ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)

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  • 講談社 (2011年5月18日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062881005

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ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)の感想・レビュー・書評

  • 海外の文学を読むにあたって、神の存在は無視できないことのように思うという発想から本書を購入しました。
     なんといっても総称してキリスト教と言うのは一信教ですよね・・・多神教的発想の日本人の僕に、理解できるのだろうかという一抹の不安があったのは確かです。
     【本書より抜粋】
    「自分自身が無神論者だと思っていることと、実際に無神論であることとは違うのではないか。神を信じてはいないと信じていることと、実際に信じていないこととは別の事ではないか。そう考えると、無神論とは何か、と言うことは結構難しい問題になります。」

     本書は、総称してキリスト教の矛盾点を指摘し、それにそれなりの回答を付している本です。僕の見解からすると、矛盾点は払拭されませんでした。でも、理解するように努力しなければ西洋文学は、読めませんからね・・・。

  •  なんとなくずっと、「キリスト教ってのがよくわからん」というささやかな悩みがあったんで、なんとなく話題になっていたものをあまり考えずに購入。正直に言うと、あまり期待していなかった(笑)。の割には面白かった。
     橋爪大三郎さんというのが、ぐぐって調べると東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻価値論理講座言説編成分野教授という、寿限無そのもののようなサッパリワカラナイ肩書きの人で、大澤さんっていうのは元京大の人らしい。要はふたりの学者さんの対話形式の本。
     いったいキリスト教ってなんじゃらほい、というくだけた地平線からの本。僕もそうだけど、キリスト教に興味あるからって、旧約・新約聖書読破するほど余裕ないですもんね。僕は昔、旧約の創世記とヨブ記くらい読んだか・・・新約はほんとに拾い読み程度。。。

     でもこの新書は、そのくらいの基礎知識で楽しめます。ユダヤの民っていうのはどういう人たちなのか、からはじまって、旧約聖書ってどうやってできたのか。誰が作ったのか。イエスってどんな人だったの?なんで殺されたの?新約聖書って誰がいつ作ったの?とか、そういうレベルの話のオンパレード。結構、新書の命であるところの「ガッテン度合い」が高いです(笑)。スタイルは、大澤さんという人が「フツーに考えてさ、おかしーじゃないっすか」という質問者役。それに橋爪さんが答えるスタイル。

     それでもワカラナイところはいっぱいあって、大澤さんも、「むつかしいですよねー」とお茶を濁しているところもあるんだけど、やっぱり、少なくとも僕はなんとなくの先入観で考えてしまっていたキリスト教のありようがややクリアになりました。ま、例えば、「カトリックとそれ以外ってどう違うの?」とか「キリストの頃から結婚式やってたの?」とか、そういうこと。

     なんとなくどこかに俺は知らないけど決めゴトがあるんだろうなあ、というぼんやりしたトコロが少しでもクリアになる。大勢の人がなんとなくわかった気になっているけど、なんとなく大勢が誤解していることがいっぱいあるんだ、ということ。そういうことを発見するのはなんとなく楽しいですね。
     ま、こういうの読んでも商売にも生活にも、何も役立ちはしないんですけどね(笑) これもまた読書の快楽。

  • 面白いです。
    こんな風に整理できるとは。
    売れている新書のリストから、興味を持てそうな物を選びました。

    近代に、西洋の文明や価値観が世界に広まっていった。
    民主主義も、市場経済も、科学技術も、すべての根底に実はキリスト教的な発想があり、これが日本人にはどこか理解しがたい面がある。
    それはなぜかを説き明かしていく内容。
    対談形式で、素朴な疑問から入っているので、とっつきやすい。
    あちらでは誰もが知っている聖書の内容に、少し詳しくなれます。
    わざと居酒屋談義調にしている所もあるようだけど。

