白鳥随筆 (講談社文芸文庫)

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  • 講談社 (2015年5月9日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062902694

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白鳥随筆 (講談社文芸文庫)の感想・レビュー・書評

  •  小林秀雄の講演によって、「座談会出席の記」が有名だし、読んでみたら、小林の声で再生されてさらに面白かったのだが、どうして小林秀雄は白鳥にこだわったかといえば、たぶん、このバトルで完敗したからだ。小林だって、MCバトルで惜敗したり、ぎりぎり勝ったりはあっただろう。だが、R指定VSエローンの伝説のバトルのように、100VS0のパーフェクトで負ける経験は、小林秀雄はほとんどなかったのではないか。そして、この「座談会出席の記」は小林秀雄がぐうの音もでないくらい「負けた」話である。そして、小林の白鳥講演は「どうして俺は負けたのか」を論じたものであろうと、思う。
    【小林君曰く、「藤村などが人生の悩みをどうとか云ったって、何千万の人間は人生を楽しんで生きているじゃないか。それでいいではないか。」と、それはその通りである。しかし、酔いもせず、酔おうともせず、毒気ぷんぷんたる鰻屋の楼上に退屈の歯を嚙み緊めて、果てしなき時間を耐え忍んでいる人生の人生苦も、また真実の現れではあるまいか。】
    【ようやく会を終って、二人に自転車で送られ、小林君は鎌倉に帰るべく東京駅まで来たのだが、氏は車から下りないで、私に向かって何かを論じている。運転手は困っていた。何かについて私を説得し、問題の解決を見なければ気がすまないのであろうかと察されたが、それは下戸の私の思い過しで、ただ悪癖たるに過ぎなかったのであろうか。全体酔漢の心理は私には神秘不可思議であると云っていい】
     もうこれで、小林秀雄は「その通りなんです」としか返せないし、まったくかなわないと降参してしまった。小林秀雄に酒の席で論駁されて泣かされるというエピソードがいろいろとあるくらい、酒を飲んだ小林は、別に飲んだくれじゃなくて、「戦闘態勢」である。だから、白鳥はめっちゃ強かったということである。
     だが、正宗白鳥のエッセイにおいて面白いのは、文壇の思い出話ではない。ある巨大な敵に対する批評だ。正宗白鳥は、「読書について」で芥川を絶賛していた。芥川も、ある巨大なものの隙をスキルでひっくりかえす人間であったが、正宗白鳥も芥川と実は同じスタイルである。性格や気質が違うだけで、二人は近いものがあったのだと思う。爬羅剔抉スタイルである。
     芥川の震災の花束エッセイも大変美しいが、この白鳥の最高の名文であり、白鳥の哲学のあらわれでもあり、最重要と思われる随筆が「蝋燭の光にて」である。これは本当に素晴らしい文章で、教科書に絶対載せなければならないものだと思う。


    蠟燭の光にて

     震災後間もなく、私は町の鳥屋へ鶟肉を買いに行った。混雑の場合で、商売は一時中止されていたのであったが鶏は二三羽飼われていたので、私の望みによって、主人はそのうちの一羽をつぶして呉れることになった。撰ばれた一羽は主人に摑ると、自己の運命を予知したように、何とも云えない悲しげな声を出して身悶えをした。主人は鶏を逆さまにして両足を藁で縛って、かねて備えられている杙(クイ)の鉤に引掛けるが早いか、鋭利な小刀(ナイフ)でその鳥の喉を突き差した。鮮血はタラ/\としたたった。主人は巧みに羽をむしって毛焼きをしながら平然としていたが隣人が店頭へ寄って震災の話をしかけると、恐怖を顔に現して、家々の破壊や圧死者について噂をした。
     私は慈悲の心に富んだ者が、肉食を禁じようとするのは自然であると思った。平気で鶏を殺している主人の顔を見ていると、好感を寄せられなかった。しかし、私は、暫らく食料の欠乏を感じていた際だったので、滋味に富んだその肉片を、昼餐の副食物(オカズ)としてうまく食べた。時候が涼しくなった時に鳥の肉や牛の肉が香のいい松茸などと一しょに、ジリジリと鍋に煮えるのを見ていると、夏のうちに衰えていた食慾が一時に回復するように、以酌よく感じたことがあ... 続きを読む

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白鳥随筆 (講談社文芸文庫)の作品紹介

「すべて是路傍の人であると思いながら、すべて無縁の人であると思いながら、私はその感じに終始していないで、路傍の人々と一しょに闘技場に出ているのであろう」
究極のニヒリストにして、八十三歳で没するまで文学、芸術、世相に旺盛な好奇心を失わず、明治・大正・昭和の三時代にわたって現役で執筆を続けた正宗白鳥。
その闊達な随筆群から、単行本未収録の秀作を厳選。

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