海の向こうから見た倭国 (講談社現代新書)

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著者 : 高田貫太
  • 講談社 (2017年2月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062884143

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海の向こうから見た倭国 (講談社現代新書)の感想・レビュー・書評

  • 古代日韓関係史に全く詳しくない読者からすると、本書の主張の重要性や信頼度は評価不能だ。

    任那(本書で「加耶(かや)」)の日本(著者がいう「倭」)支配がなかったことを主張するのであれば、日本支配論の根拠とされるものを批判的に再評価し、逆に日本支配がなかったことの根拠を批判可能な形で示すべきだろう。

    半島南岸と倭との海峡を隔てた交流は当然にあったのだろうし、相互に影響は及ぼしたのだろうが、本書は日韓の古墳の紹介が中心になっており、「海の向こうから見た倭国」がいかなるものであったかを描いているようには思えない。

  • 朝鮮半島の4〜6世紀から見える倭国はどのようなものだったか?という、切り口で朝鮮半島、倭国を描く。
    私の記憶にある最古の歴史は「百済」から仏教が伝わった、程度だったが、実際にはもっといろんなことが起こっていたようだ。本書で描かれるのは、朝鮮に林立している国々である高句麗、百済、新羅、伽耶などと倭国及び日本国内の地方勢力(特に北九州と吉備地方)がどう関係したかである。主に各地の古墳の様子から鮮明に過去を、当時の様子を浮き彫っていく様子は考古学者ならでは。日朝関係を正しく理解するためにも有用な一冊だと感じた。

  • 考古学から。
    「海の向こう」はおもに南朝鮮。倭列島側から海の向こうを見る視点も忘れていなくてバランスが取れていると思う。

  • 弥生時代後半から六世紀前半にかけての日本と朝鮮半島の遺跡を丹念に解説した本だが,耳慣れない固有名詞が続出で,読むのに苦労した.新しく発掘された遺跡のデータから,これまで定説が覆される事例が出てきて面白かった.それぞれの国の研究者たちが地道に成果を上げているようで,頼もしく感じた.斜め読みだったので,機会があれば熟読したい.

  •  この本の序章ですが、あらたな日朝関係史をめざしてということで、瀬戸内海に浮かぶ小島、女木島丸山古墳に埋葬されている古代人が如何に朝鮮半島との関係が深かったかという「とっかかり」からこの本は始まります。
     ただ単に日本からみた「任那支配」という過去の歴史的見解の限界性を打破し、朝鮮半島からの視点で「倭」を考えてみるという重要性を一貫して述べている本です。
    第1章 韓と倭のつながり――弥生時代後半の四世紀
    第2章 多様化する関係――五世紀前半
    第3章 王権の興亡と関係の再編――五世紀後半〜六世紀
                     前半
    第4章 朝鮮半島の前方後円墳が語ること――栄山江流域
                        と倭
    終章 日朝関係史と現在、そして未来
    となっています。
     古代の高句麗、新羅、百済、大加耶、そして倭王権との連携、交流の歴史。
     日韓の古墳の埋蔵物を従来の発想とは異なる観点で分析することにより、当時の半島と北九州、中国、近畿との深い関係が見えてくる。
     今後も日韓が連携して発掘調査することにより、半島、倭王権、中国との栄枯盛衰、興亡が見えてくることだろう。
     今後の著者の活躍を期待するものです。

  • 前方後円墳が半島から数多く出土するのは知っていました。高田氏は、それぞれの考古学的成果を踏まえ4~6cの古代史を考察します。金官加耶と河内王権、大加耶と雄略期、百済と継体朝と半島との交流形態が変遷していること。大和朝廷は、磐井、吉備、大和と多極的だった半島との外交ルートを統一したことが理解できました。ただ、外交努力として墓制まで変えるのでしょうか?ここは結論を急げない個所と思いました。

  • 朝鮮側から見た弥生時代から古墳時代の日朝関係。
    視点が面白い。
    古墳がめっちゃ出てくる
    新羅、百済、金環伽耶などと互いに貿易や贈り物など結構やりとりしてた
    威信財という概念。
    技術者が移住したりして副葬品や古墳形式が混ざったというのは面白い
    この時代はまだ統一政府的なものが完成しておらず、地方部族が大事な役割を持つこともあったというのは意外。
    発掘物など根拠を丁寧に示してくれるのは良いことだと思うのだが、正直読んでいて飽きる

  • 著者は岡大史学科大学院を出た後に韓国の慶北大学を出ている。日韓両方の目から古代を見ることが出来る若い研究者である。ここまで突っ込んでわかりやすく、日朝関係特に朝鮮半島の考古学成果を描写した本を私は初めて読んだ。私の興味関心は、弥生後期なので、そこに絞って学んだことをメモする。

