救急精神病棟 (講談社+α文庫)

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著者 : 野村進
  • 講談社 (2007年4月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (472ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062810920

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救急精神病棟 (講談社+α文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 精神科救急病棟の様子について現場取材を踏まえて書かれている。プライバシー保護のためのデフォルメがされてるが,実際の様子がかなり詳しい。
    現在の精神科医療を取り巻くさまざまな問題についても触れられている。

  • 約3年をかけ、現場で取材した400ページ超の力作。ショッキングなシーンもあって興味をひく。しかし「夏美の両親は、彼女が物心つかない頃に離婚し、実家に戻った母親と、初孫を目に入れても痛くない母方の祖母の手で、彼女は育てられている」といった、何言ってんだかよくわからない、プロとしてちょっとヤバいんじゃないかという文章もあって脱力。

  • 遥か昔、開放病棟に知人を訪ねたことがあるが、精神病院との接点はその時だけであり、 このテーマに関心があると言うより、完全な“作家買い”である。脳科学への関心は強いが、精神病に関する知識は皆無に近く、当事者にも関係者にもなったことがない者が簡単に論評できる内容ではないと思う。精神病というと若年発病、治療困難、低発症率という先入観があっただけに、当初は“救急”という言葉に違和感を覚えたが、読むうちに、誰にでも起こり得る身近な疾病であることが知れた。それと人格障害を巡る議論については考えさせられる点が多かった。

  • 社会、不理解。
    それがこの本を読んで私が得た感想だった。



    何から書いたらいいのか。
    それがどういう訳かまとまらない一冊だ。
    目から鱗、と言う表現はどうもしっくりこない。
    でも、私はこの本を読んで自分がいかに精神病に関して無理解であったかと言うことを実感した。
    非常にいい本である。



    内容はルポ、である。
    千葉県にある救急精神病棟にとあるジャーナリストが数年にわたり取材をし、自らの目を通して精神科救急、というよりかは精神科の現状を多方面から深く記述したものである。
    エピソードはさまざまとある。
    患者さん等のエピソードをいくつか上げるのは話の本質から大きくそれてしまうのでしないが、そこだけをとってもおもしろいというと変だが、人を引きつける力のある記述がされている。
    そしてそれだけでなく、医学的な見地、社会的な法律と絡めた章も用意されている。
    さっきも同じようなことを言ったが、一番のメッセージは、”精神病と言う存在の実情”である。




    精神病という存在は重荷を背負っている。
    長らくその存在はいわば出口も逃げ場もない”行き止まり”だった。
    人は、例えば意思疎通がかなわず、支離滅裂な行動をとる存在があらわれたとしたら、警戒するものだ。
    それはおそらく、身を守るという意味で本能的な反応なのだろうとは思う。
    そして人は、怖いものには蓋をしようとする。
    いわば、その例えで言う、”器”が精神病院であり、”蓋”がその体質というのが長い歴史だったのだろうと私は思う。
    「対処する手立てがない」というのが長らくの精神病に対する定説だった。
    ならば諦めて忘れてしまった方が都合は良い、とみな考えていたのかもしれない。
    その蓋はずっと開けられることがなかった。
    そうして、精神病棟というのは長らく『忘れられた場所』となっていた。
    その蓋が開かれるようになった流れを私は詳しくはしらないが、その一つの象徴が作中にも出てくる『カッコウの巣の上で』だったのではないだろうかと思う。
    その告発内容は悲惨だった。
    電気ショック治療にロボトミー。
    あくまで物語の範疇ではあるが、本書に書かれていた過去の回想でも近からず遠からずの実情はあったようなのだ。
    世の中の風潮はそれに目をつぶることが出来なくなった。
    そうして少しずつ明らかにされるうちに、精神病院を忘れられた存在ではなくなっていった。
    しかし、今度は『墓場』とされた。
    たびたびと精神病院の悲惨な状況、暴力や虐待等のニュースは紙面を騒がせたが、そこで暴かれてゆく内容に私たちは暗い気持ちは抱えるが、それに対して打たれた手だてを私は耳にしたことはない。
    患者はただ”沈殿”してゆくのだ。
    私もそう思っていた。
    では、現状でもそうであるのか?
    どういうアプローチを取ろうか色々と考えていたのだが、単純に私の心をひいたものをいくつかあげて行こうと思う。




