小暮写眞館(下) (講談社文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (560ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062776745

作品紹介・あらすじ

もう会えないなんて言わないよ。花菱家には秘密があった。小暮写真館への引っ越しで、もう一度、家族と向き合った英一。そして--。

感想・レビュー・書評

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  • 講談社創業100周年記念出版書下ろし作品として2010年5月に刊行された作品。講談社文庫には上下巻で、新潮文庫(nex)には4分冊で収録されています。
    自分が読んだのは講談社文庫で、上巻には「小暮写眞館」、「世界の縁側」の2話が、下巻には「カモメの名前」、「鉄路の春」の2話が掲載されています。


    かつて「写眞館」だった家に引っ越してきた花菱一家の、とりわけ高校生と小学生の兄弟の再生を、高校1年生の兄の目を通して描く物語。

    殺人のような大きな「事件」が起きない、「作者初のノン・ミステリー」と紹介されることが多いようですし、作者本人が「ミステリーではない作品」だと語っています。

    例えばこんなインタビューも。

    https://www1.e-hon.ne.jp/content/sp_0031_i_miyabe_matuda.html

    宮部 これは私が初めて書いた「ミステリーではない小説」なんです。書いていてとても楽しかったですね。まず全体を通しての謎解きがない。第一話、第二話には心霊写真の謎がありますけれども、ロジカルな謎解きではありません。

    インタビューにあるとおり、上巻では心霊写真の謎を解いていく形で物語が進んでいます。
    でも、事前に「ミステリーではない」「第一話・第二話【には】心霊写真の謎がある」という情報を知っていたわけではありませんので、上巻を読み終わった時点では、作者には珍しい「日常の謎」系の連作短編(中編)集で、高校生が主人公のほろ苦味の青春小説、という印象を持ちました。
    北村薫の「『円紫さん』シリーズ​」がそんな感じで、大好きなので、期待して読み進みました。
    で、ミステリとしては例えば「心霊写真」自体の説明があやふやだったり、青春小説にしては主人公がおっさん臭い一方で周囲は外連味たっぷりのキャラクターだらけで、「等身大」だとか「透明感のある」みたいな青春小説の惹句になりがちなイメージとはちょっと違うなあとちょっと消化不良感を感じていたりしました。

    ところが、下巻で風向きが変わってきます。

    重みを増してきたのは、上巻から伏線は多々ありましたが、花菱家に落ちる影、4歳で亡くなった英一(花ちゃん)の妹風子のことです。

    上巻ではインフルエンザ脳症で亡くなったことだけが明らかにされていました。当時まだ2歳だった花ちゃんの弟光(ピカちゃん)にとっては記憶すらない頃です。

    それなのに、ピカちゃんは風子の死に罪悪感を感じています。その晩、同時に体調を崩していた自分のせいで風子の受診が遅れたのではないかと感じているのです。
    小3のピカの言動を通して、さらに両親の夫婦喧嘩の原因を聞くにつけ、両親の記憶と英一が祖父母と疎遠である理由、そして高2の英一が当時10歳だった自分の記憶や思いを「冷凍」していることが徐々に語られます。そう、花菱家の家族それぞれに風子の死は今でも影を落とし続けていたのでした。


    下巻、第4話以降は伏線が次々に回収される展開に入ります。
    「心霊」写真や小暮写眞館の主小暮泰治郎さんの幽霊といった身近な死者によってまずピカちゃんの思いが、次いでそれを目の当たりにした花ちゃんの思いも解凍されて立ち上がります。
    思い切った行動をしたピカちゃんを花ちゃんが迎えに行った帰り道、「<しおみ橋>下の、がたつくベンチ」で、公営住宅の4階の窓で振られる「ピカピカ輪っか」と二人が手を振り交わすひと時は、地味な印象が多いこの作品の中で原色が躍るイメージがはっきり浮かび上がる印象的な場面です。ピカも花ちゃんも、行動と内省を経て許しを…自分で自分を許すことができたのでした。
    文章も素敵です。

