現代霊性論 (講談社文庫)

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著者 : 内田樹 釈徹宗
  • 講談社 (2013年4月12日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062775168

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現代霊性論 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 現代霊性論
    内田樹25冊目

    霊性というものが科学的なものかどうかは一旦“判断を停止”して、人々に現象として与えている影響等を分析する現象学的なアプローチから、宗教や共同体の慣習について論議している。死に対する態度というものは往々にして世界でも普遍的な要素が多く、面白い。
    ・墓について:西洋では身心二元論が一般的であるが、アジアでも儒教では身心二元論的な考え方をしていて、死後も魂のよりどころとして位牌が作られる文化があった。それが日本に通じて、墓が作られる。場が持つエネルギーについても面白い。繁華街というものはもともと霊的なエネルギーが強すぎる為、人が住まないことを理由に市場としての役割を与えられたところ。また、河原も元は死体の集積所であったために霊的エネルギーは強い。
    ・名づけることは呪うこと。これは面白い。名前を付けるという行為が、縛りをもたらす効果について。確かに「何々病」とつけると途端にそのような症状が出てくることはよくある。寝ながら学べる構造主義でのソシュールの項では、西洋には「肩がこる」という言葉が存在しないため、肩がこらないという話があったが、その話もこの類だろう。また、明治時代に苗字帯刀というムーブメントがあったが、これは今まで個人としての名前が重要視されなかった村社会から、国家と一対一対応の紐帯(ある種の呪い)が結ばれた瞬間であるという。さらな、かつて名前を他人に知られることを忌む文化があり、官職や地名で呼ぶことが多かったのも、名前を知られると呪いをかけられるという通念からである。漫画デスノートも「名前を書かれたら死ぬ」ノートであり、本質的には呪いである。

    ・宗教ブームの構造分析だが、オウム真理教は内部に整然としたヒエラルキーを作ったことによって、「表」の社会で思うように昇進できない人々を包摂した。信者は徐々に上がっていくランクに満足感を抱き、そちらに嵌まっていく。ラーメン二郎を愛好する人々には宗教的なまでに厳格なルール(早く、無言で食べることや残さないこと)があるが、「表」の世界ではデブ等の罵声を浴びる人が、ジロリアン内で共有される価値観では奨励され、二郎の世界に嵌まっていくのかもしれない(単純にうまいというのも理由だが)

  • 内田樹と釈徹宗が 現代の霊性(宗教性)について語った本。表紙 井上雄彦 (バカボンド 柳生石舟斎)

    命題「現代の出来事について宗教的意味を考える」
    宗教の本来的役割「宗教は この世界の外部を設定することによって 解決不能な苦悩を引き受ける」

    *占い、霊能者、スピリチャルのブーム=呪術化
    都市は 土俗の宗教性がない→呪術化がおこる→呪術化は 来世など 日常の外部を重視する→日常を軽視する→呪術に振り回される

    *靖国問題、カルト宗教
    現代人や政治家は 宗教を 利益を得るため 道具的に使う傾向があり、宗教の本来的役割と異なる
    体系のない 新興宗教は リミッターがきかない


  • 【目次】
    目次 [003-007]
    文庫版のためのまえがき(二〇一三年三月 内田樹) [011-017]

    第一章 霊って何だろう? 019
    神さまや幽霊については現象学的アヲローチが有効です/WHOによる霊性への取り組み/日本の祖霊信仰と死生観の変遷/地名と「場の力」/繁華街の多くは霊的スポット?/身体感度を鈍くする現代人

    第二章 名前は呪い? 047
    名づけることは呪うこと/霊に個性はあるのか/名前の持つ力/男女共同参画社会の欺隔/「自明の前提」を系譜的に考えてみる/「葬式をやらない」は許されない

    第三章 シャーマン、霊能者、カウンセラー ――民間宗教者のお仕事 077
    供養とは故人のふるまいを繰り返すこと/コミュニケーションの三タイプ/大衆の生活に入り込んでいた民間宗教者/名医とシャーマニズム医療

    第四章 スピリチュアル・ブームの正体 095
    都市ほど占いが流行る/宗教の本質と「魔境」/メジャー宗教の裏バージョン/「ハレ・ケ・ケガレ」の三態/「ハレの常態化」とその危険/ポスト新宗教とナショナリズム/危険な宗教の「つまみ食い」/オウム真理教はマジだからああなった

    第五章 日本の宗教性はメタ宗教にあり 129
    大本を作った出口王仁三郎/鈴木大拙が考えた霊性/コナン・ドイルとスピリチュアリズム/宗教と国家権力/シャーロック・ホームズの推理法/村上春樹の作品に見る霊的な説話/本物の哲学者は幽霊の話をする?/ポスト新宗教に影響を与えた「神智学協会」/アメリカの宗教性の変遷/ヨーガ、スピリチュァル・ケアから『死ぬ瞬間』まで/日本独自の「スピリチュアル・コンベンション」

    第六章 第三期・宗教ブーム―― 一九七五年起源説 167
    日本に三度あった宗教ブーム/カルトかどうかのチェック・ポイント/宗教が持つ三つの特徴/一九七五年という分岐点/新入社員のボーナスが五百万円だった時代/カウンセラーは信用できない/閉じた教団には要注意

    第七章 靖國問題で考える「政治と宗教」 195
    首相の靖國参拝に反対する理由/高橋哲哉と小林よしのりの共通性/死者を正しく祀らないと崇る/「死者の声が聞こえる」という傲慢/宗教を道具化する靖國問題/靖國神社に求められる覚悟/世俗と宗教を分離するイスラム/国民国家は新しい概念

