ウォーク・イン・クローゼット (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062937719

作品紹介・あらすじ

優柔男、身体目当ての男、不倫男――。
ヤツらの養分になんかならない。

私たちは戦う、きれいな服で武装して。

“対男用”のモテ服好みなOL早希と、
豪華な衣裳部屋をもつ人気タレン
トのだりあは、幼稚園以来の幼なじみ。
危うい秘密を抱えてマスコミに狙われる
だりあを、早希は守れるのか? わちゃ
わちゃ掻き回されっ放しの、ままならな
くも愛しい日々を描く恋と人生の物語。
表題作他「いなか、の、すとーかー」収録。

綿矢りさパワー全開!
わちゃわちゃな私たちの恋と人生に幸あれ。

服は口ほどにモノをいう。
おしゃべりというか、人間のいちばん無防備な部分は、
実は服なのかもしれません。
(解説より)
コピーライター・尾形真理子

感想・レビュー・書評

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  • 『なにここ!クローゼットっていうより衣装部屋じゃない』
    『海外ドラマで見て憧れてたんだ。ウォーク・イン・クローゼットがあるのを第一条件にして物件を選んだの』

    新しい部屋に引っ越す時、あなたなら何を一番重視するでしょうか?駅までの距離、日当たり、それとも間取りでしょうか?”人が中に入って物を出し入れできる広さのある収納スペース”、それが「ウォーク・イン・クローゼット」。『私のクローゼットが丸ごとすっぽり入るくらい広い』というその空間。部屋を選ぶ時にそれを何よりも重視した主人公の友人・だりあ。一方で『輸入雑貨店で買った』、『アンティークで一九三〇年代の品』という『古めかしく重厚感がある』クローゼットを大切にする主人公・早希。『今年買った服、去年買った服、ずっと着ている服』、それらを『世界観ごとにグループ分けする』早希。『どこに着ていくか、誰に会うための服か』、そんなことを考えていると『服が男に見えてくる』という早希。『どの服も夢見ている』と感じる瞬間。そんなクローゼットに並ぶ服たちを全て自分で洗濯し、『この充実感は他では得られない』と感じる早希。この作品は、そんな早希と友人・だりあのクローゼットの中の服がそれぞれに夢を見ていく物語です。

    二編の中編からなるこの作品。〈いなか、の、すとーかー〉と〈ウォーク・イン・クローゼット〉と両者ともに少し長いタイトルのこの作品。片や全てひらがな、片や全てカタカナという対比を見せますが、内容的な繋がりはありません。〈いなか〉の方は”すとーかー”という言葉に一瞬緊張感が漂いますが、これをひらがなで表記している、その印象そのままの物語が展開します。一方の〈ウォーク〉の方は、こんなところに着目するんだ、さすが綿矢さん!という物語が展開していきます。

    では、まずは〈いなか〉の冒頭をいつものさてさて流でご紹介します。

    『願ってもない幸運は突然ふってくる。望んだ形でなくても、あまりに意外過ぎるluckでも、うろたえてはいけない、拒絶してはいけない』というようなことを考えてしまうその瞬間。『テープも回ってる、ただいま撮影中。生放送ではないが、本番だ。集中しないと』と緊張の中にいるのは主人公の石居透。『先生、音声入らないから、もっとリラックスした表情でしゃべりながら作業してもらってもいいですよ〜』と言われ、『ろくろを回すとき、しゃべったりしないので』と返す透は『は〜い、おっけーです』というカットの声がかかり、ようやくほっとします。『え、ほんとにおれを、「灼熱列島」がフィーチャーしてくれるんですか?』と『事務所に撮影の依頼が来たと師匠に伝えられたときは、なかなか信じられなかった』という透。『まあ、いい機会だから受けてみたらどうだ』と言われ『荷が重いけどやってみようかな』と返した透ですが、『実際はこの話を聞いた瞬間から、なにがなんでも受けると決めていた』というその取材。『作品を世に広めるのに、これほどいい機会はない』と考える透は『おれのことも作品のことも知ってもらえれば、何よりまずおれの陶器を買いたいという人が増えるだろう』とその先を見据えます。『おれの真摯な仕事への取り組み姿勢もちゃんと撮ってくれそうだし、この番組ならいいだろう』と受けたその取材。そして一カ月後、『テレビでおれの出演会が放送される十分前、茶の間のテレビの前でスタンバイしてい』た透。そこに『テレビさ、おまえといっしょに見た方が、冷やかせておもしろいなと思ってさ』と入ってきたのは『小学生からの友達。地元に帰ってきてからまた仲良くなったうちの一人だ』という すうすけ。そして『テレビから「灼熱列島」のオープニングテーマが鳴り響き、お、始まった』というその時、『こんばんは〜、果穂です、おじゃまします。あ、もう始まってる』と今度は『お互い実家が近く親同士も仲が良く、すうすけと同じく小学校のころからの付き合いだ』という四歳下の果穂が入ってきました。『全国放送で、こんなに長い時間取り上げてもらえるなんて、ありがたいねえ』と感慨深げな母。『お兄ちゃん、すごい!でも陶器をちゃんと作ることは、おろそかにしないでね』と言う果穂。『それは気を付ける。浮かれてちゃだめだな』と返す透。『最後まで画面のおれは冷やかされ続けた』ものの、『みんな集まってくれてテレビを見ていると、幸せな気分になった』と感じる透。『もう故郷には戻らないつもりだった』という透は『戻ってきて本当に良かった』と実感します。そんな透の仕事場である『工房』は実家から『徒歩でも自転車でも通える距離』にあります。ある日、『工房』へと向かった透。『鼻歌を歌いながら、デニムのポケットから鍵を取り出し、ドアの鍵穴に差し込』んで扉を開いた次の瞬間、『中へ入ると、見知らぬ女がろくろを回していた』という目の前のありえない光景を見て『血の気が引く』透。『だれだ⁉︎なんでおれの工房にいる⁉︎』という衝撃の事態に、幸せの真っ只中にいた透の人生が大きく揺さぶられていきます。

