ミノタウロス (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062766517

作品紹介・あらすじ

帝政ロシア崩壊直後の、ウクライナ地方、ミハイロフカ。成り上がり地主の小倅、ヴァシリ・ペトローヴィチは、人を殺して故郷を蹴り出て、同じような流れ者たちと悪の限りを尽くしながら狂奔する。発表されるやいなや嵐のような賞賛を巻き起こしたピカレスクロマンの傑作。第29回吉川英治文学新人賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 圧巻の悪漢小説……という駄洒落。
    このたびのロシアのウクライナ侵攻にかこつけて、積読にしていた本書に手を伸ばしてみた。
    以前ドストエフスキーを読んでいたとき、作中人物の多くがフランスの話をしていて、ロシアはヨーロッパの端っこという意識があるんだなと知った。
    そんなロシアのそのまた隅っこにウクライナが位置して、しかも東ヨーロッパとロシアの間にあるものだから、東西からの引っ張り合いに苦しめられる。
    ロシア革命で帝政ロシアが崩壊したとき、割を食って混沌に陥ったのが、20世紀初頭のウクライナだったというのが本書。

    しかしそんな歴史だとか事実だとか丁寧に書き込むことなく、ただ悪漢が、ごろつき、のらくらが、道徳も倫理もぶっ飛ばしていく。
    大きな歴史の大きさなど考慮に入れず、隅っこのほうで転落しながらどんちゃん騒ぎをしていく。
    というか、倫理を踏み越え……てしまいそうな、人間性を失っ……てしまいそうな、カオスに偶然いてしまった者が、語り手ヴァシリだ。
    この人、頭はいいが根が甘やかされたお坊ちゃん。
    それこそドストエフスキーが描いた(決して富んでいない)地主の小倅で、本来ならロシアのペテルブルグやフランスのパリに遊学して文化を持ち帰る人だったんだろうけれど、否応なく地獄巡りせざるをえなくなった。
    国家や時代の趨勢の中で叩き込まれた地獄巡りの中で、しかし橇、列車、そしてタチャンカ(機関銃を取り付けた無蓋馬車)、複葉機、と乗り換えながらウクライナの平野を行ったり来たりする、その逞しさというか狡さというかヘタレっぷりというかいけ好かなさというか……。
    おそらく本来はこの残酷性こそが人間の本質であって、平和ぶりっこは虚飾、一枚剥がせばこんなものよ、ということか?
    個人的にはあまりの非道さに、痛快! とも思えず、陰惨さに同情、もできず、もやもやが残る読後感。
    もちろんそこに意義があるのだが。
    皆川博子は心底から好きなのに対して、この作者は凄さは判るが手離しで好きと言い切れない、もやもやするけれど中毒になってしまう感じ。
    SNS上での厳しさ・苛烈さ・峻厳さをちらちら見聞きしているのもあるのかもしれない。

    カバーイラストは素敵。
    タチャンカと空と小麦畑と。
    その空は黄昏れ。

  • ピカレスクの語源は悪漢小説。
    この小説の主人公、自由奔放に生きる地主の息子ヴァシリも見事な悪漢です。
    とにかく密度が濃いです。時代設定も二十世紀初頭ロシアという知る人ぞ知る非常にマニアックな選択。
    裕福な地主の次男として生を受けたヴァシリは、成り上がりの父を継ぐことを夢見て農業を学ぶも生来女好きな放蕩癖あり、下宿先の叔父の家の女中や故郷の娘とたびたび関係を持っていた。
    しかしそんなヴァシリの運命はロシアに迫り来る戦火に煽られ風雲急を告げる。

    強盗・強姦なんでもあり。
    人倫を踏み外す行為全般に一切ためらいない主人公の破滅的生き様は凄い。
    殺人や悪事に手を染めても一切心を痛めず自分を貫き生きるさまはいっそ清清しい。
    良心の所在が人間を定義する必須条件ならヴァシリの生き様はけだものさながら自由で獰猛で野蛮。
    常識に束縛されず倫理に唾し欲望に正直に生きるヴァシリはやがて脱走兵のイタリア人少年・ウルリヒと出会い意気投合する。
    このウルリヒがすっごいいいキャラしてるんですよ!
    ニヒルでいながらユーモアセンスに冴えて、飢えと寒さに苛まれたみじめな逆境でも軽口を忘れない。これにフェディコというびびりの少年をくわえ、やがて三人で盗んだ馬車を駆り、略奪と殺戮とどんちゃん騒ぎをくりひろげつつロシアを縦横無尽に奔走する帰るあてなき旅が始まる。
    そんなヴァシリたちのやりたい放題の暴走ぶりを「おいおいそのうち因果応報天罰がくだるぞ…」と眉をひそめ読んでいくと案の定後半で…ラストは言わぬが華ですがああ無情なかんじです。天罰というか人誅のほうでしたが。ヴァシリは自業自得だけどなあ…ウルリヒ…。
    文章の密度もかなり濃い。
    主人公が初めて人を射殺するシーンは比喩の秀逸さに感動しました。
    嗚呼美しい、官能的…ため息。
     
    佐藤賢一さんの「傭兵ピエール」や森博嗣さんの「スカイクロラ」なんかが好きな方にもおすすめです。

  • 希代の物語の語り手、佐藤亜紀の人気作。何よりも構想の巧みさと雄大さに感嘆する。物語はロシア革命の混乱期にあったウクライナを舞台に展開する。しかも、キエフやオデッサならともかく、日本の読者のほとんどが聞いたこともないようなミハイロフカやエリザヴェトグラドといった地が選ばれている。1917年の2月革命から10月革命、そしてソヴィエト連邦の成立と観念的に理解したつもりになってはいても、あれだけ広大なロシアの地。そんなにスムーズに革命が遂行したはずがない。そこに展開する作家の想像力にはただただ驚嘆するばかりだ。

