十字架 (講談社文庫)

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著者 : 重松清
  • 講談社 (2012年12月14日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062774413

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十字架 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

  • いじめ自殺の話というより、後日談。誰かの死がそのときはすごくショックでも、それをだんだん忘れている自分に気づいて驚く。私は大切な人を亡くしたことはないけど、ペットのインコを死なせた時を思い出した。動物一匹死んだのに、私たちは笑っていいのか。美味しい食べ物を味わってもいいのか。でも今となっては、ただの遠い思い出になった。ユウくんや中川さんの場合は遺書に名前を書かれ、加えてフジシュンを見殺しにしてしまったという事実、罪悪感があるから、忘れて、完全に思い出にする訳にはいかないんだ。一生、十字架を背負って生きていかなければならない。前半は重い気持ちで読んだが、後半は寂しいような悲しいような気持ちで読んだ。

  • 何年かぶりの再読。いじめによる自殺というテーマ故、始めから終わりまで明るい要素はひとつもなくひたすら重い。自殺したフジシュンの遺書に名前が書かれていた為にその後ずっと十字架を背負うことになってしまった裕と小百合。フジシュンの両親とライターの田原の言葉がなければ二人がここまで苦しむ事はなかったと思うとまだ中学生だった二人が可哀想だが、この二人だから逃げなかったんだろうな… フジシュンは裕を一方的に親友だと思っていたが、最後は本当の親友になれたんだと思う。

  • ある日クラスメイトが自殺。その遺書に、親友として主人公の名前が書かれるが、主人公にその意識はない。自殺したクラスメイトの「親友」として、主人公は20年以上にわたって「十字架」を背負うことになる。

    いじめが誰かのみんな人生を変えることはまちがいなくて、殺人であるとも思う。
    だけど、なぜいじめはなくならないのか?

    人が死んだことを向き合わなければならない。例えそれが辛くても。人生をかえてしまっても。動揺するのが当たり前には、頭を殴られた気がした。
    ケンカしていた酔っ払いを私に止めることはできただろうか。
    子供が、亡くなった母親の肩を抱けるだろうか。

    被害者も加害者も少しづつフジシュンのことを忘れていく。
    それでも、加害者が許されることは絶対にないことを忘れてはいけない

  • 読後にずっしりと重い気持ちになる一冊だった。
    まさしく『十字架』

    登場人物それぞれの立場になって考えると、心が苦しくて苦しくて堪らなくなった。
    そして、どうにもならない苛立ちも覚えた。
    最後まで読んでも、やはり息苦しかった。

    なんで?どうして?どうすれば?
    ずっと考えながら読み進めたけれど、結論が出るのはずっと先になりそうな気がする。
    もしかしたら、死ぬまで出ないかもしれない。

    学生はもちろんのこと、かつて学生だった大人、子供を持つ親は是非読んで、それぞれ考えて欲しいと思う。

  • ここ最近の重松さん本はすべてそうですが、この本も重松さん好きの友人が貸してくれたものです。
    「いじめ」により自殺をした子どもをテーマに扱ったこの本は、とても、とても重かったです。

    親として読むか、子として読むかでも捉え方が随分違うであろうこの本は、核となる事柄があり、4年の歳月を経て小説化したものだそうです。

    「いじめ」は、いじめる側にも、いじめられる側にも焦点がいきますが、この本は「いじめで自殺した子の家族」と「ただ見ていただけの(見殺しにした)クラスメイト」に焦点が当てられています。

    見ていただけの人が何かアクションを起こしてくれたら、先生が気付いてくれたら、そうすればもっと違った結果になったのに。
    それは確かに事実かもしれませんが、最近私はこうしたクラスメイトに罪はないのではないか、と思うようになってきました。というのは、なんの責任も負えない立場で、もし何かアクションを起こしてさらに自体が悪化したら?もし自分にも飛び火がきたら?
    例えば庇ったことでそれまで張り詰めていたその子の心が折れてしまうこともあるかもしれない。先生に伝えたところで、本人が「大丈夫です」と言ったら教師だってそれ以上は踏み込めない。

    そもそも、本人から親や担任の先生等の自分をよく知る保護者に伝えるというのはいじめられてる側にとっては相当にしんどいことだと思います。だからこそ、まずは保健室の先生だったり、文部科学省が提示しているようないじめ相談の窓口が相談窓口になるんだということをもっと周知すべきなのかもしれませんね。

    1人が自殺をすると、そのことによって周りの4、5人が自殺を考えると言われるいる程自殺は影響の大きいものです。
    実際本書にも登場する自殺をした子の家族は、まるで時間が止まってしまったかのような苦しい時間を過ごしていました。自殺や他殺などは本当に多くの人に十字架を背負わせる行為だと改めて感じました。それは本当に重たい。

