プラネタリウムのふたご (講談社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (528ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062755252

作品紹介・あらすじ

だまされる才覚がひとにないと、この世はかさっかさの世界になってしまう。-星の見えない村のプラネタリウムで拾われ、彗星にちなんで名付けられたふたご。ひとりは手品師に、ひとりは星の語り部になった。おのおのの運命に従い彼らが果たした役割とは?こころの救済と絶望を巧まず描いた長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 心に深く沁み入る言葉、大事にしたいことがたくさん詰まった小説だった。
    登場人物の、真正面から物事を受け止める姿や素直な心、優しさに、涙が溢れて止まらない場面が多々あった。
    星の見えない土地のプラネタリウム。手品。それは 心を和ませたり心を打ったりすることができるもの。だれでも、現実ばかり見て生きていたらかさかさに渇いて何の面白味もない人生になってしまう。まやかしや偽物でも、本物以上のきらめきを人の心に灯すことができる。大切な誰かと一緒に見たり体験したりしたすばらしい出来事は、その後自分の人生を豊かにするだけでなく、いつまでも心の中で自分の支えとなって暖かく残り続けるんだと思う。生きていれば辛いことや苦しいこと、受け入れられないような現実に打ちひしがれることがあるけれど、心に光のかけらが、星粒が一つでもあれば、それがきっと遠い未来まで自分を生かしてくれるはずだ、そう思える作品だった。

  • ふたごは、ひょんなきっかけから生きる道を別ち、それぞれ動と静ともいうべき、真逆の人生を送った。
    立つ舞台は遠く違えど、ふたりは星を通じて繋がっていて、それぞれが自分の役割ないし幸福を見つけた。

    タットルがテンペルのふりをして、罪の重さに耐えかねて憔悴した栓ぬきに「ぼくはね、水になるんだ」と秘密の話を持ちかけるシーンが本当に好きすぎる。ここに至るまで、残酷な描写もあったけど、いしいしんじさんの使い選ぶ言葉は絶対にそこで不快感を感じさせなくて、どこか神話のようで、きれいで。

    テンペルサイド・タットルサイドの人生が描かれている間、私はそれぞれサーカスの一員または観客・村人になったような感覚に陥った。「だまされる才覚がひとにないと、この世はかさっかさの世界になってしまう」って一節が本文の中にあるけれど、小説を読む行為もある意味、だまされることだなあと。映画とか、創作作品もそう。
    だます才覚とだまされる才覚、そしてお互いがその態度を受け入れ許し合う空気ってのには双方にやさしさやしあわせが内包されているんだなあとか思ったり。どっちの才覚も大事にしたいなあと思いました。
    とにかく何が言いたいかっていうと、大事な本になりました。また読み返したい。

  • 「晴れ、時々クラゲを呼ぶ」で小崎ちゃんが激薦めしてたので。
    山に囲まれた街にあるブラネタリウムを独りでやっていた泣き男さんが、ある日ブラネタリウムに捨てられていた双子に彗星の名前からとったテンペルとタットルという名前を付けた。二人は成長し、ブラネタリウムを手伝いながら、郵便配達をしていたが、ある時街にやってきた手品師の興業にテンペルはついて行ってしまう。双子は違った運命をたどっていく。
    騙される才覚が人にないと、この世はかさっかさの世界になってしまう。
    タットルは熊狩りで村人たちを騙し、テンペルは手品師として人々を騙す。事故で命を落としたテンペルの代わりにタットルが一世一代の騙しをすることで、一人の少年が救われる。
    長かったー。

  • プラネタリウムもサーカスも「現実と見紛うような虚構性」により魅力を放つが、それらはあくまでも「虚構」であることが暗黙のうちに了承されていなければならない。
    「虚構」は他者と共有され「物語」化された時に命が吹き込まれる。一方で「物語」を共有しない者にとっては何の意味も持たない。
    タットル扮する熊は町の猟師以外が銃を向けたら恐らく弾が当たっていたし、テンペルの悲劇は「物語」を共有しない者によって誘発される。
    「虚構」と「現実」を見誤ってはいけない。
    500Pほどありなかなかのボリュームでゆっくりと読んだが、興味深く読むことができる内容だった。
    次は「麦ふみクーツェ」を読みたい。

