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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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私たちの感知している物質とは、プラスのエネルギー(あるいは、プラスの質量)を持っているもののことである。だから、マイナスのエネルギー(質量)を持つ物が存在したとしても、私たちはそれを感知することが出来ず、物質があるとは言わない。そのような物が存在していたとしても、私たちは、そこには物質はないと言うしかないのだ。物質のない状態を「真空」と呼ぶが、では真空は本当に何もないのだろうか。
― 159ページ -
神は、この地球から離れて、無限の彼方にまで広がる宇宙を経巡っているとすればよいではないか(むろん、神を独占したかったら、あなたの心に秘かに匿ってもいい)
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パラドックスは、真実を導き出す神の顔を持つとともに、真実なんてないさと神に挑戦する悪魔の顔も持っている。
みんなの感想・レビュー・書評
2012/3/16読了。
物理学、その一分野である宇宙論の発展と、神の位置づけの変遷を綴った1冊。
神や宗教が近頃の興味の対象であるので、まずは自分のバックグラウンドに合致するものということでこの本を選択。
神が地上にいた時代もあれば、宇宙にいたこともあり、今はアニミズム的にそこかしこに存在している。全てをつかさどっていた時代もあれば、傍観者であったことも、ひたすらに賽を投げる存在であったこともある。神の概念が、科学的な進歩(もしくは宇宙観の変遷)と切っても切れない関係にあるという点が非常に興味深い。
特に、科学の「宇宙や物理定数はどのようなものか、どんな法則があるのか」を解き明かすのがデカルト以来の科学の基本的方針に満足せず、「なぜ宇宙や定数がこのようになっているのか」という目的因に踏み込み、人間原理を打ち出した経過について、さらに調べてみたい。
とても良い本だと思います。万人向けに書かれながらも内容的にとてもおいしい。
神と悪魔、その中間としてのパラドックスの三すくみ、さらに物理学原理主義者との四すくみで展開される流れが面白いです。
多くの人に読んでもらいたい新書。
近代物理学の祖といえばニュートンだが、彼にはもう一つの通名がある。それは『最後の錬金術師』だ。 西洋の錬金術や、東洋の錬丹術に於いて、いわゆる『賢者の石』と呼ばれる触媒を探求し、金属や肉体を完全な物質にすることが目標とされた。 完全な物質を創れるのは神のみであり、探求する行為自体が神への冒涜であった。 物理学以外にも近代科学は元々《神の存在証明》を目標としたが、皮肉なことに発展するに... 続きを読む »
《机の上では唯物論者である物理学者だが、自然の摂理を解き明かしていくうちに、その絶妙な仕組みに感嘆して秘かに神の存在を仮想することがある。》
あとがきで著者がまとめた文だが、実際そうなんだと思う。本書は、近代科学の歴史において、神や悪魔に比喩された論争を引き合いに出しながら、本当の神様が我々世界の研究を見おろすように、やや形而上的(あるいは単なる上から目線)で、自然摂理を解明してきた歴史と将来を語っている。個人的には、キリスト教の神様は、サイコロをふるのは嫌がるけど、日本古来の八百万神は、サイコロふりまくっている気がする(笑)池内さんの軽妙な口調を存分に楽しみながら、自然科学の在り方の一面を見出せるエッセイだった。
「自然法則と神」というテーマは、学生時代に友人と何度か話したことがあって、そこにドンピシャだったのがこの本。
歴史を辿りながら、物理学の発展と、それに伴って宗教観がどのように変化していったかが、わかりやすく表現されている。
とくに、地球中心の宇宙観である「天動説の時代」は、地球中心であるがゆえに「神は地球にいる」という理解が得られ、それゆえに教会が力を持っていたのに対し、地球が宇宙の部分になってしまった地動説の時代では、神はもっと遠くに存在するものだ、という理解に変化し、同時に教会の力が失われた、という分析は面白い。
後半は、量子論やクォークが出てくるので、知らない人はちょっと理解できないかもしれないけれど、このあたりは、文系の人でも勉強したらとても面白いです。僕も文系だし。
この宇宙を創造した神vsそれを物理現象で説明する科学者、のバトルを説明した科学史。
神はすべてを決定していると思った矢先に悪魔が出現、パラドックスの攻撃、決定論の崩壊、神は死んでしまったのか?
そこで量子論が出現、神はサイコロ遊びをしているのだ、しかしそれが我々の追い求めてきた神なのか?
