ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)

  • 2223人登録
  • 3.50評価
    • (146)
    • (245)
    • (436)
    • (60)
    • (13)
  • 303レビュー
著者 : 小川洋子
  • 講談社 (2007年4月13日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062756938

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
東野 圭吾
有効な右矢印 無効な右矢印

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

  • 美しく、静謐な物語だった。
    ブラフマンがどういう生き物であるか、丹念に観察し、文字として記録を残してゆく。そう、まるで「謎」を一つ一つ解き明かしてゆくように。
    しかし、雑貨屋の娘の心に入って行こうとした時、世界は崩れ去る。世界は、解き明かされない「謎」を残したまま、驚くほど小さな石棺の中に姿を隠す。
    そして後に残るのは、再びの静寂。
    失ってしまったものは、戻らない。世界の謎は解き明かされない。ただその尻尾の先に触れることが出来るのみなのだ。

  • 「創作者の家」の管理人をしている「僕」の元に、傷ついた「ブラフマン」がやってきた。

    黒く澄んだ大きな瞳、胴回りに比べてあきらかに短い四本の脚、水かきとひげ、首のつけねあたりに申し訳程度に付け足されたような目立たない耳、しっかりと太く胴の一・二倍の長さの尻尾、好奇心旺盛な渇いた小さな鼻先。

    「碑文彫刻師」により、「彼」に与えられた名はサンスクリット語で謎を示す「ブラフマン」だった。

    最後まで「ブラフマン」が一体なんの動物なのか明かされることはなく、ビーバーや貂、ダックスフンド…ウナギイヌまでも想像しながら読み進めた。

    動物ってなんでこんなに可愛いのだろう、でもタイトルからすると…死の予感を漂わせる美しい文章に酔う。

    またブラフマンを優しく諭し、動物の「彼」ときちんと言葉で意思疎通をはかる「僕」であるが、雑貨屋の「娘」への密かな執着は不気味に官能的ですらある。

    「娘」に何も告げられないくせに、「娘」と「男」が古代墓地で何をするか知っていて、それでも「娘」にとり憑かれている「僕」…

    泉鏡花賞受賞と聞けばなるほど、である。「ミーナの行進」が谷崎潤一郎賞なのはいまいち納得がいかないが。もう少し爽やかなイメージじゃない?

  • 静かで温かで切ない、ひと夏のお話。
    創作活動に勤しむ芸術家に仕事場を提供している"創作者の家"。
    そこの管理人である僕の前にブラフマンは現れた。
    傷だらけの彼は謎の小さな生き物だった。
    描写から読み取れる確かなものは何もない。
    登場人物はブラフマン以外、名前もない。
    だけどそれで十分だった。
    曖昧なようで鮮明な景色の中で僕とブラフマンの温かな生活が描かれている。
    外国の田舎の雰囲気で、創作者ではないけれど少しの間そこで過ごしてみたいと思った。

  • なんだかよく分からないけど、不思議な満足感がある。心理描写がここまで少ない話は珍しい。そのおかげか読者である自分の気持ちを素直に重ねて読んでいた気がする。それが狙いだったのか?

    ブラフマンと名付けられた動物の種別も最後まで明かされない。部分部分の特徴が話に沿って描写されるだけである。しかし、輪郭は分からなくても生き生きとした姿がちゃんと脳内にイメージされ、愛着も湧くのである。不思議だ。

    そういえばこの話にはブラフマン以外、固有名詞が出てこない。他の人物は皆、職業で呼ばれる。名前も職業もその人の一面を表すだけで本質ではないということを暗に示しているのだろう。そして、主人公の心理描写をしないことで読者に人の本質とは自分の心で捉えるものなのだということを伝えたいのかもしれない。

    物語に固有名詞が出てこない一方で石碑彫刻師という墓石に名前を刻む専門家が出てくる。「名前」と「死後」がテーマの鍵なのかな?
    死んだ後、他人が死者をどんな想いでどう扱うのか。身近な者の死は悲しみ、時間がたっても墓や写真を見て懐かしみ慈しむ。全く見ず知らずの人の死は逆に墓の存在などで初めて知る。でも知れるのは存在があったことだけ。墓に掘られた名前や文章、墓の大きさから少しばかりの想像が得られるだけ。しかし、確かに死には人それぞれの形があるのだ。そして死の形とはその人がどのように生きてどのように周りに見られていたかということなのだろう。
    ああ、ある人(動物含)の死が他人からどう捉えられているかという「他者から見た個別の死」が本書のテーマなのかな。ブラフマンという愛着ある存在の死と古代墓に象徴される赤の他人の死を対比して。全体に死者への温かい敬意が漂っている印象深い物語だった。

