以下は課題の書評用に書いたもの。
「してやられた!」と思うことは、どういう人にも何回かはあるだろう。イタズラ、サプライズ、エトセトラ。しかし本好きとなると普通の人よりも「してやられる」ことが多いだろう。
もちろん私もその一人であり、ついさっき「してやられた」。
驚異的な速筆で知られ、今もっとも活躍するクリエイターの一人と謳われる西尾維新。デビューシリーズである「クビキリサイクル」を第一作とする戯言シリーズは十九年前に刊行され、第二十三回メフィスト賞を受賞した文芸雑誌『メフィスト』上の座談会では何回も話題になった上での受賞だった。宝島社「このライトノベルがすごい! 2006」では作品部門第1位を獲得した。
ジャンルとしてはミステリーにあたる。舞台は孤島の豪勢な屋敷で起きた密室殺人。しかし中身の最初から三分の一は専門的な用語が連なり、一体いつまで待たせるつもりなのかと首を伸ばしてしまう。超常現象、電子工学、心理と心情、エトセトラ。
ホログラフィックメモリーやらマザーボードやら、知らない単語を調べつつ読み、主人公が孤島に来て四日目。ついに事件が幕を開けた。
いや、実際には、物語は主人公が孤島での生活がようやく三日目の朝を迎えたところから始まる。
主人公は天才技術屋の玖渚友(くなぎさとも)に電話一本で「孤島について来てほしい」という願いの元、大学に通っているのにもかかわらず玖渚友の意思で本土を出て孤島にきた。
孤島には玖渚友を含めた五人の天才がいた。天才画家の伊吹かなみ。天才料理人の佐代野弥生。天才七愚人の園山赤音。天才占術師の姫菜真姫。
彼女らは皆、孤島・烏の濡れ羽島の主人である赤神イリヤに招待されやってきた。
天才が招待されたのは、端的に言えば赤神イリヤの退屈しのぎのためだ。とある事情で孤島から出られない彼女は、暇つぶしに天才を招待した。
天才を招待したから事件が起きたのか。天才を招待しなければ事件が起きなかったのか。否、ある人物が望んだ目的を達成させるために全てを手のひらの上で踊らせ、主役である自分もまた踊り、そして退場した。
物語の冒頭から殺人が起こるまでの三分の一は専門的な話ばかりであるが、最初から読者は気にも止めない伏線があちらこちらに張ってあった。
主人公が探偵役として事件を解決して、しかし、この物語の本番は後日談から始まる。
私は安心しきっていた。ストーリーがねちっこく、丁寧で、ゆっくりと進んでいくストーリーが嫌いで、ミステリーが好きなくせに、結局今回も我慢できずに先に犯人を知ってしまった。知ってしまったが故に、後日談なんかあってもなくても同じようだと思いきや、いっぱい食わされてしまった。手のひらで踊らされたのは読者である私だった。
少しの違和感はあった。しかし文字の膨大さに埋もれ忘れてしまった記憶。
事件解決後に全てのピースが集まり、そうしてようやく最後の最後に、主人も我々読者も面食らったような、いっぱい食わされたと知る。
いい作品に出会うのは割と簡単だが、「してやられる」作品はそうそうない。もし、作品でそういう思いをした事がない人がいるのならば。ぜひ、今一度この本を読むことをおすすめする。