    『正統的な精神科医の見方では、体の一部が脳であり、その脳から生み出されるものが「心」や「魂」である。
    あくまでも体に脳が属し、脳に心や魂が属するのであって、その逆ではない。』


    「心の病」というのは一般的にその言葉を耳にすると、踏み込んではいけないような心持をこちらに与えるものだ。
    環境などが原因ではあるかもしれないが基本的には個人の問題であり、人がどうこうできるものではない。
    だからこそ、いわば”行き止まり”と誰もがとらえていたのではないだろうか。
    しかしながら医学の進歩とともに、それは見直されはじめた。
    私ももちろん詩的な意味での「心」という存在は美しいと思う。
    だが、医学の立場でそれを詩的な表現の中に埋没させてしまうのは、正しい行為とはいえない。
    正統な精神科では当然ながらその誤解はすでに取り払われているという。
    心の問題、というより脳の一種の障害であると考えれば精神病に関する私達のイメージも大きく変わるものだ。
    そう、現代の医学の力を持ってすれば精神病はけして不治の病ではないのだ。
    かつては精神病治療の「悪の代名詞」とも言われたロボトミー治療などを行っていたがゆえに悪しきイメージもあるが、今は画期的な治療薬もあるという。
    手立てがけしてないわけではないのだ。
    「墓場」ではない。
    そこから蘇生することが出来るかもしれない、という猶予が現在では存在するのだ。





    『オートノミーが何について障害されているかを第三者が見極めて、その障害されている部分を補ったり、代理決定したりするのは、オートノミーの侵害にはならないんじゃないかと、僕は考えている。
    精神医療で言うと、患者さんのいまの行動を制限して現在のオートノミーを束縛することよりも、治療後の将来におけるオートノミーを重視したほうがいいと考えているわけだよね。
    だって、精神医療の目的は、患者さんに本来の自分を取り戻してもらいたいということ、つまり患者さんのオートノミーを回復することなんだから。
    それともうひとつ、意思決定の過程で、相手が決定できることを阻害しちゃいけないのはもちろんだけれど、相手が決定できないことを決定させてはいけないという考え方もあるんだよ。』



    オートノミーというのは「自主性・自立性」をさす。
    福祉等の現場ではよく使われる言葉のようなのだが、この言葉が精神医療の現場に現れるのはちょっとした驚きを私に与えた。
    文中の引用ではそれは「意志決定」を多く含んだものになっているようなのだが、精神病に関してこの言葉を用いるのはなかなか難しいように思う。
    精神病に罹ってしまうと、「当人の意志による正常な判断」ができなくなってしまうようなのだ。
    だが故に、患者は己にも、時には他者にも危害を加えてしまうのだ。
    これはけしてだからこそ「悪」というわけではない。
    前述したような心は脳に属する。その上での病なのだから、誰にでも起こりうることなのだ。体と同じように心も悲鳴を上げることがあるのだ。精神病はいわばその心の悲鳴の現れなのだと私は思う。
    だが結局、その根本も曖昧なままに病についての認識が不明確であるにもかかわらず、暗い歴史を背景に一種の過剰反応が生まれた。
    文中では電気ショックといういわば暗い歴史を持つ存在を引き合いに出して書かれていたのだが、『精神科における治療行為はたいがい人権の侵害がされている。』などという強迫観念が多くの人々には残っている。
    そうじゃない、いや言い切れない。
    だがそうして言い切ってしまうことは正しくない。
    ここであげられていた電気ショックも今では改善されて有効な治療手段とされているようなのだ。
    たしかに、すべての人間に選択の自由が有るというのが今の時代の前提だ。
    しかし、それが正しい判断をできない状況にあるというのなら、それを補助し、その人が選択をできるように導いてあげる。
    それは人権の侵害にもならない、と私は思う。
    むしろそうなってその人の権利を守れるのではないか、と思う。
    だからこそ、本書で医者が述べていたこの言葉は、精神科という分野の人間が持つにバランスのよい考えだなと私は思った。






