- Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087204179
作品紹介・あらすじ
教育行政の迷走、社会のひずみ、大人の無責任、家族形態の急激な変化。それらのしわ寄せが、「子どもたち」に向かっている。東京地検特捜部時代、ロッキード事件で時の前首相・田中角栄を逮捕にまで追い込んだ鬼検事。その後、福祉の世界に転身し、今は各界のご意見番としても活躍する著者が、「犯罪」と「福祉」、両極端の社会を見据えて発見した「人間力」とは何か。自分で生きて行く力=自助と、他人を助け、他人に助けられる力=共助というキーワードでやさしく提言する。また、イギリス、フィンランドそれぞれの教育に詳しい現場の教師との、示唆に富む特別対談二編も収録。
感想・レビュー・書評
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少し古い本だったから、教育制度の点においては少し今と異なるかもだけど、本質は解決されていないので、十分今でも通じる話である。
自分で考えて行動できる人間に育つためには、親は子の自立を信じて認めてあげること、一方で無関心ではなく人としておかしいことはおかしいと指摘することが重要。
親の収入で子供の教育格差が生じるこの教育システムを本当変えて欲しい。フィンランドみたいに。情けない。
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「生きる力」を探している人のために
所蔵情報
https://keiai-media.opac.jp/opac/Holding_list/search?rgtn=074233 -
2008年04月19日 21:16
中高生の学力低下の根源が「ゆとり教育」だというような風潮になっているが、そうではない!というのが著者の一番言いたかったことのようだ
子供が自ら考え、自発的に行動していく人間にしていくためには、ゆとり教育の中でカリキュラムに組まれていた「総合学習」というのが必要だ、と述べている
確かに詰め込み式の教育ではこの先ソフトで勝負するグローバル社会では取り残されていくだろう
ゆとり教育が導入された背景やビジョンは誰もが共感できるものだっただろうに、なぜこの国の人々は「総論賛成、局論反対」となった暁には、総論の部分のビジョンまで忘れてしまい、重箱の隅をつっつくような姿勢になってしまうのかと思う -
総合の時間
子どもには未来がある -
~110722
学びの機会は平等でも、結果は違って当たり前。・その通りだと思います。 -
この本を読みながらなぜか「絶滅危惧種」という言葉が頭に浮かんだ。種の個体数が少なくなると、生きる力が徐々に失われ、繁殖力がなくなり、さらに個体数減少が加速していくのだ。日本人は今、まさにそういう状態に陥りつつあるのではないか。子どもたちが持つ本来の明るさと元気を国策や教育制度がつぶしてはならない。「今の子どもたちは...」とつぶやく前に、大人たちは自分たちが子どもたちに何をしてきたか、大いに振り返る必要がある。
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幸せになれる基本的な要素は、じぶんがしたいことをどれだけやれるか。
ほんと最近この手の本ばかり読んでしまう。
満足度4 -
子供達の個性を失くすような教育、プライドだけが高くなる欠陥人間を輩出してしまうエリート教育等、日本の教育は時代にそぐわず、子供達の人間力を高めることができないものとなっています。そのような教育現場を改革するため本書では、親や地域、大学入試、いじめ問題等に対して改善策を提案するものとなっています。
教育が現場を知らない文科省の役人のさじ加減一つでこのような問題を抱えるようになってきた現在だからこそ、時代にあった新教育プランというものを作成し、実行して欲しいものです。そのようなものを立案するにあたっては、本書のような教育問題にメスをいれた本を参考にして欲しいと感じました。オススメの一冊です。
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教育行政の迷走、社会のひずみ、大人の無責任、家族形態の急激な変化。それらのしわ寄せが、「子どもたち」に向かっている。東京地検特捜部時代、ロッキード事件で時の前首相・田中角栄を逮捕にまで追い込んだ鬼検事。その後、福祉の世界に転身し、今は各界のご意見番としても活躍する著者が、「犯罪」と「福祉」、両極端の社会を見据えて発見した「人間力」とは何か。自分で生きて行く力=自助と、他人を助け、他人に助けられる力=共助というキーワードでやさしく提言する。また、イギリス、フィンランドそれぞれの教育に詳しい現場の教師との、示唆に富む特別対談二編も収録。 (以上背表紙より)
鬼検事の転進後の福祉の世界。他人から見れば全く異質の世界に思えるが、
それをあっさりとやってのけた著者に興味があり、熟読しました。
詰め込み教育の批判など書いていますが、この本では
「自分の頭で考え、自分で目標を実現できる行動力のある人」が求められており、
人間力とは、
「個性を認め、主体性や自主性を育み、課題に取り組み考え、解決に挑む」
ことのようです。これを著者は子どもの教育のあてはめて本書で述べています。
確かに読んでいて説得させられる部分は多々あります。
しかし、やはり最後にこの本によって説得させられたと感じたのは、著者がエリート
だからのような気がします。