    「人間って、死にたくなるほどつらい目に遭ったときに絶望するのかな。それとも、死にたくなるほどつらい目に遭って、それを誰にも助けてもらえないときに、絶望するのかな」という問いかけが本書にはありますが、私はどちらでもないと思っていて、「もう希望なんてない」と深く実感してしまった時に人は絶望するんだと思います。すなわち、この先何もいいことなんてない、と思ってしまったとき。

    覚悟して読んだものの、やっぱりこの重さに引きずりこまれて苦しかったです。いじめる程気に入らないなら関わらなければいい、とはいえその人を無視する空気がクラス全体でできあがるのも「いじめ」だろうし、逃げられない(と思われている)学校という環境で無理に過ごさなくてもいい社会、選択肢のある社会にならないといじめはなくならないのではないか、なんていう風に思いました。

  • いろんな人がいる。思いがある。
    人を描く、ということのエネルギーがすごい作品。

    真田くん、中川さん、フジシュン、あの人、フジシュンのお母さん、ケンちゃん、田原さん、堺、三島のお母さん…。いろいろ。

    最初に読んで、一番気持ちが揺れたのは。
    大学生になって、田原さんに連れられて行った、交差点のお地蔵さまのシーン。
    自分でも不思議ではある。
    けど、ほら、油断するとすぐに自分たちの物語のことばかり考えてる自分がいる。
    それぞれの人の人生がある。自転車のお母さんの思いがある。
    エジプトでは気球が爆発してる。
    そういうことに無関心でいすぎる。

    そうと思えば、ユウとサユの関係に引き戻され、心が動く。

    そこから先は、胸が詰まる思いになったり、胸がすく思いがしたり。
    『胸の奥に降り注ぐような涙』という表現は、わかったような、そうでないような。もっと考えてみないと。

    田原さんが言うように、動揺して、悩んで、苦しんで、ということをしないと。
    そこから逃げていてはダメ。子どもたちが、じゃなくて自分が。

    思うままに感想を書いてきたら、あまりにもまとまりがない。すいません。


    34才になった真田くんの気持ちや思いは、本当にはわかっていないのかもな。
    また、読もう。

  • 虐めが原因で自殺した少年の遺書に親友と名指し感謝された少年の言葉で語られる、「十字架」を背負わされたその後の話。

    遺書に書かれたのは、この少年の他に、虐めの中心人物二人、思いを寄せていた少女一人の名。
    自殺した少年が何を思い、遺書に四人の名をかいたかは本人しかわからないが、親友と書かれた少年と少女は、自殺した少年の事を忘れられない。

    心情を、成長した姿を、折りにに触れ思い出し、問い掛ける。答は出ることはないが…

    自殺した少年の両親の様子や心情がリアルに伝わり、苦しい。

    十字架を「背負わされた」から「背負っていく」覚悟まで人はどれだけの道程が必要なのだろうか…

  • フジシュンが書いた遺書で人生が変わってしまったユウとサユ、なぜか遺書に名前を書かれなかった堺。
    フジシュンの遺書によって、重い十字架を背負わされたユウとサユは何年たってもフジシュンの事は忘れることはできない―

    遺書に名前をかかれなければ、二人も皆とクラスの子とおなじだけの悲しみですんだはずなのに…

    数年たってそんなこともあったなーくらいだったのに、

    なぜフジシュンがあんな遺書を残して死んでしまったのかは、誰も知ることはできない。

    よりによって自分の誕生日がフジシュンの命日になってしまったサユは気の毒だった。

    誕生日がくるたびに、フジシュンの事を思いだしてしまい、自分が最後に冷たい態度をとってしまった事を、悔やんでも悔やんでも悔やみきれないほど、責任を感じてるサユ。

    その事を高校三年生の春まで、自分の胸にめてつづけていた

    サユの苦しみは、フジシュンの自殺によって生まれたものだけど、フジシュンは果して、そこまで考えて、遺書にサユの名前をかいたのだろうか、いや多分ここまでは考えてはいないだろう…