    ◯魏志東夷伝韓条では、3C、弁韓では鉄を生産し、朝鮮東北部と共に倭国が鉄を求めてやってきていたとある。また、楽浪郡と帯方郡にも供給していた。このルートは、楽浪郡ー弁韓ー倭国ルートにもなっただろう。
    ◯魏志倭人伝の対馬・壱岐記述でも「南北市てき」(北九州と朝鮮と交易)。
    ◯鉄交易は弥生中頃(朝鮮初期鉄器時代)から始まる。トンネネソン遺跡(釜山)では鉄さいや鉄片共に多くの土器が弥生土器かそれを真似たものだった。勒島(ヌクト)遺跡(弥生前期末ー後期初)でも全体の一割が弥生系土器。ここでも鉄器製作の跡あり。
    ◯蔚山達川(タルチョン)遺跡では、弥生人が鉄鉱石を採掘した所に来た痕跡がある。達川遺跡は初期鉄器時代の住居、穴、壕、柵などが確認。採掘場から一部北九州弥生系土器確認。他にも楽浪郡系土器、鉄鉱石が出土。
    ◯以上の弥生系土器は、BC4-AD1前半かBC2中頃-AD1前半か、まだ決着ついていない。
    ◯勒島はAD1より衰退して、AD2には役割を終える。AD1後半より、弁韓や辰韓の有力者の墓に北九州の青銅器が副葬される。特に金海。楽浪郡からもたらされた文物も、AD1後半には金海(狗邪国)に集中する。衰退期には、北九州だけでなく、中部九州や瀬戸内、山陰などの土器も出土するようになっていた。
    ◯金海良洞里(ヤンドンニ)遺跡は、AD3まではこの国の中心地だった。この頃、奴国や伊都国が、壱岐や対馬をコントロールするようになり、楽浪郡や朝鮮半島との交易を主導。勒島はそのルートから外れたから衰退したのか。
    ◯海人たちの交易ルートが最初にあり、それを有力な国が取り込んでゆくように金海ー北部九州ルートが整備され、それを西日本もそのまま使うようになった(←北部九州にとり、西日本は国ではなく、個人だったのだろうか)。このネットワークは神奈川や長野まで続いていた痕がある。そしてこれが魏志倭人伝の「南北に市てき」に記録された。
    ◯古墳時代を迎えたAD3後半になると、福岡市西新町で大きな港ができる。住居は竈(列島への普及よりも1世紀以上早い)をもち、多量の朝鮮半島系土器出土、列島各地の土器出土。渡来人は多量にいただろう。
    ◯西新町の周りには、大規模な集落(比恵・那珂遺跡群)、鍛治工房(博多遺跡群)、
    玉作工房(潤地頭給遺跡)が展開。
    ◯背景にAD3中頃に成立するヤマトの倭王権の展開があった(かもしれない)。
    ◯AD3後半に金海は、国際貿易港を整備(金海官洞里、新文里遺跡)。既に遺跡公園みたいなものが出来ているらしい。行って見たい。港(桟橋、道路、倉庫、井戸)と、それを管理する生活場所があった。馬韓土器と北九州・山陰の土師器があった。そこから中央に向けて鉄関連の遺跡・工房が分布。中央には王宮(鳳凰台遺跡)、王族墓地(大成洞古墳群)、近くにも港はあり船の部品は出土。AD4には、鉄生産と海上貿易が一体で運営。この頃には倭王権と金官国が重要なパートナーになっていただろう。
    ◯西新町は、意外にもAD4になると、急速に衰退し、AD4後半に消滅。それと連動するように、沖ノ島で祭祀が始まる。金海は更に栄える。
    ◯266年以降、倭国が中国に派遣した記録はなくなる。AD4以降、楽浪・帯方が高句麗に滅ぼされると、おそらく中国との直接関係は絶たれる。それもあって、金海との交易は重要だった。

    2011年と2012年の夏に、私は生涯最長の韓国旅行をした。特に、弁辰をよく歩き、例えばここでも扱われている金海の鳳凰台や大成洞古墳群、勒島遺跡などを訪ねた(金海良洞里も後に訪ねる)。釜山大学博物館など、さらには普州慶尚大学では、大学の先生たちからも情報を頂いたりもした。また、有名な古墳群はたいてい歩いた。考古学の先生かとよく聞かれたけど、実際は単なる考古学ファンに過ぎない。単なる素人がここまで来るのが珍しかったのだと思う。この本は、そこから得た情報を上書きし、さらには新しい視点を貰うものであった。話題の中心は古墳時代なので、私のここでの引用は序章にすぎない。しかしほとんど空白の紀元前後の日朝関係を埋めるものは、これから出てくる遺跡でしかあり得ないのであるから、著者には積極的に速くこれらの成果のわかりやすい紹介を期待したいと思う。

    2017年4月26日読了

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海の向こうから見た倭国 (講談社現代新書)の作品紹介

倭も百済、新羅、加耶などの朝鮮半島の国々の歴史も、従来は、すでに国が存在するものとして語られてきました。強力な権力を有する中央(倭の場合にはヤマト王権)が鉄などの必需品の対外交易を一手に掌握し、地方の権力者に分配していたというイメージです。
 しかし近年の日韓両国の考古学の進展により、事実はそれよりももっと複雑だったことが明らかになってきました。
 日本の古墳からは朝鮮系の遺物が、朝鮮半島の古墳からは倭系遺物が数多く出土しています。のみならず、朝鮮半島南西部には倭独自の古墳である前方後円墳が築かれた時期さえありました。両者の交易は多様で、その中心をになったのは「中央」ではなく、むしろ大小様々な地方の勢力だったのです。
 対外交易ルートをヤマト王権が手中に収めたのは通説よりもかなり遅い六世紀の前半で、北九州の「君主」だった磐井を倒したことによって、ようやくその長いプロセスは完成した、そう著者は考えます。
 倭一国の中だけを見ていては見えないことが、朝鮮半島という外部の目を使うことによって見えてくる。歴史研究の醍醐味を味わうことのできる1冊です。

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