見て「この棋士はどうして、こんなルックスなんだろう?」と思っていたが、最近映画化されてようやく真実を知った次第である。

    囲碁や将棋の世界は、ある意味、共和制自治国みたいなもので、素人には情報が十分開示されない。この書籍の場合もその典型例ではないか?

    で、本書は「聖(さとし)の青春」という、ある夭逝(ようせい)した棋士の話である。

    彼は平成10年、29歳の若さで将棋界の最高峰であるA級に在籍したまま亡くなった。

    直接の死因は肝臓がん。最初ぼうこうにがんを患い、それが転移したものだった。
    彼は主治医から、最初「手術して、半年治療に専念すれば治るから」と言われたにもかかわらず、「大人は、うそをつくからいやじゃ」と言って、対戦を優先し、将に将棋に特攻玉砕した。

    彼は昭和44年広島市で生まれる。彼の父親である、伸一は(「聡明な子供に育って欲しいとの意思をこめてだろう」)聖徳太子から一文字を子供の名前からいただこうと思っていたという。というのは、真一は記憶力が抜群によく、「わしは聖徳太子みたいなもんじゃい」と職場や雀荘で、よく吹聴していたからである。

    その中でも「聖」の字が気に入った。用紙に「村山聖、村山聖」と何度も書く。
    しかし、キヨシとかヒジリとかいう読み方は、イマイチであった。

    そこで、辞典を引くと聖とかいてサトシと読むことを知った。
    これで納得した。村山聖の誕生である。

    ところが聖は、幼少時に致命的な出来事を体験する。
    それは5歳の時、熱のせいか薬のせいか顔が風船玉のように膨れ上がったのである。

    診断の結果は「ネフローゼ」である。一言でいえば肝臓の機能障害であり、そのせいで顔や手足が異様にむくみ出すのである。

    最良の薬は安静にしていること。しかし聖はそれができない。そのため入退院の繰り返し。その最中、聖は母に頼む。「将棋の本をこうてきてくれ」聖、小学一年生の時であった。

    母親は古本屋を回った挙句、「将棋は歩から」という加藤治郎名誉九段による著書であった。

    果たして、聖は喜び来る日も来る日も、その本を読んだ。漢字を習ったことがないにもかかわらずにだ。

    このあたりから、将棋に必要不可欠な「集中力」を聖は手に入れることになる。なにせ一日7時間以上も子供が将棋の本を読破するのである。強くならないわけがない。その結果広島の元奨励会在籍の篠崎瑞夫の将棋教室に出入りしている、四段はもちろん、県代表にも勝ってしまう。聖10歳の時である。

    当然、聖は「プロになりたい」と思うようになる。自己節制にも務め、将棋の実力が上昇すると同時に、体調も正比例して上がっていった。

    自然と奨励会(プロになるための将棋養成所)入りの話が出てきた。昭和58年聖は5級で奨励会試験を受け、5勝1敗の文句なしの成績を上げた。もちろん、入会である。

    聖の将棋の特徴は、勝利への動物的ともいえる執着心、絶望的な局面でも巧妙な罠をかける終盤力。棋士仲間で「村山(聖)の将棋は俺たちのものとは少し違う」と言われるようになった。

    そのような将棋で、17歳で奨励会在籍たったの2年11か月のスピード昇給で聖は4段としてプロになる。棋士・村山聖誕生である。

    しかし、彼の人生にまたも大きな壁が立ちはだかった。羽生善治である。平成元年、若獅子戦で敗れ、続くC級1組順位戦でも敗れたのである。

    この敗戦はこたえた。そして村山は寝込んでしまった。羽生と指した2局の将棋が一時も頭から離れない。まるで自分という存在を否定するように。

    「あの男なんて強いんじゃ」聖は布団の中に何日もかぶりこみそう呻き続けた。
    こんな生活を送ると、当然腎臓にも悪い。住友病院では入院を勧められた。尿蛋白は限界値を示していた。

    しかし、彼はネフローゼの付き合い方をよく知ってた。その薬... 続きを読む

  •  大崎善生のデビュー作、第13回新潮学芸賞、第12回将棋ペンクラブ大賞受賞、2001年1月6日/新春スペシャルドラマとしてTBS系列で全国放送、2016年11月19日/映画公開(wki調べ)

     昭和57年/中学生名人戦に参加するが聖はベスト8で敗退する。自信を失いかけた聖が新幹線の時間までの間、西日暮里将棋センターで強者相手に全勝するのだが、その中に真剣師小池重明がいた。その彼を負かし「僕、強いなあ」「がんばれよ」と励まされ聖はご機嫌に広島の帰路につくのだった。

