- Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062800419
感想・レビュー・書評
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ラーメンを中心に据えながら、現代史を振り返った本。
戦後から現代にかけてラーメン産業が日本人にどう受け入れられ、根付き、発展してきたかを纏めている。安藤百福やエミングらの「生産技術への視点・大量生産の発想」という、日本ものづくり思想のターニングポイントとなった功績の大きさを初めて知ることが出来た。
又、当時の食事情だけでなく経済事情・政治情勢を俯瞰的に考察がされている為説得力を感じる。特にご当地ラーメンを「地方の没個性が生み出したフェイクの固有性」であるとし、観光資源として捏造されたものと分析した点が面白い。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
食文化とナショナリズムの意外な関係を探る。
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タオル巻き&作務衣姿のラーメン店主、みつを風書体のお品書き、ご当地ラーメン、ジロリアン……
このあたりのラーメン現象を、メディアが意図的に作り上げたと批判するのではなく、そこも全部知った上で『日本文化』として消費されていくことを浮き彫りにしていく展開にわくわく。一気読みです。
ラーメン独特の文化の変遷から社会を読みとくということでイロモノ本かと思ったら大間違い!
インスタントラーメンの発明・受容、高度経済成長、地方の観光誘致作戦など、ラーメンと社会の関係は切手も切り離せないということがよーくわかりました。
確かに、この世の中で単価がキープされてるのってラーメンくらいかも…… -
想像の愛国でもそれを守っていこうとするセオリーをラーメンの歴史を通して感じることができた。
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ラーメンを題材に戦前から戦後にかけて主に日本の食文化の変遷、日本人のナショナリズムの変化に関して言及した一冊。歴史の変化とその変化が現代にどう影響されていたか簡潔に整理されて読みやすかった。
印象に残った点
日本の食文化のルーツは黒船来航以前は中国、それ以降はアメリカから輸入されるようになった。そんな中、ラーメンは中国発信の食であり、呼び方も支那そば、中華そば、ラーメン、今ではつけ麺と呼ばれるように変化した。変化過程で、日本は輸入したものを自国オリジナルのものに落とし込むことを得意とする国である。
ラーメンを独自なものにする中で、戦後ご当地ラーメン、テレビ特集が組まれるが、ご当地ラーメンはその土地に根ざしたルーツを持つものでもない。また、テレビにラーメンが登場することで、ニュースとしての夕方の報道番組に変化をもたらし(バラエティー的要素を加え)、公共性を重視していた放送から利益追求型へと放送局は変化した。また、ラーメン道といったように修行する様子を映すことで、テレビにリアリティを追求するようになった。
また、そもそも小麦が日本に根付いたのは戦後マッカーサーにより日本への低金利の融資と共に小麦を支援物資として送ることで、小麦文化を根付かせようとした。その結果、日本の小麦消費量は増加し、パン文化などが根付き、アメリカは小麦を輸出して稼ぐことができた。
食文化から解いたように、日本は海外から受け入れたものを独自に落とし込むのが得意である。その傾向はもの造りにおいても感じることができ、大量生産より優良な製品の製造が得意である。しかし、なぜ独自性の構築に活路を見いだしたのか、疑問が残った。 -
一気に読んだ。ラーメンを基軸に戦後アメリカの小麦戦略から、3.11以降に至る現代史を語るその手法は巧みだ。安藤百福から『渡鬼』、連合赤軍事件からジロリアンまでを単に俎上に載せるだけではなく、意味づけていく縦横無尽さとスピード感もまた見事。思想史としての結論にも納得する。
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速水健朗『ラーメンと愛国』読了。外来のラーメンが“国民食”へと変質していく様と現代史。舶来のものを独自のものへと変質させる我が国の独特な文化。それを凄まじいスピードで達成したのがラーメンといえる。大量生産が国民を統合し、今、ラーメン道として変容する。未来の消費すら見える。
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ラーメンで国家論を語るという、突拍子もないお題だが、そこそこしっくりくる内容。半世紀後、「ラーメン」はなんという呼称に変化してるだろうか。
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気合いの入ったラーメン屋は疲れる。気軽に食べる大衆食のラーメンが、いつから気合いで作るものになったんだ、と疑問だったが、同じような問題意識を持った人がいた。(筆者曰く「作務衣系」)