     だしぬけに、身体ごと揺さぶられるように英一は悟った。それは感情でも理性でもなく、理屈が通っていることでもなかった。ただそれはやってきて、英一を包み込んだ。
     ――あれは、風子だ。
     今、俺とピカに手を振ってくれたのは、風子だ。
     夜の川の向こうから。闇の向こうから。
     ピカピカ光って、きらきら光って。
     ここにいるよ、と。

    どうすればこんな文章が書けるようになるんでしょうね。いつものことながら切なくなります。


    さらに、花ちゃんはピカちゃんだけでなく、両親の思いもいったん背負い、熨斗を付けて返してきます。孫である風子の死について、嫁である母を責めた祖父母に絶縁を宣言してきたのです。花ちゃんが冷凍していた思いを解凍して向き合ったからこそ、ピカも、両親も、重荷を思い出に変えることができたのだろうと思います。

    そんな花ちゃんに手を貸し、背中を押してくれたのは(そうと思ってやったことではないのかもしれませんが)垣本順子です。
    過去の重い記憶に押しつぶされそうになりながら、何となく花ちゃんと互いを癒し癒される関係になりつつあった彼女は、花ちゃんの最後の決闘の立会人を務め、花ちゃんも、そして自分もいったんは冷凍庫の中――冷凍して閉じ込めておいた過去の思い――を空にできたことを確認して、花ちゃんの許を立ち去ります。

    エピローグで届く小湊鐡道の風景の描写が鮮やかです。そして、カラー口絵を使わない文庫本にあって、唯一色鮮やかにすることが可能なカバーにこの風景を持って来るのは絶対に反則だと思います。カバーの意味がわかった瞬間からしばらく、目を離すことができなくなってしまいました。
    もう一点。愛の告白が、2個買ったインスタントカメラで互いを撮り、それを「持ってて」というのは斬新です。「月が綺麗ですね」に匹敵するかも。


    さて、下巻の解説にいろいろなことが書いてあって、腑に落ちることや、解説されても腑に落ちないことがありました。

    まずは過去作とずいぶん傾向が違うことについて。

    下巻の解説にインタビュー(『SIGHT』2010年秋号掲載の一部が掲載されています。

     現代小説で、犯罪とか、つらい出来事をずっと書いてきて、そのことに疲れてしまったんです。

     一番大きなターニングポイントは、やはり『模倣犯』(新潮文庫/全5巻)でした。物語の中で、本当にむごいことをたくさんやりましたし。書き終わった後、半年くらい、かなりの疲労と自己嫌悪の中にいたんです。

    「たまには息抜きに楽しいものを書いたほうがいいよ。」って、そんなつまんない、おばさんくさいことを思うようになりました(笑)。


    だそうです。
    「模倣犯」は読者として読み進むのにも覚悟が必要でした。読んでいてしんどい場面が結構多くて再読するのに躊躇した(https://booklog.jp/users/hanemitsuru/archives/1/4101369240)覚えがあります。
    今回、書いているほうもしんどかったというのを見て、なんか安心した思いがします。あれだけの大作を次々と発表する宮部みゆきって自動筆記機械みたいな、キャラが乗り移ってペンが勝手に動くみたいな書き方をしているのかなと思っていたけれど、そうでもなかったようです。
    でも、2010年刊行ってことは、「ソロモンの偽証」の連載の最中(2002~2011年)ですよね…。あれだけの大長編を書きながら、「息抜き」にこんな長編を書く人はやっぱり普通じゃないですよねえ…。
    でも、初期作に多い人情や優しさを感じる作風が、「純粋な悪」を取り上げていた中期を経て、近作では楽しいものに回帰してきてくれたなら嬉しいことです。