    真剣師小池重明 (幻冬舎アウトロー文庫) 団鬼六著 
    2014年8月22日 レビュー
     プロ棋士になるには厳しいルールがある。プロ棋士になれなかった真剣師の小池重明は、将棋ではアマはもちろん、プロにも負け知らずの生活破綻者なのである。将棋は確かに強いのだが、飲む打つ買うのデタラメな生活を続ける。結局、そんな生活にも終止符が打たれることになる。生涯、大好きな将棋との縁が切れない、彼の将棋を愛しつづける姿に感動を覚えた。

  • 「『命懸け』という言葉は自分には使えない」

     映画「聖の青春」の公開に寄せて、将棋の佐藤康光九段が述べられた言葉です。ずっしりと心に響きました。この言葉に、映画を観た方、本を読んだ方の多くが共感されるのではないかと思います。「命懸け」なんて、決して軽々しく言えるものじゃない。

     病気になった村山さんが、将棋という「翼」を手に入れた-筆者の大崎さんがそう表現されていることが印象的です。それは限りなく広がる、折れない翼でした。病気と闘い続けた生涯だったかもしれませんが、盤上ではそのようなことは関係なかったのだと思います。その手から放たれる一手には「揺るぎない強さ」を感じます。きっと、将棋という翼があれば、どこまでも行けたのだと思います。

     若くして亡くなった棋士のお話で、終盤は辛くて読めなくなるかもしれないと予想していたのですが、案外そうでもありませんでした。むしろ、村山さんが輝いて、まぶしくすら見えました。それは、村山さんが本当の意味で「生きて」いたからではないか、と思います。あらゆる欲望に忠実に、そして勝利に貪欲に。「かわいそうな人生」なんて印象は、微塵もありません。太く、短く、輝かしい炎が瞳の奥に見えました。

     そのように感じさせるのは、村山さんの生き方だけではなく、師匠の森先生の温かいまなざし、そして筆者の大崎さんの素晴らしい文章があってのことだとも思います。多くの人に読んでいただきたい、素晴らしい1冊です。

  • この本は29歳でこの世を去った棋士、村山聖(むらやまさとし)さんの将棋に懸ける人生が綴られたノンフィクション小説です。
    ネフローゼという重い腎臓の病の為に、幼い頃に多くの時間をベットで過ごさなければいけませんでした。その時に父親がトランプや花札などの遊べるものを持ってきたのですが、その中で将棋に興味を持ちどんどんのめり込んでいきます。
    そして、自分は将棋の世界に入って名人になるんだという意気込むのですが、親は身体の弱い息子が将棋という厳しい勝負の世界でやっていけないと反対します。しかし、そんな親の反対をきいても棋士になりたいと言って頑として譲りません。そこで親は最終手段として親戚一同(学校の校長など教育関係の方々)を集めて親族会議を開いて、棋士になるのをあきらめるように説得しました。しかし、それでも村山さんは将棋をやらせてくださいと頭を下げ、逆に 親族一同を説得してしまいます。世界に入って名人になるという決意の強さが伝わってとてもカッコいいと思いました。

    また、村山さんの病気はかなり重く、死と隣り合わせな生活をしているため、生きているものを慈しみ大切にしています。しかし、自分が将棋で勝ち上がって行くということは誰かを蹴落とすということで、自分のやっていることは誰かを殺しているのではないかと疑問を抱く場面がでてきます。それは、私が昔抱えていた痛みに似ているところがあってすごく共感できました。

    それと、この小説を読んで大好きになった人物がいます。それは村山さんの師匠である、森信雄さんです。村山さんの師匠なんですが、弟子に対してあれをしろ、これをしろということはなく、むしろ病気で伏せがちな村山さんのために西へ東へ奔走するような、そんなおっちゃんです。本当はもっといろいろあるのですがうまく書き表せません。

    実はこの小説は映画化されていて、友人が試写会のチケットがあたったということで一緒に観に行きました。その時に、開演前に壇上に上がってお話をされたのがこの森信雄さんでした。それだけで嬉しかったのですが、実際の声をきいて「村山くん」と関西訛りでしゃべられているのをきいたときに思わず泣いていました。そんな感じで呼んでたんだなぁって・・・とにかくそれくらい好きになりました。

    私は将棋の知識は駒の動かし方くらいで、戦術なんかは全然わかりませんし、知っている人も羽生善治さんくらいで将棋を全然知りませんが楽しく読むことが出来ました。漫画「3月のライオン」には村山さんがモデルとなったキャラクターが登場しています。それくらい魅力のある人物です。この本で村山聖の人生に、生き様にふれてみませんか。

  • 胸がいっぱい。
    勇気をもらえる。もらわなければいけないとさえ思う。

  • 処女作だとは思えない重厚さで、文章や文字の1つ1つに無駄な部分のない作品でした
    内容の重厚さも相まってかなり読むのに時間がかかりました
    非常に緻密に取材されており、村山聖九段のみならず周囲の人々の細やかな描写に感激しました

