永遠の0 (講談社文庫)

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著者 : 百田尚樹
  • 講談社 (2009年7月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (608ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062764131

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永遠の0 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

  • どんなに多くの人から支持されようとも、ベストセラー作品にはなかなか手が出せないたちである。そんなあまのじゃくが一転、何故本書を選んだかというと…テレビ番組で某ミュージシャンがこの作品を絶賛していたことがきっかけだった。何ともたどたどしくグダグダな紹介だったんだが、その熱さが妙に印象に残り、翌日には購入していた。
    生きて帰ると絶えず言い続けた天才パイロットは終戦の年、特攻で命を散らした。実はその人が本当の祖父・宮部久蔵だと知らされた、終戦から60年の夏。司法試験浪人の健太郎とフリーライターの慶子の姉弟は、宮部の足跡を辿るべく、彼を知る人物を訪ねて歩く。
    「今」を生きる若者が「過去」の身内の生涯を探る…正直、ありがちな設定とは思った。だが読み進めていくうち、「今」の場面位はベタでもよいのではと感じるようになった。宮部の旧知の人物達から語られる戦時下の話が大きく比重を占め、その重さ、今更知る当時の過酷さには愕然とする。これまでいくつもの戦争の本を読んできたが、海軍を詳細に描いた作品を読むのはほぼ初めてと言ってよい。真珠湾、ラバウル、ガダルカナル、レイテ…概要しか知らなかった戦いの現実を知り、壮絶さ、理不尽さに体が震えた。空での戦いのすさまじい緊迫感。零戦がどれほど優れた戦闘機だったかも改めて知った。
    読んでいくと、撃墜王と呼ばれた日本海軍の戦闘機搭乗員・坂井三郎など、実在の人物らとの絡みも見られる。まったく違和感がなく読めて、どこまでがフィクションだかノンフィクションだかわからなくなるほどだった。徐々に明らかになっていく宮部の人物像。臆病者と揶揄された彼の信念。天才的な空戦技術。彼の人間性に、読むほどに惹かれていく。それは、宮部との日々を語る元兵士たちもであった。ただただ、目の前の戦いに必死な彼らを襲う数多の悲劇。その都度涙腺は決壊し、時には怒りでページを繰れなかったりもした。「桜花」という人間爆弾は初めて知ったが、その非人間的発想、命をあまりにも軽視した当時の海軍上層部に対し、はらわたが煮えくり返って…何ともやりきれない思いで、読みながら苦しく、猛烈に悲しかった。
    結末に向けての伏線の張り方は見事だ。胸が張り裂けそうに辛かったクライマックスを経て、ラストへの展開はやはりまた涙涙の連続。戦争の悲惨さを伝えつつも、エンタメ作品としてしっかり仕上げたところに、放送作家時代に培った百田氏の底力を実感した。
    文庫売上数で驚異的な数字を叩き出しているようだが、映画公開に向けてさらに数字を伸ばすことでしょう。売れるのも納得です。今出会えてよかったと心から思う。某ミュージシャンに感謝。
    読み終えてから映画の公式サイトで予告編を見て、そこでもまた号泣。映画公開が本当に楽しみだ。

  • この作品は映画化されるらしい(2013年12月公開)。読んで分かったが、ヒットする要素が満ちている。一つは、ジブリプロデューサー鈴木敏夫の云う二つの要素がある。「一人称の目でつくった映画。これは観客が感情移入できるんです。しかも、ここには現実ではありえない感動がある。この二つの要素をかね揃えれば映画はヒットする」(「映画道楽」39p)もう一つこの作品には小説としてヒットする要素があり、映画にもそれは有効だろうと思う。それは「主人公の宮部久蔵とは何者なのか」という謎を最後まで引きずることに成功したからである。神風特攻隊員にあるまじき死ぬのを恐れる臆病者、しかし天才飛行士、彼はなぜ零戦搭乗員になり、「必ず生きて帰る」と言っていたのにも関わらずなぜ特攻隊員に志願したのか。その謎を宮部久蔵の孫が生き残りの戦争体験者の話を聞く中で、解明していく。と同時に、とても過酷で生き残った兵士はほとんどいなかったといわれる海軍戦闘機乗りたちの現実と、彼らから見た第二次世界大戦を浮き上がらせてゆく。

    先の記事(「このろくでもない、すばらしき日本」)で私はこのように書いた。


    いま、百田尚樹の「永遠のO」を読んでいる途中なのですが、この中で現代の姉弟が第二次世界大戦の戦略批判をする場面があります。

    戦争当時の長官クラスが強気一点張りの作戦ばかりとって、主人公の宮部のような優秀な兵士たちをたくさん死なせた一方で、自分が前線の指揮官になった時には突然弱気になる。これは「構造的なもの」があるのではないか。彼らはペーパーテストで出世して来た人間である。彼らはマニュアルには強いが、そうでない場合には弱い、ミスを恐れる。そして自分が間違っているとは思わない。(一方、アメリカは結果責任をきちんと取らせるらしい)そして、高級士官は、尽く失敗の責任を取らなかった。