    この小説で久しぶりにいじめについて考えた
    最近では大津の事件だったりあったけど、いじめはいつの時代もなくならない…

  • 主人公の立場に立たされた時に、私は、
    裕や、中川さんのように、そこまで、誠実に、
    自分の生涯をかけて、残された家族に向き合えるだろうか、と思った。
    許さない人と、許されないままに付き合い続ける。
    なんて苦しいことなんだろう。
    私は、いじめたことも、いじめられたこともある。
    加害者として、罪の意識にさいなまれたこともあったし、
    被害者として、復讐心や、憎しみに心を染めることもあった。
    幸いなことに、大事にならずに済んだ。
    私が、いじめた人が自殺することはなかったし、
    私が、自殺することもなかった。
    年を経て、自分が、人を傷つけるようなことを
    好まなくなり、人を傷つけるような人を遠ざける術も
    学んだ。
    私は、大きく道を踏み外すことは恐らくないかもしれない。
    だから、40半ばで少しホッとしている。
    この本を読んで、いじめなどと言う虚しい行為を
    しない、と選択する子供たちが増えるといいな、
    と望んでいる。

  • 重くて重くて、考えさせらる作品だった。中学生のいじめ自殺をテーマとした作品だが、途中から「罪を背負う」ということに向き合うことに主眼が置かれた気がする。

  • 2016/01/23
    重い。人の人生とは、命とは、こんなにも重い。
    でも、そういうことが小学生や中学生にはわからないから、(頭ではわかってても、実感として理解するのはきっとすごく難しい)この時期の子ども達はとても残酷なんだろう。
    そんな中学生達に、ぜひ読んでほしい。
    そして、いつか親になった私がまたこの本を読む時、どんな気持ちで読むのだろう。

  • 中二でいじめを苦に自殺したフジシュン。遺書には「ありがとう」「ゆるさない」「ごめんなさい」の3つの思いと、四人の同級生の名前が書かれていた。「ありがとう」と書かれた真田と「ごめんなさい」と書かれた小百合がフジシュンの家族との交流を通じ、悩み、苦しみながら成長していく20年間の物語。いじめについて深く考えさせられる内容でした。いじめを無くす事は困難だと思います。しかし、この本を読めば、少なくとも加害者になることはないのでは。いじめをしている子供達には、十字架を背負う前に気付いてほしいものです。

  • 2月に映画上映予定で、最近好きな木村文乃さんが主演ということで

    ちょっと熱が上がってきた3日に一気読みしてしまった本。



    後半は読みながらボロボロ泣いてしまった。

    限りある人間関係ですが、とにかく薦めまくりました。



    自分の娘たちをいじめの被害者にも加害者にもそして傍観者にも

    絶対にしたくない!

    取り返しのつかないこと、それはやはり人の命なのだと感じました。



    3学期の始まりにまた中学生の自殺のニュースが新聞に載り

    自分の住んでいるところからも近かった。

    親として胸が締め付けられる思いがある。



    学校へ笑顔で通ってくれるだけで○

    あらためて思った。

  • 子供をいじめによる自殺で失う家族の切ない物語。両親、兄弟、同級生それぞれに思いを背負って生きていく姿が涙溢れる物語として綴られている。私は両親も子供もいる。子供としての立場、親としての立場、両方の思いが本当によく心にしみた。いじめはいけない、わかっていても本当に見て見ぬ振りではなく、立ち向えるのか、考えさせられた。 重松清さんの作品は、涙腺を潤わす物語が素晴らしい。

  • 一つ一つの感情の襞の動きや人生というものにおける真理なんかを紡ぎ出している言葉や表現が、重く心に深く刺さって、ずっしりと覆い被さるけど、背中に乗せて一つとなって歩いていかないといけないのだというものばかりだと感じた。どう映像化されるか楽しみ。

  • 疲れてるなーって時によく読む重松 清の本。
    家族の話を読むことが多いけど、本屋で積んであった十字架というタイトルを買ってみた。
    学校のイジメで自殺した中学生。
    遺書に名前があったことで重い十字架を背負った同級生と残された遺族の話。
    登場人物の人生が大きく変わってしまう中、最後はそれぞれが、新しい一歩を踏み出せたのは救われた。
    久しぶりに読みながら目を真っ赤にした結末でした。

  • 同級生、フジシュンがいじめを苦に自殺し、遺書に親友でもないのと思ってるのに親友と書かれた子の話。
    親友と書かれたのにいじめを辞めさせず周りから責められ、フジシュンのことを背負いながら成長していく。
    遺書に名前を書かれたことによって、その他大勢のクラスメイトとも違う僕に与えられた責任。
    きっとこの物語の僕のように、一生そのことを背負っていくんだろうな。
    そうならないために、この本を若い子達に読んでもらいたい。