    『いまのようなリストラを繰り返す人間社会も、弱い人を死へと追いやるシグナルを発するもので、細胞が形作られる仕組みと、社会が構造化していく仕組みとは、アナロジカル(類似的)に重なると思うんです。分裂病者は、まさしく社会から死へと追いやられる人々の一群かもしれませんね。実は『病むこと』で、なんとか死に至ることを回避しようとしている姿が分裂病なんじゃないかな。分裂病は多くの自殺者をだすけど、自殺が分裂病からの回復過程でよく起こることは、このことを暗示しているような気がします。病から治っていくときに、社会からの排除の力、つまり死のシグナルを再び受けやすくなるからかもしれないですね。』



    色々な考え方があるとも思うが、この考え方が一番私の心に残った。
    人間というのは集団になるとどんなグループでも階層を生む。
    役割とも言えるのだがそれが、その中にいわば分裂病の人間ひとつのポジションとして生み出されてしまう。ということなのだ。
    いわばそれは分裂病患者はけして異端児ではないということ、自然に生成されてしまう存在。
    でもだからあきらめろ、ということではない。
    確かに世の中、誰もが同じに、何にも病まず、何にも迷わず、何にも苦しまず生きてゆくことができればすばらしい。
    しかしそんなことはない。
    誰でも苦悩は、闇は、少しは持ち合わせているはずだ。
    いわば分裂病の人々はその闇にとらわれやすい体質を持っているのかもしれない。
    彼らは私たちよりも敏感な存在なのだ。
    その彼らと私たちはどうつきあってゆくか。


    『精神病の大半を占める分裂病(統合失調症)を「細胞の自殺」に譬え、社会が形を整えていくときに、社会から死に追いやられようとしている人々が分裂病者ではないかという。』


    ”だからこそ社会全体が責任を取るべきだ。”
    そう口にするのは簡単だ。
    ただ、いわば”折れてしまった”分裂病者をただ切り捨てて行く時代は終わるべきなのではないかと思う。
    しかし、この本はいわば『社会が成熟してゆく過程において自然に淘汰されてしまう彼らに、社会全体で責任を取ろう』などという、理想を歌っていたわけではない。
    難しいのだ。たとえば本書にもみられたように、犯罪を起こしてしまった場合などの対処は特に難しい。
    それはまた司法と医療が互いに話し合うべき話であるし、私のような聞きかじりの人間が意見を述べるなどと言うのはあまりにもおこがましい。
    ただ正しい認識を持つことが誰にも必要だと思う。
    彼らはキメラでも、悪魔でも何でもない。
    著書に言われていたとおりに地続きの場所にいる病人なのだ。
    その上での判断でも遅くはないし、誤りが繰り返される危険は大幅に減るだろう。



    なんだか未だかつて無いほどにまとまりのない感想文だな。

  • どんな治療方針がよいのか、それは一概には言えない。精神病患者の早期退院を声高にする本書にやや疑問もあり。

  • うーん。
    テーマというか内容はまぁ面白いんだけど、なんか著者とウマが合わない気がする。
    文章の書き方があまり好きじゃない。
    私は精神病患者の実情を期待してたんだけど、どちらかというと
    精神病棟っていう制度の実情とか脳科学そのものについての話が多かった。
    医療制度とか脳科学そのものに興味がある人にはまあオススメ。

  • 「精神科救急」という聞きなれない職場に3年の長きにわたり密着取材した労作。
    様々な種類の患者や、そこで働く医者や看護師たちの姿が描かれている。

    精神病というのは、それこそ誰にでも襲ってくる可能性のあるものであり、世間一般で思われている以上に「身近な」病気であるということ、そして現在本当に沢山の人がこの種の病気で苦しんでいることを本書を読んで初めて知った。

    身近であるにも関わらず、普段見過ごして(あるいは避けて)しまっている世界を垣間見ることができる本だと思う。

  • この本はすごい。病院も書き手もすごい。
    だけど「病気」という内容よりも、これだけすごいことをやっている人たちがいて、ここ以外の一部の病院も頑張っていて、それでも全体としては大きな変化がないという話が頭にこびりついて離れない。
    精神病への無理解と無関心さが今の状態を継続させている。ってことが悲しい。

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