輝く日の宮 (講談社文庫)

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著者 : 丸谷才一
  • 講談社 (2006年6月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062754347

輝く日の宮 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

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  • なんという 小説なのだろうか。
    松尾芭蕉の奥の細道 
    そして源氏物語を ひもといていく。

    その徹底した構成力と 文体の変化に
    作者自身の 智力 と 洞察力。
    人間模様の 変化 など。
    円熟した ふでさばき の職人ワザ。
    恐ろしいほどに 切り込んでいく。
    まったく、スゴイ人が いるんですね。

    そのことだけで、ため息が でるほどの 
    スリリングな 読後感。
    源氏物語を 挫折した ニンゲンが、
    再度 読んでみたいと思わせるほどに。

    道長 という権力の保護のもとに
    紫式部の 才能が さらに磨かれ 熟練していく。

  • これはすごい本でした。
    一読巻を措く能わずの面白さでしたが、いかんせん細切れ読書です。
    巻を措いていた間は、頭の中フル回転で、反芻していました。

    タイトルから『源氏物語』の話であることはわかりますが、読んでみたらこれが、『奥の細道』あり、泉鏡花あり、御霊伝説あり、19世紀日本文学ありの、文学的、民俗学的指摘や批評がてんこ盛り。
    主人公の女性が国文学の学者で、その父親が民俗学の学者なものだから、自然な形でこれでもかと多種多彩な学術的な話題が提供されるのだけれど、それがいちいち興味深くて面白い。
    そして、私ならどう解釈しようかなどと、同じ土俵の片隅でちんまり考えてみるのがことのほか楽しい。

    昔から『源氏物語』には欠けた巻があるのではないかと言われていたそうで、現存する54ではなく、全60帖と記されている文献もあるとか。
    その中で、「輝く日の宮」という章が、あるのかないのか。
    あったのならば、なぜ今はないのか。

    主人公はあるという立場で考えていますが、ないと考える根拠も書かれていますので、自分なりに仮説を立てながら読むこともできます。

    ところがこの小説、リドル・ストーリーなんですね。
    結末は読者に任せるということで、いろんなことをはっきりさせないで終わる。
    結局それはあるのかないのか。
    または、主人公は結婚するのかしないのか。

    これは、現在出版されている小説の多くが、実にわかりやすく懇切丁寧に書かれ過ぎていることに対する、丸谷才一の異議申し立てなのではないかと思いました。
    行間を読む。プロットを読む。文章に書かれていないことを読み解く。
    そういう読書がもっとなされていいのではないかと。
    消化のいいお粥のような本ばかりではなく、歯ごたえのある強飯も食べてみてはいかがかと。

    文体も、小説風あり、戯曲風あり、年鑑風ありといろいろ。
    そのなかで、安佐子と紫式部、長良と道長が二重写しのように重なり合い、導かれて、読み手も成長をしていく。

    0章が、安佐子が15歳の時に書いた小説で、これが結構長いこと本筋に関わってくる。
    けれどその意味が解らないまま最後まで読んで、鹿島茂の解説を読んで「あ」と気づく。
    道長が言わんとしたこと、けれどはっきりと最後まで言わなかったこととは、これだったのか。

    自力で読み解けるほど、私もまだまだ力が足りません。
    そもそも「源氏物語」も橋本治の訳で読んだくらい。
    あとは大和和紀の漫画「あさきゆめみし」と、小泉吉宏の「大掴源氏物語 まろ、ん?」で補強。

    まろ、ん?―大掴源氏物語/幻冬舎

    ¥1,404
    Amazon.co.jp

    これ、いいですよ。
    一帖が8コマで、全54帖を網羅しています。
    光源氏の顔は栗、頭の中将の顔は空豆になっていますから、後々人間関係がややこしくなっても、どちらの系統の人間かすぐ分かる。(栗顔と豆顔)
    数ページごとに、家系図や相関図、地図や暦などちょっとした豆知識が書いてあるので、大変ためになる一冊です。
    これからもう一度読み直そうっと。

