凍りのくじら (講談社文庫)

  • 11372人登録
  • 4.03評価
    • (1527)
    • (1609)
    • (994)
    • (151)
    • (34)
  • 1444レビュー
著者 : 辻村深月
  • 講談社 (2008年11月14日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (576ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062762007

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
有効な右矢印 無効な右矢印

凍りのくじら (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

  • なぜ、自分はこの世に生まれてきたのだろうか。

    高校生の芦沢理帆子は尊敬する漫画家、藤子・F・不二雄先生の創作姿勢

    SF。Sukoshi Fushigi(少し・不思議)

    に、なぞらえて周囲の人間たちを「スコシ・ナントカ」で分類している。
    どこのグループにも所属でき、どんな場所や友達にも対応可。
    しかし心から他人とふれあうことはなく、自分自身を(少し・不在)と捉えている理帆子。
    そんな理帆子に昔の自分を重ねながら読んだ僕は(少し・不健全)だろう。

    生まれて初めて買った漫画は『ドラえもん』の5巻か8巻だったと思う。
    収録作品は覚えていないが、巻末に「ひみつ道具図鑑」が載っていて、それが目当てだった。
    小学校一年生のとき、母親に児童書を買うという名目で初めて小遣いをねだり本屋へ向かったが、目的の物が品切れで出来心で漫画を買ってしまった。
    後ろめたさもあり机の下に隠していたが、それが母に見つかり尋常じゃないくらい怒られた。

    欲しいひみつ道具は特になかった。
    僕はタイムマシンそのものよりも、そこにつながる机の引き出しに魅力を感じていた。
    「コーヤコーヤ星」に通じる畳の裏側や、単純に、ドラえもんが眠る押し入れの二段目に入りたかった。
    「どこでもドア」ではダメだった。
    現実に連なるどこかではない、ここではない夢の世界に行きたかった。

    (少し・不機嫌)な母と(少し・浮遊)な父は、おそらくその頃から(少し・不仲)で、僕らは(少し・フェイク)な家族だった。

    親の不仲や家族の断絶で、子供は自分の存在意義の危機に直面する。
    具体的に言語化できなくても、あるいはそうであると意識できなくても、深層心理で確実に感じるはずだ。

    なぜ、自分はこの世に生まれてきたのだろうか。

    (少し・不健全)な僕は、理帆子の「元カレ」若尾大紀にも少し気持ちが入ってしまった。
    理帆子に藤子先生がいたように、若尾にも『ドラえもん』がいてくれたら良かったのに。
    楽しい空想の世界に逃げ込めた僕は幸せだった。
    もし自分に『ドラえもん』がいなかったらと考えると、ぞっとする。

    美也のような存在に憧れる。

    一年に一度あるかないかくらいの飲み会で出会った、ひとつ年上の兄貴分がいる。
    何事にもまっすぐで、大いに笑い、大いに怒り、大いに泣く。
    いうなれば「きれいなジャイアン」だ。
    ある時、僕は酔いにまかせてこう言った。
    「◯◯さんと僕は全然タイプが違う。うらやましいですよ。◯◯さんと友達になれたらなぁ」
    そうしたら彼は何のてらいもなくこう言った。
    「あれ、俺たち友達だろ?」

    友達の定義についてあれこれ考え「自分には本当の友達はいない」と思っていた人間には、かなりの衝撃だった。
    こういう人にはやっぱりかなわない。
    僕が結婚する際には、友人知人をかき集め店を貸し切り、盛大なパーティーまで開いてもらった。
    みんなの前で一発芸をムチャぶりされ、もぞもぞやっていたら「なにやってんだ」と回し蹴りを喰らった。
    あとで「ちょっと盛り上げようと思っただけだから、ゴメンな」と謝られた。
    ジャイアンだった。

    『ドラえもん』で一番好きなエピソードは、昔から変わらず『のび太の結婚前夜』だ。
    この話を読んだり観たりするだけで目頭が熱くなる。
    未来の高層ビル群の狭間に残る「剛田雑貨店」の二階で酒を酌み交わす悪友たちの友情がいい。
    ちゃんと出来杉君がいるのもいい。
    そして、なんといっても普段は影の薄いしずかちゃんのパパが、娘に語りかける言葉にぐっとくるのだ。

    『凍りのくじら』は、父から娘へと「光」が受け継がれる物語でもあった。
    芦沢理帆子が浴びた光と同じものを、僕もいつの間にかいろんな人から照射され、いまこ... 続きを読む

