ニッポンの音楽 (講談社現代新書)

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著者 : 佐々木敦
  • 講談社 (2014年12月17日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062882965

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ニッポンの音楽 (講談社現代新書)の感想・レビュー・書評

  • 60年代末から現在に至るまでの日本のポップスの変遷。
    よくある歌謡曲論ではない。「ロック」のありようの話。日本語はロックに載るのか?と言う論争は昔からあった。
    サザンが出てきたときには遂にこの問題にも終止符が打たれるのか!?と思ったが「何言ってるのか判らない」と言う意見も多く(谷村新司も、今何時?そうねだいたいね~、が文脈から繋がらず聴き取るのに苦労した、みたいなことをヤングタウンで言っていた)決着がつかないまま現在に至る、という処かしらん。
    勿論主題はそれだけではなく、如何にロックは日本に取り込まれてきたか?を時代ごとにアーチスト1名にスポットをあてて説明している。
    70年代の「はっぴいえんど」、80年代は「YMO」、90年代は「小室系と渋谷系」、00年代は「つんくプロデュース」、現在は「パフューム」が説明されていたけどプロデューサーは聞いたことが無い人だった、。時代を担う人物も随分小粒になってきている気がする。
    日本のロックには興味が無かったせいもありYMO以降の歌謡曲の範疇でしか動きを知らないし実感もない。世の中的には70年代は歌謡曲の時代、80年代はディスコの時代(ディスコでライディーン掛かってました)、90年代はまさしく小室の時代、00年代以降はなんだったんだろう?大きな波は無かったような気がする。
    読み物としては面白いし一つの切り口としても興味深い。「はっぴいえんど」や「大瀧詠一」はレココレでも特集してたね。「YMO」も特集してくれないかな~。

  • 1960年代末から現在に至るまでのJポップの大きな潮流を語った本です。ただし取り上げられているアーティストは、はっぴいえんど、YMO、渋谷系と小室系、中田ヤスタカと非常に限られており、著者自身が考えるJポップの大きな流れを描き出すことがめざされています。

    選択が偏っているという印象は確かにあるのも事実ですが、Jポップの半世紀近くの歴史を現在から振り返ってそこに大きな流れのようなものを見いだそうとしたとき、著者の選択もまったく恣意的なものとは言えないのではないか、という気もします。ただ、ハロプロやPerfumeはむろん「ニッポンの音楽」であるとはいえ、アイドル史の観点から考察するべき対象で、「ニッポンの音楽」の歴史の中ではメイン・ストリームとは言い難いようにも思います。むろん、未知の音楽を追い求める「リスナー型ミュージシャン」が失敗し続ける「物語」としてJポップ史を描こうとする著者の観点から、これらの「現象」に注目されるのも、それなりに理解はできるのですけれども。

  • 小林信彦の『日本の喜劇人』のような私的だけど正統的なJ-POP史。教えられること多かったです。

  • 『邦楽』から『Jポップ』へといつの間にか名前を変えたニッポンの音楽について、Jポップが生まれ落ちたメルクマールを軸にそれ以前と以後に分けて45年間を通覧するという本である。

    その手法として本書では45年間にわたる国内の音楽史を紐解くという通史的な手法は取っていない。
    主に60年代末から70年代。70年代末から80年代。80年代末から90年代。90年代末からゼロ年代、そしてテン年代とされる現在まで、それぞれの10年間(ディケイド)において、『ニッポンの音楽』に少なからぬ影響を与えたであろう『主人公の物語』として、各年代における『ニッポンの音楽』の在り様、変容を通覧するという作りとなっている。

    面白いことに、というかメルクマールとしている以上狙いもあるのだろうが、この40~45年に渡る通史の中のちょうど真ん中に『Jポップ』なるものの言葉の誕生が登場する。
    したがって『Jポップ』前の20年、その後の20年という括りで『J』なるモノが思想、文化になにをもたらしたのか?文化的条件が出そろったから『J』になったのか?そのあたりに興味があり、本書を手に取ってみたのである。

    著者は中田ヤスタカに代表される「内」と「外」をリアルタイムで同期させるオールインワン型のミュージシャンの登場をもって、リスナー型ミュージシャンの完成系、そして「内」と「外」という文化的枠組みと「過去」と「現在」という時間軸の消滅によりJポップは葬られたとする。

    ここにボクは『ニッポンの音楽』には描かれていない、日本的変容を遂げながら、時代時代を奏でている『日本の音楽』の存在を再認識せざるを得ない。
    あれだけ業界、聴衆を巻き込み、90年代に空前の音楽産業の好況を招いた『Jポップ』がその終焉を迎えたからといって、日々リリースされていく現在の日本の音楽は、ではいったいなにものなのだろうか?

