しんがり 山一證券最後の12人 (講談社+α文庫)

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著者 : 清武英利
  • 講談社 (2015年8月21日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062816090

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しんがり 山一證券最後の12人 (講談社+α文庫)の感想・レビュー・書評

  • 負け戦のときに、最後列で敵を迎え撃つ者たちを「しんがり」と言います。戦場に最後まで残って味方の退却を助けるのです。
    四大証券の一角を占める山一證券が自主廃業を発表したのは、1997年11月のことでした。店頭には「カネを、株券を返せ」と顧客が殺到し、社員たちは雪崩を打って再就職へと走り始めます。
    その中で、会社に踏み留まって経営破綻の原因を追究し、清算業務に就いた一群の社員がいました。彼らの一部は給与も出ないまま、「しんがり」を買って出て、無一文に近い状態になっています。この中心にいたのは、会社幹部に裏切られながら業務の監査をしていた人間たちで、証券会社では「カネを稼がない、場末の連中」と陰口を叩かれていた人々でした。・・・
    山一證券の破綻を、記者会見で号泣した社長の姿とともに記憶している方も多いことでしょう。「社員は悪くありませんから!」という絶叫でした。
    社長までが泣く、その大混乱にあって、「しんがり」の彼らはなぜ筋を通そうとしたのでしょうか。逆襲なのでしょうか、意地でしょうか、優しさなのでしょうか。
    山一が消えたあとも、彼らは不器用な人生を送っています。しかし、決して不幸ではないと言います。「会社の破綻なんて人生の通過点に過ぎないよ」「潰れたって、何とかなるんだ」と。
    一生懸命生きていれば、きっと誰かが見ていてくれる。――そんな彼らのメッセージは、どんな会社が潰れても不思議のない、リスク多き時代を生きる人々の励ましとなるのではないでしょうか。

  • これも後輩から借りた本。借りた本しか読んでない今日このごろ。(どうでもいい)

    山一證券が破綻し、会社が無くなることが決まった中で最後の闘いに臨む社員達の物語… といえばそうなんですが、そもそも山一證券の破綻とか子供の頃の話で全くピンと来ない出来事でした。しかし、当時の混迷ぶりやその悲惨さ・影響の大きさなどが各登場人物の体験・感情・行動と共に伝わってきて、普通ならば「この時期に大きな会社が潰れたんだってー」で済まされてしまう出来事を、臨場感を交えながら知ることができたのは凄く良かったです。
    この本の一連の出来事の中には、多くの教訓と言うか、学ぶべきポイントが散りばめられており、読む視点によっても捉え方が色々変わる部分も多いのではないかと思います。
    ・不正ダメ、絶対
    ・人生なんとかなる、会社なくなっても
    ・真摯に取り組めば報われる
    ・真摯に取り組んでも報われないこともある
    ・投資甘くない
    ・会社に頼りすぎるな
    ・仲間は大事
    などなど、挙げるとキリがなさそうですが、ノンフィクションだからこそ感じ取れるものが多くあったように思います。
    小説ばかり読んでる自分にとって、序盤はなかなか取っ付きづらい部分もありましたが、最後まで読んでよかったなあと思える書籍でした。

    しかし、巨人のイザコザくらいでしか名前を知らんかったから、清武さんって凄い人だったんだなあと思いました。(そこかよ)

  • うーんなんとも身につまされる話。規模は山一とはかなり違うが、当方もサラリーマン。最近、監督官庁からお叱りを受け、世間も多少騒がした。非常時の対応、経営陣の不甲斐なさ、かなりオーバラップするところがあって、他人事とは思えなかった。

    山一も多くの社員は筋の通った、人間であったのだろうが、利益追求の名の下誤った道を歩んでしまった。その後始末に奮闘した、12人の戦いは、本人が望むと望まないに関わらず賞賛に値する。

    自分が同じような行動をとれたかというと、全く自信がない。真っ先に逃げ出していたかもしれない。とても、嘉本さんのように、毅然とは立ち向かえなかっただろう。


    本書で、一つだけ残念なのは、大蔵省側の不正?(見て見ぬ振り)について、深く踏み込めなかった点だけである。

    今の所、今年一番の本である。

  • 山一證券が破綻したのは大学学部3年生の時。ニュースを見た時は「まさか山一が」と衝撃を受けた。

    しかしその後の報道および本書から、山一は相当前から破綻に近い状態だったことが伺える。

    著者は巨人でいろいろあった人だが、ジャーナリストとしては非常に優秀であることが本書から見て取れる。

  • 山一にこんな信念のしっかりした方々が居て、ようやく真相に辿り着いた。もっと早くに対処出来たなら変わっていたのかな。

  • 突然自主廃業となった山一證券。沈みゆく船から皆いち早く脱しようとする中、後処理を一手に引き受けた場末チームの奮闘を綴る実名ノンフィクション。

    つまらない仕事なんてない。つまらくしている自分がいる。社会のせい、人のせいにして、逃げを打つ人生にするのか、自分の信念を打ち立て、実りある人生にするのかは、自分次第なんだろうな。