    一神教と、儒教や仏教との違い。
    一神教では、神は絶対的な存在で、人間とは別次元。
    不幸や災いは神の試しで、好きなように出来る。
    すべてを作った存在だから、自然は神の物。
    科学はそれを人間が理解しようとするもの。
    奇跡は、自然の法則を作り出した神だから、その法則を越えることも出来るということ。

    キリスト教もユダヤ教もイスラム教も、同じ神を信仰している。
    ただ、ユダヤ教は律法を中心に発展した。
    イスラム教は、キリストをムハンマドよりも格の低い預言者の一人として扱っている。

    キリスト教はユダヤ教の一部として始まり、現在も旧約聖書を内包している。
    イエスはキリスト教を始めようとしたわけではなかっただろう。実在のイエス・キリストはマトリョーシカの一番内側の人形のような物では、と。

    パウロはギリシャ語で手紙を書き、それが聖書の元になっている。
    東方のギリシャ正教はそのままギリシャ語の聖書を使った。
    ローマ帝国がキリスト教を国教としたため、カトリックはラテン語の聖書を使った。
    民衆はラテン語は読めないか、そもそも字を読めなかったので、教会がなくてはキリスト教について知ることが出来なかった。
    偶像崇拝も禁止していたが、字が読めない人々に理解させるには像や絵が必要で、教会内の装飾や宗教芸術が発展していくことに。
    偶像崇拝とは、元々は土俗的な小さな神々を崇拝することを意味していた。

    さまざまな手続きが増えて教会が利権を独占していったのを、批判したのがプロテスタント。
    聖書を各国語に翻訳して、一人一人が読めるようにした。個人の信仰を大事にして、教会はシンプルに。

    日本人にとって理解しがたいのは、ユダヤ教が発展した環境が日本人とは全く違うから。
    ユダヤ人は敵に囲まれた環境で、侵略されて故郷を追われた所から、よりどころとしての宗教を進化させた。

    マルクス主義は「宗教は阿片だ」と批判したため、宗教とは正反対のように思われているが、じつは構造がキリスト教とそっくり。
    ソ連では、宗教を弾圧した代わりに共産主義が入った。
    今は中国でキリスト教が広まりつつある。

    日本人にとって神さまは先祖、身内、友達のようなもので、だから沢山いて良い。
    物にも何かが宿るという感覚があり、これはアニミズムの影響。
    物造りに熱中し、賛美するのは日本人が一番。
    イスラム国では製造業があまり発展しないのは、偶像崇拝を禁じているからではないかというのも面白い。

    イスラム圏は中世まではキリスト教圏をリードしていた。
    クルアーン(コーラン)があまりに詳しく生活の仕方なども定めているため、進歩が行き詰まった?
    キリスト教圏では、法律は人間が具体的に変えていくものという感覚で、柔軟性が強かった、など。

    テーマが大きく、歴史も長いので、おおざっぱな話になっている面もある。
    ここで力を入れなくてもと思うようなところで、力説していたり。
    日本人の宗教観も一つではないしねえ…
    ある角度から見るとこうなる、という限定付きかも。

  •  近代化、むしろ西洋化された現代社会のあり方はキリスト教の思想がベースとなってしまっている。ならば現代社会の様相を知る上でキリスト教の世界観や思想を弁えておかなければならない。そこで社会学者である二人がキリスト教について対談形式でその基本的な世界観を概説する本。
     語っている二人がキリスト教信者でもなければ宗教者でも宗教学者でもないので、ユダヤ教やキリスト教に関する教義に、キリスト教関係者ならば絶対に言わないであろうツッコミやいじりを平気で交えている。そしてキリスト教の教義や思想が社会にどのようなインパクトを与えたのかを本の最後で「社会学的に」語っている(その点が受けているのだろうか、かなり売れているらしい)。イエスの復活や三位一体説の整合性など、なかなかキリスト教に関する基本的教義が理解しにくい面があるのも事実なので、その点の論理を平易に概説しているのが分かりやすい。