    まだ結末を読んではいないが、これは現代の合わせ鏡だと作者は言いたいのだろう、と思う。2006年の作品ではあるが、原発事故がそれを見事に証明した。


    ‥‥‥‥最後まで読み切って、多くの若者たちにわかりやすい読み物を提示したかったのだろう、と思った。大きな戦略的な間違いといくつもの戦術的な間違いを犯した戦争指導者たちの愚かさを糾弾するのと同時に、それを遂行した若者たちの名誉を回復したかったのだろう。

    しかし、どこか私には違和感が残る。
    ストーリーテラーとして技巧的なのである。最初に謎を提示して、それを解決してゆく方式を他の著作でも採っているらしいというのがひとつ。官僚主義批判は手垢のついた戦争批判なのだということがひとつ。

    それでも、感動的な物語だったということは変わりない。しかし、この「感動」。作者の「戦略」なのではないか?という気がしてならない。

    もしかして、誰もが感動出来る話で間口を広げて、やがては自分の本当に書きたいものを売ってゆくという「戦略」なのではないか。そうではないことを祈りたいのだが‥‥。というのも、現実世界で、著者は以下の様な発言をしていることをつい最近、知ったからである。


    『Voice』4月号2013/3/9

    憲法改正で「強い日本」を取り戻せ いまこそ誤った歴史観を広めるメディア・教育界に風穴を開けるときだ

     対談「渡部昇一(わたなべしょういち・上智大学名誉教授)×百田尚樹(ひゃくたなおき・作家)」

    〈抜粋〉

    百田 日教組の教職員は子どもたちに、「日本は侵略戦争を行い、アジアの人々を傷つけた」「日本人であることを恥ずべきだ」ということを教えてきましたからね。そのような誤った知識を死ぬまで持ち続ける日本人も多い。広島県のある高校は修学旅行で韓国に行き、生徒たちに戦時中の行為について現地の人に謝罪をさせたとも聞きます。世界中を見渡しても、そのような教育をしている国はどこにもありません... 続きを読む

  • サイン本があるらしく、それが欲しくて本屋さんに電話を掛けまくり…。
    しかし、どこも売り切れで結局は古本で購入。

    新聞や、ネットにも「120万部突破!」と書いてあって、ミーハーになるのは抵抗があったが…。


    読み終えた後の複雑な気持ち。

    暫く、読書に手が回らなかった。

    ああ、この本に会えてよかった。


    お正月、祖父母に会ったときに、戦争の話を改めて、聞いてみようと思う。



    過去に犯した過ちを、ちゃんと見据えなければならない。

  •  小学生くらいのころ、祖父母に先の大戦の話を尋ねた覚えがあります(祖父は大正10年、祖母は昭和元年生まれ)。その時は「“南”に行ったけど鉄砲が怖くて逃げ回っていた」なんて風にはぐらかされましたが、、そんなわけが無いであろうことは、今であればわかります。

     復員後は普通の会社員として務めあげた祖父ですが、一昨年(2011年)に大往生をしました(祖母は健在です)。やはり、少しでも聞いておけばよかったと思ったのは、久々にこちらを手に取ったから。

     確か初めて読んだのは2011年の春、手に取った理由は今でも思い出せませんが、その年の6月に祖父が亡くなったことを振り返ると、何か予兆めいたものがあったのかもしれません。読後、「次に帰省したら戦争のコトをあらためて聞いてみよう」と考えていましたから。

     祖父の南方戦線との話が本当であれば、所属は陸軍であったと思いますので“零戦”とはなじみは薄かったかとも思います。ただ、どんな内容であれ、我々に祖国を託すために戦った“祖父たちの想い”は語り継いでおくべきだろうと、今更ながらに感じています。

     物語は、主人公・佐伯健太郎とその姉慶子が、ふとしたことから自分たちの血縁上での祖父の足跡を追いかけるところから始まります。その名は、アメリカ海軍から“悪魔”とまで呼ばれた零戦パイロットであった“宮部久蔵”、終戦間際に特攻で亡くなったとしか二人は聞かされていませんでした。

     そんな祖父と共に戦場を飛び廻った人々に聞き取りをしながら、“祖父たちの物語”は様々な様相を見せながら綴られていくことになります。常に「生きて帰る」という妻との約束にこだわり続けた、そんな宮部がどうして特攻に赴くことになったのか。

     “それは私たちの世代では、愛しているという言葉と同じでしょう”

     聞き取りで訪問した相手は全てで「10人」、臆病者だったとの人も、優秀な戦闘機乗りであったとの人も、そして、命の恩人であったとの人も、様々に。それぞれの人々が“戦争”をどうとらえていたのかも浮かび上がるようで、興味深く。この辺り、著者の百田さんが一番参考にしたという、『零戦最後の証言(神立尚紀)』をモデルにしているのかなと思います。

     そして、最後の10人目に訪れた人物は、、なかなかのインパクトでした。何かを繋いで何かを紡いで、“絆”という言葉と、そして家族を人と“愛する”ということを、強く感じさせてくれる物語となっています。

     昨年末(2013年12月21日)、こちらを原作とした映画が公開されました。それに先駆けての再読でしたが、あらためて、祖父の話を聴いておけばよかったと痛感しています。祖父の手記や写真などが残っているのであれば、それを追いかけるところから始めてみようと、、息子に伝えていくためにも。

