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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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コミュニケーションというのは、本来は「わかること」だけをやりとりするものじゃなくて、「わからないこと」を「わかること」に組み入れてゆくということでしょう。自分自身の「わかること」の領域を押し広げてゆくことですよね。
― 263ページ -
ニートがニートになってしまうのは、要するに「世の中が冷たい」と彼らが思っているからです。ですから、「世の中、それほど冷たくないよ」ということをアナウンスしてあげて、実際に手をさしのべれば、そこからゆっくりとでも事態は変わってくるんじゃないか、と。
― 246ページ -
アメリカでは自動車が当たったときに、「アイム・ソーリー」と言ったら、言った方が有責者になるから、絶対に言ってはいけないという話がありますよね。でもね、これはおかしいですよ。どちらに過失があるにせよ、相手が傷ついているときには、責任問題は脇に置いて、「私はそのことを痛みに思う」というくらいのことは言っても罰は当たらないでしょう。(中略)車と車がぶつかったときには、「いや~、参りましたね」くらい言ったっていいじゃないですか。
― 229ページ
みんなの感想・レビュー・書評
大変おもしろかった。久しぶりに読書の喜びを感じた。
無時間的交換という考え方を頭に入れると、いろんなことが、見えてくるように思えた。
なんで勉強するんだという問いには、言葉につまるというのが正しい反応。と本の中で言われていた。
内田樹さんが、珍しく教育一本について考えた一冊。
ちょっと難しくてわかりづらいところもあったけど、全体としてはおもしろい。
不快貨幣という概念、時間性の回復策は一日のルーティンをきちんと守ることという話がめちゃくちゃ印象的でした。
あと、内田さんがやろうとしている「道場共同体」がすごくおもしろそうで、気になる。
内田樹先生の『下流志向』読みました。ニートは合理的な考えに基づいて、勉強しない選択をし、働かない選択をし、ってのが凄かったな。確かに、分かる、と思ってしまったし。消費行動と同じ、無時間モデルで考えているってのは、非常にグサリとくる。あと何故か『東のエデン』を観返したくなった
自己決定・自己責任論を真っ向から批判。現代人は骨の髄までグローバル資本主義が染みついてるんだなぁと実感。えぇ私自身、下流志向に侵されている部分がたくさん…。
震災以降方向転換を求められている今、何か指標になるものが見えた気がした。日本人が読むべき1冊だと思います。
初めて読んだ内田樹さんの本がこれ。無意識に積まれ散乱してた社会への疑問や思いが、一気に整理整頓され、いつでも言葉にして取り出せるうに目の前に出されたという感じの衝撃を味わった。非常に影響を受けた本。
朝日新聞に著者の記事が出ていたので、興味を覚え読みました。 著者が考える「何のために学ぶの?」というところが、この本の中で強く印象を受けた部分です。 小学校1年生の教室で、先生がひらがなを教えようとすると、「先生、これは何の役に立つんですか?」と聞く子どもがいるそうです。著者は、子供が消費主体としての自己を確立をしており、労働主体や生活主体の自己が確立できていないので、このような問いかけが生ま... 続きを読む »
学級崩壊やニートの問題について説得的な論証がなされており、興味深く読めた。
社会学というより、論理に論理を重ねた哲学的な論証が読んでるこっちにも頭の体操になる。
エビデンスがないのはこの手の論証には仕方のないことか。
勉強しない子供にせよ、働かない大人にせよ、そうしようと努力してるんですね。確かに、当たり前に教育を受けて、勤労する義務がある中で、それに抗っていくのには相当な体力も要るはず。なるほど。
社会への参入のスタート地点として、消費者としての立場から入る、っていうのも言われてみればその通りで。人生のそんなに早い段階で、金銭に対する感性が身についてしまうとなると、三つ子の魂~ってことで、その後の人生に大きな影響が及ぶことは想像に難くないし。