    J-WAVEがそのポリシーを曲げてまで国内の音楽を内包化させるために生み出した方便である『Jポップ』も著者が定義する『ニッポンの音楽』としてのJポップは終焉を迎えたのかもしれないが、相変わらず市井に『Jポップ』という言葉は存在する。

    『Jポップ』という概念もまた、極めて日本らしい日本的変容を重ねて大衆化されてしまったからこそ、著者は終焉としたのではないだろうか。

    そういう意味では、本書の対象はボク的には非常に関心を持ち続けてきたアーティストであり、読み物としてはとても面白いが、日本の音楽における歴史観・文化批評という面では非常に偏っていると思わざるを得ない。

    本書であえて触れられていない、昭和歌謡やフォーク・ニューミュージック(ともに一部触れられてはいるが本書の本質ではない)、それに昭和のアイドル歌謡とバンドブーム。昨今のアイドルグループ全盛等々の大衆音楽の位置づけはどうなのか?

    そしてボクがなにより気になる日本語の節。
    5・7・5・7と気持ちよく詞が沁み込んでくるときの日本語の節の特徴。
    古代万葉の時代から綿々と受け継がれてきた、日本という土地と季節と風景に裏付けられた日本独自のリズムと抑揚が、どのように現在の日本の音楽に受け継がれてきたのか?
    時代時代の「外」の文化を取り入れた日本的変容がどういう形で表現されてきたのか?

    むしろ、著者が『ニッポンの音楽』の対象としていない、日本の音楽におけるメインストリームである大衆音楽のアーティストが歌い、奏でる音楽と『日本』という関係性の分析こそ、『日本の音楽』というべき文化批評足り得るのではないだろうか?

    といっても、「新書」という限られたパッケージであるので、限られた字数で特徴的なモノをまとめないと中途半端に終わってしまうというのもよくわかるのだ(笑)
    そういう意味で、前書きである意味言い訳をしてるんでしょうけど(笑)

  • 2016/1/14購入
    2016/2/1読了

  • おもしろかった。70年代からゼロ年代のそれぞれのディケイドを「はっぴいえんど」「YMO」「渋谷系・小室系」「中田ヤスタカ」の4つの物語として構成し、日本のポップミュージック史を描く。横軸に「海外と日本の音楽シーンの関係性」を据えることによって、実にわかりやすく読み応えのある「物語」を提供してくれている。

    ただ、菊地成孔もそうだけど、現代思想にも通じつつ音楽史を書く人は、歴史を「物語」であると前提にしたうえで叙述を進めていく傾向があるように思う。そのエクスキューズは、はたして必要なのだろうか。多様な音楽があるなかで、いくつかのものをピックアップして叙述する言い訳に「物語」ということばを使っているような気もする。

  • 時代や技術・社会事情から見る音楽の変遷については納得出来るところが多く、またロジックロジックしすぎない読みやすさも好感が持てた。
    音楽とは自己の周辺から規定された自己を表現するものであると思っていて、それはたとえ無意識でも起こる現象みたいなものではないか。外から取り込んだ情報を基に内がつかめてきて、そここら内とは異なる個性ある自分が確立されそれが音楽になっているというのはどの時代でも変わらないものであり、この内と外の定義が時代によって異なってくるのだろう。よく音楽を聴きこむここでいう「リスナー型のミュージシャン」においても、明確に何か表現したいことがある人においてもその根本の動機については本質的に同じであるのではないだろうか。
    ただ時代の変化、技術の進歩を通して明確に外部というものが存在しなくなってしまった今、どんな音楽が出来るだろうか。既存のものをミックスした新ジャンルやちょっとした非日常性を音楽にぶつけたマイナーチェンジばかりになってしまうのだろうか。そんなことではないもっとこの音楽シーンに風穴をあけるような存在が、これから出てきてほしい。
    時代の進歩によってまた外部と言える空間が出来上がるはずだ。