  • 最近「無宗教」を公言する人をみる度に
    血液型性格診断を批判する人へ抱くのと同じ嫌悪感を覚えることが多かった

    それは「何も知らないくせに、なぜ偉そうに否定するのか」
    という気持ちになるからであって別に血液占いを肯定するものではないけど
    キリスト教や他の宗教、無宗教ということについて
    僕はあまりに知らない事が多いという実感があった

    この本はすべての世界宗教・普遍宗教を横断的に捉え
    かつ根本的な性格を理解し深い洞察力をもつ(以上は自称)
    2人の社会学者の対話篇という形で知識を提供してくれる

    読後に、少なくともこの内容くらいは理解していないと
    グローバル時代の社会人として恥ずかしい事だった
    そう感じさせられた

  • キリスト教(ユダヤ教・イスラム教)を知ると、欧米の考え方の背景がわかります。
    そういうことかっ!!と膝を打ちながら、橋爪 大三郎+大澤 真幸のやりとりを笑いながら読みました。面白過ぎます。www

    米国にやり込められないために読むべきだと思います。
    まず、思考の仕方が違い過ぎる。
    バックに神がついてると思えばこそ、彼らは強気なのよ!

  • キリスト教について,あまり知識がなかったのでちょっと難しかったです。二人の話には正直ついてけなかった。でも,この本が,阿刀田高の「旧約聖書を知っていますか」「新約聖書を知っていますか」や中野京子の「名画の謎 旧約・新約聖書篇」などを読むきっかけになったのでよかった。もう一度再読してみようと思う。

  • 唯一で全知全能の神は間違わないはずなのに、罪を犯すような不完全な人間を創造してしまう。そんな人間がはびこっているから、洪水で全滅させることにしたのに、義人ノアを見いだして彼らだけは救う。
    そういった不可解なことをいくつも取り上げては、どう考えるべきか解説される。

    第一部のまとめとして、意識レベルの信仰と、態度レベルの信仰という話があった。
    このくだりは、昔大学(ミッション系)できいたキリスト教関連の講義での話を思い出させる。
    講師は宗教学者、というより、神学者で、矛盾に満ちていることは承知の上で、そういうものだ、と受け入れるのが信徒だと言っていたことを思い出した。
    キリスト教は中世の魔女狩りのイメージもあって、科学に反するもののように思われるかもしれないけれど、近代科学が発展した動因は神の意志を明らかにしたいという意志だった、とも、その講義で聞いた。
    態度レベルに浸透したキリスト教的な発想が、世俗社会も含めた見えないシステムになっていくというのは、以前聞いた話とも符合するので受け入れやすかった。

    イエスは、ヨハネ福音書以外では「神の子」とはされていないという話が面白かった。
    その代わりに「人の子」と呼ばれているとのこと。
    「人の子」とは、一人の人間という意味に過ぎないという説がある一方で、メシアと解釈されてもいる。しかし、メシアとはユダヤ人を助け出す軍事的リーダーのことだった、とは。

    扱われる内容が多岐にわたっていて、とても全体を振り返ることができないけれど、そう言うことだったの?と思ったことも多々あった。

  • 普通に生活している日本人が、キリスト教なるものにぼんやりと抱きがちな疑問について、社会学者が対談という形で「解説」する本です。

    本書は他のメディアやレビューにおいても絶賛されており、何よりよく売れた本ですので、ここではわたし個人が特に気になっていた2つの「ふしぎ」についてまとめておきたいと思います。

    ひとつめは、「三位一体」です。これは単なる理屈の問題のように思われますが、ディベートで劣勢に陥った体制派が、苦し紛れにひねり出したヤケクソのこじつけ、のように思われてなりませんでした。こんなものがなぜ「正統」として受け入れられてきたのか。