    さて、直接この本の主題とは関係ありませんが(いや、あるのかもしれませんが)、主人公の父親の台詞に引っ掛かりました。

    「歴史といふ物はどうも詰まらないな。結局かうなるに決まつてたといふ所からものを見るから、人間の持つてる、馬鹿ばかしい、おもしろいエネルギーをつかまへられない」

    僭越ながら反論を。
    結果が決まっているからこそ、なぜ、どうしてそうしなければならなかったのかを考えるのが面白い。
    倒叙物のミステリだってそうでしょ?
    矛盾がないか確認しながら、あーでもないこーでもないと考えるのが楽しいんざます。素人的には。

    そう言った意味で、『源氏物語』という結果を前にしながら、あーでもないこーでもないと考えるこの小説は、大変面白うございました。
    大満足。

  • 丸谷才一追悼が続きます。
    前に読んだ時の感想にも、こんな面白い本をどうもありがとうございます、と書いてあったけど、うんうん、ホントにそれが一番言いたいこと、ですね。

    前の感想を読むと、私がこの本を読むのは4回目のようです。
    その度に、たぶん、ゆっくり時間をかけて読めるようになっているのだと思うのだけど、(私は速読の悪癖があるので、筋が気になるといくらでも速くに読めてしまって・・。)今回も、これまで以上に、一行、一行、大事にしながら読み進められてそれが嬉しかった。・・・なんか変な感想だけど。汗

    丸谷先生って、意地悪だなぁ、(*^_^*)と学者の世界のいかにもありそうな抗争!!を描いているのが痛面白くてたまらない。
    新聞記事や学者のシンポジウムでの発言、論文の文章など、活字になっていたり、公の場でのことだったり、という設定の「源氏物語」に“欠損”に絡まるあれこれが、時にそんな馬鹿な!というくらいの滅茶苦茶な論旨で、うん、こんなことってあるのかもね、いくら偉い先生が言ってたからといって、あるいは権威ある新聞で活字になってたからといって、それがそのまま、正しいってわけじゃないんだ、なんて、改めて可笑しくもなったりして。(*^_^*)

    「源氏物語」に、果たして“輝く日の宮”という巻は存在したのか。

    う~~ん、どうかなぁ。
    確かに急に朝顔の宮のエピソードが既出のこと、みたいな扱いで出てきた時にはあれれ??と思ったけど、それはそれで奥行があっていいんじゃないの?というか、そんな疑問を持つなんて考えもしてなかったから、だけど・・・。
    源氏と藤壺中宮の「二回目」から語られたことには全く違和感がなかったしね。
    でも、今回、大筋が先に書かれ、そのあと、サイドストーリーとしての幾多の女御たちの巻が差し込まれた、という説には、改めて、うん、それはそうなんだろうな、と。(*^_^*)

    、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    現代の学者・安佐子と彼女の恋人を縦糸に、紫式部と道長を横糸に、まさに「見てきたような」展開で、こんなに面白い本をどうもありがとうございます、と御礼を申し上げたいくらい。^^;
    たぶん、今回で三回目。
    一回目は発行されてすぐ、凝った構成と、何より源氏物語の欠巻がある!という驚きで、随分先を急いで読んでしまったような。二回目はその後すぐに、だったはずで、もちろん面白かったと思うのですけど、今回、意識してゆっくり、じっくり読んでみたら、なんて面白い話なんだぁ~~~~!と。(#^.^#) (#^.^#)

    国家権力の嫌いな丸谷先生らしく、のっけの昭和の暗い匂いのする、主人公の習作が最後まで尾を引いているところが、うん、なるほどね・・・。
    そして、本題の、源氏物語への考察ですけど、現代の学者・安佐子と彼女の恋人を縦糸に、紫式部と道長を横糸に、まさに「見てきたような」展開で、こんなに面白い本をどうもありがとうございます、と御礼を申し上げたいくらい。^^;