    …という中編。”ストーカー”を扱った作品というと柚木麻子さんの「ナイルパーチの女子会」がその恐怖を存分に味わわせてくれます。この作品でも『いったいこいつはだれなんだ?おれとはまったく他人のはずだろう?なのになぜ、おれの目の前から消えてくれない?』というストーカー行為に苛まれる透の姿が描かれていきます。一方でマスコミに登場する機会が増えていく透。人生の光と影が対になって展開する透の人生。そして、ストーカー行為は『もとの生活が取り戻せなくなるほど』破壊力があると気づいた透、『これは、された人にしか分からないだろう』と実感する不安な日々が続きます。しかし、それが後味の悪い読後感に繋がらないのは後半にまさかのどんでん返しが待っているからです。巧みな伏線の上に用意されたそのどんでん返しは、この作品の印象を一気に変えてしまいます。そして、そのことは、透の人生の価値観にまで影響を及ぼしていきます。それは『大きなできごとから日常の些細なことまで、遠いものから近いものまで、数えきれないいろんな力が働いて、おれはここにいる』というなんだか人生を達観するかのような心境。そんな高みへと上昇していく結末を見る物語は、えっ?ストーカーの怖さを描いた物語だったんだよね?とそのことを忘れさせるくらいに清々しいスッキリ感を読者にもたらしてくれます。この辺りの綿矢さんの構成の上手さには本当に感服するしかないと思いました。

    そして、二編目の〈ウォーク〉です。〈いなか〉もいいですが、〈ウォーク〉は、より、綿矢さんの世界を堪能できる作品です。綿矢さんと言うと作品冒頭の出だしの一句にどうしても期待してしまいますが、この作品はこんな言葉から始まります。『時間は有限だ』というその言葉。大胆とも言えるその言葉。それは主人公だけではなく我々誰しもが課された生きていくための基本条件でもあります。その言葉のあとを『でも素敵な服は無限にある』と続ける綿矢さん。人によって感じ方に違いはあると思いますが、特に男性は”えっ?”という思いを直後に抱くのではないでしょうか。そんなこの物語は、『服』というものに、違う視点から拘りを見せる二人の女性の物語でもあります。『純粋に〝好き〟を一番にして選んでいたころと違い、現在の私のワードローブは〝対男用〟の洋服しか並んでない』という主人公の早希。友人で芸能人でもある だりあから『私にとっては、きれいな服は戦闘服なのかも』という話を聞いて『なら、私の服と一緒だ。私たちは服で武装して、欲しいものを摑みとろうとしている』と感じます。そんな早希は一方で『いま、私は、どんな時代にいるんだろう』とも考えます。『すべてが中途半端で、両方向から力を加えてむりやり伸ばしたセロハンみたいに間延びして、描かれた絵柄が歪んでどんなものかよく見えない』と綿矢さんらしい比喩の表現がその感情を上手く説明していきます。そんな早希が友人 だりあのために奔走していくこの作品。解説の尾形真理子さんは『わたしたちは、なんのために服を着るのか。それはもはやなんのために生きるのかと同じくらい難しい問いになっています』と語ります。服を着るということは、その服を選ぶ、そして着るというその先に、その服を着て会う人との関係を考えていく行為でもある、そのことに改めて気づかされます。上記したように、それを『戦闘服』という言葉で表す早希。そんな彼女が、『戦闘服』をどう捉え、どう扱っていくのか、そんなところから主人公・早希の生き様がふっと浮かび上がってくるこの作品。こんなところから人というもののあり様を描いていく綿矢さん。流石の目の付け所だととても感じさせられた作品でした。

