永遠の0 (講談社文庫)

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著者 : 百田尚樹
  • 講談社 (2009年7月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (608ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062764131

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永遠の0 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

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  • どんなに多くの人から支持されようとも、ベストセラー作品にはなかなか手が出せないたちである。そんなあまのじゃくが一転、何故本書を選んだかというと…テレビ番組で某ミュージシャンがこの作品を絶賛していたことがきっかけだった。何ともたどたどしくグダグダな紹介だったんだが、その熱さが妙に印象に残り、翌日には購入していた。
    生きて帰ると絶えず言い続けた天才パイロットは終戦の年、特攻で命を散らした。実はその人が本当の祖父・宮部久蔵だと知らされた、終戦から60年の夏。司法試験浪人の健太郎とフリーライターの慶子の姉弟は、宮部の足跡を辿るべく、彼を知る人物を訪ねて歩く。
    「今」を生きる若者が「過去」の身内の生涯を探る…正直、ありがちな設定とは思った。だが読み進めていくうち、「今」の場面位はベタでもよいのではと感じるようになった。宮部の旧知の人物達から語られる戦時下の話が大きく比重を占め、その重さ、今更知る当時の過酷さには愕然とする。これまでいくつもの戦争の本を読んできたが、海軍を詳細に描いた作品を読むのはほぼ初めてと言ってよい。真珠湾、ラバウル、ガダルカナル、レイテ…概要しか知らなかった戦いの現実を知り、壮絶さ、理不尽さに体が震えた。空での戦いのすさまじい緊迫感。零戦がどれほど優れた戦闘機だったかも改めて知った。
    読んでいくと、撃墜王と呼ばれた日本海軍の戦闘機搭乗員・坂井三郎など、実在の人物らとの絡みも見られる。まったく違和感がなく読めて、どこまでがフィクションだかノンフィクションだかわからなくなるほどだった。徐々に明らかになっていく宮部の人物像。臆病者と揶揄された彼の信念。天才的な空戦技術。彼の人間性に、読むほどに惹かれていく。それは、宮部との日々を語る元兵士たちもであった。ただただ、目の前の戦いに必死な彼らを襲う数多の悲劇。その都度涙腺は決壊し、時には怒りでページを繰れなかったりもした。「桜花」という人間爆弾は初めて知ったが、その非人間的発想、命をあまりにも軽視した当時の海軍上層部に対し、はらわたが煮えくり返って…何ともやりきれない思いで、読みながら苦しく、猛烈に悲しかった。
    結末に向けての伏線の張り方は見事だ。胸が張り裂けそうに辛かったクライマックスを経て、ラストへの展開はやはりまた涙涙の連続。戦争の悲惨さを伝えつつも、エンタメ作品としてしっかり仕上げたところに、放送作家時代に培った百田氏の底力を実感した。
    文庫売上数で驚異的な数字を叩き出しているようだが、映画公開に向けてさらに数字を伸ばすことでしょう。売れるのも納得です。今出会えてよかったと心から思う。某ミュージシャンに感謝。
    読み終えてから映画の公式サイトで予告編を見て、そこでもまた号泣。映画公開が本当に楽しみだ。

  • この作品は映画化されるらしい(2013年12月公開)。読んで分かったが、ヒットする要素が満ちている。一つは、ジブリプロデューサー鈴木敏夫の云う二つの要素がある。「一人称の目でつくった映画。これは観客が感情移入できるんです。しかも、ここには現実ではありえない感動がある。この二つの要素をかね揃えれば映画はヒットする」(「映画道楽」39p)もう一つこの作品には小説としてヒットする要素があり、映画にもそれは有効だろうと思う。それは「主人公の宮部久蔵とは何者なのか」という謎を最後まで引きずることに成功したからである。神風特攻隊員にあるまじき死ぬのを恐れる臆病者、しかし天才飛行士、彼はなぜ零戦搭乗員になり、「必ず生きて帰る」と言っていたのにも関わらずなぜ特攻隊員に志願したのか。その謎を宮部久蔵の孫が生き残りの戦争体験者の話を聞く中で、解明していく。と同時に、とても過酷で生き残った兵士はほとんどいなかったといわれる海軍戦闘機乗りたちの現実と、彼らから見た第二次世界大戦を浮き上がらせてゆく。