自分が育児する立場になったとき、もう一度紐解きたい本ですね。
自分の将来に価値があるものしか勉強しない
非常に単純で明快なロジック
しかしこのロジックが教育に持ち込まれた時、学ばない子供を量産する
なぜこのロジックが学ばない子供を生むのか
学ばない子供たちと若者はどんなふうに今生きているのか
学びとはそもそも何か
現代の教育とこれからの生き方について、鮮やかに述べる教育論
学歴社会というのは、知識や学力で計られているのではなく、
わからないことに対して敬意と忍耐を持って静かに向き合ってきたことこそが、評価されているんだ、と思いました。
アプローチの方法が興味深かった。最初に「消費」したことの影響が絶大であるとのこと。現状からどう解消するのかが問題となると思われる。
「学びからの逃走」としての学力低下問題と、「労働からの逃走」としてのニート問題を掘り下げ、その核心に迫る試み。 今の子どもたちは、就学以前に労働主体としてではなく消費主体として自己を確立していると著者は言う。お金を使う限りの人間である消費主体にとって、その人の年齢や識見や社会的能力などの属人的要素は考慮の対象にならない。こうしたスタンスを身につけた子どもたちは、教師との対面的状況においても、... 続きを読む »
■書名 書名:下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 著者:内田 樹 ■概要 なぜ日本の子どもたちは勉強を、若者は仕事をしなくなったのか。 だれもが目を背けたいこの事実を、真っ向から受け止めて、鮮やか に解き明かす一冊。 「自己決定論」はどこが間違いなのか? 「格差」の正体とは何か? (From amazon) ■感想 久しぶりの内田さんの本です... 続きを読む »
実は結論は至極まっとうで、保守的とも言えるところに行き着くのだが、現状分析の手法は他に見られないほど独特。マルクス経済の理論には今日的消費社会は全く想定されていなかったが、消費社会の病理の分析に応用したらこうなるという試みとして読める。 生産主体と新しい消費主体といの違いは前者がハイデガー的な「時熟」の機会に触れうるのに対し、後者は無時間的な世界経験をし続けるということだ。つまり、生み出し築き上... 続きを読む »
最近の若者は..
と、頭ごなしに批判するでなく、
冷静に考察した一冊。
これで内田さんのファンになる。
こうして俯瞰しつつ、論理的に組み立てられる人間に、
自分もなろう↑
現代の若者は学ぶことや働くことから逃避して、自ら下流を目指すという、恐ろしい現代志向を解明した(かもしれない)怪著。「自己決定・自己責任論」の欠陥、下流志向というイデオロギー形成を促す消費主体の自己形成とは? 「“学ばない”ための真剣な努力」という恐怖。
日本の子供たちはなぜ学ばなくなったのか。自分自身にとてもあてはまるところがあって感心してしまったが、一方でちょっとショックだった
学ぶこと、働くことをしなくなっている現代人の考え方を著者独特の観点から分析し改善するための方策を提示している本。
ところどころ、「そーなんかなー。飛躍しすぎでは?」と思うところはあったけれど概ね納得できる内容だった。特に学びの意義とは学びながら理解・体得する時間的な作業であるというとこは自身の経験を踏まえても納得できる点だった。
学ぶこと、働くことに意義を見いだせない。そんな人は手に取ってみては。
相方に借りた。
釈然としない部分もあるけども、面白かった。
相方の考え方は結構これに影響受けてるのかな。
自分は普通科高校だったから、という理由だと思いたくないのだけど、疑問に思う/不思議に思うアンテナが低いなぁと思う。悩ましい。
もっとちゃんと生きないと
※本の感想はあんま関係ない

学習放棄、労働放棄が「消費主体」として正しいあり方という指摘を読んで、消費者としてのみの社会への関与は不毛だとの旨を書かれたのは誰だったか?と考えるが、忘れた。
また、
生徒「先生、こんな...