  • 私はことあるごとにいろんな人に言ってるんですけど、
    「この世の中のあらゆるフィクションに置いて、伏線の貼り方と回収の仕方が一番上手い話はドラえもん」だと思うんです。
    特に大長編の方。
    私が子供の頃一番初めに見た大長編ドラえもんは『魔界大冒険』でした。
    冒頭で、のび太やどらえもんそっくりの謎の石像が出てきて、動いてるようにみえたりもして、なにこれ…と思うのですが、のちにそれがぴったり話に絡んできたときの驚きといったらなかった。
    あとは『竜の騎士』も伏線と回収が見事な話だと思います。行方不明のスネ夫から始まり、謎の四角い空間のあたりとか。
    上げたらきりがないんですけど、『日本誕生』や『パラレル西遊記』なども大好きで何度も見ました。
    そして『天の川鉄道の夜』をミステリーと評していたように、ドラえもんは優れたミステリー作品でもあり、ギャグでもあり、童話のような訓示もあったり、家族や恋愛のことも書いてあるすごい話だと思うのです。
    ドラえもんはこんなにすごいぞ、ということが文中にこれでもかと書いてあって、いちいち納得。
    大長編といえば、もちろんこの話の中に出てきた『海底鬼岩城』も大好きです。子どもの頃はインパクトのあるキャラであるバギーちゃんに感情移入したのですが、この作品では触れられていませんでしたね。ストレートな魅力(バギーちゃん)を通り越した先の話をしてるあたりに、理帆子のドラえもんへの造詣の深さを感じたりしました。
    藤子先生を呼ぶ時に「先生」をつけたくなるという部分もまったく同じです。

    ドラえもんを抜きにした部分について。
    若尾のキャラが嫌だった。
    『鍵のない夢を見る』の『芹葉大学の夢と殺人』に出てきた雄大のような、悪いことはすべて世間のせいにして、自信過剰でそのくせ小心者のいやらしさ。
    しかし主人公の理帆子はこんなダメキャラに救いを求めてしまうところが切ない。
    そんな若尾を理帆子が吹っ切ろうとしてからの若尾の暴走は嫌だし怖かったです。
    第7章には『ツーカー錠』というタイトルが付けられており、このツーカー錠というのは『心が通じ合う薬』なんですけど、若尾の想いが一方的にメールで送られてきて、理帆子が取り合わないさまは皮肉なタイトルだなぁと思いました。

    別所あきらについて。
    実は『光』と書いて『あきら』と読む知り合いがいるので、中盤で彼の正体に気が付いてしまった。
    気が付いてから、二人がイタリアンレストランで食事したシーン(p89~)を読み直すとけっこう不気味ですよね。
    物を食べるシーンが一人分しか書かれていなかったり、隣の席のカップルがチラチラ見てたり…。
    プレゼントを買いに行くシーンがありますけど、あれは理帆子のお母さんへのプレゼントで、お父さんが北大に進学するときにお母さんに「付いてこないか」と頼んだとあり、その時にあげたのでしょうか(明示されてなかったように思いますが読み飛ばしてますかね?)。
    理帆子と母親の家族愛についてはおまけ要素のようなものだとは思いますが、最後に決着がついてよかったと思います。

    最後に郁也。
    理帆子が彼につけた「スコシ・ナントカ」は明示されていませんでした。
    いろんな方のレビューを拝見していてしっくりきたのは『スコシ・Family』と『スコシ・Flying』かなぁと思います。
    それ以外で自分で考えたのは『スコシ・Future』です。
    正解は何なんでしょうね。

    メフィスト賞を取られた方の作品はどれもそうなんですが、長くて読みごたえがあります。
    機会があれば次も読んでみたいと思います。

  • ブクログのどなたかのレビューを見て興味を持った、辻村深月の初読。
    藤子・F・不二雄へのオマージュ…大事なことは、全て『ドラえもん』と藤子先生から教わった…といえばいいか、
    現代女子高校生への応援歌…痛かったら泣いて、苦しかったら、助けてって言っちゃえばいいんだよ。きっと誰かがどうにか、力を貸してくれる。もう嫌だって、逃げちゃえば、いいんだよ。そうすることだって、できるんだよ…といえばいいのか。
    文庫本568頁も思いのほか、すんなりと読み終えた。
    少し、ファンタスティック!