     どんな思いで戦ったのか、少しでもその欠片を集めておこうと感じた、そんな一冊です。

  • コンビニで推されていたので新しい本を読みたいと思っていたので購入。

    永遠の0というテーマから想起するものはありませんでしたが、本を読み進めていく内に
    太平洋戦争で活躍した「零式艦上戦闘機」の「0」であるということがわかりました。

    話の舞台は戦後60年を迎える2005年、司法試験浪人を繰り返す主人公とその姉が
    特攻によって亡くなった祖父の軌跡を追っていくというものでした。

    結論からいうと、浅い人物描写に加えてwikipediaで十分に手に入る知識の羅列が
    酷く読んでいて飽きます。作中の老人達、博識すぎ(笑)

    全体的に小説の体を成していないと感じます。

    作中で若き特攻隊員は特攻を強要されていましたが、僕はこの本を読んでいて
    感動を強要されている気がしました。

  •  ひとりだけ特攻を志願しなかった宮部に免じて、この作品への大絶賛の嵐の中で異を唱えることを大目に見てやってください。それと、別に作者のことが読む前から嫌いだったわけでもありません。ただこの先はとてもネタバレであるし、感動した人の興をそぐのは本意ではないので、続きは自己責任で読んでください。長文だよ!













     たしかに感動はできる。
     この作品を読んで、なんとも思わない日本人はいないだろう。けれどもそれは作者の力であるというより、史実と、それが記されていた参考文献の力だろうと思う。
     あえて作者の力を褒めるならば、たくさんの参考文献をうまくまとめたことだし、本筋から脱線したエピソードも戦争を知らない世代が物語に入っていくためには必要だったと擁護できる。わたしは無知で、ここに書かれていた太平洋戦争前後にまつわる様々なエピソードには知らないものが多かった。
     けれども、そこに作者が加えた斟酌や創意工夫が少なすぎるのではないだろうか? 太平洋戦争という歴史上の大事件について、個人や団体が自ら骨を折って史料・資料・証言を集め、分析を加えて著述した本があって、それを読んだ作者が自分に必要な部分を孫引きしてまとめたような、お手軽な感じがする。
     そもそもこういった太平洋戦争パートはほとんどが老人の一人語りによるものだ。どの老人も異様に硬い言葉で話し、豊富すぎる知識を持つだけでなく、人名や階級まできっちり覚えているのは不自然すぎる。参考文献を読んだ事はないけど、安易に借用しているだけのように思えてならない。
     小説家の仕事はそれを血の通った語りに生まれ変わらせることであって、「全ての日本人に知ってもらいたい!」と、どさくさに紛れて自分の主張を突っ込むことではない。

     次に作者の創作した部分について。あれほど強烈に生への執着を見せていた宮部が、生き残れるチャンスを自ら棒に振った理由に納得できない。心情的には理解できるけど、操縦技術の未熟な大石が不時着に失敗したら元も子もないじゃないか。直掩任務で撃墜されていく教え子達を見て変節したというほうがまだよっぽど理解できる。宮部をどこまでも聖人に仕立てようとして、最後の最後に気持ち悪さが残ってしまった。

     なにより納得がいかないのは、健太郎の姉・慶子である。ちなみにわたしとだいたい同い年。
     彼女は「仕事を自由にやらせてくれそう」「本を出すという夢を叶えてくれそう」という打算的な理由で、愛してもいない高山との結婚を考える。これでは真剣に将来を考えているどころか、ただの枕営業でしかない。どうやら作者にとって、女性とは男性の承認を得てはじめて外で働くことができる存在らしい。
     その後、慶子は本命の藤木に高山との結婚をほのめかして、藤木が自分に結婚しようと泣きついてくるが断ろうとする。それを「藤木さんに謝れ」と弟(※ニート)に説教され、祖父の話に感動してやっぱり藤木と結婚しようと決める。徹頭徹尾、男性の言葉や生き方に右往左往する主体性のない女なのだ。お前なんかにフリーライターがつとまるかばーかばーか!
     健太郎が夢や目標を持てない若き現代男性の代表であり、慶子は仕事と結婚の間で迷う若き現代女性の代表として描かれているはずだ。この本を読んで作者のことがちょっと嫌いになった。いみじくも解説の児玉さんが書いているように、「作者の全人格が投影され」、女性蔑視というか、女性への無理解が滲み出た作品となっている。
     戦争の資料を集める前に、Anecanでも読んでろ!