  • 大野さらささんが好きな本。
    終わりに納得できたら本読み。

  • 書店で手にとって「読もうか、読むまいか」悩んだ。
    読む前からつらい話だとわかっていて、それでも読もうと思ったのは重松さんの本だからかもしれない。いじめ自殺は家族、友人それぞれにつらい十字架を背負わせる。振り返れば振り返るほどつらく、後悔し、いつも時間が戻ってしまう。それに耐えてなんとか未来へ希望を探そうとする人たち、加害者、被害者、見殺しにした人達のその後の苦悩が描かれていて確かに読んでいてつらいが、何か救いを求める為に読み続けた。

  • いじめられているのをただ黙って見ているだけ。いじめている張本人は当然罪ですが見ているだけで止めなかった事も罪。自分たちの時代には正直身に覚えがある。自殺まで至らなかったから何もなかったが、もしその子が自殺していたら。読んでいてとても身につまされました。

  • 2015.8.19読了
    死について。生きてると忘れてしまうって仕方ないことだし、よくセリフで一生忘れないって言葉があるけど、無理なのかな。
    主人公はフジシュンのことをたまに思い出していたけど、一生忘れないってセリフよりも重みのある人生を過ごしたんじゃないかなと思った。
    死から立ち直ることは出来ない、後悔しないで生きることの難しさ、誰が悪いんだろうか…
    フジシュンのような人をもう二度と出さない、っていう意識は主人公に生まれたかもしれないけど、そう感じる人は皆が皆感じるわけじゃないよね。難しい。

  • いじめられて亡くなったフジシュンを見殺しにした親友のユウくん。片想いされてたサユちゃん。あのひとと、フジシュンのお母さんと、ケンちゃん。みんなの背負ってた十字架が重過ぎる。

    許されたかった。
    許したかった。
    背負った十字架は重い。

    見殺しにするということは。
    気付けなかったということは。

    みんなフジシュンに許されたかった。
    死んでいった者と遺された者。

    立ち直りたくなかった。
    立ち直らせたかった。

    支える者と支えられる者。


    親友と呼ばれた理由。

    それがわかった瞬間、心からこみあがってきたのは、寂しさだったのか、愛しさだったのか。自分でもわからないや。
    フジシュンが死を選んだ事実は変わらない。けど、フジシュンはユウくんに心で救われてたのかなって思った。

    それでも、自ら死を選んでいい理由なんて何もない。これだけの人に重い重い十字架を背負わせることになる。自分の好きな人達を、これだけ苦しめ続けることになる。

    フジシュン。

    生きて森の墓地に行くことも出来たんだよ。

  • ナイフで刺された時は刺された瞬間だけなの。
    十字架の言葉は背負わなくちゃいけないの。生きている限り背負いつづけなきゃいけないの。

    傍観者の自責の念について。

    寂しいってのは相手がそばにいないのではなく、そばにいない相手が自分が思うほどに自分のことを思ってくれてないからじゃないかな

  • またもやいじめ。親は子どもが学校でどのように過ごしているかは分からない。子どものことばを信じるしかない。先生の言うことを信用するしかない。だから心配である。我が家の長男も無事中学1年生となった。私は仕事が遅いので、普段は子どもとの会話は一切できない。休みの日にまとめて聴くくらい。それでも日々気になるので、いちいち母親から聴き出す。中学生にはなるが、まだまだ幼いところがあり、何でも母親に話をしているようだ。新しい友達ができただの、社会の先生がこんなおもしろいことを言っていただの、通学の電車の中で何があったかだの・・・。それを聴くのが、日々楽しみでもある。けれど、知り得るのはそれだけ。その向こうに何があるのか、いじめられていないか、逆にいじめていないか、いやな思いはしていないか、あるいは恋はしているのだろうか・・・などと、ついつい思いをめぐらせてしまう。親ばかだろうか。そんなことはない。どの親も同じなのだと思う。本書を読んで、親の気持ちを、あらためて考えさせられました。

  • これでもかと言わんばかりにまで救われない設定。自殺した級友に、図らずも親友と遺書で書かれた主人公。ナイフの言葉と十字架の言葉。私たちは重たい荷物を背負っているのではない。重たい荷物と一緒になって歩いているのだ。書かれない苦悩。掘り下げない鬱屈。だから私たちはそこを覗かずにはいられない。そんな書き方ってすごい。あっさりしたものを食べることで、うわーこってりしたもの食べたいなぁーって思わせる感じ。いや、ちょっと違うな…。とにかく全て書くこと、書けることが必ずしも正解ではない。書けるにこしたことはないだろうけど、書かないことだって武器になる。書けないことも個性になるかもしれないよ。思うことと表現することは雲泥の差がある。うわ、レビューにならんかった…。

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あいつの人生が終わり、僕たちの長い旅が始まった。人気作家が大きな覚悟をもって書き下ろした、最高傑作!

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