  • 2005年の作品なんだけど、今出会ってよかったなと思えた本。
    解説で瀬名秀明さんが「主人公に共感する人は少ないかもしれないが、ドラえもんはみんな好きだよね」というようなことを書いていた。
    私は逆。実はドラえもんがあまり好きではないのだ。映画版ならまだいいんだけど、アニメのドラえもんはいつも見ていてイライラする。のび太があんまり好きじゃないんだな。コミックは読んだことがない。
    それよりも、理帆子の「回りから常に距離を置く」生き方に深く共感した。自分にもそういうところがある。
    だから、若尾との関係をきっぱり絶たなかったところは、わかるわかる、と思ってしまったんだなあ。
    たぶん、「どうでもいいんだ」と見下しているから、あんなふうに誰とでもあっさり付き合えるんだろう。
    でも、理帆子の本心は全然違ってた。だって、ドラえもんを愛し、藤子先生を敬愛しているんだから。そんな人が、心の底からあんなふうにドライに振る舞えるはずがない。なんだか無理してるよなあ、無理やり自分に言い聞かせてるよなあという痛々しさがずっとあった。
    だから、終盤、ようやく自分の本心に気づいてくれて、ほっとした。お母さんが亡くなるあたりの取り乱しぶりは、まるで自分のことのようで泣けてきた。
    他のレビューを読むと、かなり早い段階で「別所あきら」の正体に気づいている人が多いのだが、私は最後までわからなかった。種明かしの一文を読んできょとんとしてしまったくらいだ。え、そこだけはそういうテイストなんですか?って感じ。
    人に対する関わり方がとても素敵で、いいなあと思っていただけに、ちょっとショックだった。
    まあしかし、「スコシフシギ」だからそれでいいのか。
    ラストは、天空から一筋の光が差し込んできているような雰囲気で、とてもよかった。

  • 読んだ。やっと読めた。
    読みにくい訳でも、つまらない訳でもないのに、なかなか最後まで読めなかった。
    季節はほとんど夏の設定なのに、重い、冬のような重さのストーリーだった。

    私は辻村さんの本を読む時、主人公の女の子に共感できないことが多い。自分とはタイプが違う。でも、リアリティーがあるから、話に惹かれる。

    序盤の若尾が登場する場面でも、「そんなに嫌なら別れればいいのに」とすごくもやもやした。結局、必要としてるから、若尾にとっての勉強のように、甘えがあるから、よりどころのような存在だから、一緒にいるのだと思う。
    そしてそれがわかっていても、離れられないのだろう。似たもの同士の理帆子と若尾。


    すこし・不在か。私自身も、よく状況を客観的に見る癖があって、自分の身に起きたこともどこか自分のことではないような、他人事のように思うことがあるので、よく分かる。それを抜け出したいと、ずっと思っている。ちゃんと自分のことだと、自分がこの人生の主役なのだと、思いたい。


    私が一番好きなのは、郁也。賢くて、とても我慢強い子。理帆子には郁也がいてよかった。
    別所が芦沢光ではないか、というのはずっと思っていたので意外ではなかったけれど、光=あきらだとは。

    強く美しい光を放つテキオー灯を浴びた理帆子は、もう不在ではない。

    とても良いSFだった。
    (20130818)

  • ようやく私のところに「凍りのくじら」が!ふみちゃん!郁也くん!この時期を乗り越えて「名前探しの放課後」では素敵な高校生になったのね。

    本を読むことは私にとって生活の一部だし本に教えてもらったこともたくさんあります。

    高校生ぐらいって理帆子みたいに自分をある意味で特別だと思ってみたりするよね…本を読まない皆よりも色んなことを知っている自分を大人のように錯覚したり。実際はそんなことないのに。

    著名な写真家である父の自殺とも言える失踪、母も癌に冒され余命僅か…自らを「少し、不在」と感じている芦沢理帆子は、新聞部の別所あきらと交流するうちに心を開くようになり…

    父や母、大好きな藤子先生のことも、ドラえもんのことも話せる、この新しい友人の正体は…。

    カワイソメダルと先取り約束機を持った理帆子の元彼若尾の狂気が怖い。
    ここまでじゃないけどこの手のタイプに執着されて怖かったこと、あったなぁ。

    どくさいスイッチを「鈍臭い どんくさい どくさい(関西弁?)」と勘違いして

    ドジっ子になるスイッチだと思ってた…ドラえもん、観たくなりました。

    個人的にはどこでもドアとあんきパンが欲しいです!