    以下最高にどうでもいい疑問

    ・インタビューするための東京からの遠征費(二人分)はどこから出したんだろう。愛媛、和歌山、岡山、鹿児島、その他関東近郊。交通費だけで軽く20万以上かかる... 続きを読む

  • 一言、よくできている。

    書きたいことを書いてあると思う。
    ターゲットは日本語を読めるひと全員だと思う。
    主人公というよりも語り手の青年、
    その姉に求婚する新聞記者がうまいこといやらしい。

    戦後の新聞記者のステレオタイプにきちんと表現されている。
    もっとも新聞記者というよりもメディアのステレオタイプと言えるかな。
    いい感じで正論だと本人は思い、信念をもつ、扱いづらい人となっている。

    これはメディアのステレオタイプといえるかもしれないが、
    国民の意思と言っていいかもしれない。

    本作品の特に注目する点は

    一人一人が生身の人間であるということだ。
    だから、登場人物すべてに一理ある。
    すべてが納得できる。

    十人十色なものですから、全く同じ人なんていないわけですが、
    自分のなかに、そういう考え分かるよねと思えるのです。

    だから、戦争はつらいという感想も違うんだが、
    なかなか表現しにくいね。

    最終章の12章は小説としてよくできたフィクションになっているが、
    これはおまけでしょう。作品を面白く仕上げるために必要な章ではあるが、

    戦争にたいして考えられることはそれまでに表現されている。

    戦争ものはいつも同じ感想なのですが、
    人が人を殺めなくていいのに、
    なぜそんなことをと、思いますね。

  • どんなに堪えようとも、涙が止まりませんでした。なんという時代。現代とのあまりのギャップに胸が締め付けられる。何もせずとも、時間を垂れ流して生きてしまえる現代。息をして、寝て、起きて、そんな毎日でも「生きて」いられる。だからこそ、一人の人間の崇高で凄まじい生き様に、こうも心を揺さぶられ感動するのだろう。
    時間は皆に公平に与えられる。どのように時間を使うかで、人生は百人百様。卑しくもなれば尊厳に満ちたものにもなる。宮部は妻子のために生きたい、と願ったが、彼の尊敬すべき信念や言動は誰のためというより、彼自身の生粋の人格だ。誰のためでもない。でも多くの人が彼に惹かれ、尊敬し、多くの人の人生に影響を与えた。人間を動かすのは、生身の人間ということ。私は何よりも、この、彼の生き方に心を揺さぶられた。
    宮部にはどうか生きて欲しかった。死ぬというラストがわかってはいるけど、悔しくて、なんとも悲しすぎて、ただただ戦争という、時代という悲惨さに言葉もない。そんな中で、生身の人間の優しさや気高さが垣間見えるエピソードが本当に救われる。それもすべて宮部だからこその、その人徳あってこそ。
    現代パート含めて本当に素晴らしい構成。

  • 面白くなかった。
    小説を期待して読んだので、がっかりしました。これは小説ではない、主観をふんだんに取り入れた教科書を読んでいるような感じ。よそでやれや、と思いました。

  • 賛否両論ある作品だけれど、戦後60年(本作品初版発行時)に多くの人に戦争について考えされるきっかけをつくったという意味では、素晴らしいミリオンセラーだ。

    夢を見失った現代の若者が、実の祖父である特攻で亡くなった一人の海軍航空兵の生き様を、生前の彼を知る人に聞き歩き、浮き彫りにしていくというストーリー。

    祖父について調べ終えた若者の変化からは、人権が守られ自由な今を生かされている現代が貴重であることを認識し、懸命に生きよというメッセージを感じた。

    本文の相当を占める戦時下の航空兵の熾烈な環境描写からは、百田氏本人の言う「特攻を断固否定」「反戦」のメッセージも受け取ったが、一方で違和感もある。

    確かに反戦ではあった。
    ただ、こうすれば勝っていただの、上層部の判断が間違っただの、大本営の戦略のずさんさへの批判があまりに多すぎる。戦争自体への否定が、薄れてしまうのも無理はない。

    本作品への批判は、パクリ疑惑や、特攻美化というものもあるが、わたしは元ネタと言われている書籍を読んでいないし、戦争についても詳しくなかったため、その点はわからない。

    わたしはこれまで不幸な話や恐ろしい話、怖い話が本当に苦手で大嫌いで、小さい頃からずっとずっと避けてきた。

    「火垂るの墓」も通して観れたことがないし、例えフィクションでも戦争を題材にした話は読めない・観れないだった。

    けれど、数ヶ月前から急に戦争の史実に興味を持って、「積ん読」だった『永遠の0』もその心情の変化から読むに至った。

    亡くなった祖父は、幼かったわたしに何度か戦争の話を聞かせてくれようとしたけれど、わたしは泣きながら逃げて、結局一度も耳を貸さなかった。まさか後悔する日がくるとは思わなかった。

  • 登場人物の台詞が誘導尋問でもされてるのかという印象に違和感と不信感を抱いた
    都合が良すぎる話の展開や設定に軽蔑した
    誰もが感情を喚起する題材で
    この書き方
    言葉の選び方が無神経で苛立ちを覚えた
    表現力ないセンスない どうして出版社世に出したのまず
    登場人物にも感情移入できず

    真実を突き詰める ことに対しての感覚を読者に養わせたいという意図があったのならば
    この植え付けられた不信感が狙いならば相当な策士
    いや、そんな裏がなくとも
    金太郎飴のような感想文の圧倒的数や実績からして
    恐るべき策士なんですかね
    どちらにしても嫌いです 小説家として