    これは第三部の最初(P.241~)に取り上げられます。「三位一体説を含め、さまざまな教義の矛盾を解決されるために「公会議」という権威が生み出された、公会議の結論を、強制力のあるものとして受け入れるのが"キリスト教の習慣"である」というような答えとなっています。しかし大澤氏は最後に"でもまあこれ(三位一体説)は、いつまでも何を言っているのかわからない説でもあります"と述べています。やはり外から見れば、"苦肉の策"ということのようです。

    ふたつめは、「救済予定説」です。「いかに勤勉に生きようと堕落しようと、そいつが救われるか否か、は最初から決まっている」。これをそのまま受け取ってしまうと、信者に対するきわめて冷淡な宣告であるように思われます。M.ウェーバーの有名な議論もありますが、信者が仮に「プロ倫」を読んだところで、わたしと同じように、わかったようなわからんような感じ、を抱いて終わってしまうのではなかろうか。それでも、「予定説」が粛々と受け入れられてきたのはなぜか。

    これは本書終盤のP.295~で取り上げられています。橋爪氏が持ち出すのはなんと「ゲーム理論」です。このゲームでは、自分の利益を最大化するならば、自堕落に暮らすことが支配戦略になります。ここまでは実感の通りです。しかし、ここから思わぬ展開になるのです。引用します。

    "このような状況で、もし勤勉に働いている人がいたら、それは神の恩寵によってそうなっているのです。勤勉に働くことは、神の命じた、隣人愛の実践である。この状況で、勤勉なことは、神の恩寵のあらわれです。となると、自分が神の恩寵を受けていると確信したければ、毎日勤勉に働くしかない(P.302)"

    要は、"自分はこのゲーム(=自分の利益最優先)からはみ出していること、すなわち神の恩寵を受けていることを証明したい"がために、勤勉に働く。ここまで説明されれば、完全に説得されたとは言えないまでも、とりあえず納得できました。

    その他、全体にわたって興味深いQ&Aが目白押し。目からウロコの傑作です。

  • ホントにそんなことつっこんじゃっていいの?という部分を一般の日本人の感覚で論じ合っててすごくおもしろいしわかりやすい。なによりこんなにもイスラム教やユダヤ教などの一神教にくらべて、キリスト教が矛盾をはらんだものであるのにここまで世界の支配的な価値観を形作っていることがまた興味深い。

  • 宗教に、昔から興味があります。
    と言っても、私はいわゆる無宗教(強いて言えば、日本人的な「山には山の神様」というような感覚)なので、キリスト教とかイスラム教とか「宗教を信じる」とはいったいどういうことなのか、それがすごく気になっていて不思議で、教典そのものだったり解釈書だったり、色々読んできました。でも、本との相性なのか、腑に落ちたことはなかった。

    この本は、タイトルどおりキリスト教についての議論なのですが、一神教とは何か、ということを理解する大きな一助になる本でした。

    一神教を信じているひとたちが、どのように世界を理解しているのか。
    ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、それぞれの違いは何か。
    キリスト教から生まれた近代西洋が、どれほどキリスト教的精神を受け継いでいるのか。

    対談形式ということもあり、小難しくなく、すいすい読めます。
    この本をふまえた上で勉強し直したら理解が容易になるかな、とちょっと期待。

  • 大澤真幸が最初に、この本はとても素晴らしいと自画自賛してて、橋爪大三郎も最後で同様に自画自賛してるんだけど、本人たちが言ってるほど、おもしろくはなかったぞ。

    でも、分かりやすい部分もあって、読んで良かったと思ってる。
    分かりやすかったのは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の関係。どこまで一緒で、どこからが違うのか?それが、クリアーに整理されてた。

    イスラム教の方が、論理的に矛盾が少なく、キリスト教は矛盾がいろいろあるので、ギリシャ哲学みたいなものを通じて「三位一体」という、どう考えても、理解しにくい理屈をつくりだした。

