ミノタウロス (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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感想 : 58
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  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062766517

感想・レビュー・書評

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  • 陰惨すぎて逆に華やかなような気がする所が好きだった。もう一度買い直して読みたいです。

  • 舞台はロシア革命後の混乱極まるウクライナの片田舎、主人公は地主の小倅で、教養はあるものの故郷を出奔して悪逆の限りを尽くす転落劇である。

    読み終えて呆然としてしまう。

    この世界は一体なんなのだろうか。このリアリティは何か。この酷い状況はなんだ。(戦争の悲惨さなんて生易しいものではなく、ロシアの大地の広大さと人間の身勝手さに目の前が暗くなる)こんなに胸の悪くなる内容なのに、読み終えて、こんなにも爽快なのはなんでだ。

    どちらを向いても盗みと強姦と人殺し、殺しても殺されてもお互い様というような「のらくろども」の一人である主人公の、時折垣間見える人間らしさが妙に切ない。
    彼は語り手である。だから「粋がってる」「強がってる」「悪ぶってる」だけで根はいいコなんじゃないかと思えてしまうのは、ちらりと描かれる女性たちの彼への眼差しのせいかもしれない。
    待て、これは小説だ。そうだとしたら、なんという二重三重構造なのか! 著者の技量と冷静さに感服というか、もうひれ伏すしかない。

  • 人間の中に潜む怪物が混乱期のロシアの荒れ地を駆け巡る。暴力と狂気は哀しみを孕む。救いのない破滅へと突き進む主人公ヴァシリ・ペトローヴィチの無目的な生の衝動が淡々と描かれる。

    二月革命の後、成金農場主の次男であるぼくは盗賊のグラバクの恨みを買って、自分を裏切った実の父親シチェルパートフを射殺し逃亡する。
    逃亡生活を始めるとすぐドイツ兵のウルリヒ、馬を操るのが上手いフェディコという仲間を得る。クラフチェンコという頭目に懸かる五百ルーブリの賞金を狙うが、クラフチェンコ一味の列車強盗に遭い、仲間に紛れ込む。しかしそこから機関銃付きの馬車(タチャンカ)を奪い三人は逃亡。殺戮と略奪の日々が始まる。

     ぼくはいつの間にか微笑んでいたらしい。
     妙な奴だな、とウルリヒは言った。何がそんなに嬉しいんだ。こっちの取り分を想像しているのだとぼくは答えたが、そうではなかった。ぼくは美しいものを目にしていたのだーー人間と人間がお互いを獣のように追い回し、躊躇いもなく撃ち殺し、蹴り付けても動かない死体に変えるのは、川から霧が漂い上がるキエフの夕暮れと同じくらい、日が昇っても虫の声が聞こえるだけで全てが死に絶えたように静かなミハイロフカの夜明けと同じくらい美しい。半狂乱の男たちが半狂乱の男たちに襲い掛かり、馬の蹄に掛け、弾が尽きると段平を振り回し、勝ち誇って負傷者の頭をぶち抜きながら略奪に興じるのは、狼の群れが鹿を襲って食い殺すのと同じくらい美しい。殺戮が?それも少しはある。それ以上に美しいのは、単純な力が単純に行使されることであり、それが何の制約もなしに行われることだ。こんなに単純な、こんなに簡単な、こんなに自然なことが、何だって今まで起らずに来たのだろう。誰だって銃さえあれば誰かの頭をぶち抜けるのに、徒党を組めば別の徒党をぶちのめし、血祭りに上げることが出来るのに、これほど自然で単純で簡単なことが、何故起こらずに来たのだろう。(p.182) 

    赤軍から複葉機を奪うがクラフチェンコの手下になったグラバクに捕まり、盗賊の仲間入りをする。ある村を襲ったときウルリヒが一人の娘に恋をするが、グラバクの手下が彼女を撃ち殺してしまう。ぼくはグラバクに反旗を翻す。ウルリヒの操る飛行機から馬上のグラバクを射撃して殺す。屋敷に帰るとフェディコは馬車で逃げたあとだった。しかし間もなくクラフチェンコに捕らわれ、ぼくとウルリヒは生き残りを賭けて殺し合わされる。ぼくはウルリヒを刺し殺す。