  • 「永遠の0」(映画は見てないので原作のほうね)がダメダメなのは、現代パートの展開があまりに稚拙とか、回想パートが一本調子なうえにくっそ長いとか、文章がそもそもアレとか、数え上げたらきりがないのけど、なにより物語としての核心部分がまったく描けてないってことなんだよね。
    それは「なぜ宮野久蔵だけが特異な行為者たりえたのか?」という問いに集約できる。本来考えなくてはいけないのは、宮部が特攻に臨んだ理由をめぐる問いではなくて、それ以前において彼がすでに特異な立場にあったことなんだよ。お国のために死ぬことを是とする中で、そもそもなぜ宮部だけが死を避け生きることを公言できそのために行動できたのかという特異さこそ、問われるべきなんだよ。
    んで、その問いへの回答は「妻子のもとに生きて帰りたいという強い意志」なんてのでは十分でない。というか、ぜんぜん足りない。
    だって、戦地には何万という特攻隊員、何十万という日本兵がいて、その多くが、生きて帰りたい、妻子と再会したい、と強く望んだはずだもの。そのことに関しては宮部も他の兵員たちも同じであり、何ら変わるところはない。それにも関わらず、彼らは自らの希望を口に出すことも能わぬまま死地に赴き、宮部だけが自らの意志を口にすることができ、また実際に行為を成すことができた。
    それはなぜか?なにが宮部と他の兵員たちとを分けたのか?意志の力のみには還元できない決定的な要因が宮部と他の兵員たちとの間には横たわっていたはずで、それこそが問いの核心なんです。それを問わない限りは宮部の行為が理解されることはない。
    でも、作中において、その問いに対して何らの回答も示唆も存在しない。だから、宮部はたんたんと話したんたんと行うのみであり、その内側や背景を読み取ろうとしてもなにもない。ただただ空白ばかりがある。そうじゃなくて、宮部が宮部たり得た理由が示唆されなきゃならんし、そうなって初めて最終的に宮部が特攻に臨んだ理由も説得力を持つんです。それがすっかり欠落しちゃってる。
    一方、宮部本人ではなく、他の兵士たちの悲哀をこそ書こうとしているのだから、そこまでは考える必要はないという考えもあると思う。でも、描きたいのが他の兵員たちであるならばなおのこと、彼らが宮部になれなかったその訳を考えなくてはいけないし、だからその意味でも問いは極めて重要性なんですよ。
    そんなこんなで、いちばん大事な核心部分が完全に看過されたまま話は進んでいくわけですから、小説として成立してないんちゃう?と。少なくとも致命的な欠陥だってことは間違いない。
    もしそうと気づかずに看過したのなら作者はあまりにまぬけだし、気づいていながら看過したのなら不誠実にすぎる。僕らだってバカじゃないんだから、そういう手抜きとか不誠実とかはイラっとするわけですよ。読者なめんなよ!ってね。ナイトスクープは大好きなんで、そっちに集中してほしいとこです。

  • 昨年8月広島に、今年8月長崎に行った。
    恥ずかしながら35年生きてきて初めて原爆の歴史に触れた。
    宮崎駿「風立ちぬ」も見た。
    零戦を作った男たちの世界に触れた。
    そして、ついにこの本にたどり着いた。
    零戦に乗って戦った男たちの魂に触れた。

    今ある日本は、たくさんの人々が命がけで守った日本だ。
    なのに、私たちは我がもの顔でこの国に生き、
    この国を汚し、この国を蔑ろにしている。
    愚かなことだ。
    生きたくても生きられなかった人々の犠牲のうえに私たちはいる。
    それを忘れてはならないとこの本は強く訴えてくる。

    今年は戦後68年目。
    戦争体験者の数は減る一方で、増えることはない。
    この本が語り部となり、歴史が語り継がれることを祈りたい。

  • 朝から布団の中で号泣した。今も何て言ったら分からないけれど、読んだ直後の感想が一番正しいから今の内に書いておこうと思う。

    私にとって、戦争というものは本の中にもあったようにどこか遠い話である。「永遠の0」を読んだ今もその感覚は完全に消えない。小学生の頃に、「自分のおじいさんおばあさんに戦争の話を聞こう」という企画があったけれど、「戦争の頃はまだ十代前半で幼かった」と答えてくれた祖父母を思い出し、本に書かれていた「戦争経験者が表舞台からいなくなりつつある」の文章は私にとって重く伸し掛かってくるものがあった。

    日本世界問わず歴史が好きで、歴史に関しては色んな本を今までに読んできたが、近代における戦争について私はほとんど知らない。戦争は苦しい歴史で、救いの無い、見るのが辛い写真が並ぶものとして認識していて、知るのが怖かったというのが正直な理由。特攻も洗脳だったのだろう、と調べもしないで勝手に思っていた。今では恥ずかしく、申し訳ないことに思う。

    今回この本を読んで、今の自分の存在が、自分の過ごす生活が、この時代の多くの犠牲の上に成り立つものなのだと思い知らされた。知らなければならない過去に、初めて知らされた感覚だった。

    何か面白そうな本は無いかと本屋を巡っていて、平積みされて目を引いたこの「永遠の0」。私の知らない戦争が生々しく、鮮明に、宮部久蔵という人物を追っていく形で描かれている。影でしかなかった亡霊がどんどん形を帯び始め、愛おしささえ感じられるようになる書き方は凄い。分厚い本だというのに飲み込まれるように読み進められた。