    第八章 宗教の本質は儀礼にあり 221
    ユダヤ教が繋いだユダヤ人の民族性/イスラムにおける「ラマダーン」の絆/宗教と一流詐欺師の共通点/「お悔やみ」の難しさ/「共食」と「個(孤)食」

    第九章 宗教とタブー 243
    「いただきます」は宗教行為か?/「お清めの塩」の問題/生き物から食べ物への移行/儀礼が軽視されてきた近代社会/「お経はわからないから、ありがたい」場合もある/儀礼の持つ「裏の顔」/インドには泥棒のカーストがある/だんじり祭の美意識/タブーとしての「豚食」/事件は橋の上で起こっている/クロスロードは異界へのドア/起源が言えないのが儀礼

    質問の時間 278

    おわりに(釈徹宗) [322-327]
    図表「おもな新宗教・ポスト新宗教の推移」 [114-117]

  • WHOが霊性を憲章に盛り込んだ的な話は良く目にしてたけど、結局欧米の反対で否決されたっていう後日談は知らなかった。
    あとポリティカルコレクトネス的な葬儀場でのお清め塩配布無しの配慮に内田が怒ってたのに対して、浄土真宗の釈がむしろ、浄土真宗も死は穢れではないという本来の仏教の立場から塩はやめましょうとな立場という話を持ち出した所が面白かった。

  • 釈先生の議論が冴えてます。

  • 本書は二〇一〇年二月に講談社より刊行された単行本を加筆したものです。

  • 宗教だとか霊性だとかっていうのはよくわからないけど、どっかでいろんな大切なこととつながっているんやろうなぁ、ということを思った。
    このお二人が本書のなかでしゃべっていることも、人間にとってとても大切な作法のはず、なんやと思う。

  • 面白かった。
    真に宗教的な人間は宗教団体から勧誘は受けないそうである。
    宗教的であっても宗教団体に属せない人間がスピリチュアルに行くというのは本当だと思う。

    村上春樹氏が世界中で読まれていることにちょっと触れて、世界文学になるような作品は「どうすればいいかわからないときに、どうすればいいか」という難問を扱っている・・とのこと。
    へーそうなの!と単純に驚いたが、そういえばそうかな?
    御二方の闊達な考察に刺激を受ける。
    靖国神社の問題も、もう少し自分の中で整理してみたい。
    (本当は日本のマスコミが、毎年騒ぎたてるからややこしいことになっただけだと思うけど。)

  • 全体的に興味深く読めました。
    従来の宗教と新興宗教の考え方の違いやら、スピリチュアル系列の思想団体とか、わかりやすく話されていますね。
    思想家の方がちょっと自分の意見を押しつけ気味なところがありますが、ま、それが思想家ってことでしょうか。
    住職さんの方の話とバランスをとりながら読んで、何とか中立って感じ。
    新興宗教とかにはしるぐらいなら、こっちを読んだ方がずっと宗教的に考えられるようになるんじゃないかな。

  • ・武道では「胆力」と言うんですけど、「驚かされちゃいけない」ということを教える。「驚かされない」ための秘訣は、いつも「驚いている」ことなんです。「驚かされる」は受け身の経験だけれど、「驚く」は能動的経験でしょう。自分から進んで驚く。「へえ、こんなことがあるんだ」「これはびっくり」というふうに、説明できないことを日常化していれば、人知を超えるような経験にたまさか遭遇しても「そういうことってあるよね」で済ませることができる。

    ・「たそがれ」という言葉がありますね。もともとは「誰そ彼」から来ています。Who is he?ということですが、そこに誰かがいることはわかるのだけれど、誰であるかが特定できないという状況。だから、「逢魔が時(大禍時)」とも言う。悪魔に出会うのはそういう時間帯ですよね。昼と夜の境界線上に、この世のものかあの世のものか、私の知っている人か知らない人か、どちらかわからないもの、帰属が判然としないものが現れてくる。

    ・境界を通過すると、私たちは何か別のものになる。

    ・死ぬというのもそれと同じで、たぶん死の瞬間に「なるほど、私の人生の『あれ』は『こういうこと』を意味していたのか」と、それまでわからなかったすべての伏線の意味が明らかになるはずなんです。少なくとも、僕たちはそう信じて今生きている。そう信じなければ生きられない。そう信じていないと推理小説を読むことがができないのと同じで、だって、結末まで読んでも、犯人もわからないし、密室トリックも解明されない。「かもしれない」と思っていたら、僕たちは誰も推理小説なんか読みませんからね。「最後にすべては解明されるのであるが、その答えは私が想像していたものとはまったく違うものである」という確信だけが推理小説を読む快楽を担保している。生きる快楽を担保するのも同じ「不可知」だと思うんです。死の瞬間に「え、死ぬってこういうことだったの!」という発見が意外であれば意外であるほど、その人の人生は「出来がいい」ということになるでしょう。

    ・僕らは直線的、不可逆的に時間を進んでいって、過去はどんどん忘れられてゆくと思っているけれど、実はそうじゃない。進みながら戻ったり、全容が俯瞰できたと思ったら、視野が狭窄したり。時間は進んだり戻ったり、伸びたり縮んだりしているような気がします。だから、死というのも、そういうダイナミックな時間意識の中でとらえるべきじゃないかと思うんですよ。

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現代霊性論 (講談社文庫)の作品紹介

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