  • ドナサマーとジョロジオモロダーの記述があっただけで嬉しいわ。

  • 2014年12月初版
    佐々木敦著
    ==
    1970年代以降、日本近代史における音楽の展開と今に至るまでの系譜を、「はっぴいえんど」「YMO」「渋谷系・小室系」「中田ヤスタカ」の、それぞれの10年史の変わり目を創ったアーティストに焦点をあてて整理した一冊。

    面白かった。全ての芸術はすべからく模倣から始まり、一部の天才を除いてはその模倣の量で(それを重ねることも天才だと思いますが)、生み出されるものが方向付けられるのだと改めて。

    しかし細野晴臣さん。やっぱりこのおじさんはすごい人である。もっとその世の中に対するスタンスが知りたい。彼の著作である「分福茶釜」はかなりの名著なので、あわせてオススメします。

  • テーマならびに呈示した事はとても面白かったと思います。しかし、いかんせん駆け足過ぎた。どんなボリュームになってでもいいから、より説得力を示す一冊であって欲しかった。まぁ総合的、相対的に見てこのやり方が一番良かったと判断したのだろうが、僕にとっては歯がゆさばかりが残った。筆者のファンなだけに、尚更。

  • J-POPの歴史についての本。

    はっぴぃえんど/YMOの細野晴臣がいて、小沢健二や小山田圭吾など渋谷系がいて、小室が新時代を作り、ナカタヤスタカがまた新しい時代を作った。

    特に渋谷系のあたりと、自分がリアルタイムで聴いていた小室時代以降は面白かった。
    渋谷系のサウンドを掘ってみたい。

    ---

    memo

    119
    音楽的な影響は日本ではそれほど大きくなかった。キャラクターで売れてくる国だな、と言う感想持ったことがありますね。(YMO 細野晴臣)

    168
    二人(小山田圭吾と小沢健二)が音楽性とはまた別の次元で魅力的な「キャラクター」を持っていなかったら、おそらくあれほど売れる事はなかっただろうし、渋谷系と呼ばれることになるじゃんでも、生まれていなかっただろうと思えるのです。

    273
    最近ですよ、多くの人が歌詞の方に感情移入して音楽を聴いたり、カラオケで歌っていることが分かったのは。(坂本龍一)

  • 70年代から現在までの日本のPOP MUSICを紐解く。いわゆるJ-POPだ。オモシロイのは70年代をはっぴいえんど、80年代:YMO、90年代:渋谷系&小室哲哉、現在:中田ヤスタカの物語として語っていること。すごく恣意的だし偏った語りだと思う。それだけ音楽の世界もPOPSだけをみても幅広いし、裾野も広くなったんだなぁと、ふむふむである。

  • はっぴいえんど、YMO、渋谷系・小室系、中田ヤスタカと日本のポップミュージック史を4つの時代に区切って論じている本。僕自身の音楽史観と同じなので、内容には全く同意。

  • 1980年代から2000年代に青春時代を過ごした身にとっては、「あぁ貴重な時代だったんだな」と感じられる本でした。
    概論ではなく、具体的な登場人物(アーティスト)に焦点を絞って語られているのでおもしろく読めました。
    日本語はロックにのらない、とか、全英語詞の曲とか。
    フリッパーズギター、お洒落っぽくて憧れて持っていたなぁとCDラックをガサゴソしたら出てきて久しぶりに聞きました。
    今でもテレビのBGMでかかってたりしますよね。

  • シーンの王道ではなかったかもしれないが、「ニッポンの音楽」のパラダイムを紡いできたミュージシャンたちの物語。
    「リスナー型ミュージシャン」の存在を縦糸に、内と外の音との関係を横糸に、また技術の進歩という時間軸を加えて論じていく展開はおもしろかった。

  • 「積極的に聞いたりしないけど、かなり耳にしたことのある曲達」が取り上げられていました。

    メガヒットしたJ-POPについて、歌番組に出ているTV的な姿ではなく、音源に込められた実験、手法、目的などについてそこまで考えたことが無かったので、興味深く読めました。

    私は歌詞を重視して曲を聴くたちなので、逆に、歌詞を曲の構成要素としてのみ存在し歌声は素材として使われるという価値観でもって作られている曲もあるのだと知ることができ
    また違った目でヒット曲を見ることができそうです。

  • 全然、音楽のこと知らなかったんだー!と思った。
    ピチカートファイヴとか、YouTubeで聴いてみたらすごく好きな感じなのに、なんで今まで聴かなかったんだろう。
    音楽知識の浅い私にとって、色んなことに気づかせてくれ、これからに希望を与えてくれました。

  • 音楽(というか「曲」)を発信する側の変化の流れ。私が興味あるのは、どっちかというと、聞く側のことだ。自分と体の問題として捉えられないか?
    とはいえ面白かった、渋谷系の意味がようやくわかったし!