    登場する健太郎は私と同年代。宮部さんともさほど変わらない。

    生まれてきた人間にとって、「生きたい」という気持ちは本能だと私は思う。だというのに、「死にたくない」と呟けば臆病者扱いにされ、周りに流されずにはいられないあの時代の状況で、それでも生きたい気持ちを貫き続けた宮部さんはどれだけ強い人なのだろう。

    そんな彼の姿が良いようにも悪いようにも多くの人々の中に刻み込まれ、多くの人たちの中で彼は生きられた。だから松乃さんも他の人の中に生きる宮部さんを感じたのかもしれない。

    最初と最後の繋がりにはぞっとせずにはいられなかった。あんな風に、多くの人々が、宮部さんのように家族を想う一人の人間が、生を全うしたのだと思うと涙を浮かべずにはいられない。

    戦争は惨い。それをやめられないのは人間の性なのではないかとも思う。それでも日本軍は愚かだ。何故普通に考えれば分かることが分からなかった。何故降伏しなかった。人の命の価値が、ここまで貶められた時代があったのだと思うと、遣る瀬無さや悔しさや怒りに似た感情に押し潰されそうになる。

    現代に、彼らの望んだ平和が実現しているかは分からないけれど、少なくとも私は幸せに生きている。悩みも辛いことはあっても、両親の愛情の下にここまで育って、毎日笑って、友人とふざけ合って、大学で好きなことを学んでいる。

    私はこれからも生きていきたい。いつかは結婚して子供を産んで、静かに年老いていきたい。そんな考えが当たり前に出てくる。夢も見たい。行ってみたい場所も、やってみたいこともまだまだ沢山ある。明日死ぬなんてことは考えたこともない。けれど、この生きたいという気持ちは、この時代に生きた人々にとって、どれほど強いものだっただろう。

    同じ年代で命を懸けた人々の犠牲の上での今に生きる私。

    知るべきことを教えてくれた作品。
    今の平凡な生活が、掛け替えのない幸せの中にあるのだと教えてくれた作品。
    心から感謝します。ありがとうございました。


    追記:読了後、歴史に詳しい父にこの本について話したら、私の曽祖父とその兄弟が戦死していたことを初めて聞かされ... 続きを読む

  • 何を評価するのかによるとも思うが、この本の評価は高すぎる気がする。

    ワンパターンの回想形式。その間に挟まれる主人公達の反応は、狙い過ぎでチープなことこの上ない興ざめする演出だ。

    戦争をネタにして受けてるだけだろうが小説としての良さも面白さも何一つない。今後この作者の作品を読むことはきっとないだろう。

  • 戦死した祖父の過去を孫の健太郎と姉の慶子が
    明らかにしていく物語。

    知人に出会う度に明らかになる祖父の素顔に驚き、零戦のドッグファイトにハラハラし、泣きながら読み進めた。

    戦争について初めて知ることも多く、戦うことの辛さ、恐怖、悲しみなどが伝わり、自分と同じ歳(若い歳)の人がどんな気持ちで生きていたのかが胸を打った。

    物語では零戦の描写が多く出てくるが、とても躍動感があり、映像を見ているような錯覚に陥る。

    冒頭の「俺は忘れない。あの悪魔のようなゼロを・・」でがっちり心を掴まれ、夢中で一気読みしてしまった。

    非常に感動した作品で戦争の惨事を風化しないためにも、たくさんの人に読んでもらいたい♪

  • 先に待ち受ける圧倒的な死の結末が怖くて、途中何度も読むのをやめようと思った作品です。
    でも、天才ゼロ戦乗りの宮部さんにどうしようもなく惹かれて、、ラストまで泣きながら読みました。

    わたしの祖父もサマールで戦死しました。遺体はおろか、遺骨すらありません。祖母はその後、独身を通し、92歳で逝きました。
    この時代を生きた人たちに敬意を感じずに入られません。私たちも懸命に生きないといけないのです。なぜならば、未来を夢見ることすら許されなかった人たちが、この時代には確かにいたのですから

  • 戦争は残酷だ。
    戦地へ赴く人にとっても、送り出す人にとっても、何ひとつとして良いことはない。
    国家を守るために戦わなければならないことがあるかもしれない。
    けれど、「特攻」という戦略はどんな時代であってもけっして許されることのない戦略だと思う。
    孫の健太郎が宮部を知る人たちを訪ね、当時の宮部のようすや状況を聞く構成になっている。
    それぞれの人たちが語ることによって、宮部のさまざまな顔が見えてくる。
    徐々に浮き彫りになっていく宮部の人となり。
    数多く語られる細かなエピソードの積み重ねが、当時のどうにもならない閉塞した空気をも伝えてくる。
    強烈な印象を残したエピソードがあった。
    戦死したアメリカ兵のポケットに入っていた胸をあらわにした女性の写真。
    日本兵たちが写真を回し見していると、宮部が写真の裏を確かめてから静かにアメリカ兵のポケットに写真を戻す。
    もっと見たい!と思ったのだろうか。戻した写真に手を伸ばそうとした日本兵に対して宮部は声を荒げる。
    そして「愛する夫へ」と書かれていたと辛そうに言うのだ。
    日本兵もアメリカ兵も関係なく、愛する者を本国に残し出征してきているのだ。
    生きて帰ることが叶うかどうかわからない戦場で、写真1枚を胸に戦死していく若者。
    戦争は、誰にたいしても本当に残酷だ。