  • 1917年の帝政ロシア崩壊直後のウクライナで、成り上がり地主の次男としてきちんと教育を受けて育ったヴァシリ・ペトローヴィチは、内紛のどさくさの中でどんどん堕落してゆく。当時のウクライナの情勢は複雑すぎてなんともかんとも。とにかくカオスなので、略奪や殺戮、強姦が横行し、主人公はゴロツキ仲間と一緒に数々の悪行に手を染めてゆく。

    彼の仲間はドイツ人脱走兵で飛行機狂いのウルリヒと、小心者だけど要領だけは良いフェディコ。はっきり年齢は書かれていないが全員未成年。彼らはもちろん好き好んで悪党になったわけではなく、そうしなければ生きていけないからそうしているだけでもある反面、本当にまともな人間はどんな状況でもそんなことは出来ないともいえるので、彼らはむしろ、その混沌とした世界でこそ生きる力を発揮できるタイプだったのかもしれない。

    終盤で、人間の形を失っていくことについてヴァシリが考える部分が本書のテーマだろうと思う。半人半獣のミノタウロスのように、彼らは人間とけだものの境界を生きている。友情や恋愛のようなものもうっすらありつつ、しかしそれを美談にしないところが佐藤亜紀は容赦ない。とくにウルリヒの最期の場面。あれで完全にヴァシリは人間の形を保てなくなったのだろう。悪党はもちろん滅びる。生きるために生きること、人間を人間たらしめているものは何なのか、考えさせられる。

  • 陰惨すぎて逆に華やかなような気がする所が好きだった。もう一度買い直して読みたいです。

  • なんだかわからないうちに読み切った。
    面白いかそうでないかもわからない、圧倒的な読後感。
    アゴタ・クリストフの悪童日記をおもいだした。

  • 第一次世界大戦のあった帝政ロシア崩壊直後のウクライナ地方が舞台。
    成金青年が殺人や強盗等の悪事を尽くしながら狂奔する物語。

    どうやらこういった悪者物語はピカレスクロマンとのこと。
    1人称で物語が進み、坊っちゃんだった青年が徐々に変貌していきます。

    主人公の青年は殺人・強盗・強姦等をどんどん行います。
    まさに弱肉強食の地獄で必死に生きようとします。
    っというよりもみんな悪事をするのが当たり前の状況です。

    物語はかなり堅い文章ですが、読みごたえを求める方にお勧めの作品です。

  •  硬い文章が時々読みたくなるのだが、読み始めて後悔するほど硬くて、全然進まない。特に登場人物の名前が覚えられず、最初は前に戻って確認しながら読んでいたが、途中から覚えられないまま読んでいて、その人が死ぬと安心したのだが、回想で名前が出てくると、くうと思った。メモしながら読むべきであった。

     お坊ちゃん育ちの青年の地獄めぐりであった。仁義もなにもなく、仁義があるのは余裕のある時だけ、それでも意地だけはある。現代の世界でも難民の生活や紛争地帯はきっと同様の地獄が存在しているであろうことを思うと心が痛い。

     女性に対してむごい描写や辛辣な表現が多々あるのだが、男性作者が書いたら読めたものでない感じがした。特にマリーナというお姫様みたいな女がひどかった。きっとそういうタイプが嫌いなのだろう。

     田舎者の訛りが新潟弁で面白かった。

  • 舞台はロシア革命後の混乱極まるウクライナの片田舎、主人公は地主の小倅で、教養はあるものの故郷を出奔して悪逆の限りを尽くす転落劇である。

    読み終えて呆然としてしまう。

    この世界は一体なんなのだろうか。このリアリティは何か。この酷い状況はなんだ。(戦争の悲惨さなんて生易しいものではなく、ロシアの大地の広大さと人間の身勝手さに目の前が暗くなる)こんなに胸の悪くなる内容なのに、読み終えて、こんなにも爽快なのはなんでだ。

    どちらを向いても盗みと強姦と人殺し、殺しても殺されてもお互い様というような「のらくろども」の一人である主人公の、時折垣間見える人間らしさが妙に切ない。
    彼は語り手である。だから「粋がってる」「強がってる」「悪ぶってる」だけで根はいいコなんじゃないかと思えてしまうのは、ちらりと描かれる女性たちの彼への眼差しのせいかもしれない。
    待て、これは小説だ。そうだとしたら、なんという二重三重構造なのか! 著者の技量と冷静さに感服というか、もうひれ伏すしかない。

  • ロシア革命を背景とした、不良少年の転落話。
    と云ってしまうと身も蓋も無いのですが、
    文章が大変巧みで、それだけで最後まで引っ張られて
    しまったと言っても良いです。
    殆ど改行しない、行間を読めとか云う下らない装飾も無し。
    ギッチリ詰まった日本語がとても美味しゅうございました。
    ストーリーはタイトルのミノタウロス通りとして、
    それでも中盤のシチェルパートフとの遣り取りは
    心臓にギュッと来るものがありました…
    ラストはあっさりした物という印象ですが、
    その湿った世界観と云うか、臭いから抜け出すのに
    暫く時間がかかりそうです。

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著者プロフィール

1962年、新潟に生まれる。1991年『バルタザールの遍歴』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。2002年『天使』で芸術選奨新人賞を、2007年刊行『ミノタウロス』は吉川英治文学新人賞を受賞した。著書に『鏡の影』『モンティニーの狼男爵』『雲雀』『激しく、速やかな死』『醜聞の作法』『金の仔牛』『吸血鬼』などがある。

「2022年 『吸血鬼』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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