  • 登場人物や動物、だれもに物語があってそのどれもが愛おしい。お伽噺のような語り口の中に大切なことがギュッと詰まっている。くたびれた時に読むと心が洗われるようなお話。

  • フォロワーさんからオススメして頂いた、初いしいしんじさん。

    「でも、それ以上に大切なのは、それがほんものの星かどうかより、たったいま誰かが自分のとなりにいて、自分とおなじものを見て喜んでいると、こころから信じられることだ。そんな相手が、この世にいてくれるってことだよ」

    泣き男が言ったこの台詞が、この小説の一番ぐっとくる部分だと思う。

    幼い頃に双子が見たプラネタリウムの星空は、双子にとっての暖かくて大切な思い出で、道は違えどしっかりと受け継いで人に伝えていく。お父さんと双子とプラネタリウムと、それを取り巻く人間模様の、優しさで溢れるお話でした。

  • こころが絶望した時に読みたくなる本。
    本物とまがい物、だまされることと信じること、この世とあの世、そして生と死。
    その狭間で生きるヒントをくれる、温かくて哀しい物語です。

  • ひとりの人生を追う物語が好きだったけど、
    ふたりの人生を追ってるから
    2倍好きな物語だと思う。

  •  タイトルだけでなんとなく読み始めました。不思議な物語に徐々に惹きつけられ、途中、物語の展開も結末も全く見えませんでしたが、それがまた魅力でした。そういうどう転ぶかわからない、先の見通せない不透明感のようなもののなかを進むことが、人間の成長なのかもしれません。

     村で唯一のプラネタリウムが、工場で働く人達の少ない娯楽になっているという設定が詩的で癒やされます。プラネタリウムも手品も、不要不急で幻想ではあるけれども、人を幸せにしているというのは、このコロナ禍ではどこか示唆的に感じられます。

     支えてくれるはずだった人を亡くした双子が、周りの優しくも個性的な大人達に支えられ、やがては自分も意識しないうちに、支える側にまわっていく様子が描かれています。

     プラネタリウムを見たあとのような、どこか幻想的な印象を残すお話でした。

  • とある片田舎の工場のそばにあるプラネタリウムの座席に、双子の赤ちゃんが捨てられていた。双子はプラネタリウムを経営する"泣き男"に、タットルとテンペル名付けられ、いたずら好きの青年に育つ。ある日、村にやってきた手品を見せる一団に出会い、ふとしたきっかけで双子の人生は引き裂かれ、それぞれの道を歩み始める。

    大河ドラマ的にこってりとしたストーリーに、自問自答するようなストーリーテリングで、ぐいぐいと双子の人生の紆余曲折を描いていく。父親代わりの泣き男、双子のいたずらをたしなめる工場長や盲目の老女、テンペルを世話するテオ団長など、双子の成長にともなって人生に介入して導いていく。

    最近気がついたことであるが、主人公の性格を難しくしてしまうことで、ストーリーが"詰まる"のであり、本作は銀髪でいたずら好きのの双子という以外は、素直であまり複雑でないキャラクター設定になっているのは好感を持てた。

    一方で、テオ団長以外は、性格を表すような抽象的な名前になっており、このあたりは宮沢賢治あたりの流れを汲んでいるのであろうと思う。時々見かけるが、やはり読み始めに"泣き男は"とスタートされると、名前を探してしまう。

    こってり濃厚な話で、厚みもそこそこある。ワタシはタイトルで誤解して、軽く読み飛ばしてやろうと手には取ったが、なかなか読み進まなくて時間はかかってしまった。サラリと読める話ではないが、時間の有るときに一度手にとってみてはどうだろうか。

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著者プロフィール

いしい しんじ:作家。1966年、大阪生まれ。京都大学文学部卒業。94年『アムステルダムの犬』でデビュー。2003年『麦ふみクーツェ』で坪田譲二文学賞、12年『ある一日』で織田作之助賞、16年『悪声』で河合隼雄物語賞を受賞。そのほか『トリツカレ男』『ぶらんこ乗り』『ポーの話』『海と山のピアノ』『げんじものがたり』など著書多数。趣味はレコード、蓄音機、歌舞伎、茶道、落語。

「2024年 『マリアさま』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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