  • さすが、ドラえもんファン。各章は、ドラえもんの出す道具の名前になっていました。
    それだけではなく、ドラえもん、そして、藤子・F・不二雄さんは、物語の鍵になってます。
    こんな風に、物語に絡ませることができるんだなぁ~と、ちょっと感動。
    自分の知っている道具が出てくると、なんだか嬉しくなりました。

    藤子・F・不二雄さんが言ったという、「SF」=「S(少し)F(ふしぎ)」という言葉から、主人公の理帆子は、「少し・○○」という表現をよく使うのですが、
    その言い方を借りるなら、この作品は俺にとって「S(少し)F(フリージング)」、そして「S(少し)F(不意打ち)」です。
    (フリージングはぞっとするとか、凍るほど冷たいとか、そんな意味の英単語です)

    「少し・フリージング」と思ったのは、氷海に迷い込んでしまったクジラや、母との関係、友達、元彼、話せない少年など、
    それぞれのエピソードの芯となる部分に触れるたびに、何だか背筋が凍るような感覚になったから。
    普段人があまり踏み込むことのできない、奥底へ迷い込んでしまったような、
    見つけた芯があまりにも繊細で、触れたら壊れてしまいそうな、
    そんな気がしたからでしょうか。
    でも、不思議なことに、どれだけひやっとしても、最後には必ずあったかくなる。
    いいな、あったかいなって思えることが、散りばめられている。
    だから「少し・フリージング」=「結構あったかい」ってことです。

    それから、「少し・不意打ち」だと思ったのは、こう、ハッとさせられたから。
    そこまで突然というわけではないけど、ちょっと心臓に悪い。
    しれっと、ポロっと、つづられているその文章に、ドキッとしました。
    (どんな文章かというと、いろいろ(笑) 読んだ人によって違うと思います)
    それと、ある人の正体がわかった時、ずっと薄々と違和感はあって、いろんな可能性を考えていたけど、やっぱり少し不意打ち。
    嗚呼、やられたなぁって感じ。

    あれはどうなったんだろう、これはどういうことだったんだろうと、明確な答えが示されていない事柄もありましたが、
    何となく想像ができるし、ヒントもある。
    自分なりの答えを、そして、結末を考えたいと思います。

    基本的に電車での移動中に読んでいたので、途中泣きそうになったのをこらえるのが大変でした。
    これ以上はもう無理・・・!!!!!ってところで、慌ててそのページ飛ばしてしまった(笑)
    家に帰ってから読んで、一人じっくり泣いたけど何か・・・?(笑)

  • ここしばらくは辻村深月さんを読み続けよう!と決意させてくれた作品。

    本を読むことで自分が構築されたと自負し、思考に特化することで、いつも遥か高みから周りのみんなを見下している理帆子。

    自分の頭の良さを自覚している早熟な少女にありがちな自意識過剰ぶりには目をつぶるとして、目上の人やお世話になっている人までも心の中では呼び捨てにしている彼女に、前半はなかなか感情移入できなくて苦しみました。

    でも、素直に語りあえる相手となる別所あきらに出逢い、母との別れや自分の不遜さが招いた事件を通して、「ほんとうは誰かと繋がりたい自分」に目覚めていく後半は、どんどん理帆子がいとおしくなってきて・・・

    考えてみたら、小難しい本をいっぱい読んでいても、愛読書ベスト1に「ドラえもん」を挙げる理帆子が、根っこに泣きたくなるような純粋さを抱えているのは当然といえば当然だったんですね。

    おとうさんと、敬愛する藤子先生と、ドラえもんの愛に満ちた「テキオー灯」に照らされた理帆子が、写真を通して同じようにあたたかい光を、少しでも多くの人に届けられますように。

  • 自分自身、漫画の「ドラえもん」を読んで育った世代だし
    そこに流れる哲学や
    優しい世界観が好きなので、
    かなりハマりました(^_^)


    人を見下しているような理帆子の性格には
    最初好感が持てなかったけど、
    読み進めるうちに
    殻に閉じ籠っていた
    10代の頃の自分を見ているようで(汗)
    自然と物語に引き込まれていきました。

    ミステリーとしての要素を上手く盛り込みながら、
    母から父や娘に贈った
    最後のラブレターや、
    ラスト近くに明かされる衝撃的な展開には
    かなり込み上げるものが…(ToT)?


    物語は新進気鋭のカメラマンである
    25歳の主人公・理帆子の回想から始まり、
    高校2年生だった頃の
    彼女の日常が描かれていきます。


    父は失踪し
    理帆子は病気の母と二人暮らし。


    父が大好きだった
    「ドラえもん」を愛し、
    漫画や小説を読むことにしか
    夢中になれない。


    誰といても
    そこを自分の居場所だと思えない、
    どこにいても
    どこか不在な女の子。

    きちんとその場に存在して、
    そこで生きてる人たちが
    羨ましくて怖くて
    いつも気後れしている。

    そんな彼女が
    写真を趣味とする不思議な青年や、
    言葉を話せない少年と出会い、
    今までの対人関係や
    家族との関係を見つめ直し、
    少しずつ癒されていきます。