    先の記事(「このろくでもない、すばらしき日本」)で私はこのように書いた。


    いま、百田尚樹の「永遠のO」を読んでいる途中なのですが、この中で現代の姉弟が第二次世界大戦の戦略批判をする場面があります。

    戦争当時の長官クラスが強気一点張りの作戦ばかりとって、主人公の宮部のような優秀な兵士たちをたくさん死なせた一方で、自分が前線の指揮官になった時には突然弱気になる。これは「構造的なもの」があるのではないか。彼らはペーパーテストで出世して来た人間である。彼らはマニュアルには強いが、そうでない場合には弱い、ミスを恐れる。そして自分が間違っているとは思わない。(一方、アメリカは結果責任をきちんと取らせるらしい)そして、高級士官は、尽く失敗の責任を取らなかった。

    まだ結末を読んではいないが、これは現代の合わせ鏡だと作者は言いたいのだろう、と思う。2006年の作品ではあるが、原発事故がそれを見事に証明した。


    ‥‥‥‥最後まで読み切って、多くの若者たちにわかりやすい読み物を提示したかったのだろう、と思った。大きな戦略的な間違いといくつもの戦術的な間違いを犯した戦争指導者たちの愚かさを糾弾するのと同時に、それを遂行した若者たちの名誉を回復したかったのだろう。

    しかし、どこか私には違和感が残る。
    ストーリーテラーとして技巧的なのである。最初に謎を提示して、それを解決してゆく方式を他の著作でも採っているらしいというのがひとつ。官僚主義批判は手垢のついた戦争批判なのだということがひとつ。

    それでも、感動的な物語だったということは変わりない。しかし、この「感動」。作者の「戦略」なのではないか?という気がしてならない。

    もしかして、誰もが感動出来る話で間口を広げて、やがては自分の本当に書きたいものを売ってゆくという「戦略」なのではないか。そうではないことを祈りたいのだが‥‥。というのも、現実世界で、著者は以下の様な発言をしていることをつい最近、知ったからである。


    『Voice』4月号2013/3/9

    憲法改正で「強い日本」を取り戻せ いまこそ誤った歴史観を広めるメディア・教育界に風穴を開けるときだ

     対談「渡部昇一(わたなべしょういち・上智大学名誉教授)×百田尚樹(ひゃくたなおき・作家)」

    〈抜粋〉

    百田 日教組の教職員は子どもたちに、「日本は侵略戦争を行い、アジアの人々を傷つけた」「日本人であることを恥ずべきだ」ということを教えてきましたからね。そのような誤った知識を死ぬまで持ち続ける日本人も多い。広島県のある高校は修学旅行で韓国に行き、生徒たちに戦時中の行為について現地の人に謝罪をさせたとも聞きます。世界中を見渡しても、そのような教育をしている国はどこにもありません。

    百田 「侵略戦争」といっても、日本人は東南アジアの人々と戦争をしたわけではない。フィリピンを占領したアメリカや、ベトナムを占領したフランス、そしてマレーシアを占領したイギリス軍と戦ったわけです。日本の行為を「侵略」と批判するなら、それ以前に侵略していた欧米諸国も批判されてしかるべきでしょう。

    百田 日本の人口1億人に対して、自衛隊の隊員数は25万人です。海外と比較をすると、スイス軍は人口780万人に対して、軍隊は21万人もいます。しかも現役を退いたら、60歳ぐらいまでは予備役として登録される。一家に1丁自動小銃が配布されており、日常は普通の仕事をしていても、事が起きれば戦場に赴く。歴史的には「永世中立国」として200年以上戦争をしていないわけですが、軍隊をもつことは、戦争に対するもっとも有効な抑止力であり、平和の維持にはそれだけの労力がかかることを理解しているわけです。