  • 将棋が強くなりたい、名人になりたい。幼くして腎臓病を発症し、文字通り死と隣合わせの生活を送りながらも「東の天才羽生」に対し「西の怪童村山」と並び評されるまでになった棋士の一生を描いたノンフィクション。生に対する真摯な姿勢が強く伝わってきた。彼に惹かれ支えた人達もまた素晴らしかった。特に冴えんなあとボヤキながらもその献身さでどちらが師匠か分からないと言われた森信雄。放埓だが自由で平等な彼が、村山に将棋だけでない生の彩りを育んだ。翻って私も給料を貰う以上はプロであるし、限りある人生を生きている。根本は同じ立場であることを肝に銘じておきたい。

  • まず私は将棋の事は何も知らないし、この本に出てくる村山聖さんの事を知ったのもつい最近なのです。
    娘がTVを付け、たまたま将棋番組で村山聖さんの事をやっていて、そう言えば本があったなぁと思い手に取りました。
    とても綺麗な目をした人だな、と言う印象。

    才能とは、大好きで大好きで、のめり込んでしまうことを見付けれる事なんだと、私は思いました。
    後は全て、彼の努力なんでしょうね。

    聖さんの師匠、森信雄さんもとても素敵な人で
    まだ会って間もない少年に、良くそこまで出来るな!と思うほど村山少年の身の回りのことをしてあげています。
    師弟関係と言うより、年の離れた友達、限りなく親に近い存在だったのだろうなと。

    残酷な様だけれど、彼の29年という短い人生は
    初めからそう決まっていたような、そんな気がしてならないです。

    登録数900冊目の本。

  • 実在したプロ棋士を描く。
    絶対安静が必要という、子どもには過酷な病を抱え、将棋がいかに支えであり、生きることそのものであったか。
    そののめりこみぶりは、鬼気迫るものがある。
    同時代の羽生七冠や谷川名人のすごさ、将棋界の変化をも同時に知ることができ、読み応えがあった。

  • 「東に天才羽生がいれば、西には怪童村山がいる」
    そう囁かれ、かつて将棋界で名を馳せた若き棋士、村山聖(むらやまさとし)の激動の人生を描いた、ノンフィクション小説です。

    幼少の頃に発症した腎臓病を抱えながら、病床で出会った将棋に広い世界を見出して没頭し、果ては名人まであと一歩というところまで上り詰める。まさに命を燃やすようにして生きたその生き様に心を打たれました。
    将棋界に疎いとはいえ、こんな棋士がいたことをまるで知りませんでした。

    著者は「将棋世界」の元編集長です。
    兄と森を駆け抜ける幼い頃の様子から、最期のときまで、とても丁寧に愛情深く書かれています。作中には実際に著者も出てきたりして、生前から交流があったのが伺えます。
    本書は直接の交流で知っていた部分もあるでしょうが、約8時間にもおよぶインタビューや、聖の父が「年と共に記憶は薄れてゆき、報道の方々に受け答えする聖の母とわたし(聖の父)との記憶がのずれが生じては困る」と思い、聖の妻の日記や家計簿等から作成した彼の履歴がもとになっています。
    いかに聖が愛されていたかがわかりますよね。

    ままならない体を抱えながら、どれほど悔しく、しんどい思いをしたでしょうか。それでも、後ろ向きにならずにいたのは、夢が、夢中になれるものがあったからなんですね。
    「僕は負け犬にならない」
    「僕には時間がないんだ。勝ちたい。そして早く名人になりたい」
    急き立てられるように生きた聖を応援したい気持ちが募る一方で、小説終盤に向かうにつれて、結末を知っている分、読んでいて苦しくもなりました。
    もし村山聖九段が生きていたら羽生名人の七冠は阻止されていたかもしれない、とも言わしめる彼が、こんなにも短くこの世を去ってしまうなんて、本当に人生何があるかわからない。

    熊本の震災も突然のことでしたが、本書では阪神の震災の描写が少し出てきます。
    将棋連盟で棋士から義援金を募ったそうですが、いち早く反応したのが羽生さんと村山さんだったそう。

    知っていて読んだわけではないんですが、本書は映画化されて2016年の秋に公開されるそうですね。
    村山聖役を演じるのは、松山ケンイチ。この役のために20キロの増量をして全身全霊をかけて挑んでいると知って、ものすごく見たくなりました。