    しかしその影で同時進行する
    ストーカー的な元カレの存在が
    本当に怖くて痛くて、
    やがて理帆子は
    どうしようもない事態に追い詰められていきます。


    しかしこの作者は
    心理描写が抜群で
    人間を描くのが本当に上手いですね。


    本当は一人が怖くて
    誰かと生きていきたい。
    必要とされたいし、必要としたいと願う
    理帆子の叫びが
    丁寧に描かれた行間から聞こえてきそう。



    本当に大事なものを失くして
    どうしようもなくなって初めて
    人は後悔する。


    大切なものをなくした時
    人はどう乗り越えて行けばいいのか、

    自分を好きになれない全ての人に
    読んで欲しい小説です。



    『誰かと繋がりたいときは、すがりついたっていいんだよ。相手の事情なんか無視して、
    一緒にいたいって、それを口にしても…

    痛かったら泣いて、
    苦しかったら、助けてって言っちゃえばいい。
    きっと誰かが力を貸してくれる。

    もう嫌だって、逃げちゃえばいいんだよ。
    そうすることだって、できるんだよ』

  • 『ぼくにとっての「SF」は、サイエンス・フィクションではなくて、
    「少し不思議な物語」のSF(すこし・ふしぎ)なのです』

    5年前に失踪した父が敬愛していた藤子・F・不二雄先生の言葉に習って、自分や他人に「すこし・ナントカ」という「個性」を与える主人公、芦沢理帆子。高校生にしては達観した考えを持ち、周りを馬鹿だと見下す癖があり、本人もそれを自覚している。誰に対しても本音を言わない、どこにいてもそこを自分の居場所だと思えない、だから理帆子が自分に与えた個性は「Sukoshi Fuzai(すこし・不在)」

    そんな息苦しい生活の中、写真を撮らせてほしいという一人の青年と出会い、理帆子は誰にも見せたことのない一面を見せていく。


    もうすでに辻村作品いくつか読んじゃったんですけど、読むならこれが一番最初だと今さら知って慌てて手にとりました。
    正直、理帆子の女子くささに辟易する場面がいくつもあるのですが、そこがまた怖いもの見たさというか(笑) 若尾が堕ちていくのを見ていたいという理帆子と同じ心理なのかなと思ったり。
    隠された「仕掛け」には早い段階で気づいていました。
    辻村作品を読むのがこれが最初だったら気付かなかったかもしれないけど、わりとわかりやすいのではないかなと思います。

    汐子さんの遺したメッセージに鼻の奥がツンときました。

  • 去年ジャケ買いしたんだけど、冒頭数ページで断念積読状態でした。 今回は最初からスッと入り込めて一気読みしてしまうくらい面白かった。(これだから読書って不思議で楽しいのだ) 途中、サスペンスかホラーかっていうくらいドキドキさせられたけど、ところどころ琴線に触れる言葉がたくさん散りばめられていたし、人の心の奥底にあるダークな部分を見事に表現していて傑作だと思いました。 今後、時々読み返したいので保管しておくつもりです。

  • "人間っていうのは、頭の良さに伴って思考する能力を持てば持つ程、孤独にならざるを得ない(p294)"

    この本を読んで最初に頭に浮かんだのが、9歳からの付き合いの友達。当時から頭が良いとは思ってたけど、それから三十年以上経っても彼女より頭のいい人には巡り合っていない。

    鋭い観察力と洞察力を持ち、豊富な語彙で正確に、鋭く物事を表現する。普通疲れたり面倒になったりで思考停止する中、彼女は思考すること、分析することがやめられない。心を誤魔化せない。自分なりの答えが見つかるまで。
    そこが理帆子と似ているのかも。

    だからか、理帆子に対してはあとがきにあるようなネガティブな印象を持つことは無かった。疲れる生き方してるな、とは思ったけれど。

    でも、結局、人として付き合っていく為に必要なのは、小難しくて正確な言葉でなく「心の共通語」なんだろう。物語の最後、今まで見下していたはずの人達のことを、実は自分は素直に心身一体で生きてる彼らに気後れしていたのだ、彼らのことを好きなのだ、と理帆子が自覚する場面。個人的には、きっと理帆子の中では彼らと「心の共通語」が通じてたのをちゃんと感じとっていたのではと思う。

    私がその友達とずっと付き合ってるのも同じ理由だ。これからもそうだろう。

    若尾が壊れていく様はかなりホラーで衝撃。理帆子との会話のすれ違い具合ももはやホラーだ。自分を直視できずに他を傷付ける、私には共感も同情もできない存在だった。根本的な所で少しでも自分自身を助けたいと思ってる人じゃないと誰も助けられないと思う。彼は自身の本質から都合良く逃げすぎた。