    百田 だからこそ安倍政権では、もっとも大きな政策課題として憲法改正に取り組み、軍隊創設への道筋をつくっていかねばなりません。世界の約200か国のうち、軍隊をもっていない国は、モナコやバチカン市国、ツバルといった小国をはじめとする27か国しかない。日本のような経済大国がそれに当てはまるのは異常なことです。

    百田 世間では、「憲法は神聖で侵さざるべきものである。改正するなんてもってのほかだ」という、「憲法改正アレルギー」のような意識が蔓延しているようにも感じます。しかし世界中のどの国も、憲法改正はごく普通に行っている。アメリカは18回、フランスは24回、ドイツは58回、メキシコに至っては408回も改正しており、世界最多の回数といわれています。(略)

    百田 アメリカも大東亜戦争で痛い目に遭っていますから、もう二度と日本が立ち向かえないようにした、ということですね。9条で「交戦権の放棄」を押し付けたのもそうです。いまの日本には自衛隊がありますが、9条を厳密に解釈すると、相手に銃を向けられて引き金に指がかかってもいても抵抗できない。向こうが撃ってくれば初めて反撃できますが、それも最低限のものに限られ、たとえば一発撃たれて十発撃ち返したら、過剰防衛として処罰される。こんな馬鹿なことはないでしょう。


    小説は所詮エンターテイメントの世界、普通はこういう「時評」にその人のリアルな認識が出ると思う。「侵略の定義は決まっていない」と宣ったのは、現在の日本国首相ですが、本屋大賞受賞者のこのお方も「本気で」そう思っているようです。なおかつ、手垢の付いた「憲法改正アレルギー批判」もなされており、自民党の憲法改正草案も全面的な賛成に回りそうです。

    おやおや、と言いたい。

  • サイン本があるらしく、それが欲しくて本屋さんに電話を掛けまくり…。
    しかし、どこも売り切れで結局は古本で購入。

    新聞や、ネットにも「120万部突破!」と書いてあって、ミーハーになるのは抵抗があったが…。


    読み終えた後の複雑な気持ち。

    暫く、読書に手が回らなかった。

    ああ、この本に会えてよかった。


    お正月、祖父母に会ったときに、戦争の話を改めて、聞いてみようと思う。



    過去に犯した過ちを、ちゃんと見据えなければならない。

  •  小学生くらいのころ、祖父母に先の大戦の話を尋ねた覚えがあります(祖父は大正10年、祖母は昭和元年生まれ)。その時は「“南”に行ったけど鉄砲が怖くて逃げ回っていた」なんて風にはぐらかされましたが、、そんなわけが無いであろうことは、今であればわかります。

     復員後は普通の会社員として務めあげた祖父ですが、一昨年(2011年)に大往生をしました(祖母は健在です)。やはり、少しでも聞いておけばよかったと思ったのは、久々にこちらを手に取ったから。

     確か初めて読んだのは2011年の春、手に取った理由は今でも思い出せませんが、その年の6月に祖父が亡くなったことを振り返ると、何か予兆めいたものがあったのかもしれません。読後、「次に帰省したら戦争のコトをあらためて聞いてみよう」と考えていましたから。

     祖父の南方戦線との話が本当であれば、所属は陸軍であったと思いますので“零戦”とはなじみは薄かったかとも思います。ただ、どんな内容であれ、我々に祖国を託すために戦った“祖父たちの想い”は語り継いでおくべきだろうと、今更ながらに感じています。

     物語は、主人公・佐伯健太郎とその姉慶子が、ふとしたことから自分たちの血縁上での祖父の足跡を追いかけるところから始まります。その名は、アメリカ海軍から“悪魔”とまで呼ばれた零戦パイロットであった“宮部久蔵”、終戦間際に特攻で亡くなったとしか二人は聞かされていませんでした。