    もう一つ、恋愛について。
    あまり作中に恋愛要素が出てこない宮部みゆきですが、今回は「通過するだけの恋愛」を書いたんだそうです。

    (https://www1.e-hon.ne.jp/content/sp_0031_i_miyabe_matuda.html)

    花ちゃんはそんなにいけてない、でもダメな子じゃないという、この年頃によくあるタイプ。そのタイプの子が経験する、通過するだけの恋愛をさせてあげたかった。好きだったんだけど、そこより先には進まない。でもその経験がないと、次に本当に出会うべき人と出会えない、というような。

    なるほど。
    でも、冷凍した過去を持つもの同士、同情し合っただけで、これは本当に恋案なんだろうか、みたいな気もして…。こればっかりは一筋縄ではいかないですね。
    作者も少し照れて言い訳していらっしゃるご様子でした。

    「愛は負けても親切は勝つ、って小説だと思いました。」

    「でも何しろこの歳で初めて恋愛小説を書いたので(笑)。」

    (解説より)だそうです。



    作者としては初めてのさまざまな試みは、この後の「ソロモンの偽証」に結実しているように思います。
    こうしてほかの作品との関係なんかが語られているインタビューなんかを読んでしまうと、一度、書かれた順に全作品をざざっと読んでみたい気持ちになります。全集というのはこういうリクエストに応えるために発刊されるのでしょうね。
    まあ、そんな時間はどこにもないので、見果てぬ夢で終わるでしょうけれど…。

  • 上下巻の感想です。
    私を本読みの世界に引きずりこんだ作家の1人である宮部みゆきさんの作品を久しぶりに読みました。
    本を選ぶ際は表紙や作品名から適当に決める事が多く、今回は宮部さんのミステリー作品を期待してたので、ちょっと想像と違いました。(選び方の問題だね)

    ただ話の進め方や表現力は流石だなと、宮部さん、「国語どれだけできたんだよ」と思っちゃいます。(稚拙な表現だけどそう思う)

    上巻と下巻の半分まで読み進めた時はキャラクターや話は繋がってるけど、4つの短編のような感じかと思ったら、最後に繋がってくるんです。
    人々の心にある苦悩は、その人に対する話し方や接し方、タイミング、絶妙な押し引きにより、そこから抜け出させることができる。コミュニケーションって大事だなと改めて思いました。

  • 宮部みゆきの文庫本化作品はパーフェクトに読んでいる。よってこれも即効で読みました。なぜそこまでこだわるのか。彼女が私と同い年だからである。しかも、独身を通している処も似ている。私は彼女の作品を通して、自分の体験することのなかったもう一つの人生を体験している気になっているのかもしれない。彼女のカメラアイとも言える描写力を通して、私の世界は何倍にも広がる。少しづつ変わってゆく作風が、人生の綾を教えてくれる。例えば、昔は中年男と少年しか生き生きと描けなかったのに、ここに至って高校生の男の子をここまで描ける。垣本順子さんみたいな年頃の女性も魅力的に描けている。人生53年も生きていれば、幾つかの近親の葬式にも参列しただろうし、どうしようもない後悔や、それをくぐり抜ける体験もしただろう。それを彼女は多分小出しに出している途中なのだろう。

    英一はなぜ、インスタントカメラの中の写真を現像に出さなかったんだろうか。最初は「あれれ」と思ったけど、今は「青春だなあ」と思っている。
    2013年10月24日読了

