百年の家 (講談社の翻訳絵本)

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  • 講談社 (2010年3月11日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (64ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062830423

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百年の家 (講談社の翻訳絵本)の感想・レビュー・書評

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  • 詩人の長田弘さんが訳していらっしゃる絵本なので手にとりました。1ページ1ページがとても丁寧な描写と雄弁な表現で頁をめくるのがたのしくなります。まるで人間の歴史であるかのような家の歴史の変遷を美しく絵画的な絵で表しています。お子様とお母さんで一緒に変化の発見をたのしめる絵本です。

    対象年齢:読み聞かせ 3歳から ひとりよみ 5歳から

  • 2010年発表。

    100年の家が見つめてきた人々の毎日を
    詩情豊かに描いた絵本で、
    2008年に小さなノーベル賞とも呼ばれる
    国際アンデルセン賞を受賞した
    『エリカ、奇跡のいのち』の
    ロベルト・インノチェンティの新作絵本です♪


    一軒の古い家が出会ってきた人々や歴史を
    まるで自分史を語るように、
    温かくも写実的な絵で
    1900年から順に見せてくれます。



    構図は常に
    一定の視線から見た定点観測。


    廃墟になっていた
    山間にある石造りの家に人が集まり
    家族が移り住むところから物語は始まり、
    この家に住んだ人たちの
    長い長い歴史が語られていきます。



    優しい人々と共に作物を育てた
    あったかい時代。


    結婚があり新しい命が生まれ
    そして誰かが亡くなり、
    やがて大きな戦争が始まる…。



    ページをめくるたびに時代が変わり、
    その家に住む人々の生活も変化していく。


    服装や時代の移り変わりに沿って
    進化していく道具や井戸や畑の風景、家畜、自然のうつろいなど、
    見るたびに新しい発見があり
    飽きることなく
    その美しい絵に浸っていられます。



    アメリカの詩人、J.パトリック・ルイスの文を訳した
    同じく詩人の長田弘さんの重厚な文章が
    物語をグッと引き締めています。



    人が家に命を吹き込み
    家が家族を見守る。


    家と人が織りなす
    100年の歳月を閉じ込めたストーリーに
    なぜだか涙が溢れてきました。


    家とは
    人がそこに住んでこそ、
    生気を吹き込まれるものであり、
    人が家に暮らす
    普通の日々の積み重ねが
    歴史を作っていくということを
    あらためて教えてくれた
    本当に美しい絵本です。

  • 家を主人公にした物語はわたしのなかで「ちいさいおうち」でしたが、これも素晴らしかった。
    喜びや深い悲しみ、そして新しい時代、希望、喪失。

    1656年に建てられたこの家はある日こどもたちによって発見され新たに命が吹き込まれる。1900年代の話。
    それから若い夫婦が住み、結婚式を行いこどももうまれ、ブドウの木が芽吹き幸福な様から一転、
    第一次世界大戦で夫を失った妻を囲い、第二次世界大戦では避難所となり、やがて新しい世界へ。そこに、ここにいるのはわたし(家)だがわたしではないなにかがここにいる。

    深い。深すぎて鳥肌もんだった。
    たまたま会社にあったので手に取ってみたが想像以上にいい絵本で驚いた。素晴らしい。

  • 100年。悲しみも喜びも、分け隔てなく、歴史は包み込む。

  • 石の家の歴史です。
    昨年の翻訳本topだという事でした。
    大型本で、描写に圧倒されました!