    「お前が特攻で死んだところで、戦局は変わらない。しかし・・・お前が死ねば、お前の妻の人生は大きく変わる」と諭された谷川。
    そして彼は戦争を生き延びた。
    ようやくたどり着いた村では、穢れたものでも見るように谷川を見、誰も近寄ってはこない。
    陰で「戦犯だ」と言われ、子どもたちからは石を投げられた。
    戦争中には村の英雄だった者が、戦後は一転して村の疫病神に成り果ててしまったのだ。
    どんなに悔しくてもぶつける相手はどこにもいない。

    第二次世界大戦の開戦。
    宣戦布告の手交が遅れ、結果的に卑怯な奇襲になってしまった真珠湾攻撃。
    しかし、当時の駐米大使館員の職務怠慢を責める者はひとりもおらず、戦後も誰ひとり責任を取ってはいない。
    上層部が考え出した「特攻」作戦。
    歴史上に残る非人間的で狂った作戦だったと思う。
    国民の命をないがしろにする国家に未来はない。
    国とはいったい何だろうか。「一億総玉砕」という言葉が終戦間際には使われていたらしい。
    軍部は何を考え、日本にどんな未来を見ていたのだろう。

    平和な時代に育ち、戦争のことを何も知らないままに机上の理論だけで特攻の人たちを「テロリスト」だと言いきるジャーナリスト・高山。
    せめて、少しはその目と耳で取材をしっかりとしてから言ってほしいと思う。
    当時の新聞は大々的に紙面を使い、戦争賛美への素地作りに大きな役割を果たした。
    国民を煽り、ある方向へと誘導していったのは他ならぬ新聞社ではなかったのか。
    当時手紙類には上官の検閲があり、遺書さえも例外ではなかった。
    戦争や軍部に批判的なもの、軍人にあるまじき弱々しい内容は許されなかった。
    だからこそ、遺される者への思いを行間に込めて書いたのだ。
    「喜んで死ぬと書いてあるからといって、本当に喜んで死んだと思っているのか」
    高山の言葉に激怒する武田はその心は高山には届かない。
    「喜んで死を受け入れる気のない者が、わざわざそう書く必要はないでしょう」と切って捨てる。
    思いやりのない人というよりも、想像力・共感力がないのだろう。
    ほんの少しでも当時の状況をきちんと調べる気があったら、死に臨んだ人たちがどんな思いで飛び立っていったか想像してみればわかることだろうに。

    組織の末端にまでくだらないヒエラルキーがあったと言われている日本軍。
    その中で、いったい誰が「特攻などに行きたくない」と言えただろうか。
    そもそも「特攻」のようなものが戦略として認めた時点で、軍の最高幹部たちは指揮官としての資格... 続きを読む

  • 読んだ。

    たまたま会社のそばのtsutayaで、映画の予告編をモニタで流していて、それを見ていたらジーンとして映画を観たくなり、映画を観るなら先に原作を読むか!と、つい乗せられて買った。
    百田尚樹は「錨を上げよ」を読んで、それが素晴らしくよかったし、私の好きな小説のベストテンに入っているし、それはもう本当に胸を打つ小説だ。しかし、「永遠の0」は何となく手が伸びなかった。売れすぎていたからかもしれない。

    読んだらやばかった。
    感動のハンマーがガツンガツンと何度も心を叩くから、涙をこらえるのが大変だった!

    太平洋戦争ってたかだか70年前の出来事なんだよなあ。特攻兵器「桜花」のことは何となく聞いたことがあったけれど、その実態をこの本で初めて知った。自分の無知が恥ずかしい……
    人を人だと思わない、悪夢のような作戦が本当に遂行されていたことに改めて思いを馳せるよいきっかけになった。

  • 百田尚樹の文章は簡潔すぎるし、筋もシンプルで、伏線もひねりもトリックも、これといったものは何もない。
    でも、これだけ見せつけられたら、もう何も言えない。

    特攻のパイロットは天皇陛下万歳の異常な殉教精神をもったテロリストだったのか?
    そんなことはない、と思う。
    戦時中という異常な状況の中でたまたま狂気に陥っていたのか?
    そんなこともないと思う。

    ただ、普通の人間が、必死で生きていると、死ぬことでしか全うできない人生がたくさんあったのだと思う。
    結局、圧倒的な戦争という災禍に比すれば、戦後の思想なんて左翼も右翼もハナッタレの甘えた寝言にしか思えなくなる。
    戦争反対も軍隊礼賛も、のうのうと言ってられたもんではない。
    人間として生きるということはこれほどの力と犠牲が必要になるのだ。