     そんな祖父と共に戦場を飛び廻った人々に聞き取りをしながら、“祖父たちの物語”は様々な様相を見せながら綴られていくことになります。常に「生きて帰る」という妻との約束にこだわり続けた、そんな宮部がどうして特攻に赴くことになったのか。

     “それは私たちの世代では、愛しているという言葉と同じでしょう”

     聞き取りで訪問した相手は全てで「10人」、臆病者だったとの人も、優秀な戦闘機乗りであったとの人も、そして、命の恩人であったとの人も、様々に。それぞれの人々が“戦争”をどうとらえていたのかも浮かび上がるようで、興味深く。この辺り、著者の百田さんが一番参考にしたという、『零戦最後の証言(神立尚紀)』をモデルにしているのかなと思います。

     そして、最後の10人目に訪れた人物は、、なかなかのインパクトでした。何かを繋いで何かを紡いで、“絆”という言葉と、そして家族を人と“愛する”ということを、強く感じさせてくれる物語となっています。

     昨年末(2013年12月21日)、こちらを原作とした映画が公開されました。それに先駆けての再読でしたが、あらためて、祖父の話を聴いておけばよかったと痛感しています。祖父の手記や写真などが残っているのであれば、それを追いかけるところから始めてみようと、、息子に伝えていくためにも。

     どんな思いで戦ったのか、少しでもその欠片を集めておこうと感じた、そんな一冊です。

  • コンビニで推されていたので新しい本を読みたいと思っていたので購入。

    永遠の0というテーマから想起するものはありませんでしたが、本を読み進めていく内に
    太平洋戦争で活躍した「零式艦上戦闘機」の「0」であるということがわかりました。

    話の舞台は戦後60年を迎える2005年、司法試験浪人を繰り返す主人公とその姉が
    特攻によって亡くなった祖父の軌跡を追っていくというものでした。

    結論からいうと、浅い人物描写に加えてwikipediaで十分に手に入る知識の羅列が
    酷く読んでいて飽きます。作中の老人達、博識すぎ(笑)

    全体的に小説の体を成していないと感じます。

    作中で若き特攻隊員は特攻を強要されていましたが、僕はこの本を読んでいて
    感動を強要されている気がしました。

  •  ひとりだけ特攻を志願しなかった宮部に免じて、この作品への大絶賛の嵐の中で異を唱えることを大目に見てやってください。それと、別に作者のことが読む前から嫌いだったわけでもありません。ただこの先はとてもネタバレであるし、感動した人の興をそぐのは本意ではないので、続きは自己責任で読んでください。長文だよ!













     たしかに感動はできる。
     この作品を読んで、なんとも思わない日本人はいないだろう。けれどもそれは作者の力であるというより、史実と、それが記されていた参考文献の力だろうと思う。
     あえて作者の力を褒めるならば、たくさんの参考文献をうまくまとめたことだし、本筋から脱線したエピソードも戦争を知らない世代が物語に入っていくためには必要だったと擁護できる。わたしは無知で、ここに書かれていた太平洋戦争前後にまつわる様々なエピソードには知らないものが多かった。
     けれども、そこに作者が加えた斟酌や創意工夫が少なすぎるのではないだろうか? 太平洋戦争という歴史上の大事件について、個人や団体が自ら骨を折って史料・資料・証言を集め、分析を加えて著述した本があって、それを読んだ作者が自分に必要な部分を孫引きしてまとめたような、お手軽な感じがする。
     そもそもこういった太平洋戦争パートはほとんどが老人の一人語りによるものだ。どの老人も異様に硬い言葉で話し、豊富すぎる知識を持つだけでなく、人名や階級まできっちり覚えているのは不自然すぎる。参考文献を読んだ事はないけど、安易に借用しているだけのように思えてならない。
     小説家の仕事はそれを血の通った語りに生まれ変わらせることであって、「全ての日本人に知ってもらいたい!」と、どさくさに紛れて自分の主張を突っ込むことではない。