     人間を人間の格好にさせておくものが何か、ぼくは時々考えることがあった。それがなくなれば定かな形もなくなり、器に流し込まれるままに流し込まれた形になり、更にそこから流れ出して別の形になるのをーーごろつきどもからさえ唾を吐き掛けられ、最低の奴だと罵られてもへらへら笑って後を付いて行き、殺せと言われれば老人でも子供でも殺し、やれと言われれば衆人環視の前でも平気でやり、重宝がられせせら笑われ忌み嫌われる存在になるのを辛うじて食い止めているのは何か。サヴァが死んだ時、ぼくはその一線を跨ぎ越しながら、それでもまだ辛うじて二本の脚で立っていた。屋敷とミハイロフカがーー兄やオトレーシコフ大尉がーー誰よりシチェルパートフが、ぼくを全面的な溶解から救っていたのだ。ぼくはまだ人間であるかのように扱われ、だから人間であるかのように振る舞った。それを一つずつ剥ぎ取られ、最後の一つを自分で引き剥がした後も、ぼくは人間のふりをして立っていた。数え切れないくらいの略奪と数を数えることさえしなくなった人殺しの後も、人を殺して身ぐるみを剥ぎ、機銃と手投弾で襲って報酬を得ることを覚えても、ぼくはまだ人間のような顔をしていることができた。ぼくだけではない。ウルリヒが飛行機を奪うために飛行士を躊躇なく撃ち殺したことを、ぼくは覚えている。フェディコは生き延びるためならぼくたちを売るのを躊躇ったことがない。ぶち壊れた殺人狂と、最低限の信義さえないどん百姓だ。それでも、ぼくたちはまるで人間のような顔をして生きてきた。
     そしてこの通り、ウルリヒは死に、マリーナにせせら笑われて放り出されたぼくは、人間の格好をしていない。(pp.269-270)

    クラフチェンコを川岸の倉庫で待ち伏せし、フェディコが隠し持っていた機関銃で狙撃する。岸壁を死体だらけにしたが、クラフチェンコの手下が倉庫に乗り込み、ぼくに二発の銃弾を撃ち込む。ぼくの作った血溜まりを踏みつけた男は、犬の糞でも踏んだように、靴の裏を床に擦り付ける。

  • これも方々で絶賛されているので。あと、佐藤亜紀作品をとりあえずどれか読んでみないと、ってことで。そもそも舞台設定がロシア方面だからではあるんだけど、まるで外文を読んでいるような荘厳な語り。会話も地の文のまま、物語はひたすらに突き進む。凄惨なバトルシーンも織り交ぜて、敵味方問わず、どんどん死んでいく。あとどうしても触れておきたいのが、装丁の美しさ。この表紙、素晴らしいです。内容ともバッチリ合っていて、本作の魅力を存分に伝えてくれている。凄い作品でした。

  • ミノモンタは何処に行ったのであろうか?ってのは激しくどうでも良かったりする。

    こんな意味不明なギャグなどどうとでも良くなるくらいのリアリティーのある話。典型的にはかなりご都合主義的な部分も見られるが、それであったとしても違和感なく読み進むことが出来る。

    かなり暗い話でモラルも酷いものでありながらも、不思議に主人公に共感でき世界観に引き寄せられる。

    ラストは破滅的に進んでしまうのはある意味仕方がないとは思いつつも、若干の安易さが感じられて少し残念。

    それでも、作者が言うだけの力を持った作品だと感じられる。

  • 第1次世界大戦のウクライナをこれでもかもリアルに描いた小説。戦争まっしぐらの現代と照らし合わせて、いかに人が、同じことを繰り返しているだけなのかを感じた。

著者プロフィール

1962年、新潟に生まれる。1991年『バルタザールの遍歴』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。2002年『天使』で芸術選奨新人賞を、2007年刊行『ミノタウロス』は吉川英治文学新人賞を受賞した。著書に『鏡の影』『モンティニーの狼男爵』『雲雀』『激しく、速やかな死』『醜聞の作法』『金の仔牛』『吸血鬼』などがある。

「2022年 『吸血鬼』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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