  • 知人さんにご紹介いただいた一冊、
    さすがの宮部さん、といった感じで。

    死の際には、残されたヒトビトの本音が現れる、
    ソンナ現象をモチーフにした、少し不思議な小説。

    主人公は一つの家族と古びた写真館、になるのでしょうか。

    出てくる人々は、どこか不器用で、
    そして、何かしら傷を負っていて。

    これはそれが癒されていく、物語。
    NHKあたりでドラマになりそうな、、全5-6回くらいで、とも。

    ん、ラスト、彼は彼女には会いに行ったんだろうか。
    同時期に観た『言の葉の庭』とも被る終わり方が、なんとも奇縁。

    年上のお姉さま、イイデスヨネ、なんて。

  • 学生時代に読みたかった本
    青春や色んな再生
    もっと多感な頃に読んでみたかったです

  • 上巻とは違い、2日ほどで読んでしまいました。
    おばさんは涙腺が弱いので、何度もウルウルしつつ、
    ほんとに読後感が爽やかでした。

    私はつい母目線で見てしまうので、
    クモ鉄のヒロシとブンジがキャラ的に大好きです。
    熱くて優しくて、こんな子ばかりだと世の中活気づくんだろうなぁ、と頼もしく思いました。
    私もクモ鉄企画で乗り鉄したいです

  • 信頼できる人、仲間、親、兄弟…
    ほんのちょっとの思いやり、優しさ

    主人公の頑張りと成長が後半グッと引き込まれました(^ ^)



  • 読み進めて若干微妙な宮部みゆき作品かな?と思ったけど、終盤に読者を引き寄せてくるのは流石!と思った。

    宮部みゆき作品は幅がとても広いのは解説を読んで納得した。

    ただ、これはちょっと長い…

  • ピカちゃんの「小暮さんに会いたい」という言葉と行動に胸が痛みました。
    ただ、それは優しい痛み。
    身内とか大好きな人を亡くした経験のある者にしか分からない優しい痛み。
    心霊写真っていうから構えて読んだけど、とてもあたたかい内容でした。
    久しぶりの宮部みゆきさんでしたが、クモテツのこととか大変興味深くて、読んで良かったです。

  • 上巻を読んでしばらく経ってしまったけど、割りと覚えていた。

    コゲパンに秀才の彼氏が出来てたり、英一と垣本順子が映画に一緒に行くような仲になったり、コゲパンの彼とテンコとの会話のやり取りが知的だったり、上巻に比べると、心霊的な要素は薄れてる。
    しかしここまで自分の考えや気持ちを言葉で表現できるこの高校生、本当に頭がいいなぁ。いい男と褒められるのもわかるわぁ。

    今回は花菱一家と垣本順子に焦点があたった。
    やっぱり子どもだったと言っても、ピカも英一もきちんと自分の記憶や知識を使ってそれなりに考えてるし、家族の問題を自分のせいだと考えていた。完璧な家族なんてどこにもいないけれど、それでも英一はよくやった。本当にいい息子で、お兄ちゃんで、いい男だ。
    相手に暴言を吐いた事実と、その正統性のなさを自分よりかなり年下の学生に指摘されればそりゃ猛烈に恥ずかしくなる。
    まぁそもそもそう言った事を言わない人こそが立派な人物なんだろうけど、素直に反省して謝罪できたら、最低な人間から一歩抜け出せるかな。
    英一の父は変わってるけど、懐は本当に大きいな。

    順子も、そういう英一と関わったからこそ、変わる勇気が持てたのかもしれない。素直じゃなかったけど、絶対に嬉しかったはず。
    英一にとってはショックだったかもしれないけど(読んでて切なかった)、順子の気持ちも少しわかる。

    お互いに受け取った気持ちのかけら。
    心の交流って書くとなんか安っぽいな。
    うまく表現できない。
    恋という単語こそ出てこなかったけど、この体験も人生を彩る青春だったと思う。
    今時ないのかもしれないけど。

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著者プロフィール

1960年東京都生まれ。87年『我らが隣人の犯罪』で、「オール讀物推理小説新人賞」を受賞し、デビュー。92年『龍は眠る』で「日本推理作家協会賞」、『本所深川ふしぎ草紙』で「吉川英治文学新人賞」を受賞。93年『火車』で「山本周五郎賞」、99年『理由』で「直木賞」を受賞する。その他著書に、『おそろし』『あんじゅう』『泣き童子』『三鬼』『あやかし草紙』『黒武御神火御殿』「三島屋」シリーズ等がある。

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