  • 1900年からおよそ100年、1軒の家が
    見守った物とは・・・

  • 私が心を持つ家として最初に思い出すのは、
    バージニア・リー・バートンの『ちいさいおうち』である。

    「彼女」は、静かな田舎でリンゴの木や畑にかこまれて幸せに暮らしていたが、
    やがて周りが町になり、数奇な運命をたどることになった。

    「ちいさいおうち」が生きた物語は、その持ち主の人生くらいで、
    人の2代、3代くらいの長さであった。

    本書の家が生きた歴史は、もっと長い。

    家は1656年生まれ。扉にあたる、家の言葉がしみじみと深みを持つ。


      この家の扉の上の横板に、1656と記されているのが読めるだろう。

      それがこの家、つまり、このわたしがつくられた年だ。それはペストが大流行した年だった。

      はじめわたしは石と木だけの家だったが、時とともに、窓ができて、わたしの目になり、

      庇ができて、人の話し声も聞こえるようになった。わたしは、さまざまな家族が住んで

      育つのを見、おおくの木々が倒れるのも見た。たくさんの笑い声を耳にし、たくさんの

      銃声も耳にした。

      なんども嵐が来て、去って、なんども修理がくりかえされたが、結局、わたしは住む人の

      いない家になった。

      そして、ある日、キノコとクリを探しにきた子どもたちが、勇敢にも、人の住んでいない

      この家のなかに入りこんできたのだった。

      そうして、いまにつづく現代の夜明けのときに、わたしには、新しいいのちが吹き込まれたのである。

      この本は、古い丘にはじまり、二十世紀を生きることになった、わたしのものがたりである。

                                           2009年


    この扉文で、著者が家の命をどのように捉えているのかがわかる。

    家は、家としてできあがったときに目も耳も得るが、
    人が住んでいることでこそ生かされるのだと。

    この家は1656年生まれだが、本書は「百年の家」(原題:The House)である。

    20世紀の人々とともに生きたことが物語りになっているのだ。

    家が何世紀も命を持ち続けるという感覚は、頑強な石の家を作り、
    何年も住み続けるという感覚のある西洋ならではかもしれない。

    日本はもったいない精神で大切に物を使う時代ならば、
    家だけでなくあらゆる物に対して
    そういった感覚を持ち合わせていたかもしれないのだが・・・。

    西洋も家への感覚が変わってきていることを本書は示唆している。

    1900年、廃屋だった家を子どもたちが見つけるところからお話は始まる。

    本書は、左側に小さな挿絵と年、右側に四行の文章のページと
    その年に対応して、見開きで家と周りの風景を描いたページで構成される。

    1900年の挿絵は、木の実を集める子供たち。

    小さなサイズの絵だが、ポストカードとして眺めたくなるような絵だ。

    四行の文章は、このように書かれている。

      ざわざわと、騒がしいためいきのような声がした。

      ―「見ろよ! おっそろしく古い家だ」

      もうずっと、ただの廃屋だったわたしを、

      やっと見つけてくれたのは、子どもたちだった。

    本書は非常に大判の絵本であるが、
    この歴史をもった家と周りの風景を描き出すにはちょうどよい大きさに思える。

    絵はひとつひとつが非常に細やかにていねいに描かれている。

    1900年のページでは、家を見つけてやってきた10人の子どもたち、
    家の周りの木々や生き者たち、そして、忘れ去られていた家。

    1901年は、家を修繕している人たち、
    そして、周りの土地を耕す人と牛、木は切り倒されている。

    1905年は、移り住んできた人たちが、
    木を切ったところに苗を植えている。
    上では家畜を放している。

    人がやってきて生活を始める様子がそのまま家に、
    そして、この絵全体に生命を与えているかのようだ。

    1915年は、家の娘の結婚式。

    1916年、そして子供が生まれた。

    1918年、第一次世界大戦が終戦したが、兵士だった夫は亡くなった。

    挿絵の妻が泣いている。家は雪景色の中だ。

    1929年、1936年・・・。

    そして、戦時下の1942年。

