大清帝国と中華の混迷 (興亡の世界史)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (390ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062807173

作品紹介・あらすじ

北東アジアの雄・ヌルハチ率いる満洲人の国家は、長城を越えて漢人を圧倒し、未曾有の大版図を実現した。「中華の文明」ではなく、チベット仏教に支えられた、輝ける「内陸アジアの帝国」が抱え込んだ苦悩とは。「近代東アジア」と「中華民族」はいかに創り出されたか。

感想・レビュー・書評

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  •  本書では、成立当初の清を内陸アジアの多文化帝国と位置づける。雍正帝は自らを「夷狄」だと開き直る。乾隆帝はそこまで開き直れず、他方で満洲人が漢人の文化に引き寄せられる現実に焦りを感じる。この辺り、乾隆帝は華夷二元論の「華」に堕してしまったとする岡本隆司とは受け止めが異なる。
     19世紀半ばからは様々な事件の中で漢人士大夫が台頭。清は乾隆帝時代の版図を守りつつも、近代東アジアの帝国、「中華」の近代国家へと変貌していく。その過程で、かつては信仰の対象だったチベットは「遅れた」とみなされるようになる。清自体も朝鮮をめぐる日清対立の中で敗北し、同時に従来の「天下」体制も崩壊する。著者はここでの被害者は清ではなく、日清両大国の間で翻弄された朝鮮と琉球だとしている。
     著者は、朝鮮が清と対等の自主を求めたが清がこれを否定しようとしたことを、ソウルの独立門に込められた「怨念」と呼ぶ。だが、果たして当時の朝鮮はそこまで自律的に自主を求めたのか、この点は多少疑問に感じた。

  • 2章から6章と終章を読了。門外漢には刺激的な通史。清の統治理念がいかに変遷していって、どの部分が現代中国にも受け継がれているのか、対モンゴル・チベット関係の問題の淵源がどの辺りにあるのか、日本との関係はどうだったのか、解き明かしてくれる。/「清は当初内陸アジアの帝国として台頭し、発展しつつあったのであり、決して日本人が一般的に考えるような「東アジアの中華帝国」「歴代中華帝国の最後の王朝」という存在ではなかったと考えrている。」(p.134)/雍正帝の、人間性や道徳は民族・文化の出自に関係なく備わり得るものであり、満州人と漢人を問わず、徳の高い者と凡庸な者は当然存在しうると考えた/「伝統」「美風」が政治的に強調されるのは、権力の側にそれを保つための自信がないときや、外部により協力な他者が現れたときであることは古今東西変わらぬ、例えば「美しい国」なども。/乾隆帝の「堂子」。仏陀、菩薩、関羽やシャーマンの神々で孔子は含まれぬ「中外一体」の小宇宙。/雍正帝と乾隆帝の「盛世」は、満州人、そして内陸アジアと漢人の関係を何ひとつ根底から変えないまま、漢人の「華」に対するかつてない弾圧・抑圧と、それと引き替えの巨大な版図を残して暮れていった。(p.186)/「中華」の文化的伝統と、現実の近代「中華」国家との間には大きな隔たり。(1)理念としての「中華」。「中華」の文明が華開く場としての「中国」-文化的に決定される「中華」(2)「中華」の文明が行われていようがいまいが、「中華」王朝が支配した場所は全て「中華」「中国」でありうるので、それを放棄せず維持する-権力的に決定される「中華」(p.207より)/円明園の本当に悲劇的なものだけが放ちうる凄絶な美/清末。漢人による「暗黒でおくれたチベット」改造の正当化とチベット人の「もはや自分たちが清を受け入れる理由がなくなったばかりか、抑圧ばかり被るようになった」という意識。近現代チベット問題の根源。(p.282より)/琉球=沖縄が「東アジアの結節点」たりえたのは、日明・日清関係が疎遠なものであった間までのこと/宮古・八重山が日本領となっているのは紙一重の外交史的展開によるもの。伊東博文の割譲案に李鴻章が頷いていれば今頃中国領だったかもしれない、と。サンシイ事件参照。/モンゴル・チベット人からみた新政は、既存の仏教中心の社会を解体し、強制的に漢人との同化を迫るものとしてとらえられてゆき(p.337)

  • 「中華」について考えるにあたって非常に勉強になった。

    明の華夷思想に基づく中華、そして、満州人が支配してからの中華、そして、清末の欧米列強との戦いの中で生まれた中国までの変容を理解した。

    現在の中国にかかわるイシューに対する見る目が変わった気がした。

  • チベット系勢力の影響など、なかなか斬新な視点からも取り上げていますが、このシリーズの幾つかの優れた本のように、面白さも溢れているかというと、残念ながら私にはよく楽しめませんでした

  • 今につながるところがどうなっているのかを知りたくて読み始めたが。まぁなにも知らなかったこと甚だしい。恥ずかしいくらい。中国の歴史観、周辺国との関係、朱子学や儒教、仏教との関係。。歴史は現代からさかのぼっていくべきだといつも思っているのだが、世界史も現代から遡っていったら、このあたりは世界史の一番最初にやってもいいくらいだと思う。。

  • 興亡の世界史シリーズ17冊目。

    これは面白かったー。明朝~近代までの中国を舞台に、時間と空間を越えて旅をするような気分を味わえる。現代における中華ナショナリズムとチベット問題等々、日本人としては興味を持たざるを得ない課題にも臆することなく真っ向から取り組んでいる。

    色々思うところはあったが1つ心に残ったのは、国民による主権と国境を定めた「国民国家」もやはり相対的なものであるということ。中国における「中華思想」はそういった西洋から輸入された「国民国家」と正面衝突して完膚無きまでに潰されたわけだけど、是非はともかくそういった国のあり方、可能性ということまでは否定するべきものではないと思った。

    もしかしてもしかすると、民族と土地の新しい関わり方として、こういった歴史上の考え方もヒントになるのかもしれないな、と思った。

  • これまた面白かった。
    中華の概念は清に依るところが大きいんだね-ようは朝貢関係で結ばれた曖昧な国境の概念-。それに伴う沖縄の扱い(および尖閣諸島の認識)。沖縄の二重支配っていうのは興味深い。本来は独立していたものを、片や朝貢の相手、片や藩の支配下と思いこんで---という。沖縄は第二次世界大戦後も日本とアメリカに翻弄されるわけだから、これはなかなか。

  • 大学の授業での教科書。
    清帝国の成立から衰退に至るまでの過程を、歴史上の事実および当時の思想を絡めて解説したもの。筆者が歴史学者でなく政治学者であるゆえか、その問題意識としては、当時の思想はどのようなものであったかということと、それが現在においてどのような影響を与えているかを探ることであるようだ。
    なるべく中立的(既存のイデオロギーや枠組みから自由であろうと言う意味で)な視点から、事実等を探ろうという姿勢はすばらしいと思うし、筆者が提示している解釈も一流のものなのであろう。個人的にその解釈に疑問を挟まなかった箇所がなかったわけではないが、筆者の解釈(評価)と、事実思想に関する筆者の認識をごっちゃにせずに読めば、現代の日中朝の関係の底流にある歴史的問題というのが把握できると思う。

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著者プロフィール

1970年神奈川県生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。現在,東京大学大学院法学政治学研究科教授。専門はアジア政治外交史。著書に『清帝国とチベット問題―多民族統合の成立と瓦解』(サントリー学芸賞受賞),『「反日」中国の文明史』など。

「2018年 『興亡の世界史 大清帝国と中華の混迷』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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