    戯曲仕立ての学者のシンポジウムも、その仄暗さが妙にリアルでよかったし、丸谷先生は大学に勤務されていたこともあったのだから、学者の世界の実態かなぁ、なんて思ったり。

    「輝く日の宮」の巻が本当に途中から削除されてしまったのか、どうか、は議論の余地があると思うのですが、(私はそれで納得してたから、始めから書いてなかった、というのでもいいけどなぁ)小説の技法の考察としても楽しんで読めました。「日本最古の長編小説」に、ここまで現代のテクニックを当てはめて書いたのか、と思うと、当時の読者をも含めて、やるじゃん!なんて嬉しかったりもしますしね。

    最後の最後まで新しい展開を見せてくれて、尻尾まで餡子の入った美味しい鯛焼きを食べたような気分です。(#^.^#)

  • とても面白かったです。特に「源氏物語」ファンにはタマラナイでしょう。僕はそうじゃないんですけど、舌を巻きました。

    やっぱり丸谷才一さんは、凄いなあ、と。なんていうか、好きか嫌いか、という趣味の問題はもちろんあります。
    なんていうか、ソコと別次元で、「知っている」「考えている」「自分の趣味を貫く」「肩の力が抜けている」「小説である、ということに意識的である」「モラルがあるが、押し付けない」とでも言いましょうか。

    2003年発表の小説だそうです。舞台は、まあだいたい1980年代~1990年代です。
    主人公は、杉安佐子、という名前の、日本文学者。つまり大学の教員さんです。30代~40代くらいの感じです。
    若い頃に同じく大学の学者さんと恋愛結婚したけど、子供が出来る前に離婚したようです。バツイチ独身さん。
    専攻は18~19世紀日本文学。つまり江戸時代から明治時代ですね。
    「事件として起こること」で、言いますと。
    ●「奥の細道」の解釈を巡って、大家の先生と摩擦を起こしてしまう。その発表を巡って知り合った学者の男性とのロマンス。
    ●「源氏物語」の解釈、特に存在したかしていないかが議論になる幻の章「輝く日の宮」について、同じく女性の源氏研究家と大激論対立してしまう。
    ●ミネラルウォーターを売る会社の重役の年上独身主義の男性とのロマンス、結婚するかしないかのお話。
    以上、です。

    杉安佐子さんの人生とロマンスを追っていきたい、という読み方をしていると、とても焦らされます。
    彼女の研究内容と思索の内容に、大幅に脱線していくからです。
    そうなんだけど、それが実は脱線じゃなくてなんとなく関連がある。
    そして、焦らされるけど、ちゃんと満足させてくれる。
    そして、脱線かと思われた内容が、実はこの本のいちばんの狙いなんだなあ、と。
    それは全て、純粋にある科学実証的な事柄ではなくて、それが芭蕉であれ紫式部であれ、ある心情というか、ブンガクと人生というか。
    そういう内容に収斂していきます。まあとくに源氏物語なんですが。
    結局それが、人生と恋愛というか、人生の皮肉というか、老いだったり、エロスだったり、孤独だったり、社会との関係だったり、すれ違いだったり。
    そういうある風景に見えてきます。
    そしてそれを、書き言葉、日本語で表すということの面白み、つまり小説という愉しみというか、その快楽の不思議さというか、その愉しみ自体を眺める興味深さというか。
    そういうところにじんわりと沈殿していくような。大人な愉しみに満ちています。
    ちなみに、章ごとに文体が変わります。一人称だったり、三人称だったり、作者が語り込む形式だったり、戯曲になったり。
    遊び心に満ちていますが、それが後段は源氏物語という巨大な謎と格闘する主人公の思索に生きてくるような感じです。印象ですが。

    主人公は、父親も学者さんで、何だか資産家です。全然生活苦はありません。イイ御身分です。
    そういう意味では呑気な話です。
    だからそういうところでつまずいちゃう読み手だったら、どっちらけだと思います。僕も、ある年代まではそうだったかもしれません。
    でも、そういう次元を超えたところで、人間ドラマというか、大変に豊穣です。
    と、ここまで書いて思いましたが、要するにここ20年くらいのウディ・アレン映画の味わいですね。
    僕にとっては無上の楽しみです。