  • 零戦に乗った男の人生と考えを、同僚、部下、上司、妻、様々な観点から捉えていく小説。

    いまの日本企業においても大切な示唆があると思う上に、戦争のことは知っていなければならない点において、いい本。

    感銘を受けた示唆は…

    1.「生き抜く」というひとつの信念を貫いたオトコであっても、捉える人や立場によっては、賛否両論は必ず生まれるという点。

    2. 「生きる」「死ぬ」を真剣に考え抜き、自らで納得させ、行動してきた人達がいたからこそ、今の日本があるという点

    3.信念を貫くことが何を意味し、どんなハードルがあり、それが本当の信念なのか、ゆがんだ信念なのか、理解するのが難しいことがわかる点

    4.日本組織の成り立ちと弊害

  • 宮部さんは小説の登場人物に過ぎませんが、彼と同じように、あの時代を戦った一人一人にそれぞれの人生があり、愛する人や帰りを待つ人がいたのだろうと思うと、胸が張り裂けるようでした。つらい現実を知るのが恐く、日本の歴史から目を背けていた自分を恥ずかしく思いました。考えを改める機会を与えてくれたこの本に感謝しています。

  • 夢中で読破した。
    全日本国民が読んだ方がいい。

  • 久しぶりに星4つをつけました。

    戦争で亡くなった実の祖父の足跡を求めて、かつての祖父の戦友たちを訪ねて歩く姉弟の話。

    中盤を過ぎた辺りから、読むたびに涙を堪えるのが困難になってきました。
    電車の中で読む本じゃない。

    「生きたい」「生きて欲しい」そんな言葉を口にすることも許されなかった軍において、それを口にし、限界まで実践した男の話。
    生への執着が軍部でタブーだったのは、それがいかに叶え難い願いであるかをみんな知っていて、その思いを抱きながら現実に対峙するのがどんなに辛いことかわかっていたからかもしれない、と思いました。

    「命に変えても守る」というのはとてもポピュラーな日本語表現だけど、それは、「自分も守って相手も守る」を諦めている表現だと思います。
    不可能に思えるほど難しいから、不可能だということにしてどちらかをとる。
    自己犠牲よりさらに高次にある選択肢は、選び取るのは本当に難しいし、勇気がいる。
    それを、選んで闘った男の話。

    ふたりに本当の祖父の存在を語ったときのお祖父さんの気持ちを考えると、また涙が出ます。
    記憶を共有してきた妻が亡くなった時、誰かに知っていてほしくてたまらなかったんだろうなぁ…と。


    ただ、戦争賛美の方向にはいってほしくないなと思う。
    軍部の否定も不条理もたくさん描かれているけれど、だからこそ、「あの作戦さえ成功していれば勝てていたかもしれない」「戦士は立派だった」そんな文言は、文字通り受け取られれば恐ろしい言葉だと思う。

    もし日本兵がより美しい作戦を実行していたら、もし判断の誤りがなく勝利していれば、現実はベターなのでしょうか?
    …死ななくてすんだ日本人の数だけ、アメリカ人が亡くなっていただけです。

    空の、一対一の真剣勝負の下では、降り注ぐ爆撃になす術もなく死んでいった人もいます。

    極限での人の輝きは確かにはっとするほど美しいけれど、代償の大きすぎる美ではなく、人を幸せにすることで、今自分がどれだけ美しい人間であれるかを考えたい。

    主人公の選択は、祖父の人生に比べて見劣りすることも些少であることも決してない。
    現代が過去よりくすんでいることもない。「今の若者は」って言うから、若者は自尊心を失っていくんだと思う。
    平和を維持してる今の人たちの方が美しいと思う。

    彼らが渇望をふつふつと滾らせていた平和を、守る強さが美しいと思う。

  • 震えた。
    感動したのか、悲しかったのか、理由はわからない。
    戦争を題材にした小説なのに、泥臭くなく、清く美しいと思った。

    人間一人一人が生きた証、思いが、克明に描かれている。

    どんな言葉を紡いで感想を書けば良いのか、今の未熟な私にはわからない。

    ただ、一つだけ言えるのならば、
    読んで良かった。
    この本に出会えて良かった。

    素直にそう思えます。

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永遠の0 (講談社文庫)の作品紹介

日本軍敗色濃厚ななか、生への執着を臆面もなく口にし、仲間から「卑怯者」とさげすまれたゼロ戦パイロットがいた……。 人生の目標を失いかけていた青年・佐伯健太郎とフリーライターの姉・慶子は、太平洋戦争で戦死した祖父・宮部久蔵のことを調べ始める。
祖父の話は特攻で死んだこと以外何も残されていなかった。 元戦友たちの証言から浮かび上がってきた宮部久蔵の姿は健太郎たちの予想もしないものだった。凄腕を持ちながら、同時に異常なまでに死を恐れ、生に執着する戦闘機乗り……それが祖父だった。
「生きて帰る」という妻との約束にこだわり続けた男は、なぜ特攻に志願したのか?
健太郎と慶子はついに六十年の長きにわたって封印されていた驚愕の事実にたどりつく。

アクションコミックスにて、須本壮一により漫画化される。
映画化も決定。2013年公開予定。

永遠の0 (講談社文庫)の単行本

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