    ところが、前近代までは、イスラム世界や中国のほうが文明的にリードしてたのに、宗教革命くらいから?キリスト教文明の中で、自然科学が抜群に発達し、民主主義が誕生し、市場社会が生まれた。

    オレとしては、自然科学の発達と、民主主義という政治システム、そして、市場社会の誕生と言う、こういう人類にとって画期的なことが、どうして、イスラム社会や、仏教の合理的な考え方をもった土壌から生まれなかったのか?それが特に知りたかったんだけど。
    2人とも社会学者なんだから、そこのところこそ、明晰な説明をしてほしかった。

    ユダヤ教には律法主義があり、イスラム教徒にも厳格な宗教法があるけど、キリスト教にはそれがなくて、自分たちで法律を作る自由があったから、そこから近代が生まれた、という説明には、いまいち、納得できなかった。
    だって、中国文明にもインド文明にも日本にも、ユダヤ教のような律法主義は無いし、自分たちで法律を作ってたのに、人類の歴史を変えるほどの自然科学の発達も、民主主義や市場社会の誕生も、無かったんだから。

    橋爪大三郎の説明って、肝心なところで、マックス・ウェーバーの古典的な説明に頼りきりになってる印象。
    ウェーバーの、特に宗教社会学に関する分析は、現代でも使えるくらい正確。

  • 著者の橋爪さんの話は協力隊の講義の中で聞いたことがありました。
    宗教を知らない自分にとって、目から鱗の連続だったのを覚えています。

    たとえば、僕はイスラム教、ユダヤ教、キリスト教がすべて同一神からきているとも知りませんでした。じゃあ、その違いは何か。預言者の違いが大きなところを占めるそうです。

    宗教を本格的に勉強をしたい人の第一歩として最適だと思います。

  • 2013.01.24 読了

    勉強になった。とても。
    キリスト教についてほとんど何も知っていなかったということを思い知らされた。
    進化論もきちんと消化できてるんだと知った?それだけでもだいぶ印象が変わった。

  • 西洋社会を、そして現代を理解するためにはキリスト教の理解が不可欠。そしてその土台であるところの「キリスト教」自体がわりとふわっとしていて矛盾だったり解釈の余地を多く残している。それが面白いところであり、タイトルの「ふしぎな」に込められているところだ。キリスト教が国教化し、封建社会との共存が必要となったときキリスト教側がイニシアチブをとるべく利用したのが「結婚」。封建社会にとって必要不可欠な「結婚」に神の手続きを組み込んだ。なるほど!プロテスタントが、資本主義社会を加速させた、とするウェーバーの論。なかなか理解がむずかしかった。ただ、あまり読むモチベーションが沸かなかった、って感じもしてしまいました。

  • 宗教とは縁遠い生活を送っていると思い込んでいる現代においてすら、宗教が我々の生活に深く根を張っているということがわかる一冊。科学が発達した現在においても、人間は宗教の影響から完全に脱することは不可能なのだということを痛感した。
    考えてみれば、いくら科学が発達しても、死後の世界は絶対に解明することはできない。宗教は死に対してどう向き合っているかということにも深く関わっている。現に、無宗教だと言われる日本においてすら、亡くなった人のためにお墓を建てる。
    後半で橋爪氏が宗教の定義について、「行動においてそれ以上根拠のない前提をおくこと」としていたのは、納得した。この定義に従えば、我々が宗教としているものの範疇の外にある、さまざまなものですら宗教になりうる。(本書で例示されているマルクス共産主義などもそうである)
    本書ではキリスト教にフォーカスし、ユダヤ教からの勃興から、他の宗教との比較によるキリスト教の独自性、さらには中世から現代における宗教の影響等、さまざまな論点が内包されていて、興味深かった。高校の世界史や倫理だけでは、ここまで深くは学べないと思う。一神教と日本の神道の相違、人間でもあり神の子でもあるというイエスの矛盾と一神教の相克、イエスの復活というパラドックス、公会議というキリスト教独特の制度、ギリシア哲学との融合、理性の宗教に対する浸透と侵食・・・。
    大澤氏が冒頭で述べているが、近代化≒西洋化≒キリスト教という図式があり、今日の世界の仕組みを理解する上で、歴史という分野は非常に重要であり、その歴史におけるお大きなイベントに影響を与えた事項として宗教は切り離すことができないであろう。
    専門書のような小難しさはなく、解説は噛み砕かれていて、非常に面白かった。もう一度読んでみたい。