    これら二つの物語は、綿矢さんの作品としては、起承転結もはっきりしていて、良い意味で、とても読みやすく、とてもわかりやすい作品だったと思います。その分、他の作品に比べて、ハッとするような言葉が登場する割合こそ低くなってしまっていますが、目の付け所の面白さ、構成の巧みさ含め、読後に清々しい満足感が残る、そんな作品でした。

  • Aが現れて男性でぽっちゃりで海パンで。こんな人が身近に、頭の中に、もう1人の自分にいたなんて、羨ましい。肯定するのも、会話も全て羨ましい。いた方が絶対いいから。私を食いとめる=Aとのお別れなんだよね、これからはAの言葉を自分の口から発するようになるのかな。食品サンプルもお一人様も珈琲店の隣の会話もイタリア旅行も、とてもレベルの高いと思う。自分を知るって大切だと思う

  • いやあ、最近の綿谷りさ、結構好き。

    解説に17歳で「人間を書く」ことについて触れられているけど、なるほど、本当にそうだ。

    「いなか、の、すとーかー」は、優柔不断なろくろ男が主人公なのだけど、その優柔不断さがすとーかーとの出会いによって、これまた奇妙な受容へと変質してゆく。
    メッセージを正しく送ることなんて、可能なんだろうか。

    私は多くの本を自分勝手に貪ってしまっていると思う。
    そんなこと言ってませんよ、と、そんなことを書きたかったんじゃないです、と、書き手に言われても「だって、そう読めたんだもん」と開き直ってしまえる、すとーかー的ふてぶてしさがきっとある。

    「ウォーク・イン・クローゼット」は、好きな話。
    こっちは、自分の好きと同等の好きを返してくれる男を見つけるためにデートを繰り返す女が主人公。

    彼女の友達である、モデルのだりあが鮮烈なイメージを残してくれる。
    けれど、早希の、休み一日を使ってていねいに持っている服を洗濯する、という素朴さの方が断然勝っている。
    勝っている、って、まあ、何に?(笑)

    作中で、おままごとの時は偽物のキッチンセットが楽しくて羨ましくて仕方なかったけれど、大人になって本物のキッチンを使いこなすことの億劫さが語られていて、頷く。
    あんなに憧れていたものなのになー。

    本筋からは離れた例え話を生き生きと語り、笑い、涙する登場人物たちが、いいなあと思った。
    そういう、素朴な味わい方に気付くことが出来たのは、この作者だからだと思う。

  • ◯いなか、の、すとーかー

     登場人物が少なかったので察しのいい方は気付かれたのかと思うのですが、私はすっかり砂さんに気を取られていたので驚きでした。それこそ主人公の心情を追うように砂さんの話の通じなさに苛立ちが募り、果穂に癒され、矢先にまさかそんな、だけど‥と正体を確かめていき臨場感たっぷりに楽しみました。2人が結託した時はものすごくあり得そうでくらくらしたほどです。
    人に対していい加減な対応をするのはやめようと反省した作品でした笑。

    ◯ウォーク・イン・クローゼット

     おままごとのDNAがせめて簡単な料理をさせようとするというのは目から鱗でした。その通りなのでは‥。なんでかつてあんなに家庭的な仕事に憧れていたのか不思議に思いました。やっぱり1番近くにいる人の真似をしたいからなのでしょうか?
     衣食住と数えられるほどのものですから、そのどれかが自分の価値観と合う人は相性が良く、全く分かち合えない価値観がその3つの中で多すぎると少し付き合うにはしんどいのかもしれません。それは趣味の壁よりも高い気がします。早希が洗練された好みの男に惹かれて何度も失敗するのはリアルでうわあ、と声が出てしまいそうでした。その違和感の感じ方さえわかるわかる‥。早希がユーヤとこれからうまくいったりするといいなあ。

  • 中編2作からなる一冊。表題作は元気に終わって良かった。もう一作は、特殊な設定のせいか最後まで感情移入しづらかった。

  • 『かわいそうだね?』に出てきた亜美の彼氏のような、何度聞いてもよく分からないことを言う人物が印象的。今回で言うと透のファンである砂原。理解しがたいセリフを考えるのって難しそう。
    子供の頃はままごとをあんなに楽しそうにしていたのに、仕事帰りの料理はやりたくない。今まで気づいたことはなかったけど、ものすごく共感した。