いや、それでもマクロな世界では決定論的である。
そこで襲いかかるカオティック現象。決定されているのに予測不可能、確率すら出せないのがマクロな世界。
神は死ぬのか。人間こそが至上なのか、果たして、という感じな神の変遷を説明する。
タイトル買いしたけど結構満足。
物理を通した真理や定理の発見の解説。
入門的に面白く物理の世界がまた違った世界観で説明されていて面白かった。
前半部分の方が面白い。
神は普遍で絶対であり、完全なる対称性を持っている。
そう信じながらも物理学、自然科学の発展はそれを次々と覆してしまう、過去の偉大な学者達の動揺と苦悩。
西洋では、自然科学と神は切っても切れない。というイメージ。…東洋でもそうかもしれないですね。
書き方が上手いのか、内容が入門だからなのか、単純に雑学物として面白い。
物理学と神、というより「宇宙論 神と悪魔とときどき人間」って感じ。
俺が子供の頃は「星と星座のひみつ(http://portal.nifty.com/special05/10/02/3.htm)」レベルだったけど、今は物理無しでは宇宙の研究者になるのは無理なんだね。
物理学における、真理や定理の発見や格闘の歴史を神になぞらえて追っている。
いわゆる「神」について論じてるのでなくて、あくまで比喩的に描いてる。
それぞれの時代における神。
錬金術、永久機関、量子論、複雑系、宇宙論をざっくり分かりやすく紹介してるのはなかなか面白かった。
ただ、紹介だけで終わってたので、純粋に歴史を追ってるだけの印象も受ける。
もっと著者の考えも知りたかった。
そういう意味では、現在の宇宙論について、
未だ殆ど解明されてない宇宙に関して、少ないデータから議論をしていく危険性、を論じてたのは面白かった。
いわゆる現代までの物理学史を知る上では、面白く読めると思う。
物理、特に宇宙が中心話題。私にはわからない部分も多かった。
しかし、神は歴史的に変遷しているらしい、ということがわかった。
神は本来、対称(平等、一様、対等、普遍)な原理的な世界を体現する存在であるはずなのだが、この現実世界は対称性を破らねば作り出せない。 地動説をとるためには、新たな神の居場所を考えださねばならない。コペルニクスの時代、人々の宇宙は太陽系に閉じていた。したがって、神を宇宙の中心に据えようとすれば、太陽に神の座を用意しなければならないが、燃え盛る灼熱の太陽ではさすがの紙も居心地が悪かろう。 錬金術は... 続きを読む »
[ 内容 ] 「神はサイコロ遊びをしない」と、かつてアインシュタインは述べた。 それに対し、量子論の創始者ハイゼンベルグは、サイコロ遊びが好きな神を受け入れればよいと反論した。 もともと近代科学は、自然を研究することを、神の意図を理解し、神の存在証明をするための作業と考えてきたが、時代を重ねるにつれ、皮肉にも神の不在を導き出すことになっていく。 神の御技と思われていた現象が、物質の運動で説... 続きを読む »
(これも途中まで読んではほったらかすので、またちょっと前に戻って読み直すという、一歩進んでは2歩下がる読を繰り返しております。(^^;))
近代科学史、特に宇宙論と物理学、を概観。 何か良く解らなかった点幾つか。 ・この世の出来事をこの世を超越したものに頼らずに説明出来る、という事と、しかしそれによっては別に超越的なものの非存在を証明した事にはならないという事と、近代科学がその展開の帰結として神の否定に到るという事との関係が、依然今一微妙な気がする。この本では科学の発展と神の否定とが因果関係をなしている、という風に語られているけど... 続きを読む »
物理学とはこの宇宙全てを知り、法則を見つけだそうとする学問だと強く印象づけられました。本書も、天動説から始まり宇宙の議論に関する内容で終わります。 「神」や「悪魔」という単語に仮託している様は、求める値をxで置き換えるのと似ています。 ここに書かれている「神」はキリスト教などをはじめとする一神教の神です。八百万の神を知ろうとすると、やはり農学や生物学に向かうのでしょうか。どう行った神を信じるお... 続きを読む »
前々から気になってたけどまりさんがこういうのに興味を持ってるとか言ってたので買ってみた。未読。
(未完)
(書誌情報)
タイトル 物理学と神
責任表示 池内了著
出版地 東京
出版者 集英社
出版年 2002.12
形態 253p ; 18cm
シリーズ名 集英社新書
ISBN 4-08-720174-0
入手条件・定価 740円
全国書誌番号 20361382
個人著者標目 池内, 了 (1944-)‖イケウチ,サトル
普通件名 物理学 -- 歴史‖ブツリガク -- レキシ
NDLC MC31
NDC(9) 420.2
本文の言語コード jpn: 日本語
(2010/01/01再購入)(2011/07/04読了)
学生の頃、理科全般が苦手だった。味気ない理論やら元素記号やら、何が面白いのかさっぱり分からなかった。正直、成績も芳しくなかった。
そんな過去をもつ私だが、この本は楽しんで読めた。本書は、「神」を軸に物理学の歴史を再編成しているが、学生の頃はあんなに味気なかった物理が人間臭くそして非常に魅力的に感じられた。
「神」の真理を理解しようと発展してきた科学だったが、「悪魔」によって矛盾を突きつけられ、やがては「神の不在」が叫ばれるようにさえなってしまう。そして近代に至っては、唯一絶対であったはずの神は物理学において「賭博師」に姿を変え、ある時は「八百万の神」になったりもする。
アリストテレスから量子論まで、物理学の歴史が簡潔にまとまっており、私のように科学に苦手意識を抱いている人間でも読めた。






