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この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
読んでいる最中、皮膚の内側が何度も粟立った。
「水俣病」という、人間から人間の尊厳を奪うような「毒」を、同じ人間がもたらした、という事実。加害者は文明の恩恵をうける我々全てなのだ、ということを臓腑に直接訴えかける「石牟礼文学」。
水俣病のルポルタージュとして読み始めて、最初のページを開いてすぐ、それがただのルポルタージュを超え文学であると気づき、さらに読み進めると、「言葉と魂の舞踏」というか、これまでの小説や詩やルポルタージュといったカテゴリーにおさまらないものなのでは?と震撼した。
二十歳までの若者や、ビジネスエリートに読んでほしい。
この本を媒介に、弱者の視点になりきること、を経験できるはず。
水俣病を調べたおり、会社の先輩から勧められ、以来、アパートの机上中央を占める本 公害問題を語るにトップに挙げるべき書です。 昭和29年の水俣病の発生から48年の政府による「公害病」認定まで の時期を行きつ戻りつして描く。病気の凄惨な症状。病因が不明なまま周 囲の無理解と差別が、患者・家族の苦しみを増幅する。企業城下町である 地域社会の歴史や政治構造についても説明は及び、... 続きを読む »
水俣病患者とその家族に話を聞き、その心に寄り添って書かれた物語。
単なるノンフィクションには収まらないものがあると思った。
訛りもそのままに書かれているのが、余計に生々しく読み手側に伝わってくる。
怨みもつらさも昇華しきったような、患者達の純粋な言葉が切なく、重い。
化学肥料工場の排出する有機水銀によって侵されていく水俣の海と人を見つめながら、著者はどこまでも生命の叫びに耳を澄まし、生命の一瞬の輝きに目を凝らす。そうして水俣に生きるものたちに寄り添おうとしたのだ。そうした姿勢は何よりも、水俣病患者の沈黙を「存在の根源から発せられる沈黙」として尊重し、その沈黙にこそ耳を傾けようとするところにはっきりと表われていよう。それができる著者であればこそ、不知火海の魚介を... 続きを読む »
解説にこれを私小説とみる意見もあったが、やはり大筋ではノンフィクションである。
水俣病について書いたものではあるが、その悲惨さを訴えるためのノンフィクションではない。
悲惨さは描かれているし、憤りも感じるが、これは著者の人生の一部を見させてもらったような本なのだ(だから私小説という意見もわかる)。
彼女の生きざまが、どこか水俣に住む人々と通じるものがあったからこそ書けた作品だろう。
「ゆき女きき書」は特にすばらしい章で、私は涙なしに読むことはできなかった。
小説なのかノンフィクションなのか、迷ったけれど、膨大なディテールをもとにした物語だと私は思う。 筆致は繊細で幻想的で、そして凄惨だ。すべての陸地が海の下でつながっているように、石牟礼道子は患者と深いところで魂を共有しながら書いているような気がする。 石牟礼道子の存在を知ったのは、中学か高校の、国語の教科書でだった。大阪で生まれて育った自分が、いちどもじかに聞いたことのない、九州弁で書かれた「も... 続きを読む »