  • 「静謐」って言葉が、色んな人のレビューに書かれてたけど、まさにそんな世界だなぁ。
    起伏は無いけど、心に何か残る感じというか... うーんうまく表現できない。
    個人的に、ブラフマンはイタチ的な生き物かなぁと。

  • 旅のお供として借りた文庫本の一つ。とても短いお話。泉鏡花賞を取っているそうだ。この人の小説はいつも不思議だ。おちがはっきりしてない話は苦手なのに、この人のは読んでる間が気持ちいいというか、心地いいんだよな。ブラフマン、ちゃんと想像すると大きなトカゲみたいな気持ち悪い生き物なんじゃないかと思うけど、それが小説のいいところだよね。ブラフマンをかわいがる「僕」の気持ちはよく分かる。私もペットを飼えばこんな気持ちになるんだろうか。碑文彫刻師も好きだ。

  • タイトルからどうしても
    物語の終着する方向を示されてしまうので
    常に静かな物悲しさを感じながら読むことになる。
    慈しみと執着と愛と無関心とが
    奇妙なバランスで調合され
    穏やかな景色としてそこにあるような感触。

  • 読んだような、読んでないような…記憶が曖昧だったので図書館で借りました(笑)やっぱり読んだような気がする。この記憶の曖昧さは何でだろ…。
    とりあえず、小川さんらしい話で、すごく好きです。ブラフマンもふもふしたい。色んなものが、ぎゆっと詰まったような、さらっとしているような、そういう不思議な世界観がたまらないですね。

  • 短めで手軽に読めて良い
    小川さんの犬に対する愛情が、細かい描写ににじみ出ているなと思った

    いろんな詳細を省いてシンプルでなんだか新鮮だけど、ラストまであっさりしていて読んだあと少し途方にくれる


    あと、 小川洋子の本で、好きになれない女性が出てきたの、はじめてかもしれない
    それで勝手に少し悲しくなった

  • 第32回泉鏡花賞受賞作。
    唯一名前を持つものブラフマンが生きて死ぬ物語。
    埋葬される物語。
    名前はなぜあるのだろうか。
    名前はなぜないのだろうか。
    ブラフマンの自由さは人間には受け入れられなかったのかもしれない。
    でも、そこには確かに生きていた証は遺ったのだと思う。

  • ブラフマン、なんだかわからなくてもかわいい、愛しい、信頼しあってる感が伝わる。わたしも飼いたい。

  • 淡々と話が進む。
    タイトルの通り、ブラフマンが埋葬されるまで。
    想像できた事なのに、どうしてか涙が止まらない。
    じわじわとじわじわと、ひたひたとひたひたと染み渡る。
    何がかはわからないが、何かを確実に伝えてくる。

  • 絵画的な美しい情景が目に浮かぶ作品でした。
    物語としてはあっさりしているかもしれません。

    ブラフマンはどんな生き物なんでしょう。
    犬のようでいて水かきがあり、前歯があり、しっぽが長い…
    はっ、まさかウナギイヌ?

    …失礼しました。

  • この物語の世界はとても心地いい。
    北には山,南には海,東を川,西を沼地に遮られたちいさな村だ。

    けれど特徴的なのが,主人公「僕」が仕事をしている<創作者の家>と村の南側の海を見渡せる丘の斜面にある古代墓地。

    <創作者の家>には創作活動の為に音楽家から画家,彫刻家などあらゆる芸術家が,やって来ては去っていく。

    古代墓地はその昔,火葬ではなかった時代に,死者を石棺に納めて埋葬していた場所だ。

    閉鎖的だけど,風通しの良さと素朴さが感じられる。


    それで,「ブラフマン」ってなにってことだけれど,此処ではヒンドゥー教の単語ではなくて,主人公が拾ってきた動物につけた名前だ。
    しかも不思議な動物,尻尾が生えててちっちゃくて,手には水掻きがあって泳ぎが得意,etc…サル?イヌ?カッパ?!