    近所の同級生にお父さんが山一證券勤務の奴がいたな。廃業ニュースが流れてしばらくした後、静かに引っ越していってしまったことを思い出しました。元気にしてるかな。

  • 山一の敗残処理を引き受けた人たちは、決して自分のためにに引き受けたわけではなく、生活苦に喘ぎながらただ責任感や連帯感で引き受けるが、無給で将来に不安を抱きながらの事であり、頭が下がります。
    しかも自分を貶めるリスクがある危険な事でありながらも、その半端ない仕事は歴史に残る偉業を成し遂げたが、当事者達は後悔なく良い経験が出来たと語る。
    人は真に必要とされる、或いは必要と感じた時、尚且つそれが有事である時にこそ損得関係なく行動できてこそ価値のある人物であり、必ずその行いは誰かが見ていると考える。
    サラリーマンとて矜持を持ち、行動する心を少しだけでも汲み取りたい。
    同時に、悪事に手を染め私欲に過ぎないよう、反面教師となる旧経営陣からも学びたい。

    実名で記した作者も同様にリスクと根気がいったであろう。しかし、書いて残すことを使命を感じ、成し遂げた点では登場人物たちにも通じるところです。

  • 山一破綻後の清算処理・真相究明部隊が、自分たちの生活も顧みずに、山一證券がなぜ自主廃業へと追い込まれたのか、究明していくノンフィクション。
    会社を潰すため、清算するための業務だから社員の士気が上がらない。という当たり前なようでいて、会社が存在するうちは考えもしない事実にハッとした。

  • ビジネス・ノンフィクションに手を出すのは我ながら珍しい。
    私自身は自分の体験と重ね合わせられない、そんな時代の話。けれど、あの出来事は衝撃だったと、よく耳にする。

    会社が倒産するまでの話ではなく、会社が倒産したあとの話である。
    だから、どうあがいても、会社は復活しない。
    何を見出しても、覆水盆に返らず、とはこのこと。

    しかし、「しんがり」を務めた社員たちは、何かを見出すために奮闘する。
    自分の行く先さえ不安定で、周りには心ない言葉を浴びせる人たちばかりなのに。

    なぜ彼らはそれを全う出来たのだろう。
    そう考えると、やはり、それだけの会社であったのではないか、と私は思うのだ。
    もちろん仲間意識、責任感、そういった個人の持つ資質による所も大きい。
    けれど、そうした人を育てる懐もあった、そういう会社なのだろうなと感じた。

  • 1997年に多額の簿外債務の発覚がトリガーとなり、自主廃業を迫られた山一證券において、破綻後に簿外債務の事実関係の調査や顧客対応等の清算業務に従事した12名の社員の活動をまとめたノンフィクション。

    丁寧に時系列を追いながら、経営破綻後の会社でどのようなことが行われるのか、そしてその雰囲気をここまでリアルに体感できるのに驚くと同時に、会社が消えゆく様を最後までやり遂げた12人に去就する使命感とは何か、これを知れることに深い感動を覚える。12名のメンバーは精算業務に従事していた関係で他の一般社員に比べると再就職のタイミングは遅くなり(そのため、必然的に多くの社員が引き抜かれたメリルリンチのような有望な転職先は既に残されていない)、またその後も複数回の転職を余儀なくされるメンバーも多い。その姿は、終身雇用制度が終焉しても何とか生きていけるという現実的な楽観性を感じることもでき、感慨深い。

  • 山一証券自主廃業の際に破綻原因を追求きた人たちのノンフィクション。
    よくここまで調べたなぁと思いました。山一の人も、著者の清武さんも。
    不正、隠蔽、先送り。
    そんなことをしても、意味がないとわかりつつも、保身や自己の利益のため、手を染めてしまう人たち。それを暴くことの難しさ。そういったことが描かれています。

  • 山一証券の破綻のドラマを深く追った、読み応えのあるノンフィクション作品

    ある一定の年代以上の皆様はを覚えているでしょう。山一証券の自主廃業の謝罪会見で社長の「社員は悪くありませんから!」という泣きながらの謝罪を。その社長は、前任の社長から引き継いで数ヶ月後たったばかりであった。
    山一証券の自主廃業発表のあと、会社を清算や不正を追及する業務を行った業務管理本部のメンバーを中心に調査が行われていったが、そのことを知るひとはあまりいない。そんな、戦に敗れて退くときに軍隊の最後尾に踏みとどまる「後軍(しんがり)」のように、清算業務を行った会社員たちをジャーナリストの清武英利さんが取材したノンフィクションがこの「しんがり」です。
    あの山一証券の自主廃業の背景、そしてそれに関わり不正に手を染めた人々、関わり不幸にも命を落とした人たちと色々な山一に関わった人々が書かれています。

    最後には、そのしんがりをつとめた人たちの山一をやめたその後が書かれていますが、色々と複雑な気持ちになります。

    読み応えもある1冊となっていますし、テレビドラマにもなっているので、ぜひ気になる方は手にとって頂きたいです。

  • 企業の不祥事を美化することは、私は好きではありません。
    でも、不祥事の裏で「どのような動きがあったのか?」内部の人間でなければわからないことがあります。

    半沢直樹が企業エンターテインメントなら、「しんがり」はノンフィクション。

    山一證券が破綻した時、社長の涙、涙の記者会見。
    あの裏にあったことを、あらためて知ることができたのは、左遷された社員が最後まで会社に残り徹底的に原因究明をした社内調査委員会があってこそ。

    山一の会見・事件から、私たちは何を学んだのでしょうか?