    ドラえもんもまた読みたい。改めて考えると、ドラえもんの道具には夢の様な利点の裏に必ずリスクもあり、それがなかなかに深い。四次元ポケットの中には哲学もあるのですね。

    早い段階でネタバレ(別所の存在)、物語の細部にはツッコミ入れたい所もあるけど、考えさせられる、記憶に残る本だった。

  • 自分と同じ価値観を持っている人なんて、そうそういない。
    相手に合わせよう、周りに合わせようと、環境に調和しようとすると、同じ空間にいるのが息苦しく感じたり、相手が友達なのか、よく分からなくなる・・・。

    自分の気持ちを素直に表現することが、誰かとの絆を深めることができるのかもしれないし、前よりずっと、きっと楽に生きられる。

    辛く、苦しい時は、「助けて。私を一人にしないで。」そんな風に、自分のためにわがままになってもいいのだ。

    誰かに必要とされたいし、必要としたい。その願いを叶える秘訣は、まず、自分に正直になることだと思う。

    嘘をついたり、我慢をしたりしたことが、後悔を生むこともある。
    時に、誰かに縋りついたり、甘えたり、それでいいんだ。

    自分の人生には、代わりなんて誰もいない。だからこそ、ありのままの姿で、気持ちに正直に生きること。
    それが、Sugoku・Fine「すごく・素敵な」人生を送るのに必要なことだと思った小説でした。

  • 「少し・不在」な主人公、「少し・フラット」な別所さん、「少し・腐敗」な元カレ若尾、「少し・不幸」な母、「少し・藤子先生」な父。

    人の弱い部分とか、痛々しい部分、どうしたって許せない部分、そういうところを知っているのに、どうしても人と、誰かと繋がっていたいと思うこと。
    一緒にいたいと思うなら、相手の事情なんて無視ししていい。
    我慢しなくていい。
    もっと頼って、もっと人を信じていい。


    「不在」になんてしなくていい。


    友達と元カレと母と父と、ドラえもん。
    読み終えた後に浮かぶ風景は、キラキラ光る海。
    そして、読んだ多くの人がおもうのではないでしょうか。

    「すごく・不思議」な物語だ、と。

  •  あのピアニストの子ども時代はこうだったのか、とおもしろかった。
    相手にしていた人物が実は・・・なんてこと全く思わず読んでいた。
    この作品のあと、急成長した感がある。

  • 人との繋がりを痛切に求めながらも、何処に居てもうまく息ができない

    「少し・不在」

    そんな理帆子に共感できてしまう。
    故に読んでいて苦しい場面もたくさんありました。
    しかし最後のページを捲り本を閉じた時、自分もテキオー灯に照らされたようでした。

    母からのラブレター、ラストの“あきらさん”の台詞
    何度読んでも涙が溢れてきます。

    そしてこの作品の魅力は何といっても「ドラえもん」
    これほど深い人生哲学が込められているなんて知らなかった。

    こんなにも苦しくて、こんなにもあたたかい。
    きっといつまでも心に残る作品です。
    出会えたことに感謝します。

  • 「私は羨ましいんだ、美也たちが。大好きなんだよ。人間が好きなんだよ。そこに行けない自分のことが、大嫌いなんだよ。」p422

    溢れ出すものを必死に堪えながら読んだ。

    主人公が抱えているものは、きっとみんな、抱えているもの。楽しくないのに笑って、無理してるな自分ってわかっていてもひとりになるのは寂しくて、ふと、自分が空気のように感じて虚しくて。どうして自分だけうまくできないんだろう。どうして心から楽しめないんだろう。どうしてこんなにも所在が曖昧でふわふわなの。自分の居場所って何。

    みんな、そうなんだと思う。
    みんな、そんな少し•不在の気持ちを抱えて、楽しそうな周りの人たちを俯瞰して、馬鹿にして、それでも離れられずに羨んでいる。自分だけがこんな思いをしているのだと思い込みながら。

    「二十二世紀でも、まだ最新の発明なんだ。海底でも、宇宙でも、どんな場所であっても、この光を浴びたら、そこで生きていける。息苦しさを感じることなく、そこを自分の場所として捉え、呼吸ができるよ。氷の下でも生きていける。君はもう、少し•不在なんかじゃなくなる」p525

    辻村さんは照らそうとしてくれた。テキオー灯を文章にのせて、あたたかな光を送ってくれた。

    「『誰かと繋がりたいときは縋りついたっていいんだよ。相手の事情なんか無視して、一緒にいたいって、それを口にしてもー』言いながら気が付く。それが、自分自身に向けての言葉なのだということに。他でもない私がそうしたいのだということに。

