- Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062902441
感想・レビュー・書評
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自薦短編集ということで、似た系列の作品が多かった気がします。意外というべきかどうか、ほとんどが男性視点だったことに、最初のうち違和感が少し(女性作家が「わたし」と書くとどうしても女性が主人公だと思い込んで読み進めてしまうので)。
最近の若い作家のエンタメ小説は、真夏に冷たくて甘いジュースを飲むように一気に読んでしまうのだけれど、金井美恵子の文章は秋の夜長に高いお酒をちびちびと楽しむように、まず匂いを嗅ぎ、ちょっと舐めてみて、というもったいぶった読み方をしたくなります。
筋書きらしい筋書きもなく、無声映画あるいは絵画のように執拗な情景描写がひたすら続き、ひとつのものを描写するのに必ず過剰なほどの形容がついてくるのだけれど、独特の文体にいったん同調してしまいさえすれば、意味なんかわからなくてもひたすら心地よくなって酩酊してしまう。
そのなかでもとくに「調理場芝居」と「砂の粒」がお気に入りでした。
※収録作品
「日記」「曖昧な出発」「フィクション」「声」「境界線」「花嫁たち」「もう一つの薔薇」「調理場芝居」「春の声」「沈む街」「ゆるやかな午後」「1+1」「グレート・ヤーマスへ」「砂の粒」「孤独な場所で」「柔らかい土をふんで、」詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読んでいると頭がおかしくなりそうというか、
時間や物質の関係性があやふやになり、酩酊状態になる。
目の前文章と思考が矛盾をおこし、さらには「書かれていないこと」を読んでいるような錯覚にまで陥る。
ほとんど初めての読書体験であった。
メモ
・私には盲従的に自然を写し取ることはできない。自然を解釈し、それを絵の精神に服従させるようにせざるをえないのである。私の色調のあらゆる関係が見出されたとき、そこから生きた色彩の和音、音楽の作曲の場合と同じような調和が生まれてくるに相違ない。
・滑らかな色彩の流れ、視覚→嗅覚→触覚→想起という目まぐるしい運動
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気怠い日常の狭間で、身と心をだらだらと持て余しながら読む。意味を攫むには難儀なテキストの集成であるにも関わらず、水の流れに身を寄せるように揺蕩う、静かで密かな快楽に浸る恍惚が訪れる。やがて水は澱み、ねとりと纏わりつく淫靡な不快が押し寄せる。その密度に身が蕩けだす。薄いヴェールに透かした鈍い光に包まれる。どこに連れていかれるのかわからないし、わからなくていい。抜け出せない迷宮を足掻いて彷徨うのなら、終わりのない循環にただこの身を任せて流れ続ける惰性の快楽に溺れたくなる。金井美恵子を読むと必ず陥る囚われの罠。