  • 「ニッポンの音楽」という表題にしたのは邦楽全体を意識したからではなく、その中でも時代の最先端を取り込もう模索した人たち、つまりはエレクトロミュージックを中心に据えたからではと変な期待感から目次をめくった。

  • 現代思想史として文学・美術・音楽・演劇などのシリアス・アートを語ることはもはやまったく流行らない、というかそのような素材として取り上げるに足る作品の不在があるのかもしれないが、映画はともかくとして、ほとんどはゲーム・コミック・アニメという領域に席巻されたこの3~40年、いわば中間地帯を生きてきた大衆音楽(J-Pop!)の系譜学的考察は実に面白かったけれど、結末に至ってなんか物悲しいものでもあった。
    もはやサブカルすらも危ういのだ!そんな危機感をもっている人間がいまどれだけいるだろう?そしてその危うさの種類を感じ取っている人間が?

  • それぞれに主人公をたてて、1970年代から2000年代以降までのJポップを解き明かす、という発想とテーマはすごく面白いと思いました。
    内容も、かなり駆け足での解説にはなっているものの、年代ごとのアーティストたちの動向をさらって考察するスタイルで読みやすかったです。
    「です」「ます」調の丁寧な文章も、好感を持てました。

    ただ、詳しく掘り下げて知りたい部分なのに、文章が足りなかったり、ニュアンスしか書かれていなかったりすることがいくつもありました。
    特に、本を通して重要なファクターである「内」と「外」の部分は、感覚的な話でありながらひねりが入った解釈になっているので少しわかりずらく、もう少し丁寧に文章にしても良かったのでは?と感じました。

    それでも、過去をリアルタイムで知らない世代にとっては、当時の日本の音楽とその物語を解説してくれる、わかりやすい入門書になると思います。

  • 本書を読みつつ、動画サイトで音楽を聴いていくというサイクル。大変楽しめたし、当時を知らない平成生まれとしては、ガイドブックのような存在にもなった。新書でこれだけの内容は、なかなかお買い得じゃないかと思う。

    僕が物心つき始めた頃が丁度、音楽市場がピークを迎えた1998年辺りというのが、何となく嘆かわしくも思えた。だけど今の時代、ありがたいことに現在進行形の音楽はもちろんのこと、過去の音楽も容易く聴ける。この環境を生かして色々な音楽を楽しみつつ、これからの時代の新たな物語の担い手を待ちたいと思う。今までの時代を担ってきた音楽をいくら容易く聴けるとは言っても、やっぱりその時代が持つエネルギーは自分の身を持って体験したい。

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ニッポンの音楽 (講談社現代新書)の作品紹介

Jポップ誕生「以前」と「以後」の45年を通覧する--

主人公の「物語=歴史」でディケイド(10年間)を解き明かす!
●70年代 はっぴいえんどの物語
●80年代 YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の物語
●90年代 渋谷系と小室系の物語
●ゼロ年代以降 中田ヤスタカの物語

一九六九年から始まる本書の物語は、「Jポップ」葬送の物語であり、ニッポンの寓話でもある。
章題記載の音楽家のほか、小沢健二、小山田圭吾、ピチカート・ファイヴ、
小室哲哉、安室奈美恵、つんく♂、Perfume、きゃりーぱみゅぱみゅ……etc.が登場。
日本のポピュラー音楽の歴史と現在を考える上で、もっとも重要な物語がこの一冊に!

<本書の内容>
第一部 Jポップ以前              
 第一章 はっぴいえんどの物語
 第二章 YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の物語

~幕間の物語(インタールード) 「Jポップ」の誕生~         

第二部 Jポップ以後              
 第三章 渋谷系と小室系の物語
 第四章 中田ヤスタカの物語

ニッポンの音楽 (講談社現代新書)のKindle版

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