    私は一人が怖い。誰かと生きていきたい。必要とされたいし、必要としたい。」p537


    凍りの隙間から射す光に照らされて、溶けていく。

    わたしは、救われたような気がした。

  • 心があったまる作品で、感動して涙が出てしまう

    ドラえもんも大好きだからたまりません

    辻村さんのエッセイも好きです

    SF すこし○○  良いですよね!すこし○○って

  •  辻村深月さんの本を紹介しているものに「切ない度☆☆☆ 優しさ度☆☆☆」、「切なくて苦しくて、でも読んだ後は幸せであたたかい気持ちになれます」とあった。

     本当にその通りだった。これまで読んできた感動系の小説は、感動の山場が一つあった。でもこの小説には、(あくまで僕個人としては)山場が二つあった。一冊の本で二回も号泣したのは初めてだった。
     
     昔、留守番のときは必ずドラえもんのビデオを見て…中学生になっても映画を観にいったりして…自分もドラえもんが好きだったことを思い出した。
     
     主人公だけでなく、読者にもあたたかい涙と優しい光をくれる小説でした。一生持っておきたい小説に仲間入り。

  • 物語が終盤に差し掛かかってもなかなか行く先が見通せず不安が胸を覆っていたが、
    その分、ラストで全ての謎が収斂する様があまりに鮮やかで、数分鳥肌が止まらなかった。
    優しい希望の光に溢れた物語で色んな人に薦めたいのに、
    いざその魅力を語ろうとすると相応しい言葉がなかなか思いつかずにもどかしい。
    青春ものであり、ミステリーであり、サスペンスであり、同時にファンタジーで。
    恋愛小説のようでいながら家族の物語もある。
    全てを読み終えてからプロローグを見直すと、また鳥肌が。
    「そして、その光を私は浴びたことがある」

  • 高校の時に出会いたかった本だと、読み始め思ったけれど、今読めたことにも感謝したい。

    誰といても本気で楽しいと思えなかった時代が私にもあるし、今はその時出会った人々が大好きだとも言える。

    リホの人を俯瞰してみるくせ、少しバカにしてしまうところは、私の高校時代そっくり。
    けど、そんな自分が嫌いだったのも一緒。

    ドラえもんはもちろん見てたけどそこまで全部見てないし、内容も忘れちゃってた。
    けどドラえもんを中心に複雑な人という存在を、
    読みやすく、でも深く、文章にする作者は、素晴らしいの一言。

  • 高校生主人公の理帆子が敬愛する藤子F不二雄先生のドラえもん評である「SF=すこし不思議」風に評するなら、この作品はSF=すごくファザコン。失踪した父のトラウマと病弱な母との関係における精神的ストレスを、享楽的な刹那で紛らわせている理帆子が、最終的に自立してゆく話。ミステリー仕立て。

  • 辻村深月さんの作品を読んだのはこれが初めてです。前々から辻村さんの作品を読みたいと思っていて、講談社文庫の「この順番で読めば辻村ワールドがより楽しめる!」という帯の最初にこの作品が書かれていたので、読むことにしました。

    序盤・中盤くらいまでは仄暗い印象ですが、ドラえもんの道具が随所に出てくることと別所の存在があり重苦しくはないです。理帆子が「すこし・ナントカ」で人を称するくだりは読んでいて楽しく、もし自分や自分の家族、友人を同じように称するならどんなふうにしよう?などとつい考えてしまいました。まだ通しで再読はしていないのですが、理帆子のお母さんの写真集のところは何回も読みました。ネタバレになるので詳しくは書きませんが、読むたびに泣いてしまいます。

    ラストは冒頭にあるように「暗い海の底や、遥か空の彼方の宇宙を照らす」ような終わり方になっています。物語の途中までの仄暗い印象にまで光を当てるような、そんな終わり方です。

    ドラえもんは基本設定とごく有名な道具くらいしか知らないのですが、読んでみたくなりました。

  • 内容(「BOOK」データベースより)
    藤子・F・不二雄を「先生」と呼び、その作品を愛する父が失踪して5年。高校生の理帆子は、夏の図書館で「写真を撮らせてほしい」と言う一人の青年に出会う。戸惑いつつも、他とは違う内面を見せていく理帆子。そして同じ頃に始まった不思議な警告。皆が愛する素敵な“道具”が私たちを照らすとき―。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    「ドラえもん」を、こんなにまじめに題材として書かれた小説って他にもあるのでしょうか?
    少なくとも私は初めて読みました!