    この色彩の暗さは何だろう。

    くっきりと濃い影が存在する。

    でも、家はこの中でも確かに希望の灯りとして存在していたのだ。

    オレンジ色の光に力があり、温かい。

    この1942年の見開きページがちょうど本書の真ん中のページに相当する。

    これはそのままひっくり返すと表紙と裏表紙とまったく同じ絵であることがわかる。

    四行の言葉に、そして、絵に込められた行間。

    この家の死は、戦争で訪れたのではなかった。

    1967年の葬儀。

      みんなが集まっている。雨降る日の葬式だった。

      母親の柩を乗せた車が、わたしの前を通り過ぎてゆく。

      心をなくした家は、露のない花のようなものだ。

      弔いの鐘が、ひそやかに鳴った。

    戦争の日々よりも、寂しく悲しい色彩の絵。

    悲しんでいるのは、雨の葬儀に集まった人たちだけではない。

    そして、この家には誰も住まなくなる。

    1973年。

      いままでの暮らし方を継がない。それが新しい世代だ。

      だが、若さだけで、この家の古い石は、とりかえられない。

      この家がわたしだ。けれども、わたしはもうだれの家でもない。

      運命をたどってきたわたしの旅のおわりも、もうすぐだ。

    1999年。

    このページの文章ははじめて、四行を越えている。

    そして、ここに込められた言葉の深さ。

    この家が生きたのは二十世紀だ。

    二十一世紀を描くとしたらどんな百年の家になるのだろう。

  • 年号と文面ページ、そして見開きの絵が繰り返される。
    静と動、余白。そこに時の流れを感じる。

    細やかな絵が、切り取った時間と動きを感じさせる。
    変化していく環境と人。じっくり向き合いたい1冊。

  • [江戸川区図書館]

    百年の家。題名からもうっすらとそのコンセプトはわかり、バージニア・リー・バートン の「ちいさいおうち」のように、ある家の周囲の移り変わりを追うんだろうな、と思いながら借りてきた。

    ただ、思ったよりも重たい雰囲気?の本で、かつ出だしの1ページに字が多く、その後は年号と字のページ、見開きの画のページ、と交互に続く(絵と絵が続かず、間に見開きが入ってしまう)ので、正直読みたがらないかもなーと危惧しながら提示してみると、思ったよりも食いつきがよく、まるで間違い探しのように前のと後のとを見比べたりして最後までくいついていた。

    ただ、提示している私自身、今イチ出だしを理解せずに読み進めてしまったが、「1656年」に建てられ、一旦廃屋となっていた家が、1900~1999年という二十世紀の100年間を過ごした流れを描いたものだったんだ!そこに二回の世界大戦、再度の廃屋期間を含み、世界の歴史と家族の歴史、その時々に応じた季節と時代の変遷も含みつつ。読み終えてからその流れと二回の世界大戦のことも説明してから読めばよかったと後悔。また、途中、抵抗運動の兵士たちが農民たちに感謝されるくだりも「なんで感謝されるのか」と聞かれて十分に答えられなかったことに反省。「抵抗運動の兵士」だから軍隊ではなく、いわば普通の人々で、本文にあるように「銃撃を中断してまで農作業を手伝ってくれたから」の感謝であることはわかるけれど、それ以前に「何に対する抵抗運動」なのか、しっかりとした内容がわからないからこっちの説明も自信無げなあやふやに。やはり戦争自体についての抵抗?この地域への侵攻に対しての抵抗?

    とりあえず精工なつくりの絵を見るだけでも興味深い一冊。

  • 建物を中心に周囲の変化がみえて、感慨深い

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百年の家 (講談社の翻訳絵本)の作品紹介

一軒の古い家が自分史を語るように1900年からの歳月を繙きます。静かにそこにある家は、人々が一日一日を紡いでいき、その月日の積み重ねが百年の歴史をつくるということを伝えます。自然豊かななかで、作物を育てる人々と共にある家。幸せな結婚を、また家族の悲しみを見守る家。やがて訪れる大きな戦争に傷を受けながら生き延びる家。そうして、古い家と共に生きた大切な人の死の瞬間に、ただ黙って立ち会う家。ページをめくることに人間の生きる力が深く感じられる傑作絵本がここに…。人が家に命を吹き込み、家が家族を見守る。家と人が織りなす百年の歳月。

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