     次に作者の創作した部分について。あれほど強烈に生への執着を見せていた宮部が、生き残れるチャンスを自ら棒に振った理由に納得できない。心情的には理解できるけど、操縦技術の未熟な大石が不時着に失敗したら元も子もないじゃないか。直掩任務で撃墜されていく教え子達を見て変節したというほうがまだよっぽど理解できる。宮部をどこまでも聖人に仕立てようとして、最後の最後に気持ち悪さが残ってしまった。

     なにより納得がいかないのは、健太郎の姉・慶子である。ちなみにわたしとだいたい同い年。
     彼女は「仕事を自由にやらせてくれそう」「本を出すという夢を叶えてくれそう」という打算的な理由で、愛してもいない高山との結婚を考える。これでは真剣に将来を考えているどころか、ただの枕営業でしかない。どうやら作者にとって、女性とは男性の承認を得てはじめて外で働くことができる存在らしい。
     その後、慶子は本命の藤木に高山との結婚をほのめかして、藤木が自分に結婚しようと泣きついてくるが断ろうとする。それを「藤木さんに謝れ」と弟(※ニート)に説教され、祖父の話に感動してやっぱり藤木と結婚しようと決める。徹頭徹尾、男性の言葉や生き方に右往左往する主体性のない女なのだ。お前なんかにフリーライターがつとまるかばーかばーか!
     健太郎が夢や目標を持てない若き現代男性の代表であり、慶子は仕事と結婚の間で迷う若き現代女性の代表として描かれているはずだ。この本を読んで作者のことがちょっと嫌いになった。いみじくも解説の児玉さんが書いているように、「作者の全人格が投影され」、女性蔑視というか、女性への無理解が滲み出た作品となっている。
     戦争の資料を集める前に、Anecanでも読んでろ!


    以下最高にどうでもいい疑問

    ・インタビューするための東京からの遠征費(二人分)はどこから出したんだろう。愛媛、和歌山、岡山、鹿児島、その他関東近郊。交通費だけで軽く20万以上かかる。

    ・ヤクザの景浦さんは「友達イラネ」とか言ってるわりにちゃっかり戦友会に入ってる不思議。そして松乃を助けにいっちゃう。ツンデレなのか?

  • 一言、よくできている。

    書きたいことを書いてあると思う。
    ターゲットは日本語を読めるひと全員だと思う。
    主人公というよりも語り手の青年、
    その姉に求婚する新聞記者がうまいこといやらしい。

    戦後の新聞記者のステレオタイプにきちんと表現されている。
    もっとも新聞記者というよりもメディアのステレオタイプと言えるかな。
    いい感じで正論だと本人は思い、信念をもつ、扱いづらい人となっている。