  • ニーアル・ファガーソン「文明」を読了後、また読みたくなってしまった。やはり何度読んでも明快で面白いです。「キリスト教から最も遠いと思えるその地点そのものが、実はキリスト教によってもたらされた到達点である」…一神教と最も無縁と思われる我々日本人が、非西洋で最も早く西洋にアジャストできたのも、実はこのキリスト教の構造に秘密があったのかも知れないと改めて思いました。

  • 自分の無知を再認識しました。そうだったんですか、ユダヤ教も、イスラム教も、キリスト教も同じ神様だったんですか。
    何で最近は預言者がいないのか、アメリカ大統領になるためのハードルになるのはなぜなのか(低くなりつつあるみたいですが)、何で科学と両立できるのか腹落ちしました。
    ちなみに、どっかの書評かコラムで、宗教者からは強引にまとめすぎとの意見があること、著者(対談者)はそれを認識しているとのことでした。

  • ふたりの社会学者がキリスト教に関する疑問などを対談形式で話しあっている本。
    多少は社会学を学んだ者としては、あぁわかるなって所もあったし、意外とするどいなってところもあった。信じる前の自分を思い出しながら、キリストを信じていない人はキリスト教をこんなふうに捉えるんだなぁって思いました。
    でも、これがキリスト教のすべてだと思われるのはいやだなあ。核心の部分はやっぱり、聖書を読んではじめてわかると思います。

  • タイトルからつい「不思議な第3惑星」という歌を思い出してしまいますが、内容は実に濃い、そして発見の多いものでした。
    二人の社会学者が対話形式でキリスト教についての解説をしている構成。
    大澤氏が世間一般を代表しての疑問を投げかけ、橋爪氏がそれに答えるという形式を取っています。

    まず、宗教が発生した大きな理由として、土地の過酷さがいかに大きいものだったかが語られました。
    植物の育たないような荒涼とした土地に登場する神は、やはり荒々しく、猛々しい存在。
    さらに、中東の地域では、王国がめまぐるしく興亡したため、心の支えになるものは、国家ではなく神だと人々が思うに至ったと解説されています。

    ローマ軍によってエルサレムの神殿を壊されたユダヤ民族は居場所を失くして世界中に散らばったため、国家を失くしても、宗教を通じて結びついているという思想が顕著になったのでしょう。
    ユダヤ教徒が、長い間流浪を強いられていたにもなお、宗教を捨てずに王国再建を目指している、その不屈の精神は、ひとえに信仰心がなせるものなのです。

    一神教の激しさ、絶対性は、八百万の神のいるみずみずしく豊かな自然に恵まれた日本の地には見られないもの。
    私たちが他宗教を理解するにはまず、その環境の違いを理解しなくてはいけないことに気付かされます。

    日本人は、キリスト教を理解しようとすると「二階建ての家屋の二階部分(新約)だけをいきなり受け入れているように思える」そうです。
    だから、日本人はキリスト教が今一つ理解できないのだとか。
    一階にある立法(旧約)と隣人愛をまず理解することが先だそうです。
    確かに、まずユダヤ教を学ばなければ、キリスト教を理解することは不可能です。
    イエス・キリストも、どこにもない教義について語り始めた教祖というわけではなく、旧約聖書の独自の解釈からはじまったとのことで、キリスト教は旧約なくしては語れない宗教なのです。
    教祖ではないのに彼を中心に語られる宗教。自分がイエスにもっていた肩書とイメージが崩れてきました。