    悪い部分があったのなら質し、正すことをしようとする
    部署があっても機能しているのか。
    うまく不祥事を隠すための社内調査は、あってはならないはずです。

    現在も様々な不祥事があります。
    調査委員会が設置され、記者会見が行われても納得できないことがあります。

    昔の事件ではなく、今の時代だからこそ一読しておきたい一冊だと思います。

  • 【会社の破綻なんて人生の通過点に過ぎない】、そんな風に思えている自分には心の奥にしまった怒りなのか淋しさなのかむなしさなのかが沸き起こってくるようなノンフィクション。
    日本企業の病巣の深さを改めて思い知らさせる小説を読みながら、某デベロッパーのお粗末な施工詐欺のニュースをみて、進歩のない国だと思う。

    今さら山一証券?
    いやいや、いまだからこそである。

  • 会社とは恐ろしい。
    非常識が常識になってしまう。
    私はこの本の方たちのように当たり前のことを当たり前のようにできる勇気のある人間になりたい。

  • 山一證券破綻の経緯は何かで読んだ覚えはあるが、調査委員会については良く知らなかった。余りにもひどい隠蔽だったけど、日本の会社にしては良くまあここまで調べたなと。自分の勤めている会社がある日突然潰れたらどうするか?答えはひとつではない。

  • 青柳副社長がキーパーソン?

  • 清武さん、ジャイアンツオーナーでナベツネに反抗したくらいのイメージしかなかったけど、なかなか読ませる文章を書く人だ。

  • 読了後に本作が講談社ノンフィクション大賞を受賞した作品だと知る。読み応えがあ理、無駄がそぎ落とされた作品。

  • 山一証券破綻について詳しく、かつリアルに描かれている。登場人物は多いが、一覧表などを見返しつつ読み進めることが出来る。経営陣を監視するコンプライアンスの重要性が強く印象に残った。☆☆☆☆

  • 働く意味を考えられる本だと思う。

  • 1997年に自主廃業した山一証券において、廃業に至るまでの真相を解明した社員たちのお話。

    バブル崩壊後の証券業界では、四大証券会社による総会屋への利益供与問題など、逮捕者が出るほどの不祥事が続いていた。山一證券では利益供与問題の他に、顧客の負債を自社の関連会社に付け替える「飛ばし」という違法な行為と、それらを隠すための「粉飾決算」を行っていたため、大蔵省より自主廃業を迫られたのである。

    廃業後の残務整理と真相調査については、業務管理本部という部署が中心に行ったのだが、自主廃業が決定した直後から、殺到する顧客の問い合わせに対応し、また転職先へと去ってゆく同僚を横目に見ながら、取材のプロであるマスコミ達を唸らせるほどの報告書をまとめた仕事ぶりは実に見事だった。本作を読む限り、しんがりのメンバーや一般社員の方々には気の毒だが、山一は潰れるべくして潰れた会社だったのかもしれない。

    社内の不祥事を暴くための調査だったが、報告書には大蔵官僚の不適切な言動も記載されていて、当時の大蔵省は相当焦った事だろう。業界だけではなく監督官庁も加担した不祥事の連鎖の中で、まさに掃き溜めに鶴のような人々がいた事を、決して忘れてはいけないと思う。

  • そんだけ悪いことしてたんだからつぶれて当然。他の証券会社でもそれに近いことはやってたんだろうな。

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四大証券の一角を占める山一證券が自主廃業を発表したのは、1997年11月のことでした。店頭には「カネを、株券を返せ」と顧客が殺到し、社員たちは雪崩を打って再就職へと走り始めます。
その中で、会社に踏み留まって経営破綻の原因を追究し、清算業務に就いた一群の社員がいました。彼らの一部は給与も出ないまま、「しんがり」を買って出て、無一文に近い状態になっています。この中心にいたのは、会社幹部に裏切られながら業務の監査をしていた人間たちで、証券会社では「カネを稼がない、場末の連中」と陰口を叩かれていた人々でした。・・・
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山一が消えたあとも、彼らは不器用な人生を送っています。しかし、決して不幸ではないと言います。「会社の破綻なんて人生の通過点に過ぎないよ」「潰れたって、何とかなるんだ」と。
一生懸命生きていれば、きっと誰かが見ていてくれる。――そんな彼らのメッセージは、どんな会社が潰れても不思議のない、リスク多き時代を生きる人々の励ましとなるのではないでしょうか。

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