    解説本とかはたくさん出ていると思う。
    確か私も、「ドラえもんのコーチング力」みたいな本は読んだことが。
    「磯野家の謎」の野比家版見たいなものも読んだことが。

    間違いないなと思うのは、そのくらい国民的な漫画で世代を問わずに愛されているこの作品を取り上げたこと。
    そしてそれは愛に溢れていて、作者はきっとドラえもんが大好きなんだろうなぁと。

    ただ、正直主人公理帆子にはよくない印象も途中はありました。

    それは主に、元彼若尾との関係について。

    「別れを切り出したのは向こうだけど、先に冷めたのは私」
    こういうこと平気で言う人いるよねぇ、って。

    なんでそんなに自分が大事なんだろう?
    理帆子から感じるのは終始それ。
    自分を守る、それだけ。

    人と距離を置いてるのもそれ。
    若尾と一緒で、人を見下したい。
    だから若尾にひかれたんでしょう?
    同族意識みたいなものでしょう。

    「私は彼の支えになりたくて、でも彼はそれ以上を望まなかった。」

    好きなのに捨てられたのは自分なのに、なぜわざわざ強がる必要があるのか?

    私の居場所はどこにもない、
    それを作ってるのも自分。
    自分をかわいそうがる女、理帆子。

    カワイソメダルが欲しいのは本当はだれ?

    ...と、読みながら思っていた。
    でも理帆子は本当の自分は全部分かっていて。
    そして若尾のことも本当は大好きだった自分も知っていて...

    そしてそれは、メジャースプーンにも出てきた天才ピアノ少年、郁也と心を通わせ始めたことも原因となり、又母の死を体験することもあって、理帆子は自分を見つけていく。

    でも順番的にはメジャースプーンの方があとなんだよねぇ。

    くじらではちょっとしか出てこないふみちゃんが心を閉ざした原因となる事件をこの後に発表するって言うのも心憎い。
    私は順番逆で見ちゃったけど(´・ω・`)

    でも、理帆子に本気で拒絶された若尾は壊れて行く。
    原因はそれだけではないのだけれど、犯罪に走るくらいには理帆子に執着する。

    その時の友達の苛立ちがとてもよく分かる...
    と同時に冷たくしきれない理帆子のこともよく分かってしまう...

    そこまではしないだろう、と楽観的に見てしまう、
    たぶんほとんどの人はそうじゃないのかな...

    理帆子の写真を撮りたい、と彼女に近づいてきた別所先輩が、ここで大きく動きます。

    このお話は、本文にもよく出てきたように、「Sukoshi・Fushigi」な物語。

    それをずるいと感じるか?
    ご都合主義と思うか?
    人それぞれかと思います。

    でも私は、最後は温かくなりました。

    「スロウハイツ」で彼女のその後も見られますが、
    しっかりと足を踏みしめて生きてることを感じられ、安心。

    それも、この最後で語られるエピソードがあるからこそ。

    人を信じたい。
    最後まで、愛を伝えたい。
    その気持ちが強く伝わるラストだったと思います^^

  • 久しぶりの辻村作品。
    理帆子に共感してしまうところが多かった。わたしも高校時代、特定の群れを作らず、相手を分析し、見下していたのかもしれない。この作品を読んで気づかされた。部活に勤しみ仲間がいる子達が羨ましかった。だから、理帆子のさみしさが少しだけ、理解できた。
    若尾がいつまでも気にかかる気持ちもよくわかる。頭と心はつながっているようで、全く違う動きをする。なんだかやりきれないけど、エピローグでやっと報われたような気がした。二人の関係性がとてもうらやましい。最後は心が安らいだので、☆4つです。

全1444件中 1 - 25件を表示

凍りのくじら (講談社文庫)に関連する談話室の質問

凍りのくじら (講談社文庫)に関連するまとめ

凍りのくじら (講談社文庫)を本棚に登録しているひと

凍りのくじら (講談社文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

凍りのくじら (講談社文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

凍りのくじら (講談社文庫)を本棚に「積読」で登録しているひと

凍りのくじら (講談社文庫)の作品紹介

藤子・F・不二雄を「先生」と呼び、その作品を愛する父が失踪して5年。高校生の理帆子は、夏の図書館で「写真を撮らせてほしい」と言う一人の青年に出会う。戸惑いつつも、他とは違う内面を見せていく理帆子。そして同じ頃に始まった不思議な警告。皆が愛する素敵な"道具"が私たちを照らすとき-。

凍りのくじら (講談社文庫)のKindle版

凍りのくじら (講談社文庫)の新書

ツイートする