    預言者とは一神教にしか考えられない存在だとされています。
    神道では、巫女のような存在でしょうか。
    ムハンマドは預言者ですが、イエスはそうとられていません。
    預言者は、神から言葉をもらって語りますが、イエスは自分の言葉で神のように語るという点に違いがあるそうです。

    イエスは預言者ではなく、メシア(救世主)と言われます。
    神の言葉を伝えるだけの預言者とはちがい、世の中をつくりかえるのがメシア。
    それはマルクス、レーニンのような革命家だという例えに、驚きました。

    さらにイエスは「神の子」だと言われます。
    これは、彼の生前から人々がささやいていたわけではなく、死語にパウロが確立した考え方だとのこと。
    神の子というのもまた曖昧な表現であり、それについても言及されていました。

    また、キリスト教を体系化したのがイエスの十二人の弟子ではなく、後から入ってきたパウロなのはなぜかというと、十二人の弟子の学がなさすぎて、能力があまりに低かったためだという説明がありました。
    なんという身も蓋もない理由でしょう。漁師を生業にしている者などが彼を支持し、弟子になったため、弟子たちはヘブライ語しかしゃべられなかったそうです。
    パウロはギリシア語ができたため、公的な文章を残せたそうです。

    モーセもパウロも口下手だったとのこと。偉大な英雄というイメージが強いですが、意外にも人間らしい欠点があったわけですね。
    橋爪氏ががキリスト教徒なのか、わかりませんが、人類の歴史の中で最も影響力の大きかった出来事といったらたら、「イエスの処刑」と答えるそうです。
    たった一人の人間の死が、結果的には人類史に圧倒的な足跡を残... 続きを読む

  • 95点。社会科学と宗教は切っても切れない関係だし、学問としてやってなくとも一般教養としても少しは宗教について知っておいてもいいんじゃないのかと思う人。もしくは、宗教て何よ。みたいに興味を持った人たちにまずオススメしたい良書リストの上位に加えたい一冊。小室直樹の『日本人のための宗教原論』と併せて熟読されたい。

  • 橋爪氏評する、「日本人が神に支配されたくないのは、そのぶん自分の主体性が奪われるから。日本人は主体性が大好きで、努力が大好きで、努力でよりよい結果を実現しようとする。その努力をしない怠け者が大嫌いで、神まかせも大嫌い。と考える人びとなのです。だからカミが大勢いる。カミが大勢いれば、カミひとりの勢力はそのぶん殺がれる。人間の主体性が発揮しやすい。」という、日本人の宗教観念に納得。日本人の宗教観念における確信性を示唆している。
    いままで知ったつもりで曖昧な観点と、浸透性の論点を根本的に打開たらしめた本書。西暦の起源の祖、イエス・キリストからはじまる一大宗教の発展と、それ以後の近代社会への影響と営みまでの疑問符への解答。「キリスト教」という宗教のふしぎに応える最強の入門書

  • キリスト教の現代に至る社会的意義を掛け合いで解りやすく記述。私は無神論者と思っていたが、社会学的、哲学的に突き詰めると何かを無批判で考えのベースにしているということも気づかされる。
    最初に一神教が、それまでの世俗的な宗教からのアンチテーゼとして生まれた。神の前の平等が個人の独立を促す。
    ユダヤ教、キリスト教は宗教法が有るがキリスト教はなく、より自由な制度設計を可能とした。
    聖書のなりたち、教義の曖昧さなどもきちんと突っ込んでそれを意義をつけている。社会学的にも必読入門書だし、キリスト教を理解したいひとにも興味深い参考書。

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ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)の作品紹介

日本人の神様とGODは何が違うか?起源からイエスの謎、近代社会への影響まですべての疑問に答える最強の入門書。挑発的な質問と明快な答え、日本を代表する二人の社会学者が徹底対論。

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