    文庫版で読んだのですが、鹿島茂さんが解説を書いています。
    それを読むと、「ああ、俺はまだ、この小説の持っている滋味というか、愉しみを満喫できていないなあ。また10年後、20年後に読んでみたいなあ」と思いました。
    でも、それは読みながら実は半ば判っていたことだったりします。
    また、作者の丸谷さんも、そういう風に受け取られることは百も承知で書いています。きっと。
    それでも十分面白い。また読みたくなって、この小説の中で言及されている本をまた読みたくなります。
    謎が残ります。判然としません。すっきりしません。でもイイんです。だから面白いんだなあ、と思います。
    判らないところ、もやもやするところが快感です。
    そういう意味では僕は、村上春樹さんの小説にも似ているなあ、と思います。
    レイモンド・チャンドラーさんもそんな気がします。
    そして、コレは小説でしかありえない表現だなあ、と嬉しく思います。

    そんな小説でした。
    昔々、谷崎潤一郎版で「源氏物語」を読んだんですが、内容の99%は失念しています。
    またいつか、何かの翻訳版で良いから、読んでみたいなあ、と思いました。
    なんていうか、「ああ、このままずっと読んでいたいなあ」という文章ですね。

    日本という国が、風土が、文化が、素敵だとかそうじゃないだとか、そういう議論をするならば、こういう本を踏まえてしたいなあ、と思いました。

  • 丸谷才一の長編を初めて読んだが、めちゃくちゃ面白かった。章ごとにあらゆる形式が試されていて、しかも、500ページ弱の大冊でありながら、構成が巧み。
    何より本作を読んでよかったのは、「思考するために小説を書く」ということの意味がようやく身をもって実感できたこと。源氏物語がいかに書かれたかについて考えるために本作は書かれているけれど、考えるために作者がどれほどの関連書を読み、またみずから思考したかが伺われる。
    小説を書きながら思考しているのだと言いたがる作家はけっこういるけれども、そういう作家の小説を読んでもいまいち納得がいかなかった。
    その理由も、本作を読んでわかった。そういう作家に限って、構成を怠っていることが多いから。つまり、思考の流れるままに、などという口実で。
    けれども思考するというのは、多面的に見るということで、だから本当は多様な形式が必要なはず。バフチン流に言えばポリフォニー。

    本作を読みながら、しきりにミラン・クンデラを思い出していた。小説をヨーロッパのものとみなしているクンデラの意見に、丸谷才一もおそらく賛成するだろう。ただ、丸谷才一はもっと視野が広い。クンデラだって、ヨーロッパの辺境、チェコ出身だから、中国にとっての日本みたいな立ち位置にあるはず。丸谷才一は、ヨーロッパ、ひいてはアジアの辺境、日本から、いわゆる小説にたいして「これもまた小説」という代案を作品という形でぶつけてみせている。

  • 読了。数々の伏線や謎かけ、物語のエンタ性に惚れ惚れしました。
    中学の時はあまりに難解で歯が立たなかった旧仮名遣いが、さらさら読めて心地よかったです。
    当時から0章の短編小説はお気に入りでした。
    和歌、奥の細道、そして輝く日の宮。ひとつひとつパズルを解く快感がありました。きっと数学の解説書を読む感じ。
    思うところは色々、しかし言葉にさせてくれないのは傑作だから。
    きっと30年後に再読しても鮮やかにわくわくが蘇ること間違いなし。
    チョコレートをあげる感覚で、男女問わず好きな人に包んで差し上げたい一作。

  • こういう小説を読むと、自分が日本人で日本語の素晴らしい作品に会えてよかったと思う。

    ★★★
    女性国文学者の研究、私生活を中心とした話。
    彼女は「源氏物語」には失われた一帖、「輝ける日の宮」があったと考え研究を続けている。その研究を中心に、主人公の思春期時代、家族や交際する男性達との関係、日本文学史などが語られる。
    章ごとに形式が変わって文語体やお芝居形式で語られる面白さには、松尾芭蕉や源義経などに関しての研究内容にも興味をそそられる。
    最後は紫式部と藤原道長の関係が登場人物たちに反映されていくところも見事
    ★★★