    これはメディアのステレオタイプといえるかもしれないが、
    国民の意思と言っていいかもしれない。

    本作品の特に注目する点は

    一人一人が生身の人間であるということだ。
    だから、登場人物すべてに一理ある。
    すべてが納得できる。

    十人十色なものですから、全く同じ人なんていないわけですが、
    自分のなかに、そういう考え分かるよねと思えるのです。

    だから、戦争はつらいという感想も違うんだが、
    なかなか表現しにくいね。

    最終章の12章は小説としてよくできたフィクションになっているが、
    これはおまけでしょう。作品を面白く仕上げるために必要な章ではあるが、

    戦争にたいして考えられることはそれまでに表現されている。

    戦争ものはいつも同じ感想なのですが、
    人が人を殺めなくていいのに、
    なぜそんなことをと、思いますね。

  • どんなに堪えようとも、涙が止まりませんでした。なんという時代。現代とのあまりのギャップに胸が締め付けられる。何もせずとも、時間を垂れ流して生きてしまえる現代。息をして、寝て、起きて、そんな毎日でも「生きて」いられる。だからこそ、一人の人間の崇高で凄まじい生き様に、こうも心を揺さぶられ感動するのだろう。
    時間は皆に公平に与えられる。どのように時間を使うかで、人生は百人百様。卑しくもなれば尊厳に満ちたものにもなる。宮部は妻子のために生きたい、と願ったが、彼の尊敬すべき信念や言動は誰のためというより、彼自身の生粋の人格だ。誰のためでもない。でも多くの人が彼に惹かれ、尊敬し、多くの人の人生に影響を与えた。人間を動かすのは、生身の人間ということ。私は何よりも、この、彼の生き方に心を揺さぶられた。
    宮部にはどうか生きて欲しかった。死ぬというラストがわかってはいるけど、悔しくて、なんとも悲しすぎて、ただただ戦争という、時代という悲惨さに言葉もない。そんな中で、生身の人間の優しさや気高さが垣間見えるエピソードが本当に救われる。それもすべて宮部だからこその、その人徳あってこそ。
    現代パート含めて本当に素晴らしい構成。

  • 面白くなかった。
    小説を期待して読んだので、がっかりしました。これは小説ではない、主観をふんだんに取り入れた教科書を読んでいるような感じ。よそでやれや、と思いました。

  • 賛否両論ある作品だけれど、戦後60年(本作品初版発行時)に多くの人に戦争について考えされるきっかけをつくったという意味では、素晴らしいミリオンセラーだ。

    夢を見失った現代の若者が、実の祖父である特攻で亡くなった一人の海軍航空兵の生き様を、生前の彼を知る人に聞き歩き、浮き彫りにしていくというストーリー。

    祖父について調べ終えた若者の変化からは、人権が守られ自由な今を生かされている現代が貴重であることを認識し、懸命に生きよというメッセージを感じた。

    本文の相当を占める戦時下の航空兵の熾烈な環境描写からは、百田氏本人の言う「特攻を断固否定」「反戦」のメッセージも受け取ったが、一方で違和感もある。

    確かに反戦ではあった。
    ただ、こうすれば勝っていただの、上層部の判断が間違っただの、大本営の戦略のずさんさへの批判があまりに多すぎる。戦争自体への否定が、薄れてしまうのも無理はない。

    本作品への批判は、パクリ疑惑や、特攻美化というものもあるが、わたしは元ネタと言われている書籍を読んでいないし、戦争についても詳しくなかったため、その点はわからない。

    わたしはこれまで不幸な話や恐ろしい話、怖い話が本当に苦手で大嫌いで、小さい頃からずっとずっと避けてきた。

    「火垂るの墓」も通して観れたことがないし、例えフィクションでも戦争を題材にした話は読めない・観れないだった。

    けれど、数ヶ月前から急に戦争の史実に興味を持って、「積ん読」だった『永遠の0』もその心情の変化から読むに至った。

    亡くなった祖父は、幼かったわたしに何度か戦争の話を聞かせてくれようとしたけれど、わたしは泣きながら逃げて、結局一度も耳を貸さなかった。まさか後悔する日がくるとは思わなかった。

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永遠の0 (講談社文庫)の作品紹介

日本軍敗色濃厚ななか、生への執着を臆面もなく口にし、仲間から「卑怯者」とさげすまれたゼロ戦パイロットがいた……。 人生の目標を失いかけていた青年・佐伯健太郎とフリーライターの姉・慶子は、太平洋戦争で戦死した祖父・宮部久蔵のことを調べ始める。
祖父の話は特攻で死んだこと以外何も残されていなかった。 元戦友たちの証言から浮かび上がってきた宮部久蔵の姿は健太郎たちの予想もしないものだった。凄腕を持ちながら、同時に異常なまでに死を恐れ、生に執着する戦闘機乗り……それが祖父だった。
「生きて帰る」という妻との約束にこだわり続けた男は、なぜ特攻に志願したのか?
健太郎と慶子はついに六十年の長きにわたって封印されていた驚愕の事実にたどりつく。

アクションコミックスにて、須本壮一により漫画化される。
映画化も決定。2013年公開予定。

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