  • 久しぶりの綿矢作品。「いなか、の、すとーかー」の方が私好み。恐ろしいぐらい自分勝手で自己中心的でそれにまったく気づいていない男の論理と対極にあるものとの対峙...。
    初期作品より読みやすくなったのか、自分が慣れたのかは分からないが、スラスラ読めた。
    北澤平祐さんのイラストも素敵です。

  • 友達が貸してくれた、初・綿矢りさ作品。2編収録されていて、1日ずつかけて読んだ。

    表題作がとても良かった。主要登場人物に嫌だなと感じる人が1人もいなくて、気持ちが落ち込まずに読めた。最後の部屋から逃げる作戦を実行するところはハラハラドキドキ、でもワクワク。服で武装して闘ってきた2人の、最初で最後の共闘だったんだなと読み終わったあとに思った。

    もう1作品にも作戦実行する場面が出てきたけど、こちらはなんとなく後味が悪い気がした。話としては面白かったけど、やっぱり表題作のほうが私は好きかな〜。

  • 「いなか、の、すとーかー」「ウォーク・イン・クローゼット」の中編二本立て。

    「いなか、の、すとーかー」はタイトルが夢野久作「いなか、の、じけん」のパロディですね。主人公は若くして陶芸家として注目を集めている石居透。東京から郷里の村に戻り山奥にアトリエを構えているが、そこへ駆け出しの頃からのストーカー女・砂原が現れて・・・。

    有名人を脳内彼氏にして何でも自分に都合のよいメッセージに解釈してしまうストーカー中年女性も気持ち悪いけれど、綿矢りさなのでそれだけで終わるわけないし、案の定、鈍感な主人公は気づかないが読者にはわかりやすく、当のストーカー以外にも主人公に悪意や嫉妬をむけている人物が一人ならず配置されている。最終的に普通のストーカーのほうがいっそ純情というかまともに思えてくるというこの皮肉。ブラックなのか前向きなのか、とらえどころのないオチだけど、現実にありえそうなところが怖かった。

    表題作「ウォーク・イン・クローゼット」は、28歳、彼氏ゲットに必死な女性・早希と、その幼馴染でタレントとして活躍するだりあの友情物語。序盤の早希は、洋服大好きだけど選ぶ基準は「男ウケ」「モテ服」で、男性に選ばれることばかりを目標にしているのでちょっと苦手なタイプかなと思ったのだけれど、実はそんな洋服たちをクリーニングに出さず手洗いするのが大好き、休日はずっと1日かけて洗濯、そんな自分を「妖怪手洗い洗濯ばばあ」と呼ぶくだりなどで俄然好きになってしまった。

    生い立ちが複雑で毒舌なだりあが早希だけは信頼していること、男運がない=男を見る目がない早希が、ふられたにも関わらず友達として続いているユーヤとの関係性など、ストーリーがすすむにつれてどんどん早希を応援する気持ちになるし、ラストはある意味大団円。女同士の友情にもぐっとくるし、私の記憶ちがいでなければ綿矢りさ史上もっともハッピーエンドな作品だったかも。

    『大地のゲーム』のような、特異な設定で、肩に力の入りすぎた感じの意欲作よりも、こういうなにげない日常、どこにでもいそうな男女の心理を掘り下げたストーリーのほうが綿矢りさ本来の上手さが出ている気がする。2作ともとても良かった

  • いなか、の、すとーかー
    初めは女→男への執着ストーカーのホラー話かと思い、身構えて読んでいたが、途中からいい意味で話の路線が変化していった。果穂の歪んだ愛情も恐ろしかったが、やはり砂原の精神をじりじりと壊させられる、ストーカーらしい嫌がらせが1番堪えるなと思った。果穂は最後、もう主人公の前に姿を現さなくなったとあるが、いつまでも主人公の周りを彷徨く砂原がとても気持ち悪く思えた。

    ウォーク・イン・クローゼット
    早希の性格がとても好きだった。良くも悪くも自分を客観視して、踏みとどまるところではきちんと踏みとどまる。今まで読んできた小説で考えると、早希は流れで隆史と一夜を共に過ごし大後悔…の流れになる。だが、一歩手前で隆史の思惑に気付き、逃げ出したところですごく好きになった。
    多分、私は早希の素直さに憧れたから好きになったんだろうなと思った。
    この話はところどころ登場人物の言い回しが面白くて笑える部分があった。

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著者プロフィール

小説家

「2023年 『ベスト・エッセイ2023』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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