  • 丸谷さんらしいというか。。。
    ストーリーは自立した女性の恋愛物語で「たった一人の反乱」あたりに似た雰囲気があります。一方でもう一つの主題が国文学で、こちらがちょっと難題。
    「芭蕉はなぜ東北に行ったのか」「輝く日の宮」について、延々と説が述べられます。それはそれで面白いのですが、特に後半は「輝く日の宮」についてのミステリーになっている感もありまして、源氏物語を知らない(あるいは興味の無い)私には、ちとしつこ過ぎるかと。
    とは言え、如何にも丸谷さんらしい、知的遊戯に溢れた作品でした。

  • 『源氏物語』54帖には失われた巻があるという説がある。そのうち代表的なものが「輝く日の宮」。てっきりその巻の内容を想像して現代語で書いた本だくらいに思っていたら、なぜか左翼青年と恋に落ちたお嬢様の短編からスタートして「???」なんとも複雑な構成の実験的な1冊でした。

    最終的には「輝く日の宮」が存在したか否か、その内容はどのようなものだったか、もし存在したとしてなぜ失われたのかという考察にはなるのだけれど、現代の女性文学者、おそらく紫式部になぞらえられた安佐子という女性の、いくつかのロマンスやら、その中学生時代に書いた小説から巻き起こった盗聴事件やら、さらに学会での対立や政治的駆け引き云々など、かなり枝葉の部分が多くて混乱してしまう。シナリオ風に書かれた章や、年ごとの事件と併記して箇条書きされた章などもあり、新しい試みだとは思うけれど読んでいて楽しいかといわれると「早く本題に入ってくれ」とせっかちな私などは思ってしまう(苦笑)安佐子というフィルターなしで、単純に「輝く日の宮」に関する考察だけ読むほうが手っ取り早いし。わざわざ複雑な構成の小説仕立てにされた意味があまりわからなかった。

    余談だけれど、御霊信仰の部分で少しだけ出てきた山家清兵衛、たまたまちょっと前に読んだ伊坂幸太郎の『首折り男のための協奏曲』「相談役の話」にも出てきたので、勝手にシンクロニシティ感じました。

  • 2006年(底本2003年)刊行。

     読み進めながら、正直、本書はいったい何を描こうとしているのか全くつかめなかった(そのため読破にかなり時間がかかった)。
     が、鹿島茂の解説を読んで、登場人物に藤原道長、式部の関係性を仮託しつつ、存在の確証のない源氏物語2章「輝く日の宮」の内容や成立過程、削除過程に関する論争と仮説を提示するものとのこと。また、学者界隈の模様や、出版・雑誌業界の裏ネタ、醜い実相を散りばめており、もう少し多様な要素があるようだが。

     かかる実験的作品は大切とも思う。しかし、正直、恋愛パートはあまり面白くなく、要らないと感じる。

     「輝く日の宮」存否や、その内容に関する謎解きをしていく中で、それと余り関係のないメタ小説的な描写が果たして有効なのだろうか。
     謎解き重視のミステリー小説で、関係のない描写(特に、謎解きのための伏線でない場合)を延々とされた場合に感じるイライラ感。これに似た読後感があったことは否定できない。

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輝く日の宮 (講談社文庫)の作品紹介

女性国文学者・杉安佐子は『源氏物語』には「輝く日の宮」という巻があったと考えていた。水を扱う会社に勤める長良との恋に悩みながら、安佐子は幻の一帖の謎を追い、研究者としても成長していく。文芸批評や翻訳など丸谷文学のエッセンスが注ぎ込まれ、章ごとに変わる文章のスタイルでも話題を呼んだ、傑作長編小説。朝日賞・泉鏡花賞受賞作。

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