    まぁ兎に角,主人公はとても可愛がっているのだけど,この動物を認めてくれるのは<創作者の家>の碑文彫刻家だけで,「僕」が親しく接している雑貨屋の娘やレース編み作家からはものすごく嫌がられる!!

    しかもそれが最後まで気持ちよく解消されないあたりが不快。
    特に雑貨屋の娘は。

    だって,それぐらい「ブラフマン」が可愛く描写されているんだもん。
    つまり,村の風景と謎の小動物の魅力に惹かれました。

  • タイトルから先が読めてしまうのが悲しげな空気になってしまう。
    ちょっとした楽しみの日常が突然変わってしまう。今、過ごしている当たり前の日々が貴重であることを思うのでした。

  • ブラフマンかわええ。

  • このタイトルなら仕方ないんだけど
    そんな終わり方しなくてもいいのに。

    レース編みのお婆さん、最後は素敵な人だったな。

  • 各方面の芸術家が、一時の創作活動として利用する「創作者の家」で様々な芸術家を世話をする管理人と、傷を負った動物、「ブラフマン」と一緒に暮らす物語。主軸はブラフマンと管理人に当たっており、動物の正体は明かされていない。演奏家、碑文彫刻家、詩人・・その中で垣間見える、主人公の心境と動物の成長を綴ってあり、標題から分かる通り、最後にはブラフマンは死を迎える。結末は後味がよろしくないと感じるが、大きなカタルシスが残留し見事に昇華している。

  • 相変わらず象徴性は豊かなのだが、好きになる、嫌いになる、そのどちらも物語に感じなかった。報われぬ愛情がテーマか。人間とペットの関係性か。ああ、もうやめよう。ここにはブラフマンが確かにいたことを悼まなければ。

  • タイトルがとても好き。
    〈創作者の家〉を管理する僕の元にやってきたブラフマン。
    愛おしく穏やかに流れる二人の日々。それなのに、どうしてかそこにひっそりとした拭えぬ死の気配を感じてしまう。
    とにかく不穏なのだけれど、でもそれこそがこの小説のすべてだな、なんて思った。
    芸術家と僕によって粛々と淡々とすすめられる埋葬も、読み手には悲しむ余地を与えない。
    なにも創り出すことのできなかった僕だけが、ブラフマンの死を悼むことができるのかもしれない。

  • 題名から大体結末を予測できるから、ブラフマンが可愛らしくて、この先を見たくない気持ちで、なかなか読み進まなかった。描写や表現は素晴らしいけれど、物語自体の目指すところがよく分からないのと、好きじゃない種類のバッドエンドで気持ちが沈んだので星2つ。

  • じんわり沁みてとてもよかった。
    タイトルからしてわかっていたものの、悲しい最後。
    フランスの絵画のような繊細な描写とブラフマンを想う僕の心が美しく儚い。

  • 絶対的中立性を保ち、芸術家の世話をする主人公に個としてのキャラクターはない。くせもなく、どこまでも受動的。ゆえに純真であり無垢であり、無害である。
    "誰"でもないのが彼。そんな彼のもとにブラフマンは現れた。純真さや汚れなさ、ブラフマンはそんなものの象徴ではないか。ゆえにどこまでも可愛らしい。
    しかし彼は最後に自我を見せる。娘への憧れは性的衝動につながり、最後にはそれを自分のなかだけに押さえ込めなくなる。悋気となったそれは言葉になり娘に向けられる。
    この時、彼は自我を持った。なにかを望むという能動的なエネルギーを持ってしまった。個であることは雑味である。雑味がキャラクターを生む。そうなればもはや純真無垢ではいられない。彼はもう"誰でもない"誰かではいられない。
    その瞬間、ブラフマンは死んだ。
    真っ白なキャンバスになにかを描くとそこにはじめて存在が生まれる。0から1になる瞬間だ。それはほかのなんでもない絶対的な1である。だかそれは同時に0を失うことである。真っ白な汚れなきキャンバスはもうない。失われてしまった。永遠に。
    私たちは常に何かを描き続けている。それが私という人間をを作るからだ。
    でもそれは失う悲しさを伴うものである。心の中にブラフマンを感じるとき、我々にできるのは死に行く彼を悲しむことだけだろう。

  • 静かに進む物語。秋の夜に丁度良かった。

全303件中 1 - 25件を表示

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)を本棚に登録しているひと

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)のKindle版

ツイートする