  • さとしの青春。森師匠の青春。ウソを憎み、勝負に打ち込んだ青春。愛すべき青春。

  • 病と闘った鬼才・村山聖の一生。
    一局に懸ける想い。

    生きることは、闘いだ。

  • 5歳のときに発覚した重い腎臓病と闘いながら、29年という若さで亡くなった天才棋士・村山聖の生涯を描く。

    本来は兄や友達と全力で外を走り回っていたはずの時期を、病院のベッドで過ごさなくてはならなかった少年のもどかしさや苛立ちは言葉には出来ません。病床で偶然手に取った将棋の本が、彼の人生を決定付けます。水を得た魚のように、将棋の技巧を会得していく聖少年。
    その後、将棋界の階段を字の如く駆け上がっていきますが、見事な功績の背景には常に体の不調が取り巻いていました。彼の意見を尊重し支え続けた家族や、特に献身的に彼を世話した師匠の存在が際立ちます。
    命を削るように最期まで将棋に打ち込む―全力投球の生き方、命の使い方の例を見せてもらいました。これがノンフィクションというのだから、本の重みが一層増します。

  • 享年29歳。
    腎臓病に犯されたプロ将棋士・村山聖の一生。ノンフィクション。

    ルールでさえ覚束無い将棋だが、羽生喜治が7冠を獲ったことは知っていた。その時代に羽生と肩を並べるほどの実力を持ち怪童と呼ばれていた村山聖。幼少時代からネフローゼという病と闘いながらプロ将棋士になり、A級リーグまで登り詰めた。最期は癌と闘い29歳の若さで他界してしまった。

    聖の夢を全力でサポートする両親。親以上に面倒を見た師匠の森。常に死と向き合いながら全力で生きていたからこそ、こんなにも多くの暖かい人達に出会えたのだろうなと思った。

    ドラマのような話だが実話。
    小説と漫画本に囲まれたごみ山のような部屋、師匠にいつも髪を洗ってもらっていた、40℃の高熱が治まったその当日に名人戦などなど聖の生き様が十二分伝わってきた。

  • 私は将棋を全く知りません。並べ方すらわからない。
    棋士なんて羽生さんぐらいしか…。将棋会館や将棋連盟があることすら知りませんでした。

    でも読んじゃった!読めちゃった!
    何故かって、この本は「村山聖」という人の伝記だから。この本自体が「村山聖」だから。
    「将棋の本」では決してないです。

    後半にいけばいく程、心臓の辺りがキューっとなりながら読みました。
    クライマックスは涙を拭きながらじゃないと読めない。
    一番最後に載ってるお父さんの手記でも泣いてしまった。

    読み終わった後、何故か「羽生さんにはずっと強いままでいて欲しい。最強の棋士であって欲しい。」と強く思いました。

    ノンフィクション小説では最高峰の一冊ではないでしょうか。

  • 故・村山聖棋士についてプロ棋士になって知り合った
    大崎善生さんが書かれた本である。
    村山聖棋士の生き様、そして彼と親しくなった関係者との
    思い出が書かれている。特に師匠の森信雄7段との思い出や
    羽生善治との対局、そして、病に侵されて対局に臨んだ
    丸山忠久9段との対局などを書かれている。
    村山聖に関わった人間との交流が書かれている。
    最後まで読んでいると自然と涙腺がゆるんできた。
    人間の覚悟を持って生きた物語である。

  • 【友人蔵書】二冊目の将棋ノンフィクション。著者も同じ。前に読んだのは奨励会の過酷な淘汰の中で生きる若者達を描いたものだが、今回も主人公・聖の生き様を存分に伝える優れた筆致。難病にならなければ棋界での活躍はなかったかもしれない。病院のベッドの上で父に教えられた将棋が、彼の人生を短くはあるが充実したものにしてくれたことを嬉しく思う。

  • 闘病していた棋士、と言うと感動ものになってしまいそうだが、無駄に感傷的にならず、ユーモアと愛情に溢れた目線で書かれていて良かった。

  • 重い病気に侵されながら、命がけで名人を目指した棋士・村山聖の伝記。
    29年の彼の生涯は名人になることに執念を燃やし、名人になるか死ぬかというくらいの凄まじさが描かれていて、読んでいて切なくなる。
    涙もろい人は外で読まない方がいいです。
    キーとなる対局の試合途中の譜面?(と呼ぶのかもわからないけど)がいくつか載っていて、将棋がわかる人ならもっと色々感じ取れるんだと思う。
    私は将棋は全く何も知らないけど、楽しめました。

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重い腎臓病を抱え、命懸けで将棋を指す弟子のために、師匠は彼のパンツをも洗った。弟子の名前は村山聖。享年29。将棋界の最高峰A級に在籍したままの逝去だった。名人への夢半ばで倒れた"怪童"の一生を、師弟愛、家族愛、ライバルたちとの友情を通して描く感動ノンフィクション。第13回新潮学芸賞受賞作。

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